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	<title>ボクナリスト &#8211; 人生を発明するインタビューサイト &#8211;</title>
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	<description>人生を発明するインタビューサイト「ボクナリスト」。身近な人にインタビューをしながら、そこで出会った言葉や考え方・生き方をお伝えしています。</description>
	<lastBuildDate>Fri, 01 Jun 2012 04:29:53 +0000</lastBuildDate>
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		<title>vol.07 岸野 真生子（イラストレーター）</title>
		<link>http://bokunarist.com/interview/vol_007.html</link>
					<comments>http://bokunarist.com/interview/vol_007.html#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 May 2012 01:17:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Interview]]></category>
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					<description><![CDATA[岸野 真生子　Maikiko Kishino 1986年生まれ。東京都在住。文化女子大学で服飾を学びながら、服作りよりもデザイン画に惹かれ、絵を描き始める。2007年にはdigmeoutオーディションを通過。リアルかつ繊 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_main.jpg" alt="岸野 真生子(イラストレーター)" width="640" height="381" /></p>
<div class="quotebox">
岸野 真生子　Maikiko Kishino<br />
1986年生まれ。東京都在住。文化女子大学で服飾を学びながら、服作りよりもデザイン画に惹かれ、絵を描き始める。2007年にはdigmeoutオーディションを通過。リアルかつ繊細な描写で、若者の日常にあるノスタルジーな空気を描く。古川日出男著「ハル、ハル、ハル」の挿画を手がけ、その後も企業・テレビ・イベントなど幅広くコラボレーションをし、活動を広げている。<br />
website：<a href="http://www.makikokishino.net/" target="_blank" class="broken_link">http://www.makikokishino.net/</a>（リニューアルオープン！）
</div>
<p>「表現」でお金を得ること。<br />
多くの人が憧れて、葛藤して、諦めていくその生き方。</p>
<p>プロの表現者が存在し、それぞれが食べていくことができた時代は<br />
20世紀と共に終わった、と言う人がいます。<br />
世の中で必要とされている「表現」の絶対的な量は変わらず、<br />
新しいメディアを駆使した無数のアマチュアが、その「表現」のピースを埋めていく。</p>
<p>そんな現代において「表現」を仕事として選んだ人は、一体どのような未来を見ているのだろうか。</p>
<p style="text-align:center;"><img width="500" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_cap04.jpg" title="pic_interview07_cap04"></p>
<p>今回のインタビューは、イラストレーターの岸野真生子さんです。</p>
<p>「digmeout」というアーティスト発掘プロジェクトのオーディションを通過後、出版物・イベント・番組など様々なメディアへイラストを提供しています。<br />
直近では、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文が編集長を務める「<a href="http://www.thefuturetimes.jp/archive/no01/" target="_blank">THE FUTURE TIMES</a>」の創刊号表紙で彼女の絵を見ることができます。</p>
<p>少しずつ、着実に仕事の幅を広げている彼女。<br />
イラストレーターとして生活するようになるまでに、一体どのようなことをしてきたのか。<br />
また、仕事としての「表現」と、どのように向き合っているのだろうか。<br />
「表現」を「生活の糧」としようとする彼女の姿を追うため、吉祥寺の喫茶店へ向かいました。</p>
<h4>ファッションというもの自体がだんだん嫌になっていってしまった。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_sub01.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 絵を描きはじめたのはいつだったんですか？</h5>
<p>実は、ちゃんと描きはじめたのがごく最近で、大学入ってからなんです。</p>
<h5>━━ えっっ。そうなんですか。</h5>
<p>小学校の時も絵を描くのはすごく好きだったんですが、小学生の「絵が好き」ってたかが知れてるじゃないですか。自由帳なんてみんな持っていたし、うまい子なんてワンサカいる。そういう感じで絵を描くのは好きだったです。それから中高に進むと、そこが美術に強い学校で、受験のときもパンのデッサンがあったりして。</p>
<h5>━━ それは美術系の学校というわけではないんですか？</h5>
<p>そうですね、普通の学校だったんですけど、なぜかデッサンの試験があって。そんな学校へ行ったもんだから、みんなセンスが良くて「自分の世界」をしっかり持っている人が多かったんです。それで「もう、絵が好きとか言えない」ってなりました(笑)。</p>
<h5>━━ もともと絵が好きで、その学校を受けたんですか？</h5>
<p>いえ、たまたまですね。姉が行ってたので「お姉ちゃんと同じとこ行きたい～！」みたいな感じです。すっごく自由な校風だったので、みんなピアス空けていたり、服装も自由でした。</p>
<h5>━━ あぁ良いですね(笑)。</h5>
<p>でもそれで、絵を描くことを「向いてないな」って思うようになったんですね。なので別に、絵には中高の間ほとんど触れず、まったく描いていませんでした。音楽か美術を選択するときには「音楽のテストがイヤ」という理由だけで、美術を選択して美術史なんかも勉強しましたけど、とくに惹かれることもなく。</p>
<h5>━━ その時は違うものを志向していたんですか？</h5>
<p>自分が得意とするものとか、発信していくようなことは、当時はまったく無かったです。中高も帰宅部でした。本当になにも無かったので、得意なことがある人たちを見て…「いいな」と思っていましたね。</p>
<h5>━━ そうだったんですか。</h5>
<p>たとえば「英語がすごくよく出来る」とか「部活もスポーツもやっている」とか、写真部とか。そういう人たちを見て「すごいな、私はなんにも無いな」って。でも感受性みたいなものは、やたら出てきて、その頃からロックとかを聴くようになりました。「すごい！！！」と思って、そういうことだけはとてもよく話すようになりました。「あのバンドがヤバい！」という感じで。すべて「受け身」でしたね(笑)。だから、自分から何かやる、というのは…</p>
<h5>━━ そのときはそういう自発的な活動はまったく行なっていなかったんですね。</h5>
<p>そうですね。で、高校3年のときに被服の授業があったんです。もともと図工とか手を動かすことは好きだったので、被服でミシンを踏んでるうちに「服を作るのって楽しい！」と思うようになりました。それで、服飾の大学へ行くことにしたんです。</p>
<p style="text-align:center;"><img width="500" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_cap02.jpg" title="pic_interview07_cap02"></p>
<h5>━━ あ、服飾の大学に行かれたんですか。</h5>
<p>はい、文化女子大学という大学なんですけど。それで「服つくるぞ！」という気で行ったんですけど、授業を受け始めたら、ファッションの歴史とかトレンド調査のような授業が多くて、もともと流行りが嫌いだったので。</p>
<h5>━━ 「トレンドってなんやねん！」みたいに(笑)？</h5>
<p>そうなんです。「自分の意志はないのか！」みたいな感じで(笑)。</p>
<h5>━━ 良いですね(笑)。</h5>
<p>友達と話していても「今この色が流行ってるけど、この色のストール来年も巻けるかな？」という話になるんですけど、私は「好きな色巻けば良いじゃん！」って思って(笑)。長く気に入って使えるもののほうが絶対に良いと思っていて、ファッションというもの自体がだんだん嫌になっていってしまったんです。</p>
<h5>━━ なるほど。</h5>
<p>服だけじゃなくて、なんでも「ファッション化」していくじゃないですか。音楽もそうですし。</p>
<h5>━━ そうですね。「当たる音楽」ばかり気にして、そういう視点でミュージシャンに路線を指定して曲を作らせるレコード会社も以前はよくあったと聞きますし。</h5>
<p>聴く側も「これを聴いていたら格好良い」とか。そういう聴き方になってしまう人も居るかと思うんですけど、「馬鹿じゃないの！！」なんて思ってしまって(笑)。</p>
<h5>━━ ははははは(笑)。</h5>
<p>なんかもっと熱くなろうよ！っていう(笑)。</p>
<h5>━━ どんな音楽を当時はよく聴いていたんですか？</h5>
<p>バンドが多かったですね。ひとりでやることって、簡単じゃないですか。全然違う人たちが、音だけで信頼し合っているというカタチが、もう「凄いな！」って感動してしまって、どうしてもバンドに惹かれます。高校のときに出会って衝撃だったのが、怒髪天で。あとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTとか。</p>
<h5>━━ あ、怒髪天が好きなんですか。</h5>
<p>あとは、ジャニーズがすごく好きなんです。「アツいよあの人たち！」と思って。顔がどうこうって言うよりかは…。</p>
<h5>━━ 逆サイドですが、僕はAKB好きでよく見てたので、分かります(笑)。</h5>
<p>ははは(笑)。ジャニーズとかAKBって、きっとその「自分のポジション」があると思うんですよ。美人とかイケメンの子が目立つけど、「私は歌で勝負するんだ」とか「自分はバラエティだ」みたいに、それぞれのところですごく頑張っているところが、格好良いなと思って(笑)。だから、顔だけでドラマにたくさん出ているような人は嫌いで。</p>
<h5>━━ そうなんですか(笑)。</h5>
<p>「なんだよっ」て(笑)。</p>
<h5>━━ バンドとか、そういう「集団」が生み出すものと、その中の一人ひとりの思いみたいな部分が好きなんですね？</h5>
<p>そうですね(笑)。ソロの人とかはあまり聴かないですね。</p>
<h5>━━ たしかに、ミラクルですよね。集合体でひとつの物を作り出すことって。</h5>
<p>凄いですよね。だから、たとえばソロで音楽をやっていて、バックバンドが曲毎やアルバム毎に変わる人って居るじゃないですか。それはそれで凄いと思うんですけど、何十年も同じメンバーでやっていることのほうが「なんて素晴らしいんだろう」って(笑)。カッコいいなって思いますね。
</p></div>
<h4>だんだんと「人に見せる」ということが大事だと気づいてきて、でもやっぱり恥ずかしくて…(笑)。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_sub02.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ ファッションのトレンドの話に戻りますが、服飾に進まれて、ファッションを追い求める勉強のスタイルに嫌気が指していた中、どのようにして「絵を描く」ことに辿り着いたんでしょうか？</h5>
<p>必修科目で、デザイン画を描く授業があったんですよ。それで「絵を描くって楽しいな」と思うようになって。デザイナーコースというのがあって、ファッションショーも行なう学校だったので、デザイン画はまずきちんと描けないといけなかったんです。8頭身のモデル体系の女性を描くんですけど、授業が始まる前はとても不安だったんです。でも、やり始めたら「楽しい！」みたいになって。</p>
<h5>━━ それで絵が好きになっていったと。</h5>
<p>ある授業で先生から「ひとり一冊スケッチブックを持ち歩きなさい。服以外でもいいから、気になったものはデッサンしたり、描き留めて、自分だけのノートを作りましょう」と言われて、スケッチブックの「正しい使い方」のようなものを教えてもらったんです。昔はただ「持っているだけのもの」としてスケッチブックを捉えていたんですけど、そういう「閃いたときに描いて、アイデアを貯めていく場所」だということが分かって、急に楽しく思えてきて、のめり込んでいきました。講義もろくに聞かず、ずっとスケッチブックに色々描いていました。そして、だんだんと「服」よりも「人を描く」ことが良いなと思うようになって、いつのまにか…。</p>
<h5>━━ 絵の世界にどっぷりと入り込んでいったんですね。</h5>
<p>そうですね。イラストの先生も、すごくよく見てくださって。<br />
文化祭で大きなデザイン画を飾る企画があって、やりたい人を募集していたんですね。その時は、周りに絵の上手い子もいっぱい居たし、恥ずかしくて、自信も無かったから、やってみたいけど「まぁいいや」と思ってたんです。でもその先生が「絵描くの好きでしょ？」って声かけてくださって。自分ではとくに何も言っていなかったんですけど、「いつも真剣な目で授業受けてるから」と言ってくださったんです。そして、絵のコンペとかを色々勧めてくださって、どんどん自分でも見せに行くようになりました。<br />
それで、服を作る勉強の先生より、絵を描く先生の方とどんどん仲良くなっていって(笑)。</p>
<h5>━━ ははは(笑)。でも、自然とそういう方向に変わっていったんですね。</h5>
<p>そうですね。本当に、出会う人出会う人、運が良かったことが大きいですね。芸術系の先生だと自分の好みに寄せようとする先生も多いんですけど、最初に受け持ってくださった先生は、その人のやり方を伸ばす、というやり方の先生だったんです。それが本当にラッキーだったなと思っています。その先生に出会ってなかったら、今は無かったと思うので。</p>
<p style="text-align:center;"><img width="500" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_cap03.jpg" title="pic_interview07_cap03"></p>
<h5>━━ そんな流れで、出会った先生に後押しされて、絵をどんどん描くようになっていって、色んなところへも出すようになったと…。</h5>
<p>いつ思ったのかよく覚えていないんですけど、「イラストレーターってすごく良いな」って思うようになって。業界のことなどまったく知らなかったし、何をどうすれば良いのかが全然分からなくて。でもだんだんと「人に見せる」ということが大事だと気づいてきて、でもやっぱり恥ずかしくて…(笑)。</p>
<h5>━━ その「恥ずかしい」という気持ちは、ずっとしぶとくあったんですね(笑)。</h5>
<p>そうですね(笑)。なかなか自信を持てなかったんですけど、「そんな他の人が全部見ているかなんて分からないし、出すだけ出してみればいいやー！」みたいな気持ちで。
</p></div>
<h4>「話す」より一発で自分の核の部分に近づいてもらえる。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_sub03.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ えいやー！っと。そして応募したのが、現在所属しているdigmeoutですね。digmeoutはどんな組織なんですか？</h5>
<p>もともとはFM802がタイムテーブルの表紙を描くアーティストを募集する企画だったんですけど、それがどんどん広がって。大きくなるにつれて、企業とのコラボレーションが増えていって、銀行のカードやドナーカードとか色々な企業と企画をやっているんです。</p>
<h5>━━ digmeoutを、もともと知ってらっしゃったんですか？</h5>
<p>そうですね。digmeoutは、けっこう好きなイラストレーターさんが多く所属していたので、前から少し知っていて。やっぱりラジオ局がやってるプロジェクトなので、音楽との繋がりがすごく強いんですね。それが「良いな」と思ってました。好きなイラストレーターが居るし、「ラジオ→音楽！こんな良いとこ無いじゃん！！」みたいになって。それで大学3年の頃に、ダメもとで送ってみようと。軽い気持ちで。</p>
<h5>━━ 一発で通ったんですか？</h5>
<p>「コンペ」としては2回目だったんですけど、digmeoutは一発で、忘れてるころに電話がかかってきて「合格です」って。「えっっっ！うそーーー！」みたいになって(笑)。そのあと、通過者13～4名の展示が大阪と東京で開催されたんですね。そんな展示なんてやったことないし、意味が分からなかったんです。額も持っていないし、そもそも額の入れ方も分かっていなかったです。最初の打ち合わせで「これだけのスペースが与えるから、どういう風にやりたいか考えてきて！次の打ち合わせまでに。」と言われて、「え～～～！何もわからない、どうしよ～！」と。でも必死に提案しました。前の展示の風景とかをみて、考えて、提案を持っていって。派手にやってもらいました(笑)。</p>
<h5>━━ その経験が、絵を描くことに対する考えを大きく変えていったんでしょうか？</h5>
<p>なんか、怖かったですね。そんなに腹をくくってやり始めたわけでもなかったので。まず誰かに見てもらおう、というくらいだったので。「意見をもらえたらラッキーだな」くらいだったんです。でも、なにか動き出してしまった。</p>
<h5>━━ そこまで想定していなかったのに、すごい勢いで事が進み始めたと。</h5>
<p>そうですね。「次、打ち合わせ、大阪だから」なんて言われて。</p>
<h5>━━ 「楽しい」というよりかは「怖かった」んですか？</h5>
<p>怖かったですね。すっごく怖くて、「どうしようどうしよう」となってました。大学の卒業制作と時期も重なって、ただひたすら急に忙しくなって。でも、本当にありがたい事に、オーディションを通過してからすぐにお仕事をいただけて。しかもそれが装丁のお仕事で、古川日出男さんの『ハル、ハル、ハル』という本だったんです。急に出版社の方からメールが来て、最初は意味がまったく分からなくて。すぐにdigmeoutの人に電話をして、「どうしましょう！？」と。で、間に立っていただいて、無事進めさせていただきました。本当に怖かったです(笑)。</p>
<h5>━━ いまだに怖いですか？</h5>
<p>描くこと自体は楽しいです。「こんな使い方をしてもらえるんだ！」という感動がどんどん増えていって、自分だけだと分からないような部分を見てもらえるのが嬉しいです。</p>
<h5>━━ 他の人が介在してくると、自分の「絵を描く」ということを客観的に知ることができて、刺激的でしょうね。</h5>
<p>そうですね。感動がいつもあります。プレッシャーはどんどん上がっていきますけど(笑)。</p>
<h5>━━ なるほど。</h5>
<p>前の作品を褒めてもらえると、「それを越えなきゃいけない」という気持ちが出てきて。本当に有り難いことなんですけど、それが毎回怖いです。越えられなかったら、次で終わりなんじゃないかと。どうしようどうしようって。</p>
<h5>━━ 「ものづくり」とか表現って、否応がなしに「自分と向き合う」じゃないですか。特にひとりで表現をしている人だと尚更だと思うのですが、岸野さんはそういう「内への葛藤」もあるんですか？</h5>
<p>作業自体は楽しいんですけど、そのアイデアが出るまでは結構「どうしよう…」となってます。</p>
<h5>━━ 常に作品のアイデアについて考えをめぐらせてるんですか？</h5>
<p>全然そうでもなくて、普段はどんどん考えなくなってきていますね。学生の頃は「描きたいもの」を持っていたんですけど、最近はどんどん無くなっていって。でも、ふとした瞬間に「コレ描きたい！」と閃くようになりました。というか、私、妄想がすごく好きなんです。</p>
<h5>━━ 妄想ですか(笑)。</h5>
<p>電車から景色を見ていても、すごく好きなタイプのアパートがあったとしたら「こういう人が住んでるんだろうな」という風に妄想するんです。気持ち悪いんですけど、干してある洗濯物を見て「ああいう人だろうなぁ…」とか(笑)。勝手にストーリーを作っていくんです。</p>
<h5>━━ 面白いですね。ストーリーまで作っていくんですか(笑)？</h5>
<p>「彼女はいくつくらいの子で」とか(笑)。絵では全部描かないんですけど、どの絵も「前後」があるんですよ。例えば「この女の子は運動部で、この男の子は部活やってなくていつも図書館で帰りを待ってて、とにかくよく寝る」とか。</p>
<p style="text-align:center;"><img src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_cap10.jpg" /></p>
<h5>━━ すごい、そこまでストーリーがあるんですね。普段から面白いもの見つけたら、そうやって頭の中で広げていくんですね。</h5>
<p>そうです。勝手に楽しんでます(笑)。道ゆく人から勝手に拝借してたりします。気づかない間に、すごく見てしまっているみたいで。</p>
<h5>━━ 絵を描ける人って、自分の手で世界を表現できるじゃないですか。だから、世界の見え方がちょっと違うんじゃないかなって思ってるんですけど。</h5>
<p>そんな芸術派でもないですよ(笑)。使命感を感じて絵を描いている人もいらっしゃるし。「表現するために生まれてきた」と言う人ですよね、そういう人のことを私は「頭のなかどうなってるんだろう？？」って、考えていることがとても不思議に思いますね。私は「楽しい」という気持ちだけで始めているので、「表現をひたすらしたくて、その手段がたまたま絵だった」みたいなカッコいいタイプではないです(笑)。「表現」より「作る」が好き、というところから始まってるので。</p>
<h5>━━ そうなんですね。深読みしすぎました(笑)。</h5>
<p>でも、だんだんと「コミュニケーション取れるひとつの手段」だと、あとから思うようにはなりました。</p>
<h5>━━ 「コミュニケーション取れるひとつの手段」とは？</h5>
<p>実体験とかは全く無いんですけど、「こういうときにグッとくる」というのは絵の中に多分入っているんです。だから、絵を見ていただいて「こういう風に感じた」と言ってもらえるのが、「話す」より一発で自分の核の部分に近づいてもらえる気がしています。恥ずかしいんですけど、「こんな風に考えているのか」ということになるので。話す以外に自分を分かってもらえる手段だと思うようになりました。</p>
<h5>━━ ものを作ってカタチにすると、それを通じたコミュニケーションが取れるんですね。</h5>
<p>男の子と女の子の絵が多いので、「かわいい」というような印象を話してくださる方も居ますし、「こういうこと考えてるでしょ」「こいつ、性格悪いな」とか見透かしてくれる人も居て、それが面白くて。</p>
<h5>━━ 面白いですね。</h5>
<p>それが良いなって思いますね。だから「表現」に重きを置く人たちは、そういうことを感じているのかなと、少しだけ思うようになりました。
</p></div>
<h4>「人間的に」魅力的な女の子を描くのは、苦手だと思っています。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_sub04.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 今のイラストのスタイルは、どうやって作り上げられたんですか？</h5>
<p>画材は大学時代に使っていたものから何も変わっていないですね。大学の課題では、必ず色をつけないといけないんですが、色のセンスがあまりなくて(笑)。塗る前のほうがかっこよかったな、と思うことが多かったんですね。でも「ここは色をつけたい」とはっきりと見える部分もあって、そこだけ塗っていたら、周りからそれが良いと言ってもらえて。</p>
<p style="text-align:center;"><img width="500" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_cap01.jpg" title="pic_interview07_cap01"></p>
<h5>━━ 人は基本的にモノクロで、物質的なものへ部分的に色を使われてますよね。</h5>
<p>たとえば、「このベンチはぜったい青じゃなきゃいやだ！」というのがあって(笑)、ぜったいそれだけは分かって欲しいときにだけ色を塗りますね。ただ、自分の中ではどれも色がついているんです。でも全部塗ると意味を持たなくなってしまう感じがして。ただ、今となってはこれが特長のようになっているので、「どっか塗らなきゃ！」とすごく探す時がたまにありますね(笑)。</p>
<h5>━━ たまたまやってたものが決まり事になってしまったんですね。</h5>
<p>自分が思っている以上に、意味を持ち始めてしまって。</p>
<h5>━━ 高校生の男女を書くことも、何か理由はあるんですか？</h5>
<p>本当のおおもとは、「それしか描けない」ということなんですけど、一番最初はデザイン画で若い女性を描いていたので。まず顔の描き方については、若い女性しか知らなくて。で、何年か経った後に、男性の描き方も習ったんですけど、やっぱり若い男性しか描いていなくて。別に男女じゃなければいけない訳ではないんですけど、一番分かりやすく対比できるというか。男女の絵を描いているけど、こういうときのこういう感情って、別に対「友達」とか対「モノ」とか対「親」でもあるよなっていうのが多くて。表面的に見ると爽やかで切ない感じとかあると思うんですけど、別にそういう爽やかさや切なさを描きたいというよりも、「こういう気持ちあるよね」という感じ。そういうギリギリな感情を表すのに、高校生が一番良かったというのはありますかね。自分をまだ分かっていないときって、大人になってもあると思うんですけど、でも高校生って、気分的な問題だけじゃなくてずっとそういう時期だったりするじゃないですか。そういう気持ちを表すのに、高校生が一番しっくり来たんですよね。なんか難しいですけど。はかないじゃないですか、絶対大人になっちゃう。自分では大人ぶってるけど、全然まだ子供だし。今まで描いてきた子達は、そういうグラグラしたものをみんな持っていて。というのも、描き続けてきて最近になって分かったことではあるんですけどね。</p>
<h5>━━ 基本的にみんな笑ってないですよね。</h5>
<p>笑ってないですね(笑)。そんなに楽しいことばかりじゃないじゃん！って(笑)。もちろん笑っている子を描く時もありますし、大学で勉強したファッションイラストってそういうものだと思うんですけど、女性とかに向けた分かりやすいビジュアルですよね。可愛くて、誰にでも好かれるような女の子、トレンドを身につけているきれいな女性とか。そこが習い始めた根本なのに、どんどんと暗いほうへ暗いほうへ行っちゃって(笑)。でもそっちのほうが描いていてしっくり来ていたんですよね。</p>
<h5>━━ ファッションイラストって、たしかに女の人が綺麗に格好良くすらっと立っている絵が多いですよね。</h5>
<p>そうなんですよね。それも最初はすごく楽しかったんです。</p>
<h5>━━ 最初はそういう風に描いていたんですか？</h5>
<p>そうなんです。色んな服描けるし、服の構造も勉強できるし。すごく面白かったんです。でも、だんだんと「そんな笑ってばっかじゃないでしょ」みたいな(笑)。なんか妙にリアルなところが出てきて。</p>
<h5>━━ 良いですね。なんだか先ほどのロックを好んで聞いている感情と共通していますね。</h5>
<p>そうですね(笑)。そこからだんだんおかしな方向へ行って、「女じゃないぞ」と。男の子を描くほうがすごく楽しくて、しっくり来るんですよね。だから指定が無い限り、男の子を描くようにしていますね。映画とか小説とか見ていても、男の主人公のほうが感情移入ができるんですよ、何故か。</p>
<h5>━━ え、そうなんですか。</h5>
<p>女の子の主人公って、やっぱり恋愛ものが多かったり、居るだけで様になる。何をやっても可愛いじゃないですか。いわゆるガーリーな可愛い格好していたらもちろん可愛いし、ボーイッシュでも可愛いし(笑)。ロック系の服来ても、可愛い。でもそういうのがポーズにしか見えなくて。でも男の子って、コンバースにジーパンできったないトレーナー来ていて、別に綺麗な顔じゃなくても、なんかこう引寄せるものがある気がするんです。ファッションとかポーズに捉われない魅力があるなって思って、そっちのほうがしっくり来るんですよね。</p>
<h5>━━ 男性だと見た目の格好良さに関係なく、色んな俳優さんが主役になるけれど、女性だと主役になるのは綺麗であることが前提になっていることが多いのは確かにあるかもしれないですね。</h5>
<p>そうなんですよね。男の人って色んな可能性がある気がしていて。女の子って「女性としての魅力」はいっぱいあると思うんですけど、「人間としての魅力」って男性より感じにくい気がするんです。自分がそういう風に受け取ってしまっているだけかもしれないんですけど、たぶんどこかで、「性」というものを男性よりも求められる存在な気がしていて。だから自分は、ファッションとかを抜きにして「人間的に」魅力的な女の子を描くのは、苦手だと思っています。といって、男の子のこともよく分からないのに(笑)。
</p></div>
<h4>最後まで出来上がったのを見るまでは、「本当に世に出るんだろうか？」っていう不安ばかり。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_sub05.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 絵を描き始めてからのお話を伺っていると、次から次へとステップを踏んでいっていて、とにかく「順調」に物事が進んでいるように思うのですが、これまでで印象的だった仕事って何ですか？</h5>
<p>「<a href="http://natalie.mu/music/news/3743" target="_blank">MINAMI WHEEL</a>」のポスターを描かせてもらったときは、本当に嬉しかったですね。大阪のライブハウスサーキットのようなイベントで、高校生の頃から知っていたんです。<br />
お客さんとして「いつか行きたいな」と思っていて、好きなバンドもたくさん出ていたので「いいないいな大阪！」と思っていたら、仕事として「絵描いて。」という話になって。もう「わ～～！！うそだ～～～！！」って、仕事のテンションとは思えない大はしゃぎをしてしまいました(笑)。初めて「MINAMI WHEEL｣に参戦したのが、自分の絵が入った時で、街中にいっぱいポスターが貼ってあるし、みんな絵の入ってるパスを持っていて、おんなじ音楽が好きなたくさんの人が自分の絵を手にしていることが、本当にうれしかったです。</p>
<h5>━━ ん～それはすごい体験ですよね。他に、大変だった仕事などありましたか？</h5>
<p>そうですね。この「<a href="http://www.koishigure.jp/" target="_blank" class="broken_link">恋時雨</a>」はテレビのお仕事だったんですけど、音楽と小説とイラストのコラボレーション作品で、吉高由里子さんがそのストーリーを朗読するというものだったんです。<br />
その中で、絵は紙芝居のような感じで場面場面に使われたんです。アニメーションまでは行かないんですけど、紙芝居のような感じでした。6組の作品で構成されていたんですけど、私は大橋トリオさんの楽曲の作品で使っていただいたんですね。これの製作期間がものすごくタイトで(笑)。</p>
<h5>━━ あ、これたくさんの量のイラストが必要なんですね？</h5>
<p>そうなんですよ。人物と背景を、全部別々に描かなければいけなくて、人も一枚の紙にひとつと決まっていて。</p>
<h5>━━ 動かすためだったですか？</h5>
<p>たぶん、そうだと思うんですけど。バラバラで描くのも初めての経験でしたし、描く量もなかなか多くて。挑戦的な意味では、この経験が本当に凄かったですね。この時の製作期間を思い出せば、もう何でも出来る！みたいな(笑)。</p>
<h5>━━ もう、あらぬ力を…(笑)。</h5>
<p>そう、すごくタイトで、そのとき何故か偏食になってしまって、ずっとナポリタンばっか食べてましたね(笑)。</p>
<h5>━━ ははははは(笑)。それは偏食ですね(笑)。</h5>
<p>もう全然外にも出ないし、大変でした(笑)。</p>
<h5>━━ 具体的はどのくらいの枚数のイラストを描いたんですか？</h5>
<p>うーん、60くらいですかね。</p>
<h5>━━ えーーーー！！！それは多い。</h5>
<p>で、なんか、やり直しとかもあったので、すごく時間はかかりましたね。そして、すごく良かったです。</p>
<h5>━━ 「良かった」？</h5>
<p>最初は断ろうかなと思ったんです。自分じゃ絶対できないって。でも、断ってしまったら、何も出来ないよなと思って。「迷惑かけるかもしれないけど、やります」と言って。</p>
<p style="text-align:center;"><img width="500" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_cap05.jpg" title="pic_interview07_cap05"></p>
<h5>━━ その「やります」って言えたことが、格好良いですね。</h5>
<p>いや～～～でもすごく怖かったですよ。全部そうなんですけど、ちゃんと完成形を見るまで不安で人に言えなくて。「今何の仕事してるの？」と聞かれても、ぼんやりした返答しか出来ないんですね。</p>
<h5>━━ そこまで不安なんですか？</h5>
<p>自分が、最後まで出来上がったのを見るまでは、「本当に世に出るんだろうか？」っていう気持ちがあって(笑)。もしかしたらボツになっちゃうかもって思って。だから仲の良い友達にも、全然仕事の話は出来ないんです。
</p></div>
<h4>バッ！と鷲掴みにされたり、グラッ！て揺さぶられたりするほうが、本当なんじゃないか。</h4>
<p style="text-align:center;"><img src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_sub10.jpg" /></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ これから意識的にやろうとしていることってありますか？</h5>
<p>紙以外の使い方、テキスタイルとか、そういう場で絵を使ってもらったりしてもらえればと思っています。それから、もう少し人物の幅は広げたいなと思いますね。おじちゃん・おばちゃん・子供とかも描けるようになれたら、もっと色々出来るのかなって思いますね。オリジナルの作品には、あまり登場させないかもしれないけど…。</p>
<h5>━━ それでも使えるように、描けるようにはしたいと。</h5>
<p>そうですね。なんでも描けたほうが、面白いのかなって。<br />
でも「なんでも」と言ったら、何にも考えてないみたいですよね(笑)。</p>
<h5>━━ いえいえ、そんなことないですよ(笑)。そしたら、「絶対に描きたくないもの」ってありますか？</h5>
<p>描きたくないもの！？なんだろう！</p>
<h5>━━ すごい変な質問で申し訳ないですけど。</h5>
<p>好き嫌いは多いんですよね。</p>
<h5>━━ 今日お話を聞いてきて、表面的なものとか偽りのものが嫌いだという印象があるんです。逆に、醜いものやグロテスクなものは、受け入れやすいんですか？</h5>
<p>そうですね。本当に捻くれているんですけど、「見て！グロテスクでしょ！」みたいのも嫌なんですよね。本当にそれを必要としてやっているものは好きなんですけど、そこを変な「売り」のような気取った感じにしてしまうのは、あんまり好きではないですね。</p>
<p style="text-align:center;"><img src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_007/pic_interview07_cap11.jpg" /></p>
<h5>━━ あぁ、本当に必要なときに、当たり前のように描く、と。</h5>
<p>逆に「ここは、このグロとかエロを見せなきゃだめでしょ！」という時に隠してしまうのも嫌なんです。綺麗に綺麗に作ろうとして、避ける表現ですね。そういうものに対しては、「いやいや、要るでしょ」と思ったり。なんでしょうね、本当に自分でもよく分からないんですよね。でもどこかで、線引きみたいなものがあって。いつも理由がないんですよ、なんか良いと思ったら良いし、言葉で説明できるより、バッ！と鷲掴みにされたり、グラッ！て揺さぶられたりするほうが、本当なんじゃないかな、というのがあって。</p>
<h5>━━ なるほど、その表現素敵ですね。なんと言うか「本当のことしか好きじゃない」ですよね。その「本当のこと」を決めているのは自分だから、「自分の感覚」というのを何よりも大事にしている、という印象を受けます。</h5>
<p>気にしなきゃいけない時は馬鹿みたいに気にしてしまうんですけど、日常的なことは「なーんもそんなこと気にしなくて良いじゃん！」と妙に強気になりますね。はい。…考えてることを話すって難しいですね(笑)。</p>
<h5>━━ ええ、難しいですよね、話すって(笑)。</h5>
<p>こうなんだけど…、一番近い言葉が見つからないんですよ(笑)。</p>
<h5>━━ でも、だからこそ絵を描き続けられているような気もしますけど。</h5>
<p>それ、言われたんです先生に。周りの人にも言われて、そうなのかと。</p>
<h5>━━ だからこそ、絵を通じて知り合えた人のことが気になるし、好きなんでしょうね。言葉で表せない気持ちで通じ合えた人たちだからという。</h5>
<p>喋ることはすっごく好きなんですけど、すっごく下手なんですよ(笑)。擬音ばかりで。「とにかく良いの！」「格好良いんだよ！」「アツいんだよ！」みたいな表現ばかりで、全然伝わらないって言う(笑)。熱意だけは伝わるらしいんですけど。</p>
<h5>━━ ははははは(笑)。</h5>
<p>ちゃんと文章として成立することを言えてるのか、すっごい不安ですけど(笑)。</p>
<h5>━━ いえ、絵を描くことの楽しさ、怖さ、その中に見える岸野さんならではの頑固さが見れて、とても面白かったです。では、今日はありがとうございました！</h5>
</div>
<p>僕は正直、最初に岸野さんとお話をした時点では<br />
「あぁ、ものすごく順風満帆な方だなぁ」という印象を受けていました。</p>
<p>挫折もなく、早期に合格したオーディションをきっかけに<br />
様々なイラストの仕事へ踏み出している。<br />
特別な目新しい夢を目指しているわけではなく、着々と自分の領域を広げている。<br />
言葉が悪いと思うのですが「恵まれている人」という印象すら持っていました。</p>
<p>でもこうして、彼女が話した言葉を<br />
一つひとつテープから文字に起こしていく作業をしていると、<br />
ふと「怖い」という言葉の多さに気づきます。</p>
<p>そして、その「怖い」という言葉を自ら打ち消さんとする、<br />
自分の絵に対する静かなこだわりが聞こえてきました。</p>
<p>「怖くても、断ってしまったら、何も出来ないよなと思って。」<br />
「作品が世に出るまで、全然仕事の話は出来ないんです。」</p>
<p>怖くても、決してうしろを向かず、前へ進む姿勢。<br />
流されずに、自分の好きなもの・感性を何よりも大事にする。</p>
<p>きっと、彼女の絵が言葉を飛び越えてノスタルジックな感情を伝えてくるように、<br />
彼女自身も、自分の言葉を飛び越えるほどの「絵に対する情熱」を持っている。</p>
<p>誰にも負けない気力があり、人一倍頑固なのだと思います。<br />
そしてそれこそが、彼女の絵をここまで魅力的なものにさせている根源なのでしょう。</p>
<p>表現者の世界における「プロ」と「アマチュア」の垣根は、やはりどんどん薄まりつつあります。<br />
でも、彼女の持つ「静かなこだわり」は、間違いなく彼女のみが持つ唯一無二のものであり、<br />
それが彼女自身を、そして彼女の描く絵を、日々輝かしているのだと思いました。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>vol.06 中込 あい（タロット占い師）</title>
		<link>http://bokunarist.com/interview/vol_006.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 21 Apr 2012 19:36:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Interview]]></category>
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					<description><![CDATA[中込 あい　Ai Nakagome 武蔵大学欧米文化学科を卒業後、精神保健福祉士の資格を取得。しかし原因不明の病気が発症し、約3年間の闘病生活を過ごす。2011年からは占い鑑定士としての活動をスタート。タロットカード占術 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_006/pic_interview06_main.jpg" alt="中込 藍(占い師)" width="640" height="381" /></p>
<div class="quotebox">
中込 あい　Ai Nakagome<br />
武蔵大学欧米文化学科を卒業後、精神保健福祉士の資格を取得。しかし原因不明の病気が発症し、約3年間の闘病生活を過ごす。2011年からは占い鑑定士としての活動をスタート。タロットカード占術、占星術、数秘術を使い、カフェ・ラウンジでの対面鑑定とメール・スカイプを用いた鑑定を行なっている。<br />
また、Ander Suplexというバンドでギター・ボーカルを担当。都内を中心に活動をしている。<br />
WEBSITE：<a href="http://ai-tarot.com" target="_blank">http://ai-tarot.com</a><br />
BLOG：<a href="http://ameblo.jp/nakagome-ai/" target="_blank" class="broken_link">http://ameblo.jp/nakagome-ai/</a><br />
BAND：Ander Suplex <a href="http://www.audioleaf.com/andersuplex/" target="_blank">http://www.audioleaf.com/andersuplex/</a>
</div>
<p>目に見えるものは信じられる。<br />
逆に言うと、目に見えるもの以外は信じられないし、<br />
目に見えるものこそが全てだと、疑い無く思っています。</p>
<p>「幽霊」「魂」「神様」。<br />
人間の脳内では処理できないような「不安な気持ち」を埋めるために、<br />
人間が定義した「目に見えないもの」たち。</p>
<p>それらは、色んなカタチで僕たちの歴史に深く関わってきました。<br />
「占い」で政治を司っていた時代があり、<br />
「宗教」が政治を左右し、戦争を引き起こす時代は今もなお続いています。</p>
<p>情報化社会が進み、色々な事象が科学で説明できるようになった現代、<br />
改めて「目に見えないもの」たちの存在を不思議に思うことがあります。</p>
<p>でも、存在するからには、そこに何かしらの意義があるのでしょう。<br />
「目に見えないもの」たちが、2012年にまだ人の心に存在し続ける意味とは何なのだろう？</p>
<p>大学の先輩で、「占い師」になった人がいます。<br />
不思議な雰囲気を持ちながらも、話しているととても馴染みやすさを感じさせる中込さん。</p>
<p>「占い師」という生きる道を自然に選んだ彼女にとって、<br />
「目に見えないもの」とはどのような存在なのだろうか。</p>
<p>彼女が占いの拠点としている東京・新宿へ向かいました。</p>
<h4>本当に地道な作業を続けていって、自分のブログの価値を少しずつ上げていくんです。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_006/pic_interview06_sub01.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 占い師として活躍している姿を見ているのですが、率直な話、何で食べているのでしょうか？占いの仕事があり、バンド活動があり、他には何かやってらっしゃるのですか？</h5>
<p>あ、バイトはやっていました。某企業での事務バイトだったんですが、いまは占いの仕事がよく入ってくるようになったので、それだけでやってみようとしています。</p>
<h5>━━ そうなんですか。それだけ占いが順調に進んでるんですね。</h5>
<p>この春から占いが本格スタートですね。不思議なことに来てくださるんです(笑)。たしかに今実家暮らしで、切羽詰まっているわけではないからこそ始められる、とも言えますね。バイトで稼いでいたお金くらいは、占いで稼いでいけるという。本当に順調で、昨日も3人くらい依頼が来たりとか、今朝も1人来てくださったり。</p>
<h5>━━ それは新規で連絡が来るってことですか？</h5>
<p>そう、メールが来たり、対面で声かけてくださったり。だから収入はそんな感じで、占い師でやっていこうと。</p>
<h5>━━ 占いの世界って、僕にとってはとても謎なんですよね。興味はありながらも、なかなか行くきっかけがないんです。これから中込さんへ根掘り葉掘り聞こうとしているわけですけど、そもそもこうやって占い師の素性を明かしてしまうことってOKなんですか？</h5>
<p>全然大丈夫ですよ(笑)。そんな隠すような生き方していないので(笑)。</p>
<h5>━━ あ、不思議なオーラを維持していないといけない訳ではないんですね(笑)。</h5>
<p>はははは(笑)。大丈夫大丈夫。私は300歳…みたいのは無いですよ。たしかに年齢は明かしていないですけどね。まだ占い師としては若いから。</p>
<h5>━━ 具体的に「占い師」といっても色んな形態があると思うんですけど、どういうきっかけで今のスタイルを見つけたんですか？</h5>
<p>バンド関連で出会った夫婦が占い師をやっていて、その影響が一番大きいですね。その夫婦は十分生活が成り立つくらい、占いを仕事にしていて。2人からアドバイスをもらって「やれるよ、ゴメちゃんなら」と言われたのがきっかけでした。</p>
<h5>━━ 中込さんは、どこか固定の場所で占いを営んでいるわけではないですよね？占いというと、駅ビルの最上階などにある占いブースとかを思い浮かべてしまうんですが。</h5>
<p>そういう人もいるし、私のように固定のブースを持たないでやっている人もたくさん居るんです。</p>
<h5>━━ そういうフリーランスのような占い師の形態は、もともとあまり知りませんでした。</h5>
<p>固定のブースとか占い館とかって、マージンをたくさん取られて、結局儲からないんですよ。</p>
<h5>━━ あぁなるほど。場所代が発生する訳ですから、オーナーに収益の一部を持っていかれてしまうと。</h5>
<p>占い館とかだと、そのとおりオーナーが居て、結局時給制のような働き方になってしまったりするんです。</p>
<h5>━━ そうなんですね。占いもちゃんとしたビジネスとして話を聞くと面白いですね。</h5>
<p>占いビジネスって言葉をここ数年で知ったんですけど、いわゆる「雇われ占い師」のような形態を取ってしまうと、あまり儲けることはできないんです。もちろん、自分1人で集客する自信がない人はそうするしか方法がないですけど。占いの館とかに「就職」する感じですよね。アドバイザーとして雇われる人、のようなイメージ。でもそう言うのだと、結局儲からないうえに、独立しづらいんですよ。そこでお世話になりすぎてしまうと、なかなか一人で羽ばたきづらい。だから、もう最初からひとりでやってしまおうって思ったんです。</p>
<h5>━━ それでも、最初からひとりで「占い」という仕事を始めるのって、難しそうですし、まったく想像つかないんですけど。</h5>
<p>やっぱり今「アメブロ（アメーバブログ）」、これが要になっているんです。占い師に限らず、色んな人がブログをやっていますよね。発信して、拡散させる、という目的には、今はアメブロがすごく適しているんですね。</p>
<h5>━━ それをどうやって占い師としての活動に活かしてるんですか？</h5>
<p>占いの仕事を教えてもらった夫婦からは「ブログと、自分のサイトが必要」と言われて、自分のサイトも知り合いに作ってもらいました。半年前くらいから始めて、じわじわと読んでくれる人が増えてきて。「他の人たちはどんな記事を欲しているんだろう？」と自分でも考えて、毎週月曜日に「週刊☆タロットde１２星座占い」という12星座別で1週間の運勢を占う記事を書いてるんですけど、月曜のPV数が2～3,000PVとかいくようになって。それに伴って、平日もどんどん見てもらえるようになっていったんですね。</p>
<h5>━━ そんなに増えていくんですか！</h5>
<p>アメブロ内で繋がる仕組みがあるので、ブログをきっかけに読者になったり読者になってもらったりするんですね。読者数というのを自分からどんどん広げていけるんです。いろいろなブロガーさんのブログを読み歩き、気になる文章を書いている方や惹かれる雰囲気のブログを書いている方に、積極的にこちらからも読者登録などをしています。1日に読むブログの目標を立てて、それを毎日続けたりしています。そういう本当に地道な作業を続けていって、自分のブログの価値を少しずつ上げていくんですね。仕事だと思って1日1記事書く、と決めたりとか。</p>
<h5>━━ あ、そうやって決めてやってきたんですか。</h5>
<p>そうそう、結構地道なんです。でも自分の頑張りがそのまま反映されるんですよね。そして「ブログ見ました。鑑定お願いします。」と依頼が来始めたんです。もともと占いの夫婦に「事務のバイト代くらいならきっと占いで稼げるわよ！」なんて言われて。それがその通りになりつつあるんですね。
</p></div>
<h4>目に見えない世界は当たり前だった、物心ついた頃からずっと。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_006/pic_interview06_sub02.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ うーん、それをそのまま実行できたことが、まずは凄いことですよね。根性と言うか。その行動力って、昔から持っていたんですか？</h5>
<p>うーん、そこは去年の地震が大きいんですよね。</p>
<h5>━━ あ、そうなんですか？</h5>
<p>そう、やろうと思ったことはやろう、と。もっと今日本にはポジティブになれる人が増えたほうが良いなって思って、そういう悩みを解消できる手伝いを少しでもやりたいと思って動き出したんですね。せっかくタロットが見えるから、やろう！と。</p>
<h5>━━ それでお客さんがだんだん増えて…。</h5>
<p>新規もいらっしゃいますけど、年末頃に一度見た人が、またリピートで来てくださるんですね。言葉悪いけど「イケルなぁ」って思いました(笑)。</p>
<h5>━━ あ、良いですね(笑)。占い師が「これ、イケルなぁ」と味を占めている素顔って、すごく良いですね。僕も含めて色んな人が「占い」というものをちゃんと知らないがために、ある部分では誤解が生じていると思うんですよね。でもそうやって「占いもビジネス」と捉えられることって、とても良いことだと思います。数ある占いの種類の中からタロットを選んだのは、どういう経緯なんですか？</h5>
<p>タロットだけではなくて、占星術や数秘術も使うんですけど、人によっては何も道具を使わずに霊感だけで見る人も居るんですよね。で、私のおばあちゃんがそうだったの。</p>
<h5>━━ えっっ！！</h5>
<p>そうなんです(笑)。本業はピアノの先生だったんですけど、相談受ければ見ていたらしいんです。顧問弁護士みたいに企業の社長さんと契約をして、株の取引なんかも見ていたみたいで。</p>
<h5>━━ 株って、霊感で見れるんですか(笑)？不思議な話ですね。</h5>
<p>おばあちゃんは本当に不思議な人で、幽霊が見えるから、払うためにいつもほうきを持って歩いてたり(笑)。</p>
<h5>━━ 不思議過ぎです。</h5>
<p>だから母は「まさかあなたが、そういう仕事を引き継ぐことになるなんてね」って驚いてました。私は別に幽霊見えるわけでもないし、タロットという道具を使って見るのが合ってると思ってます。</p>
<h5>━━ 「合ってる」ですか。</h5>
<p>本当に感覚の世界の問題なんですよね。例えば音楽やるときに「なんでドラムやってるの？」と言われると、言葉にしづらい部分てあるじゃないですか。なんとなく出来る、しっくり来る、一番楽しいから、という感覚があると思うんですけど、それと一緒なんです。</p>
<h5>━━ あぁ、それすごく分かりやすいです！そういう感覚なんですね。</h5>
<p>そうそう、そういう感覚。「易学」とか「九星気学」とか「四柱推命」とか色々あるけど、そのなかでなんとなく「タロット」に惹かれてやってみたら、なんとなくしっくり来た。</p>
<h5>━━ 楽器だと上手くできるというのが分かりやすいですけど、占いって何をもって「これキテル！！」となるんですか？相手のリアクションで分かるんですか？それとも自分自身で感じるものなんですか？</h5>
<p>両方かなぁ。自分で手応えを感じたまま見えたものを言ったら、相手が「怖っ！当たる！」と反応して、「やっぱりな」と実感していく感じです。実感と経験が積み重なって、タロットが合ってることが分かってきた感じですね。だから、感じるままにタロットの解説を自己流でブログに書いていると、同業者の方からも「勉強になります」と言われるようになってきて。「好き」の追求ですよね。</p>
<h5>━━ お祖母様の影響から占いに興味を持ち始めて、どんどん追求して行ったんですね。</h5>
<p>まぁ、占い好きの女の子って居ますよね。そういうレベルで好きだっただけですよ。</p>
<h5>━━ うーん、やっぱり占いって不思議です。手品とは違って、占いって何をもってピンとくるものなのか？と。</h5>
<p>難しくもあり、とっても簡単でシンプルなものでもあると思うんですよね。「占い」というと胡散臭いものもあるじゃないですか。マインドコントロールと言われるものも、オウムの事件で日本人はトラウマを抱えてますよね。目に見えないものだから悪く利用することも出来るんです。本当は、息をしたり喋っているのと同じように単純な世界なんだけど、目に見えないから複雑にしてみたりとか。悪いことに利用してみようとしたり、とか。そういう人たちも居るけど、私はもっとハードルを下げたい。もっと当たり前のものだということに気づいたら、こんなにも人生が楽しく、自分の魂が尊いものだということが分かるんだよっていうことを、伝えられるようになりたいと思ってます。</p>
<h5>━━ そういったものが「当たり前に在るものだ」と思うようになったのは、お祖母様の影響が大きいんですよね？</h5>
<p>そうですね。大きいです。身内でそういう人が居ると、五感で感じる世界以外の存在も許容できるようになるんですね。別に私は幽霊が見えるわけでもないし、「あそこになにか居るよ」とか発言するようなこともしてこなかったけど(笑)、でも目に見えない世界は当たり前だったですね、物心ついた頃からずっと。たしかに、そこはちょっと違うかもしれませんね。
</p></div>
<h4>「学校なんて行かなくて良いよ」という姿勢で、居場所を作ってあげられるような人になりたかった。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_006/pic_interview06_sub03.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 物心ついた頃や、小さい頃は、何になりたかったんですか？</h5>
<p>あぁ、声優になりたかったですね。アニヲタだから(笑)。</p>
<h5>━━ あ、そうだったんですね(笑)。</h5>
<p>そう、そういうレッスンに通ってみたりもしました。</p>
<h5>━━ 声優になりたかった時期は、それに対してひたすら集中してやっていたんですか？</h5>
<p>いえ、普通に高校へ通って、大学へも行きました。というか、大学へ行かないという冒険すら、その頃は出来なかったので、普通に過ごしていました。だから、その程度だったんですよね。ただ、普通の大学へ行かないことが、自分の本気をアピールすることとも思っていないですけど。</p>
<h5>━━ 普通の大学に行っても、自分の夢を実現する手段はいくらでもありますからね。</h5>
<p>そうそう。ただ、高校の推薦で欧米文化学科に入ったんですね。それを当時は後悔していて、本当は心理学を学びたかったと思っていました。</p>
<h5>━━ あ、もともとそういう「人の心」に興味があったんですね。</h5>
<p>そうですね。だから、大学を卒業してから専門学校へ行ったんです。精神医学とか心理学系の資格を取りたいと思っていました。その時は声優のことをすっかり諦めていて(笑)、カウンセラーになりたいと思っていて。</p>
<h5>━━ カウンセラーには、何故憧れていたんですか？</h5>
<p>中学の頃、女の子同士のいじめが多くて、それに対して馬鹿馬鹿しく思ってしまって。ひとりで居たら、そのままハブられたり輪に入れなくなってしまって、学校に行けなかったり保健室へ行ったりしていました。担任の先生にも「私のために学校へ来てくれ」とか言われてしまい、ますます冷めていっちゃって(笑)。</p>
<h5>━━ はははは(笑)。先生も人間ですからね、つい自分のエゴしか訴えられなくなってしまったんでしょうね。</h5>
<p>そう、私もそれにがっかりしちゃって。それでスクールカウンセラーになりたい、とぼんやり思うようになりました。「学校なんて行かなくて良いよ」という姿勢で、もっと居場所を作ってあげられるような人になりたかったんですね。裏返せば、それはそのときの自分が欲しかったものなんですけど。そんな思いがあって、カウンセラーに憧れていました。</p>
<h5>━━ 自分が必要としていた感覚を、そのまま与えられる人になりたいという気持ちからカウンセラーを志したんですね。</h5>
<p>すごく極端に言えば、自分を救いたかったんだと思います。それで大学を出て、精神保健福祉士という資格を取る学校へ行ったんですね。国家試験を受けて、合格して、それでカウンセリングの施設だとかで働こうと思っていたんです。そんな矢先に、なんと自分が病気になってしまったんです。勉強していた対象だったもの、自分とは関係ないと思っていたものに、実際になってしまって。
</p></div>
<h4>スピリチュアルな意味での「個人の時代」。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_006/pic_interview06_sub04.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 当時、病気の話を伺って本当にビックリしました。病気のお話もそのまま伺って良いですか？</h5>
<p>寝ている間に痙攣している感じがしていたのは、18歳くらいのときからです。年に1回起こるくらいだったんですけど、大学で出て1年間専門学校行った後あたりからその病気が酷くなっていきました。意識失うような苦しい発作が週に3,4回くらいでるようになってしまって。病院へ行っても原因が分からなくて、神経系医科に回されて精神安定剤とかを飲んで。その薬の副作用で発疹が出るようになってしまって。もともとアトピーだから、手のひらと足の裏以外の全身にアトピーが出てしまって、歩けなくなって。死のう死のうとしていた時期はありました。その辺りは変革期で、必要な時期だったと、今では思ってますね。そんな状態が2,3年くらい続いてました。1回死んだようなものだと思っています。</p>
<h5>━━ 精神的なことが影響しての、発病だったんですか？</h5>
<p>正しくは分からないんです。発作に関しては、西洋医学からサジ投げられて、漢方の先生からも「無理かもしれない」と言われ、本当に絶望していました。でも最後の頼みの綱でたまたま行った整体の先生に「あ、これ私直せるかもしれない」と頭を触られた瞬間に言われたんです。もう、大泣きしました。それがきっかけで、そこに通い始めてから発作が減っていったんです。おかげさまで元気になりました。自分は諦めかけていたけど、母が諦めなかった。そしたらもっと諦めない先生と出会えた。整体行きはじめたころはまだ発作も続いていたけど「大丈夫よ！」と言ってくれて。</p>
<h5>━━ 「大丈夫」と言ってもらえる安心感って大事ですよね。でも不思議ですね。今は西洋医学が一般的で、誰もが絶対的に信じていますけど、その他の東洋医学や鍼灸・整体いろんな療法は実際に存在していて、それはそれで成り立っているんですよね。</h5>
<p>両方上手く付き合えるような人が増えれば良いな、とは思いますね。私は西洋医学だけに頼っていたら、たぶん今頃薬浸けになっていただろうし。でも逆に、東洋医学や自然療法ばかりに行くのもダメだと思うんです。</p>
<h5>━━ なるほど。僕の感覚としては、どうしても西洋的なものとか説明出来るもののほうが、安心するんですよね。決して薬品や身体の構造を僕自身が理解しているわけではないんですけど、どこかに居る学者が大勢で導きだした「説明できること」に対しての信頼感です。説明ができるもので満ちあふれているほうが、落ち着くんです。でも、それだけを盲目的に信じてしまうと、いつの間にか世の中に存在する可能性の半分に気づかなくなってしまうのかな、とも思ったりして。</h5>
<p>否定し合うものじゃなくて、両方あって良いと思うんです。例えば、テレビのなかの情報だけで物を考えている人がたくさんいると思うんです。でも、知ろうとすることも大事だし、それを賢く自分で取り込んで、自分が何をしていくべきかを自分で考えられなきゃいけないと思うんです。結局「個人の時代」になっていくんですよね。</p>
<h5>━━ 「個人の時代」ですか。</h5>
<p>そう、それは、こういうスピリチュアル的な人たちはみんな言ってるんですけど。</p>
<h5>━━ あ、そうなんですか。スピリチュアルでなくても、ソーシャルメディアの浸透によって個人の情報発信手段が多様化してきてますよね。人と人を繋ぐ組織的な仕組みや、その必要性が薄まってきたことで「個人の時代が来た」という人が増えてきていると思います。スピリチュアル界隈では、どういう文脈で語られてるんですか？</h5>
<p>ん～、日本では、去年の大地震が大きな影響になっていると思います。価値観ひっくり返された人はいっぱい居ると思うんです。鬱の人も増えてきてしまっていて。</p>
<h5>━━ はい。</h5>
<p>身近なところでも、自分がやっている仕事を無意味に思っててしまうようになった人が居て。今まで積み重ねてきたものが、全部崩れていくような感覚らしいんですね。死ぬことが怖くて怖くて仕方ない。</p>
<h5>━━ そこまで不安定になる人も、やはりいらっしゃるんですね。</h5>
<p>例えば、この地震とか。世界的にも各地で災害が起きたり、金融危機があったりとか。そんな「世界で起きているよく分からない変化」というのが、前もって予知されていたという考えがあるんですね。地球にとって「必要とされていたもの」である、という解釈です。地球とか…、結構変な話なんだけど、こんな話して大丈夫かな(笑)？</p>
<h5>━━ 大丈夫です(笑)。続きを。</h5>
<p>「地球が進化する」という考えなんです。物質というのが全て周波数を持っていて、それが音とか色に感じる人も居るけれど、普通は感じられないですよね。でもそういう風に、物はすべて周波数・波動を出している。人からも同様に出ていて、周波数が高い人には高い人が寄ってくる、という考えがあるんですね。その周波数を高めるために、人や物が生まれ変わっていると。人は何度も何度も生まれてきて、周波数を少しずつ上げようとしている。最終的には「光」である神様という存在を目指して、生まれ変わりを続けていると。</p>
<h5>━━ んんん。なかなかすごい話になってきましたね(笑)。</h5>
<p>そうそう(笑)。とりあえず、進化をしながら周波数を上げていくことが、魂の全体的な目標と考えてね。</p>
<h5>━━ はい(笑)。</h5>
<p>「地球」も物質だし、周波数を振るわせて、それを進化させていると。で、それを「アセンション」って言うんですけど、今まさに周波数をもう一段階上に上げているところなんです。それが7万5千年ぶりくらいのアセンションと言われていて、その振るわせている時代に何が起きるかと言うと、災害であったり、地に足の着かない人が増えてしまったりとか、金融危機とか。そうやって、人類を乗せている地球というものが進化しているから、それが良い方向へ進化するか、悪い方向へ進化するか、今生きている我々人類の責任にかかっている、と。一人ひとりが、意識を高く持って、魂というものの尊さを知ったりすることで、地球も良い方向へ変わっていくんだと。でもメディアが恐怖心を煽ることで、お先真っ暗・原因の分からない不安とかを植え付けてしまう人が増えると、地球は悪い方向へ行ってしまう。そういう地球規模な目線で見て、「個人の時代である」とスピリチュアルの世界では語られてるんです。</p>
<h5>━━ それもまた面白いですね。個人が良い方向へ行こうと意識的に行動しないと、バージョンアップしている地球の行き先を左右してしまう、っていう話なんですね。</h5>
<p>そうそう、バージョンアップ(笑)。色々な災害や問題が起き続けて、価値観がガラッと変わってしまったり、ブレる人が増えているじゃないですか。宗教みたいに聞こえてしまうけれども、今こそ本当にそれぞれ人の尊さ・魂というもの自体を知ろうとすることが大事なんです。「知る」ということ。自分や生きていることを大切にする、ということです。</p>
<h5>━━ なるほど。</h5>
<p>そういうのが、本当のスピリチュアルを訴えている人たちの考えなんですよね。
</p></div>
<h4>不安なことに対する原因とか対策を伝えられる占い師こそ、本物の占い師。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_006/pic_interview06_sub05.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 例えば「宗教」や「スピリチュアル」という価値観と「占い」をやることって、近い世界だと思われることも多いかと思うんですけど、意識的に線引きしていたりするんですか？</h5>
<p>あぁそうですね。宗教とかはよく言われますね。でも宗教は必要無い、というのが私の考えなんです。</p>
<h5>━━ というと？</h5>
<p>ある人の考え方で、とても共感した例えなのですが、宗教って「料理教室に通うようなもの」だと思うんです。キリスト教や仏教や、それ以外の宗教にも「ルール」というものがあるじゃないですか。そのルールに従えば、もしかしたら神様に近づけるかもしれない、と。神聖なものに近づけるかもしれない、ということを教わっている場所なんだと思うんです。料理って、感覚がとても大事だと思うんですけど、ただ食べただけでその料理を作れてしまう人って居ますよね？</p>
<h5>━━ はい。</h5>
<p>でも分からない人には、短冊切りから教えていきますよね。</p>
<h5>━━ もとから分かる人には必要無いものだと？</h5>
<p>そう、宗教もちゃんと自分で使わないとダメだと思うんですよね。祭壇に尻を向けて怒られることがあると思うんですけど、神様とはいつでもどこでも繋がれることが出来るし、尻向けたからって怒らない。自分が居て、宗教が在る、という考えを持てている人は良いと思うんですけど、遅刻してでもお題目あげるとかは違うと思うんです。普通の生活がちゃんと出来ないのに、見えない存在がどうにかしてくれるわけがない、と思うんですね。賛美歌を歌うと心が落ち着くんです、と言った女性も居ましたが、そういうのが宗教との上手い付き合い方だと思うんです。自分が居て、宗教が在る。</p>
<h5>━━ 手段に縛られて、本来の意味を見失うって言うのは、よくあることですね。</h5>
<p>そうそう、だから極端に言ってしまうと宗教なんて必要無い。自分で料理できてしまえば、通う必要がないですから。</p>
<h5>━━ なるほど。</h5>
<p>たまに、もっと不安を煽るような言い方をして、縛り付けたり支配しようとする占い師も居ます。そういう占い師は、とっても罪深い。不安なことを言うのであれば、それに対する原因とか対策を伝えられる占い師こそ、本物の占い師だと思ってます。</p>
<h5>━━ そうなんですね。</h5>
<p>「神様」とか言ってるけど、無宗教だよって(笑)。</p>
<h5>━━ 「信じる」ということと上手く付き合っていく観点は、とても大事ですよね。占い師として独立すること以外にも、これからやろうとしていることありますか？</h5>
<p>いま、タロットのハードルを下げたいと思っていて、解説本を出したいと思っているんです。「私も持っているんだけど出来ません」という人が多いんですけど。自分で「後ろの人」と会話をするツールとして、カードはもの凄く優れた道具なんです。その使い方を、もっと自分は推進していきたいと思ってます。だから教室も持ちたいと思っています。「教室」と言っても、お茶会のような雰囲気で交流の場を作りたいんですね。タロットを持っている人に対して、もっと使えるようにしてあげたい。
</p></div>
<h4>占いで、心から美しい人を増やしたい。</h4>
<p style="text-align:center;"><img src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_006/pic_interview06_sub10.jpg" /></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ こうして聞いてると、中込さんの「占い」の世界ってちょっと不思議ですよね。不思議というか、妙に地に足がついている感じがして面白いです。</h5>
<p>スピリチュアルすぎるのも、私は違うなって思うんです。「浄化」という言葉が好きではなくて、「そんなに汚いかよ、この世界は？」とか思っちゃうんです(笑)。結局人間なんだから、「毒」も持って生きないとダメじゃない？という考えで。「現実的スピリチュアリスト」という言葉を、例の占い師夫婦が言っていたんですけど、それが「あぁいいなぁ！」と思って、もっと生活に則した占いをやっていきたいんです。神秘はそんなに難しいものではない、ということを伝えていきたい。</p>
<h5>━━ …面白いですね。中込さんはバンドもやってらっしゃいますけど、そこで表現していることも、いま仰っていた価値観と関連があるのでしょうか？</h5>
<p>バンドでは人間の「負」の部分、暗い感じでやろうと言って始めました。占い師として「光」を訴える傍らで、バンドでは「闇」を伝えるようなイメージで暗めのロックをやってるんです。「陰陽」の体現が出来ればと思っています。でも今は、ダウナーながらも絶妙に前向きなことも訴えていけるようにしたいと思っています。自分が今占い師としてやっていることと結びつけていけるんじゃないか、と思って擦り合わせをしているところです。</p>
<h5>━━ 今の仕事から得た価値観を、ちゃんと表現に落とし込んでいくと。</h5>
<p>「みんな死んじまえ」みたいな表現方法でロックを演じていたんですけど、それじゃ意味ないなって思い始めていて。そういうのじゃなくて、そういう気分もあるけど生きていく気持ちは残して、絶妙な前向きを表現したいんです。</p>
<h5>━━ それが中込さんの思う「人間らしさ」なんですね。で、同時にそれが「受け入れやすさ」にも繋がっているような気がします。他には、何か計画していることありますか？</h5>
<p>友達とシェアサロンをやろうと思っています。ネイルとかまつ毛とかマッサージとか、技術を持っているけど子供がいてフルで働けない人に場所を貸して、商売する環境を提供する。女性が男性的に働くのではなくて、女性は女性が持っている役割を大事にしながら社会貢献していけるような場作りですね。それを進めている友人が居るので、その人と一緒にその場所で私は占いをしてみようと思ってるんです。</p>
<h5>━━ ネイル・まつ毛・マッサージとか女性を輝かせるための商売の場に「占い」を置くことも、それが総合的な美容として捉えるとまた面白いですね。</h5>
<p>名前も決まってるんですよ。「美・ASIA」（ビー・エイジア）って言うんですけど。女性が美しい国って豊かだよねっていう話をして、そんな名前にしたんですね。心と見た目と。心が綺麗な人って、見た目にも出てくるし。造形が綺麗とかそういう意味ではなくて、自分に自信をもっている人って輝いているじゃないですか。笑顔が可愛いとか。</p>
<h5>━━ それはすごく分かりますね。前向きに生きようとしている女の人の美しさには、最近気づきました(笑)。</h5>
<p>ははははは(笑)。造形の美しさだけじゃなくて、そういう心から美しい人を増やそう！という。</p>
<h5>━━ 良いですね。タロットとの出会いや経験された病気を通して、独特の世界感を作りあげながらも、ちゃんと次へ進んでいるのが凄いと思います。</h5>
<p>自分のエゴとか、こうしたいああしたいというのを病気ですべて無くしてしまったので、「自分の命以外、何も要らない。」ということに気づいたんです。一旦、まっさらになって。そうしたら自分の役割が見えてきたんです。それが自分の場合は「占い」だったんですね。</p>
<h5>━━ 「自分の命以外、何も要らない。」ですか。</h5>
<p>そう。でも時間が経った今は「全部要らないけど、全部欲しい」と思うようになったんです。俗っぽいですけど(笑)。お金もちゃんと欲しいし、人からも好かれたいし、何でも欲しい(笑)。</p>
<h5>━━ はい(笑)。</h5>
<p>何でも欲しいんだけど、無くなるんだったら要らない。今身の回りに在るものは大切にしたいんだけど、必要無くなるのであれば要らないって感覚なんです。</p>
<h5>━━ 来るもの拒まず、去るもの追わず、でしょうか。</h5>
<p>そう、まさにそれ。そうしたら凄く生きやすくなったんですよね。何も追いかけないので。みんな何かに執着しているんですよね。例えば好きな人がいて、思い通りにならないから苦しい。でも私は、病気を経て、そういうエゴを捨てられるようになった気がします。</p>
<h5>━━ 一度は全部を失ったからこそ、余計なエゴが消えて、純粋に自分の求めるものと向き合えるようになったと。それを意識的にやっているんですね。</h5>
<p>そう、しているんです。やっぱり、欲しいのに無理、やってみたいのに無理、となると悲しいし苦しいんですけど、でも次に進めるような強さを持てるようになったんです。</p>
<h5>━━ 「占い」や「信じること」の話から、女性の美しさまで(笑)、色々お話伺えて良かったです。ありがとうございました！</h5>
</div>
<p>物心ついた頃からずっと目に見えない世界が当たり前だった、と語った中込さん。</p>
<p>「目に見えないもの」はその性質上、時には悪く利用されることもあるけれど、<br />
中込さんは、日常をもっと楽しく美しく生きるために、それらとうまく付き合う姿を提案していました。</p>
<p>それは、自分が自分の意志で生きていく中で、<br />
「ルール」としてではなく「意思決定の手段」として占いを活用する、ということです。</p>
<p>盲目的に信じるのでも、否定するのでもなく、当たり前にそこにあるものだからこそ<br />
それを利用すれば良いだけ、という考え。</p>
<p>大事なのは、ルールを守ることではなく、<br />
結果的に自分が今以上に輝いて、自分を好きになれること。</p>
<p>そして自分を好きになるためには、<br />
輝かしくなれる可能性と、そうではなく醜さを持っている自分に<br />
向き合うことが必要不可欠であるということ。</p>
<p>陰と陽。それが、<br />
苦しんだ病気や世の中に対する違和感を通して感じてきた中込さんの「表現」なのだと思います。</p>
<p>自分が信じる「占い」の可能性にかける気概と、それを体現している清々しい風を、<br />
中込さんと話していながら感じました。</p>
<p>ちなみに、この後中込さんに僕の生年月日をもとに簡単な占いをしていただきました。<br />
しばらく計算をしていただいた後に「あぁ、変態だね」と言われました。</p>
<p>「変態ってw」とも思いましたが、<br />
なんだか最近モヤモヤと感じていた違和感がすっと消え去りました。<br />
「そっか、仕様がないのか。だったら、このままで良いじゃないか。」と。</p>
<p>人の言葉も、それはルールではなく、利用するもの。<br />
そういうもんなんだと思います。</p>
<p>僕も、「見えないもの」から頂いた言葉を自分なりにうまく利用して、また次へ進んでいきたい。<br />
そう思いました。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>家具のできが良ければいいのと同じで、音楽そのものが良ければそれでいい。─ Orbital Interview (ele-king Powerd by DOMMUNE)</title>
		<link>http://bokunarist.com/collection/2012032.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Mar 2012 00:10:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Collection：日刊インタビュー収集隊]]></category>
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					<description><![CDATA[今日のインタビューはこちら。 Interview with Orbital　「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」世代の帰還、またここに…… &#8211; ele-king Powerd by DOMMUNE &#124; エレキング [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="sentencebox">
今日のインタビューはこちら。</p>
<p style="text-align:center;"><a href="http://www.dommune.com/ele-king/features/interview/002264/index.php" target="_blank" class="broken_link"><img loading="lazy" width="500" height="300" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/collection/201203/cap_collection_20120322.jpg"></a></p>
<p><a href="http://www.dommune.com/ele-king/features/interview/002264/index.php" target="_blank" class="broken_link">Interview with Orbital　「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」世代の帰還、またここに…… &#8211; ele-king Powerd by DOMMUNE | エレキング</a></p>
<p>イギリスのテクノユニットOrbitalのポール・ハートノルのインタビュー。</p>
<p>８年ぶり８枚目のオリジナルアルバム『Wonky』の発売を3月28日に控え、これまでのクラブミュージックシーンや自らの音楽の始まりなどについて語る。</p>
<p>「初期のダンス・ムーヴメントは全部アマチュアによるものだったということだね。あの頃は、みんな何もわかってなかった。運営してる人間のなかにプロがいなかったんだよ。いまはプロばかりだと思う。でも、ダンスは基本的にいつの時代も変わらないよね。どんな時代でもダンスに行きたいという気持ちはそのまま。人はつねに人と集まりたいし、大きな集団のひとつになりたいんだ。それは変わらない。」</p>
<p>Orbitalが結成された時の話は、シーンの中で時代が求める音が発明された瞬間を目に浮かばせる。</p>
<p>「以前からふたりとも家で音楽を作ってたんだけど、あるときパイレーツ・ラジオ局に関与するようになった。アシッド・ハウスの良い作品をしょっちゅうプレイしてたDJがいたんだけど、彼が俺たちが金曜にプレイした&#8221;チャイム&#8221;をかなり気に入ってくれた。絶対に出したほうがいいと言ってきて、リリースしたら、２、３週間で2000枚も売れた&#8230;&#8230;その時点ですでに６つのレーベルからオファーがあったから、名前から何からすべてを急いで決めないといけなかった。（中略）街の外に続くロンドン・オービタル・モーターウェイ（ロンドンにある環状高速道路）があって、この環状線の南東地域がデッカいレイヴが起こってた場所だから、そこから名前をとって、オービタルの活動がスタートした。」</p>
<p>時代の変化に対してもすべてをポジティブに受け入れる姿勢を見ると、今も彼らが、活動開始したときに生まれた世代の若者達をクラブで踊らせ続けている秘密を知ることができる。</p>
<p>「家具を作るのにどの工具を使うかを議論してるのと一緒さ。大した問題じゃないんだよ。家具のできが良ければいいのと同じで、でき上がる音楽そのものが良ければそれでいい。良いDJがいて、音楽が良くて、ダンス・パーティが盛り上がってれば、それ以上に求めるものはないよ。」</p>
<p>「テクノロジーのおかげで、すべてがオープンになってきていると思うんだ。（中略）ファンタスティックだと思うし、それをいちどできるようになると、もう昔には戻れないよ。」</p>
<p>あ、ドラッグカルチャーについて語ってトボケているポールの反応も可笑しいよ。
</p></div>
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		<item>
		<title>その日、いわき市のイチニチ ─ 2012年3月11日福島県 久之浜海岸供養・豊間キャンドルナイト</title>
		<link>http://bokunarist.com/report/20120317.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Mar 2012 19:58:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Report]]></category>
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					<description><![CDATA[2012年3月11日。僕は同僚と、彼の故郷である福島県いわき市へいきました。 上の動画は、一日の様子を編集した動画です。 10分近く長い映像ですが、その日の海辺の空気を少しだけ感じられるかと思います。 お時間あれば是非ご [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img title="pic_interview01_main" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/report/20120317/pic_report20120317_main.jpg" alt="その日、いわき市のイチニチ" width="640" /></p>
<div class="sentencebox">
2012年3月11日。僕は同僚と、彼の故郷である福島県いわき市へいきました。</p>
<p><a href="http://bokunarist.com/report/20120317.html"><em>Click here to view the embedded video.</em></a></p>
<p>上の動画は、一日の様子を編集した動画です。<br />
10分近く長い映像ですが、その日の海辺の空気を少しだけ感じられるかと思います。<br />
お時間あれば是非ご覧ください。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7056/6979205683_fa82d8267f.jpg" class="alignnone" width="333" /><br />
昼過ぎの14時頃、まずは久之浜の海岸供養に参列しました。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7207/6979206105_59755ed200.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
自分の家の側で腰を下ろしている方や、落ちている品々を見つめている人たちがいます。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7200/6979206533_039c57dc78.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
海辺には献花台があり、人が集まります。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7039/6833081434_189c846dd3.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
14時46分のサイレン。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7064/6833082108_43b19a4e03.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
みんなで海に向かって、お花を手向けました。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7206/6979208407_ba2b30147c.jpg" class="alignnone" width="333" /></p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7208/6833082902_598353ba7d.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
涙を流す人もいれば、ずっと海を見つめ続ける人もいます。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7050/6979207513_b2bd49f301.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
遠くから子供達の笑い声が聞こえたり、<br />
カメラを回す報道陣が走り回り砂利を蹴る音が聞こえます。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7209/6979209107_b07e91d9a5.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
お花を手向けたあとに、<br />
いわき市に伝わる郷土芸能じゃんがら念仏踊りが始まりました。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7065/6833084366_f43c634557.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
夕刻になり、場所は豊間へ移ります。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7041/6979210577_a278288fc1.jpg" class="alignnone" width="333" /><br />
この夜開かれるキャンドルナイトの準備で大忙し。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7037/6833085784_4ef69c5f60.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
果てしなく続く海辺に、ずーっとキャンドルが並べられています。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7053/6833087928_c80248fe8f.jpg" class="alignnone" width="500" /></p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7209/6833086394_997cedd044.jpg" class="alignnone" width="500" /></p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7058/6979211355_8623e47445.jpg" class="alignnone" width="333" /><br />
このキャンドルナイトは、脚本家の倉本聰さんが率いる劇団「富良野グループ」が主催していました。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7184/6833090460_beb639cd4a.jpg" class="alignnone" width="333" /><br />
北海道では、海難事故が起きたときに、浜辺で大きなたき火を焚いて、帰ってくる場所を教えるという習慣があるそうです。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7070/6833091126_12a69b2df6.jpg" class="alignnone" width="333" /><br />
この沢山のキャンドルも、海から、空から、きっと見えているのだろうと思います。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7197/6979217461_cc5f58dd7d.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
昨年、石巻市といわき市へ行き見た風景と、今回訪れた風景。<br />
瓦礫はすっかり片付いていたものの、そこにポッカリと空いた空気を吸っていると、<br />
「忘れないために」というよりかは「忘れられる日がくるために」と言いたくなるほど<br />
海辺の寂しくて悲しい空間を感じました。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7058/6833092130_a97f6a31d3.jpg" class="alignnone" width="333" /><br />
でも、こうしてキャンドルを点している方々や、この場を設けた富良野の方々の背中を見ていると、まだまだできる事は沢山ある、見つけて伝えなきゃいけないんだと、考えさせられます。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7046/6833092510_40bc8f0a8f.jpg" class="alignnone" width="500" /><br />
このレポートも、ただの第三者の視点で見た風景でしかありません。</p>
<p>でも、失礼ながら向けさせていただいたカメラの写真・動画を通して、<br />
日本が失った沢山の命と、そこから生まれた「なにかやらくなくては！」という残された人たちの気概を、<br />
今一度心の中で思い起こし、これからの行動に変化が生まれ続けることを<br />
自分に対しても、他の方々に対しても願っています。</p>
<p><img alt="" src="http://farm8.staticflickr.com/7066/6979218701_2a92ca33b1.jpg" class="alignnone" width="333" /><br />
語弊もあるかと思うのですが、<br />
感謝の気持ちが沢山あるのです。</p>
<p>色々な気づきを、ありがとうございます。<br />
改めてご冥福をお祈りいたします。
</p></div>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>足の先から頭の先まで感謝 ─ 三点倒立おじいちゃん(デイリーポータルZ)</title>
		<link>http://bokunarist.com/collection/20120313.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Mar 2012 00:01:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Collection：日刊インタビュー収集隊]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://bokunarist.com/?p=582</guid>

					<description><![CDATA[今日のインタビューはこちら。 @nifty：デイリーポータルZ：三点倒立おじいさんにインタビュー 沖縄の海、明け方に（というよりは日が昇る前）に海を泳ぎ、三点倒立をする謎のおじいちゃんに行なったインタビュー。 戦争が終わ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="sentencebox">
今日のインタビューはこちら。</p>
<p style="text-align:center;"><a href="http://portal.nifty.com/2012/03/11/c/2.htm" target="_blank"><img loading="lazy" width="500" height="300" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/collection/201203/cap_collection_20120313.jpg"></a></p>
<p><a href="http://portal.nifty.com/2012/03/11/c/2.htm" target="_blank">@nifty：デイリーポータルZ：三点倒立おじいさんにインタビュー</a></p>
<p>沖縄の海、明け方に（というよりは日が昇る前）に海を泳ぎ、三点倒立をする謎のおじいちゃんに行なったインタビュー。</p>
<p>戦争が終わったときの話が強烈。</p>
<p>「私は戦争に負けたってことを聞いて、終戦のラジオなんかは当然宮古島では通じないんだよね。 だから後で聞いたんだけど、そうだね。すべてが終わった。(中略) だからワシは毛という毛はすべて剃った！ 髪の毛から上から下まで真っ裸になって。 なんか知らんけど白紙に戻ろうと思って。ははは。」</p>
<p>毛を剃る。ちょっと笑っちゃったけど、きっとその当時の気持ちは文字にも言葉にもできないのだろう。<br />
満州に住んでいた頃に一緒だった沖縄出身の戦友に、自分がもう帰れないことを悟って、父親に渡してもらうために爪と髪を預けていったそうだ。</p>
<p>健康についての話でこんなことも語っている。</p>
<p>「私はね、我々の身体は60兆の細胞から成っているといつも思っている。 細胞のおかげで生かされているんだと感謝している。<br />
みんな外のものには感謝するけど、内のものを忘れがちなんだ。 だから私は毎朝、足の先から頭の先までひとつづつ感謝の言葉を言っているんだよ。」</p>
<p>髪や爪の話から、この最後の身体の細胞の話を聴くと、この見ず知らずのおじいちゃんの神髄をほんの少しだけ垣間見れた気がする。</p>
<p>（ちなみにこのおじいちゃんはNHKカーネーションの大ファン。親近感。）
</p></div>
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			</item>
		<item>
		<title>世界の自然さを、素直に音へ変換 ─ Curly Giraffe(CINRA.NET)</title>
		<link>http://bokunarist.com/collection/20120307.html</link>
					<comments>http://bokunarist.com/collection/20120307.html#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Mar 2012 01:46:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Collection：日刊インタビュー収集隊]]></category>
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					<description><![CDATA[今日のインタビューはこちら。 人って、もともと曖昧なもの Curly Giraffeインタビュー -インタビュー：CINRA.NET GREAT3とHONESTYのボーカル・ベース・高桑圭のソロプロジェクトであるCurl [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="sentencebox">
今日のインタビューはこちら。</p>
<p style="text-align:center;"><a href="http://eiga.com/movie/56953/interview/" target="_blank"><img loading="lazy" width="500" height="300" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/collection/201203/cap_collection_20120307.jpg"></a></p>
<p><a href="http://www.cinra.net/interview/2012/03/06/000000.php?page=1" target="_blank">人って、もともと曖昧なもの Curly Giraffeインタビュー -インタビュー：CINRA.NET</a></p>
<p>GREAT3とHONESTYのボーカル・ベース・高桑圭のソロプロジェクトであるCurly Giraffe（カーリー・ジラフ）のインタビュー。<br />
3月7日に5枚目のアルバム『FLEHMEN』を発表したCurly Giraffeは、曲作りに対する姿勢・音の捉え方・震災後に感じたバンドと自分の関係性などについて語っている。</p>
<p>Curly Giraffeの「ポップさ」に対する考え方がとても印象的だった。<br />
「馬が笑ってるみたいに歯を見せる表情って、フレーメン現象というらしいんですね。僕自身、音楽に対してそういうものを求めているというか。10代の頃は頭で聴いたりもしていたけれど、最終的にずっと聴き続ける曲というのは、本能に響いたもの。一過性ではなくて、気に入ったら一生聴いてもらいたい気持ちで作ってるし、そういうものを目指したい。」</p>
<p>Curly Giraffeの音楽は、構成する音ひとつひとつがとても心地よく耳に残り、歌声も音風景のなかに染まり込んでいるために、いつまでも聴いて飽きないし苦しくならない不思議な音楽である。<br />
「苦しいことを苦しい感じでは歌いたくないんですよね。人の気持ちって、そんな単純じゃないな気がする。その部分をちゃんと音や言葉や、歌にこめたいというか。人って、もともと曖昧なものな気がするんです。今の世の中にあるヒットチャートの曲のほうが、不自然に感じてしまう。人の気持ちからかけ離れているというか。」</p>
<p>彼自身が感じている世界の「自然さ」を、素直に音へ変換しているからこそ、馴染み深いようで独創的な世界観を演出しているのだ。
</p></div>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>舞踏家と映画監督の歩みが交わるその時 ─ 『Pina』監督ビム・ベンダース(映画.com)</title>
		<link>http://bokunarist.com/collection/20120303.html</link>
					<comments>http://bokunarist.com/collection/20120303.html#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Mar 2012 21:16:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Collection：日刊インタビュー収集隊]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://bokunarist.com/?p=572</guid>

					<description><![CDATA[今日のインタビューはこちら。 Pina ピナ・バウシュ　踊り続けるいのち インタビュー: ビム・ベンダース　3Dで実現したピナ・バウシュ作品への深き思い &#8211; 映画.com 2012年2月25日（土）より公開さ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="sentencebox">
今日のインタビューはこちら。</p>
<p style="text-align:center;"><a href="http://eiga.com/movie/56953/interview/" target="_blank"><img loading="lazy" width="500" height="300" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/collection/201203/cap_collection_20120303.jpg"></a></p>
<p><a href="http://eiga.com/movie/56953/interview/" target="_blank">Pina ピナ・バウシュ　踊り続けるいのち インタビュー: ビム・ベンダース　3Dで実現したピナ・バウシュ作品への深き思い &#8211; 映画.com</a></p>
<p>2012年2月25日（土）より公開されている映画『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』の監督ビム・ベンダースのインタビュー。</p>
<p>2009年に惜しくも亡くなった天才舞踊家ピナ・バウシュ。彼女の作品を表現するヴッパタール舞踊団を、表現最新の3Dカメラで新たに撮影した映画である。</p>
<p><a href="http://bokunarist.com/collection/20120303.html"><em>Click here to view the embedded video.</em></a></p>
<p>同じドイツのルール地方で育ち、世代も近いピナとビム監督。第2次世界大戦後である1950～60年代に幼少期を過ごした経験は、2人の若かりし表現者に大きな影響を与えていた。<br />
「戦後のドイツは独特の雰囲気がありましたし、彼女は舞踊で僕は映画というそれぞれの分野でそれまでの価値観を継続できる時代ではなく、新しいことを作り直さなければならなかったのです。お互いそういった経験をしています」</p>
<p>「ダンサーの中には20～30年と彼女とすごし、彼女の目線をそれだけの長い間に感じていた人もいるわけです。言葉ではなく、体でピナはどういう人であったか、彼女の目線はどういったものであったかをきちんと伝えてくれると思い、それで心機一転してこの映画を撮ることにしたのです」</p>
<p>もともと生前のピナと映画を撮る予定だったビム監督。ピナが亡くなったあと暫くは映画の製作を諦めていたが、彼女と長い間共に過ごしたダンサー達の身体でピナを表現できると感じたビム監督は、ようやく映画の撮影にスタートをかけることができた。<br />
「毎日一つのシーンを撮るたび、撮った後に彼女だったらどういう風に言うだろう、気に入ってもらえるだろうか、果たして僕が彼女に約束した、彼女の映画に値するものかとずいぶん自問自答してきました。」</p>
<p>舞踏という表現は、実に不思議なものである。<br />
型にはまった綺麗な動きでもないし、もちろん言葉もない。<br />
だが人間が持つ美しさや感情がビシビシと観覧者に突き刺さる。</p>
<p>この映画では立体映像が持つ可能性を、また新たなベクトルに引き延ばした作品であるだろう。<br />
と、知ったような口きいてますが、まだ観てません。観に行こう。
</p></div>
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		<title>vol.05 塩津 丈洋（盆栽職人）</title>
		<link>http://bokunarist.com/interview/vol_005.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Mar 2012 16:19:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://bokunarist.com/?p=560</guid>

					<description><![CDATA[塩津 丈洋　Takehiro Shiozu 1984年、紀の国に生まれる。2007年に名古屋芸術大学デザイン学部卒業後、都内にて盆栽職人の元で修行をする。2010年には、塩津丈洋植物研究所を設立。現在では、自由大学で「新 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_main.jpg" alt="塩津 丈洋(盆栽職人)" width="640" height="381" /></p>
<div class="quotebox">
塩津 丈洋　Takehiro Shiozu<br />
1984年、紀の国に生まれる。2007年に名古屋芸術大学デザイン学部卒業後、都内にて盆栽職人の元で修行をする。2010年には、塩津丈洋植物研究所を設立。現在では、自由大学で「新盆栽学」という授業を行うなど、各所でワークショップを開催。調子の良くない植物の治療・引き取りなどを行なう活動を続けながら、庭作りなどにも携わっている。<br />
塩津丈洋植物研究所⇒<a href="http://syokubutsukenkyujo.com/index.html" target="_blank">http://syokubutsukenkyujo.com/index.html</a><br />
自由大学　新盆栽学⇒<a href="http://www.freedom-univ.com/lecture/detail676.html" target="_blank" class="broken_link">http://www.freedom-univ.com/lecture/detail676.html</a>
</div>
<p>エコだとか環境だとか、山が好きだとか自然って良いよねとか言いながら、<br />
僕は道ばたにポイ捨てをしたこともあるし、<br />
植物を枯らして捨てたこともあります。</p>
<p>響きだけで「自然が好きだ」と言うこと、好きなフリをすることは簡単です。<br />
しかし本当に自然と人間のことを考え、それに則した行動をとることは出来ていません。</p>
<p>きっと盆栽に興味が出始めた頃の自分は、その形だけの状態、表層的な美しさだけに憧れて、とても人間的な目線で植物の上っ面を美しいと捉えていました。</p>
<p>盆栽と言うものは、年配の方が松の木をチョキチョキしているイメージが強く、縁が無いと思っている方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。<br />
しかし、実際に「盆栽」という日本ならではの不思議な美意識に触れると、その印象は大きく変わります。詳しくは、レポートに書いてあるので是非読んでみてください。<br />
<a href="/report/20120109.html" target="_blank">⇒レポート「盆栽のススメ〜植物を知り、人を知る〜」</a></p>
<p>僕はその盆栽というものに触れ、植物の繊細さを知り、正直怖じ気づきました。<br />
自然と人間の間にある、今にも壊れてしまいそうなバランスそのものに気づいてしまったのです。<br />
しかしそのバランスを、自分の手で少しづつ変えていこうとしている人がいます。</p>
<p>塩津丈洋さん。僕に盆栽の魅力を、そして自然の繊細さを教えてくれた同い年の盆栽職人。<br />
彼の言葉と志を、今一度ゆっくり見つめ、この場で少しでも多くの人に伝えたいと思います。</p>
<p>寒さが厳しくなるなか、仕事場である「塩津丈洋植物研究所」へお邪魔しました。</p>
<h4>お花が枯れてしまった時の受け口になるような場所があったら良いなって。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_sub01.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 「盆栽の先生」として僕は塩津さんに出会ったわけですが、本業というか、今やってらっしゃる仕事についてはあまり良く知らないんですよね。「どんな仕事してるんですか？」と聞かれると、いつもなんて答えてらっしゃるんですか？</h5>
<p>そうですね…「病院」って言ってます。</p>
<h5>━━ 病院？</h5>
<p>はい(笑)。不思議に思われるのですが、そこに自分はこだわっていて。こんなこと言うのは何ですけど、植物ってそんなに自分たちと変わらないものなんじゃないかって思ってるんです。最近だと、自分、腰やっちゃったんです。</p>
<h5>━━ ぎっくり腰ですか？</h5>
<p>みたいなのをやっちゃって。もう動けなくなっちゃったんです。初めて救急車で運ばれて、ここに救急隊員がやってきて、色んな道具持ってきて、運ばれて、気付いたら病院で。もう、ものすごく助かったんですよね。で、それって人間だからじゃないですか。</p>
<h5>━━ はい。</h5>
<p>で、どんなレベルまで「病院」ってあるのかなって調べたら、やっぱり動物までなんですよね。人間向けはもちろんあるし、水族館だったらイルカや魚たちもあるし、ペットショップだったら犬や猫もある。動物園に行けば、パンダだってライオンだって注射打たれたりして、獣医がいるじゃないですか。</p>
<h5>━━ はい、資格をもった獣医さんがいるわけですよね。</h5>
<p>で、植物になると、明治神宮の大楠のような国の保存樹等を治療してくれる樹木医と呼ばれる方達がいます。だけど例えば、家のベランダの小さなプランターのひまわりが枯れかけてますっていう時に、来てはくれないと思うんですよね。<br />
何年も飼っているわんちゃんの体調が悪くなったら放っておかないと思うんですよね。でもベランダのひまわりが枯れかけても、なんとか必死に手を施す人なんて10人居たら1人居るか居ないかだと思うんですよ。もっと言うと、100人居てもなかなか居ないんじゃないかって思うんです。それが普通だし「植物ってそういうものだ」という風になってるじゃないですか。</p>
<h5>━━ 僕も枯らしたことがあります。手の施し方が分からなくて、諦めてしまって。</h5>
<p>ですよね。じゃあそこの境界線って何なのか？って考えると、それはアヤフヤだし、誰かが線引きしたわけじゃないけど「そういうものだ」ってみんながフワ～っと思ってるだけなんですよ。だから、そういう仕事をしている人は居ないんです。でも自分はそれが嫌で、「どういうことなんだろう？」って気になっちゃって。</p>
<h5>━━ なるほど、そういう視点で…。</h5>
<p>自分がこういうことやってるのも、単純に「植物が好きだ」っていう理由だけなんですよね。別に深い意味もなくて、植物が好きだからこういうことをやってて、植物が好きで仕事にしていこうって考えたときに気付いたのが「植物の病院」ということなんです。いつも疑問から発生してるんですけど、すごいんですよ、日本のお花屋さんの数とか。</p>
<h5>━━ 多いんですか？</h5>
<p>東京だけで何百店とあるんですよ。お店はそれだけあって、そこにお花が数百円～数千円で飾られて売ってるじゃないですか。「綺麗だな」って思って、買って帰って。でもそれを誰が最後まで面倒をみるのか？て思うと、売ったのは良いけど、買った人は最終的に枯れかけてしまったお花をお店に持って行かないですよね。</p>
<h5>━━ そうですね。全然「お店に持って行く」という考え自体がなかったです。持って行かないですね。買った時点でその人自身のものになって、最後の責任もその人次第っていう感覚があります。</h5>
<p>ですよね。そうなったときに「じゃあ自分が責任をもってみたら良いんじゃないか」って思ったんです。</p>
<h5>━━ なるほど。</h5>
<p>植物を育てる人ってたくさん居るんですね。でもやっぱり「治す人」っていうのは基本的には居ない。農大だったり研究者の方々でやってる人も居ますけど、「電話一本」で自転車で来てくれるような人って居ないんですよね。でもそういうメンテナンスが何よりも大切だと思っていて、今の仕事を「病院」と言って、活動しています。</p>
<h5>━━ そうなんですね。「病院」であることを名乗りながら、実際はどんなことが仕事になっているんですか？</h5>
<p>植物に関することだったら、色んなことやります。電話が鳴って、植物を治しに行ったりとか。それ以外にも、最近だったら練馬のほうで庭をひとつ作ったりとか。</p>
<h5>━━ あ、庭を造るという仕事もあるんですね。</h5>
<p>そうですね。庭師のような、剪定をするような仕事です。あとはお祝いのブーケを作ったり。普通のお花屋さんがやっているようなことは全部やっています。ただ「販売」という形はあまり取っていないんですね。</p>
<h5>━━ 盆栽は個人で売られていないんですか？</h5>
<p>そうですね、なるべく「販売だけ」という形態はとらないようにしていますね。「売ったら良いじゃない」とよく言われるんですけど、ただ売っても、ただ買った人は上手く育てられないと思うんです。なので、ワークショップをやって、受けてもらった人に直接お渡ししたり、あとはそういう方達からの繋がりだけでやっています。だから全く分からない人には、なるべく売らないようにしています。カフェで単発のワークショップをやったりもするんですけど、基本的に自分がお譲りした人に対しては「永久保証」というのをやっています。</p>
<h5>━━ 植物の「永久保証」って新しいですね(笑)。</h5>
<p>形のうえでは、植物をその方に委ねてしまうことにはなるんですけど、自分がちゃんと譲った方ですと、また来てくださる方がいっぱい居るんですよ。苔玉の苔を貼り直して、持って帰ってもらったり。好きな人はそうやって大事に付き合ってくださるんですね。なので、そういう形がやっぱり一番安心します。</p>
<h5>━━ 人に植物を届ける場合は、そうやって顔が見える範囲で、ちゃんと植物に対する考えを共有した上で渡したいってことなんですね。</h5>
<p>そうですね。お花屋さんを否定するわけではないです。でも、お花が枯れてしまった時の受け口になるような場所があったら良いなって。まだ全然浸透はしてないと思いますけど(笑)。でも、そうなっていったら良いなっていう気持ちですね。浸透していったら、世界がもっと良いくなるんじゃないかって。それがやっぱり自分の「やりたいこと」である、という。</p>
<h5>━━ 素敵ですね。</h5>
<p>よく「お金になるのか？」と言われます。年齢的にもビジネスのことを考えなければいけない。ただ、今やっていることを僕は「きっかけ作り」だと思ってます。</p>
<h5>━━ ビジネスに至る前の、「きっかけ作り」であると。</h5>
<p>そうです。みんながシフトしていくためには、「変なこと」で良いだろうと思うんですね。「変なことやってる人が居る！」というところからスタートして、いつか歳をとった時には「枯れかけてきたから、来週病院に持って行かなきゃ」「あ、うちの子も先週持って行ったんだよね」みたいなことが当たり前の世の中になっていったら、自分は楽しいし、もっと良い世界になっていくんじゃないかなって思ってるんです。</p>
<h5>━━ それが理想であり、目指すとこなんですね。</h5>
<p>変態みたいになっちゃってますけど(笑)。
</p></div>
<h4>これだけ挑戦してダメだったら、多分自分は違うんだ。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_sub02.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ いや。その「変態であること」って大事だと思います。そんな独特な考えを持つに至るまでの流れを知りたいのですが、小さい頃は何になりたかったんですか？</h5>
<p>自分は一番最初、漫画家になりたかったんです。</p>
<h5>━━ えええええ、そうだったんですか。</h5>
<p>絵を描くのが大好きで、よく描いてたのは覚えてます。動物が大好きで、暇があるとよく動物の絵を描いていたみたいで。いつからか分からないですけど、物心つく頃には「漫画家になりたい」と思ってました。</p>
<h5>━━ 気付いたら、漫画を描きたかったんですね(笑)。</h5>
<p>はい(笑)。そこからずーっと、大学受験のその日まで「漫画家になりたい」と思い続けてました。一人で漫画作ったりもしていましたよ。当時流行っていたドラゴンボールとかファイナルファンタジーとかのキャラクターを真似したようなものですけどね。子供なんで。でもやっぱり楽しかったですね。</p>
<h5>━━ そこまで絵が好きだったのが、いつ変わっていったんですか？</h5>
<p>その、大学受験のときですね。滋賀県に成安造形大学という大学があって、そこにはジブリの背景を描いてる教授がいたんです。「耳をすませば」の中で出てくる小説の世界とか。</p>
<h5>━━ あ、ありますね。あれすごく好きです。</h5>
<p>井上直久という方なんですけど、その方が教授やっていたんですね。僕もジブリが大好きで「もののけ姫かっこいいな～」「アシタカになりたいな～」とか思ってたんですけど(笑)。</p>
<h5>━━ ははははははは(笑)。分かります(笑)。</h5>
<p>仕事にするってことを考えていたなかで、だんだんと漫画家から「イラストレーターになりたい」という気持ちのほうが大きくなっていったんです。絵を描くことから派生する仕事というのは漫画家だけじゃなくて、色々分かってきたんですね。で、その大学のイラストを学ぶコースに行きたくて受けました。3回受けたんですよ。そして、3回落ちたんです。</p>
<h5>━━ 3回というと…？</h5>
<p>推薦入試、一般A入試、B入試で落ちてしまったんです。で自分の中で決めていて、「挑戦をしてみてダメだったら、違うんだ」という解釈をするようにしてたんです。期限を作ることが好きで。これだけ挑戦してダメだったら、多分自分は違うんだって。そのときに、別で名古屋のデザイン科を受けていたんです。</p>
<h5>━━ 同時に受けてらしたんですか？</h5>
<p>はい。どっちが第一志望かというわけではなく、受かったところが自分の進むべき道なんだ、と暗示がけのようなことをしていたんです。デザイン科といっても幅広くて、入った後に選考を決められる大学なんです。クラフト・メディア・インダストリアル・メタルとか。</p>
<h5>━━ なるほど、自分で選べるんですね。</h5>
<p>で、受かったのは名古屋だったんですね。それでその時「イラストじゃないんだな」と思って、だから19歳のときに目標を変えました。</p>
<h5>━━ すっぱりと？</h5>
<p>はい、そうですね。その後は、一回も描いてないですね。</p>
<h5>━━ えっ！！本当ですか？すごい徹底ぶりですね。</h5>
<p>ははははは(笑)。だから地元に帰ると「まだ絵描いてるの？」と言われるんですけど、大学から友達になった人は「え、塩津って、絵描くの？」ってなるんです。ばさーっと切っちゃうんです。
</p></div>
<h4>絵はあまり評価良くなくて落ち込んだりもしたんですけど、モノを造るほうは逆に評価が良かった。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_sub03.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ すごいですね。そして大学に進まれて、それまでの方向性から別のベクトルに舵を切ったと。</h5>
<p>もう爆発しちゃいましたね。ばーーーんって(笑)。もうそのまま止まらず、今に至っちゃってますけど。自分の中での一番大きな社会の広がりが、大学受験だったわけです。初めて実家を出るということですね。色んなことが世界で起きているのはテレビとか映画で知っていたんですけど、子供のときは動ける範囲が少ないじゃないですか。お金もタイミングもきっかけも少ないので。同じ場所にいると「知らないこと」が沢山溜まっていきますけど、大学に行って人と出会っていくことでどんどん自分の世界が広がっていったんですね。</p>
<h5>━━ 行動的な塩津さんならではですね。</h5>
<p>今思うのは、その小さな頃のことを「世界を全然知らなくて良かったな」と思うんですよね。</p>
<h5>━━ 知らなかったその環境は、今思えば良き起爆剤になったなっていうことですか？</h5>
<p>そうです。心の中に溜めてるものがいっぱいあったんですよ。「大人になったらこういうところに行けるんだ！」とか「こういう世界が見えるんだ！」とか。ウズウズしてたんですよね。それが大学に入って、自分で歩けて、お金を手に入れられて、自分が表現できる・認められてく、というのが分かったときに、世界がすごくクリアになったんです。</p>
<h5>━━ 良いですね、その感覚。大学に入ってからは、具体的にどんなことをされていたんですか？</h5>
<p>1年目は本当にいろんなことをやらせてもらいました。一番面白かったのが「小さな小屋を造ろう」という授業で、模型を作るんですけど、そこですごく褒めてもらえたんですよ。昔は絵を描くのも好きだったんですけど、評価が高かったのって結構立体作品が多かったんです。モノを造るほうが評価が良くて。絵を描くのは逆にあまり評価良くなくて「あ～」って落ち込んだりもしたんですけど。大学に入って自分の方向性を探していたときだったので「じゃあ、立体のデザインのコース、スペースデザインにしよう」と決めたんです。</p>
<h5>━━ スペースデザインといっても、色んなモノ作りがありますよね？</h5>
<p>そうですね。でも僕の場合は家を建てたいと言う感じでもなかったし、大きな規模でビルを建てたいというわけでもない。そういうモノ作りより、自分でちょこちょこするのが好きだったし、工芸的なものに興味があったんです。それにもともと植物が好きで、とくに「木」が大好きなんです。だから家具・椅子などに興味が出て、それを造ろうと決めていったんですね。</p>
<h5>━━ それで2～3年ずっと家具を追求していったんですか？</h5>
<p>はい、卒業制作までずっと。卒業制作も全部完売で。</p>
<h5>━━ 卒業制作って売るんですか？</h5>
<p>売れたんです。美術館に展示して、デザイナーさんが買ってくださったんです。子供用の椅子で、こういうやつなんですけど。</p>
<p style="text-align:center;"><img loading="lazy" width="500" height="229" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_cap01.jpg" title="pic_interview02_illust01"></p>
<h5>━━ わぁーー！！素敵ですね！</h5>
<p>下に落ちてるのはドングリの葉っぱなんです。で、この木の椅子が「ポツリ」という名前で、ドングリ・木の実からイメージしてるんですね。木の実って、つまりは「種」ですよね。で、そこから出てくる「芽」が「子供」。木の実から芽が出てるのって、めちゃめちゃ可愛いじゃないですか(笑)。あれをやりたかったんです。</p>
<h5>━━ なるほど！！</h5>
<p>芽ってどんどん大きくなってくると、木の実の皮を破って、根っこがバンっ！て出るじゃないですか。種って壊れますよね。で、大人になるとお尻が大きくなって、この椅子には座れないんですよ。つまり「座れなくなる椅子」を造りたかったんです。</p>
<h5>━━ 面白いですね。たしかに、これだと大人は座れない。</h5>
<p>座れないですよね(笑)？でも子供に渡すと、こうやってハマってゴロゴロしだすんですよ。クルクルと。</p>
<h5>━━ 可愛いでしょうね。目に浮かびますよ！</h5>
<p>このときから、「家具」と言っていても、そういう植物を表現することをやりたかったんですね。そういう感じのことをずっとやっていて。</p>
<h5>━━ すごいですね。センスが爆発してます。</h5>
<p>自分なりには 良く出来たと満足いく物にはなりました。でもデザインというよりかは、あくまでも「工芸」という感じですけどね。他の人たちは「空間が…！」とか「コンセプトが…！」とかそういう方向で作品を語る人が多かったんですけど、自分の場合は「なんか、この下に木の実の葉っぱが落ちてたら良いだろうな～」とか「でも『木の実』の椅子だから、その木は『実がなる木』の素材が良いなぁ。」などと言って、栗の木が落葉樹であることとかを調べながら制作してました。ちょっとズレてましたね(笑)。</p>
<h5>━━ と言う話を聞くと、そこから盆栽の世界へ進まれた理由もよく分かります。自然な流れだったんですね。大学時代のその頃は、すでに盆栽も始めてらしたんですか？</h5>
<p>盆栽の親方に弟子入りするのは、大学卒業してからです。ただ、その頃から色んなところに顔を出してましたね。この卒業制作を作っていた頃も、すでに親方とは知り合っていたので、相談したりしてました。
</p></div>
<h4>「魅力的だな」と感じたのが、盆栽をやってる親方でした。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_sub04.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 植物が好きであることから、「盆栽」にフォーカスしたのは何故ですか？</h5>
<p>もっともらしい理由があれば良いですけど、たまたまですね。「魅力的だな」と感じたのが、盆栽をやってる親方でした、というだけで。もしかしたら出会った人次第で、生け花をやっていたかもしれない。それくらいの感覚でした。そして、それが一番自分に合っているというか、なんでも計算で出せちゃうと面白くないじゃないですか。準備しすぎないというか。例えば山に登る時、荷物を準備しすぎてと重くて面白くない。最低限のものだけ持って登ったほうがずっと楽しいと思うんです。</p>
<h5>━━ なるほど。準備はせず飛び込んでみて、そこにあったものに触発されながら、自分のモノにしていく感じでしょうか。</h5>
<p>はい。最低限のもので良いと思うんです。僕、椎名誠が大好きなんですけど、彼が「男はリュックひとつに自分のすべてのものが入るくらいがちょうど良い」って言っているんですね。それがすごく分かるんです。なので自分も実は、色んなところを転々としていたんです。</p>
<h5>━━ と言うと、どこかに行かれてたんですか？</h5>
<p>はい、実は帰ってきたばかりなんですよ。去年とか、半年間日本を回っていたんです。半分野宿しながら。</p>
<h5>━━ そうだったんですか！半年間も！</h5>
<p>そうですそうです。はい。ずっと日本を歩いていて、歩きながら「これからどうしようか？」と考えてました。</p>
<h5>━━ それは、親方の元での盆栽の修行が終わってからですよね？</h5>
<p>終わって、普通だったら出た後にすぐ「自分でお店を持つ」とかになるんですけど、僕の場合はそれがまったく無かったんですね。</p>
<h5>━━ 親方のところから出るきっかけは何だったんですか？</h5>
<p>修業時代、一年間だけ教室を持って盆栽や植物の授業をしていたんですけど、その時に「教える」「人に伝える」ということのほうが自分は楽しいということに気付いたんです。自分のなかで盆栽の職人になるというよりかは、植物を人に伝えていく、外に向けて伝えていく人になりたいって思ったんですね。</p>
<h5>━━ 普通、職人になろうとした場合は、もっと長い間修行に入られるんですよね？</h5>
<p>そうですね。職人になる場合は10年とかが当たり前なので。だけど自分の場合は違う方向に行きたかったんですね。「辞めたい！」というよりかは、先ほど話したような「たまたま」起こることが好きなので、辞めたあとも自分が盆栽を続けていくかもまったく決めていない状態だったんです。</p>
<h5>━━ ん～凄いですね(笑)。その旅はどこを回られたんですか？</h5>
<p>最初は東京から出発して、まず名古屋まで歩いて。</p>
<h5>━━ あ、歩いたんですか！？</h5>
<p>はい(笑)、1週間くらいで着きました。名古屋から沖縄に行く切符は買っていたので、そこからは飛行機で行って。沖縄に着いて、沖縄を一周して。</p>
<h5>━━ それ、野宿しながらですか？</h5>
<p>野宿しながらです(笑)。はい。初日とか大変だったんですよ。南部に行きすぎて、ひめゆりの塔で野宿になってしまって。そういうことをしながら、どんどん上のほうに行って、九州にも行って、四国・中国地方もぐるぐる回って。</p>
<h5>━━ とりあえず、歩きたかったんですか？</h5>
<p>考える時間が欲しかったんですよね。はい。止まっていると、自分いろいろやっちゃうんですよ。次々とやりたいことが出てくるので。</p>
<h5>━━ それはそれですごく良いことだと思うんですけど。</h5>
<p>でも、やり過ぎちゃうと、本当にやりたいことが曇ってくると思うので。どんどん固まっていっちゃうんです。だから、歩きながら考える。歩くことで、ようやくぼーっとできる、ということです。</p>
<h5>━━ あぁなるほど。</h5>
<p>ただフラフラしてた訳じゃないんですけど、「今日は50km歩くんだ」と決めてテコテコ歩いて、その途中で面白い人たちに会って、出会いがあるんですね。足が痛くなったらヒッチハイクして、乗せてもらったりとか。</p>
<h5>━━ へぇぇ良いですね。植物のことも、各地を回りながら何かされてたんですか？</h5>
<p>もちろん、勉強のために日本中の庭を見たかったんです。時間がいくらでもあったので、殆どの庭は見尽くしましたね。京都はたくさん庭があるので、1ヶ月くらい滞在したり。</p>
<h5>━━ 面白いですね。絶対面白いですよ。歩いて頭をからっぽにするって、良いですよね。でもそれだけの時間を、ぱっと作ったことは凄いですね。勢いだったんでしょうか？</h5>
<p>その時じゃなければ、そういう時間はもうなかなか取れないんじゃないかって思いましたし。あとは、「本当に植物で良いのかな？」と思っていたので。
</p></div>
<h4>そこのビルの方々が「本当に癒しになっています」と、頭を下げてくださった。</h4>
<p><img loading="lazy" width="640" height="235" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_sub05.jpg"></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ あ、悩みもあったんですね。これからの道について一度考えをまとめようと？</h5>
<p>「今までこれをやっていたから、これをやるんだ」というのは好きじゃないんです。たとえば今盆栽やってますけど、今度はWEBのデザイナーになるとするじゃないですか。そうすると、多分また新しい表現が出来る気がするんです。自分の表現が出来ると思うんですね。今まで植物の勉強をしていたから、植物の仕事をするんだ、という決めつけのようなものは、あんまり考えたくなかったんです。</p>
<h5>━━ では旅を通して、新しい出会いがあれば、そこに流れて行っても良いんじゃないかというスタンスだったんですね。</h5>
<p>そうですそうです。旅している間は色々な刺激やネットワークが広がって、しがらみも無く過ごしていたんですけど、自分の根本にはやはり「植物好き」というのがあるので、やっぱり植物のことばかり頭に入ってきたんです。鹿児島に住む友達のところへ行った時、剪定用のはさみを一本だけ持って行ったんですけど、「盆栽の修行してたんだって？うちの庭の剪定とかもできるの？」なんて言われて、結局歩きながらそういうこともしていたんですね。切っても切り離せなかったと言うか。</p>
<h5>━━ 結局自分のなかにある「植物」というものの存在が大きかったことに気付いたんですね。そこからだんだんと「植物の病院」という構想も固まっていったのですか？</h5>
<p>修業時代の頃から「植物の治療をしたい」という発想はあったのですが、歩いている間に具体的に「病院」という形に固まっていきました。ただ色々歩いた結果、植物をやるんだったら東京が一番やりがいがあるかな、とは思うようになりましたね。地元の田舎では、もちろん植物が溢れています。逆に東京はやはりどこか荒んでるというか。街路樹とか公園ってめちゃくちゃ手が入ってますから。少ない土地に作るわけなので、本当に丁寧に作るんですよね。そういう意味でやりがいがあるように思ったんです。</p>
<h5>━━ 手を入れる余地もあるし、素晴らしい場所も沢山ある、と。</h5>
<p>はい。あと、求めてる人が一番多いのかな、とも思いました。当時、盆栽の親方と東京のビル内にあるディスプレイの仕事をやっていたんですね。そこに勤めていらっしゃるのは本当に忙しい方々だったので、植物に触れることがとても少ないでしょうし、季節もなかなか感じられないと思うんです。という時に、秋には紅葉したモミジをわざと持って行ったり、春には新芽のもの、冬には梅の木とか、時期のものを意識的に入れたりしていて。そうしたら、そこのビルの方々が「本当に癒しになっています」と、頭を下げてくださったんですね。なので「あ、この仕事って、すごく良い仕事だな」と思ったんです。ということがあり「東京にはそういうものを求めている人が多いのかなぁ」と思うようになりました。そこから「植物を人に伝える仕事」の魅力を感じ始めてたんです。</p>
<h5>━━ 旅から戻ってきてからは、どのようにこの仕事を始められたんですか？</h5>
<p>11月に帰ってきて、というのもお金が無くなっただけなんですけど。格好良い話では全くなくて。まずいまずいと思ってて、ちょっと東京で短期の仕事をしながら、またお金を貯めてました。それで貯まったら、今度はヨーロッパに行きました。</p>
<h5>━━ うぉぉぉ、また別の場所へ！！</h5>
<p>まだ物足らなくて(笑)。向こうの花屋とかを回りながら、1ヶ月くらい居ました。それで2月の頭に帰ってきたんです。そして3月に、ここのお店を構えました。</p>
<h5>━━ 「研究所」と銘打っているこの作業場の構想はどのようにしてできたのですか？</h5>
<p>場所がないと何もできないな、とは思っていたんですね。でも「お店」をやるのかというと、そうでもない。自分で盆栽を作るスペースがあって、お客様と話せる場所があれば良いと思っていました。「植物の治療」となるとその人の家に行くことになるじゃないですか。他にも「教える」こともそうですけど、自分のフィールドではなくどんどん他の場所へ行きたいんですね。出張型の教室もやりたいと思っています。なので、住みながら、道具を置けて、作業ができるこの程度のスペースで十分だな、と思ってこのような仕事場になりました。</p>
<h5>━━ 塩津さんのサイトでは、「身近な場所で植物と関わりをもつことから、地球規模での環境活動につながっていく」と書いてありましたが、それも旅していた中で考えてコンセプトにしたんですか？</h5>
<p>そうですね。歩いていた時間で考えましたね。客観的に自分を見れる時間だったので。
</p></div>
<h4>「本当に大丈夫か？」と心配していた教授達が、今は背中を押してくれる。</h4>
<p style="text-align:center;"><img src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_sub10.jpg" /></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ 昔からの話を伺って、やはり行動力と発想力が常人じゃないなって思います(笑)。</h5>
<p>本当ですか(笑)！？でも「やってみなきゃ分からない」という気持ちはずっとあります。岡本太郎が「やってみると、自分に向いているものはピンと来る」というようなことを言っているんですね。やってみてダメなものは、向こうが応えてくれない。その考えがすごく好きで。一回やってみて「なんか違うな」て思ったら、他のことをやってみれば良くて。それが早ければ早いほど良いって思ってるんですね。</p>
<h5>━━ そのトライ＆エラーは、大学時代からよくやられていたんですね？</h5>
<p>ひらすらやってましたね。大学3～4年からやってました。学生は時間沢山ありましたし。例えば「生け花の人が展覧会をする」という話を聞いたら「あ、お手伝いします！」と言って、ネットワークをばーっと広げておくんです。そこで手伝ってみて、楽しいかどうかを、自分が満足できるかどうかを、やりながら確かめていました。</p>
<h5>━━ それは先ほど仰られていた「大学に進学したときの爆発力」の延長線上でひたすら進んできたのでしょうか？</h5>
<p>やはりその時の爆発力は大きかったですね。遊びまくってましたよ。いや、本当に。というか「ふざけた人」みたいになってましたから(笑)。だからなんですよね、みんなが就職しているときに、教授に呼ばれて「塩津はどうするんだ？」「いや、盆栽の職人のところへ行こうと思ってて」「盆栽！？」という風に「本当に大丈夫か？」と言われてしまう感じだったんですよね、卒業の時は。でも今となっては、学校が僕のことを呼んでくれています。不思議なことですよね。</p>
<h5>━━ 不思議ですよね。でも誰も先は読めないですから。</h5>
<p>そうやって「本当に大丈夫か？」と言っていた教授達が、今は「やってるねぇ塩津くん！」なんて言って、背中を押してくれるんですよ。だから、なんと言うか、関係ないと思うんですよね。</p>
<h5>━━ 一時的な周りの評価は、関係ないと。</h5>
<p>はい。でもやっぱり「人と一緒のことをやりたくない」とは思ってました。今も思っています。新しいことをどんどん作っていきたいじゃないですか。はさみを作っている職人が居て、陶芸家が居て、色んな人がいる。色んなことが仕事になって、みんなが生活しているんですよね。その中で「塩津丈洋が生きていた間に何をしたんだ？」と。そう考えたときに「何か形に残したいな」ということをすごく強く思いますよね。あと、「分業」で良いと思っていて。</p>
<h5>━━ 自分で全部やらなくて良いってことですか？</h5>
<p>はい、それが楽しいと思うんです。で、自分は何を担当するかと考えたときに「植物だったら任せて！」と言える風になりたいと思ったんです。だから、植物の新しい展開はどんどん出していきたいと思ってますね。</p>
<h5>━━ その「分業で良い」という話も面白いですね。</h5>
<p>「植物でなにかやって！」と言われると、自分は自信があるんですよ。でもたとえば、剪定用のはさみも自分で作って、それを運送して、と色んなことが入ってくると…、出来ない。</p>
<h5>━━ はい。自分の範囲というのは間違いなくありますよね。</h5>
<p>色んな人たちが居るから、面白い何かができると思うので。分業で良いなって思います。今、盆栽の器は陶芸家の方にお願いしていますけど、例えば自分で作ることも出来るんですよね。</p>
<h5>━━ そうですよね。大学では造形物の制作をしてらっしゃったんですものね。</h5>
<p>はい。自分でやっちゃうこともできるんですよ。自分でやれば、材料費も浮きますし、ビジネス的には良いかもしれない。でも、それだと意味がないんですよね。陶芸家に新しい何かを作ってもらって、それに自分で植物のアプローチをする。それでひとつのものが出来て。自分1人じゃなくて、2人だったりもっと色んな大きな形になっていって。そうやってどんどん広がっていく。利益はあとからついてくれば良いと。だから分業が大好きです。<br />
ネガティブな意味じゃなく、色んなものとか多くのものを求めなくて良いと思うんです。聞いた話なんですけど、二種類の料理が得意な料理人が二刀流で料亭を切り盛りしていたんですが、あることをきっかけにして片方を手放してしまったんです。ひとつになって「まずいな」と思ったけども、ふと考えてみたら「ひとつのものを両手で掴めるようになった」ということに気付いて、得意なものを2つやってるときよりも良くなったと言うんですね。</p>
<h5>━━ なるほど。</h5>
<p>それってすごく面白いなって思うんですね。</p>
<h5>━━ あれもやって、これもやって。それが上手くいく人もいるかもしれないけど、減らしてくこともひとつの可能性として捉えられるということが大事なんですね。</h5>
<p>そうなんです。自分は、ひとつのほうが良いのかなって。今までやってきてそう思ってるんですね。
</p></div>
<h4>「植物の治療団」みたいに、自分１人では賄えない部分をネットワークで解決していく。</h4>
<p style="text-align:center;"><img src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_sub11.jpg" /></p>
<div class="quotebox">
<h5>━━ これから、どういう方向に進んでいこうと思ってますか？考えている方向性とかありますか？</h5>
<p>あります！「植物の里親」。</p>
<h5>━━ また新しいですね(笑)。</h5>
<p>誰もやっていないと思います(笑)。というかこんな意味の無いことやらないって(笑)。でもこういう新しいことが「楽しい」って思っちゃうんですよね。</p>
<h5>━━ ええ、これは間違いなく新しいですし、意味は在ると思いますよ。面白いです。</h5>
<p>育てられなくなった人から引き取った植物をすぐピックアップしに行って、僕が綺麗に治すんですね。植物が治ったときに、作家さんの綺麗な器に入れ替えて、それで次の人へ渡すんです。器の代金と、植え込み料だけで、植物の代金は取りません。</p>
<h5>━━ それも塩津さんの活動のコンセプトに沿った具体的な活動になりそうですね。色んな繋がりが得られるかもしれないですし。</h5>
<p>楽しいですよ～。植物が元気無くなったときに「治すのが当たり前」という世の中にしたいんですね。植物研究所というのをやっていて、「どうやったら植物と人間が共存していけるのか？」ということをずっと考えてきているんです。道路沿いに植えてある街路樹って、排気ガスとかの影響で寿命がすっごい短いんですよ。本当はもっと生きるイチョウの木が、幹を擦ると手が真っ黒になるくらい汚れているんです。人間の環境に「適応している」のではなくて、人間の環境に無理矢理「当てはめられてる」んですね。そうじゃなくて、もっと違うアプローチがあるはずなんです。「花キューピット」のような形態ってすごく良いと思ってるんですが、あれってどこでもネットワークがあるじゃないですか。それを模倣して、変かもしれないんですけど「植物の治療団」みたいなのを作りたいんですよね。自分１人では賄えない部分を、ネットワークで解決していく。日本中にそういう人が散らばっていて「植物は治すのが当たり前」という世の中を実現するためには、そういうことが必要だろうと、色んなことを考えてますね。</p>
<h5>━━ まずはコンセプトとしての「研究所」があり、そこから広くネットワークを広げていくための「教室」であったり、「出張サービス」であったり、「里親探し」であるわけですね。メッセージがしっかりある。</h5>
<p>はい。例えば、宮崎駿は色んな作品を通して、自然破壊・人間と動物・家族など色んなことを訴えているじゃないですか。アニメにして分かりやすく、楽しませつつ、批判しまくっていると思うんですね。それだけやっている宮崎さんが「実は世界ってそんなに変わらないんだよなぁ」と言っているのを読んだことがあるんです。僕もそれがよく分かるんですけど、でも、生きている間にちょっとでも自分も何かできればと思ってるんです。今ここ世田谷でやっててもまだまだ弱いでしょうから、外に向けてもっともっとネットワークを広げて、仲間も必要でしょうし、そういうことをやってかないといけないな、なんて思っています。悩んだりしてますけどね。そういうことができればと思っています。</p>
<h5>━━ そうしたメッセージをちゃんと自分の中に据えられているということが、すごく力強いなぁと思います。今日はお付き合いくださりありがとうございました。</h5>
</div>
<p>「植物の病院」「盆栽のワークショップ」そして「植物の里親」。<br />
人に直接植物の魅力を伝え、植物を大事にすることを世間に広めていく。</p>
<p>果てしない笑顔を振りまきながら、ハツラツと語る塩津さんは、<br />
まるで山の中で思いっきり自由に芽生えている草木そのもののようです。</p>
<p>しかし、きっと不安なこともいっぱいあるんだと思うのです。<br />
ただでさえ「自然」の影が薄い東京で、その大事さを忘れかけている人々に対して、たったひとりでメッセージを投げ続ける。ある意味「孤高の戦い」をしている彼の姿を、盆栽の剪定をしている真剣なまなざしの中に見た気がしました。</p>
<p>「なんとなくは分かるけど…」とか「そこまで必要かな？」と、彼のメッセージを100%受け取れない人もまだいっぱいいると思います。<br />
でもその一方で、彼のワークショップを受けた人や盆栽や庭に触れ合った人々は、そんな彼のメッセージを少しずつ自分の考えに取り込み、少しずつ生活を変えています。</p>
<p>ひとつのことを、世の中に「メッセージ」として投げかけ続けること。<br />
それは辛い時もあれど、彼が今まで過ごしてきて出会った人々との繋がり、そして新しいものを沢山吸収し取捨選択した末に磨かれた「植物が好きだ！」という絶対的な気付きがそれを支えているのでしょう。</p>
<p>塩津さんと話していると、そのような決してブレない気概のようなものが見えてきます。</p>
<p>社会は世界の至る場所で生まれ、そこには新しい文化が根付きます。<br />
何も無かったところにひとつの文化が生まれる過程を、僕は見ているような気がしました。</p>
<div class="quotebox">
<h5>塩津さんの活動：<a href="http://www.freedom-univ.com/lecture/detail676.html" target="_blank" class="broken_link">自由大学　新盆栽学</a></h5>
<div class="unit margin_r_15"><a href="http://www.freedom-univ.com/lecture/detail676.html" target="_blank" class="broken_link"><img loading="lazy" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/interview/vol_005/pic_interview05_cap02.jpg" alt="新盆栽学ロゴ" width="130" height="130" /></a></div>
<p>このインタビューの塩津さんが自由大学で行なっているワークショップです。盆景、盆栽、苔玉、寄せ植えなど、塩津さんの素敵なセンスで選ばれた植物や器を元に実際に創作し、自分のつくった作品を持ち帰ることができます。そして、大切な植物を育て共に暮らしていく上での専門的な知識技術を修得し、現代の生活様式にあった新しい自然美表現を学ぶことができます。<a href="http://www.freedom-univ.com/lecture/detail676.html" target="_blank" class="broken_link">⇒詳しくはこちらから</a>
</div>
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		<title>あの頃のデモと、密集をつくるコツ ─ 矢作俊彦×高橋源一郎</title>
		<link>http://bokunarist.com/collection/20120302.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 02 Mar 2012 00:39:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Collection：日刊インタビュー収集隊]]></category>
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					<description><![CDATA[今日のインタビューはこちら。 ■矢作俊彦×高橋源一郎 (GQ JAPAN) デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【１】 デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【２】 デモ世代 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="sentencebox">
今日のインタビューはこちら。</p>
<p style="text-align:center;"><a href="http://gqjapan.jp/?p=11463" target="_blank"><img loading="lazy" width="500" height="300" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/collection/201203/cap_collection_20120302.jpg"></a></p>
<p>■矢作俊彦×高橋源一郎 (GQ JAPAN)<br />
<a href="http://gqjapan.jp/?p=11463" target="_blank">デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【１】</a><br />
<a href="http://gqjapan.jp/?p=11500" target="_blank">デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【２】</a><br />
<a href="http://gqjapan.jp/?p=11503" target="_blank">デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【３】</a><br />
<a href="http://gqjapan.jp/?p=11504" target="_blank">デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【４】</a><br />
<a href="http://gqjapan.jp/?p=11505" target="_blank">デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【５】</a><br />
<a href="http://gqjapan.jp/?p=11506" target="_blank">デモ世代作家スペシャル対談：これからデモに行く君たちのために【６】</a></p>
<p>「傷だらけの天使」や「あ・じゃ・ぱん」の作者である矢作俊彦と、「一億三千万人のための小説教室」や「さようなら、ギャングたち」の作者高橋源一郎の対談。<br />
彼らは学生運動真っただ中の40年前に学生時代を過ごした、いわゆる「デモ世代」だ。<br />
3.11後に日本各地で起こった反原発デモに、多くの人が参加した。しかし1年も立たないうちにそれらの活動はすっかり姿をひそめてしまっている。<br />
社会に対してメッセージを発信すること、日本人はそれをなかなかしてこなかった。反原発デモで一瞬沸き起こったデモ熱はどこへ行ったのだろうか。<br />
デモ世代である作家2人が語っている。</p>
<p>矢作氏は、<br />
「いま、原発だけなんだよ、吸引力があるのは。」<br />
と言い、それに高橋氏は、<br />
「世界を俯瞰的に見るとか、経済の問題で考えるとか、ということになると途端に無関心。」<br />
と語る。</p>
<p>1100回を越えるデモを習慣的に行なってきた祝島に訪れた時の話が面白い。<br />
「デモはフツウのデモですね。少し速めに歩いて。島の中だから、全部で25分。で、街灯とかないんだよね。夕方６時か６時半にやるから、真っ暗。全員反対派だから、デモの意味がない。でも、お祭りだから。健康にもいい（笑）。ということで続けてきた。日常として。デモを自分のものにしている。」<br />
島の中であらゆるものが自給自足できているから、電力会社からのお金も別に魅力的に感じない。地方がゆえの特異な例であるし、一方ではそうした村社会の欠点ももちろんある。しかし、そうした中からも少しずつヒントを得ても良いのではないだろうか。</p>
<p>「一番の問題はコミュニティでしょうね。安っぽいいい方をしちゃうと、リアルなコミュニティをつくることが大事なんだと思う。(中略)　肝心なのは、集団に慣れること。密集をつくるコツを学ぶことじゃないかな。」<br />
という矢作氏の言葉で対談は締められる。</p>
<p>彼らが心底、日本社会や若者に落胆している様子は分かる。<br />
しかしどうだろう。実は、僕らには僕らなりの戦い方があるように感じられてならない。それは「リアル」も「バーチャル」も関係なく、有象無象に繋がりを作り、影響・触発しあい、「楽しい」という価値観で世の中を変えていこうとしてる世代がじわりじわりと出始めてきている気がするのだ。<br />
戦い方は違えど、先輩達の意志は意外としっかり引き継がれているものですよ、と思った次第でござる。
</p></div>
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		<title>数字ではなく、読者が欲している記事を投げることが仕事 ─ 『WIRED.jp』編集長 若林恵(Digital Today)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[FujishiroYuichiro]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 01 Mar 2012 02:31:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Collection：日刊インタビュー収集隊]]></category>
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					<description><![CDATA[今日のインタビューはこちら。 【Web編集論】第2回『WIRED.jp』編集長・若林恵さんに聞く！ &#8211; デジタル・トゥデイ(Digital Today) TECH系メディアの中では飛び抜けてスタイリッシュな印 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="sentencebox">
今日のインタビューはこちら。</p>
<p style="text-align:center;"><a href="http://dt.business.nifty.com/articles/12954.html" target="_blank" class="broken_link"><img loading="lazy" width="500" height="300" alt="" src="/wp-content/themes/bokunarist/images/collection/201203/cap_collection_20120301.jpg"></a></p>
<p><a href="http://dt.business.nifty.com/articles/12954.html" target="_blank" class="broken_link">【Web編集論】第2回『WIRED.jp』編集長・若林恵さんに聞く！ &#8211; デジタル・トゥデイ(Digital Today)</a></p>
<p>TECH系メディアの中では飛び抜けてスタイリッシュな印象を醸し出すメディア『WIRED』。1993年にアメリカで創刊後、世界の4カ国で発行されている。<br />
2012年から日本版『WIRED』の編集長に就任した若林恵さんのインタビュー。</p>
<p>ボリュームは少ないが、様々な雑誌を編集してきて行き着いたWEBメディアの世界について語る言葉にはとても学ぶことが多い。</p>
<p>「数字は、内容の良し悪しについては語ってくれませんからね。読者は、自分がどんな記事を読みたいのか、実はわかっていません。そこに向かって「多分こういう記事を欲しているんだろうな」って投げるのが私たちの仕事です。」</p>
<p>編集という作業の奥深さと険しさに日々気付き始めているなかで、とても重く響いた言葉である。
</p></div>
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