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	<title>Books&amp;Apps</title>
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	<description>Books&#38;Appsはマネジメント、仕事、知識社会での生き方についてのwebマガジンです。</description>
	<lastBuildDate>Mon, 13 Apr 2026 22:59:54 +0000</lastBuildDate>
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	<item>
		<title>「プロ被害者上司」に怒っている件について</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Apr 2026 22:58:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マダムユキ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[会社の人間関係]]></category>

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		<description><![CDATA[私は怒っている。 何に怒っているのかというと、上司と人生の不条理に対してである。 &#160; まずは、先月寄稿したこちらの記事を読んでほしい。 ミスを犯した役員が「被害者」ぶった日に、会社が失ったもの 「で、結局、どう(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=9899"     class="wherego_title">尊敬する上司に教えてもらった、「仕事を任されたら何をすべきか」8箇条</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>私は怒っている。</p>
<p>何に怒っているのかというと、上司と人生の不条理に対してである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まずは、先月寄稿したこちらの記事を読んでほしい。</p>
<blockquote><p><a href="https://uchida-systems.co.jp/lab/20458/">ミスを犯した役員が「被害者」ぶった日に、会社が失ったもの</a></p>
<p>「で、結局、どうなるんですか？　今回もマナミさんはお咎めなしなんですか？」<br />
「経費の三重請求は、もし他の社員がやったら懲戒処分ですよ。あの人はミスばかりしてるのに、社長夫人だからという理由で毎回お咎めなしなのは、おかしくないですか？」<br />
「ミスをしたのは自分なのに、自分がちゃんとできないのは社員の教え方が悪いと責任転嫁するなんて、人間性を疑います」</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>記事に書いたように、社長夫人であるマナミさんのせいで、会社の要であった社員が異動することになった。</p>
<p>本当はすぐにでも退職したいらしいが、「経理と総務を兼任している自分が、業務の引き継ぎと後任のフォローをしないままで辞めるとなると、途端に会社が立ち行かなくなってしまう。そんなことをすれば、これまで仲良くしていた同僚たちにも迷惑がかかる」との理由から、どうにか踏みとどまってくれているのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>彼女の責任感の強さに甘える形で、会社はどうにか日々の業務が回っているのだが、社長夫妻は</p>
<p>「彼女が辞めると言い出さないのは、例えどんなに不満があっても、結局はウチの会社の居心地が良いのだろう」</p>
<p>と、どこまでもズレたことを言っている。アホなのか。アホなんだろうな。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、会社は急いで求人を出した。</p>
<p>けれど、ただでさえ人材不足の田舎で「薄給で働いてくれる、経験豊かな、経理のベテラン」なんぞ市場に居るはずがない。</p>
<p>「できる人に来てもらおうと思ったら、知り合いを高給と高待遇で一本釣りするしかないですよ」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>と私は進言していたが、現状認識の甘い経営陣は「いつも通り」の条件で求人を出した。</p>
<p>つまり、スキルと経験のあるベテランからすれば「こんな給料で働けるか、バーカ！」という舐め腐った条件なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>案の定、応募者のなかに実際に働けそうな人間は一人もいなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>事務は人気の職種なので応募はあるのだが、蓋を開けてみれば、</p>
<p>「経理の経験はありませんが、真面目なので適性はあると思います。派遣の仕事やパートで、入力の仕事なら、したことがあります」</p>
<p>という50代女性ばかりなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>応募者たちの経験は似通っており、若い頃（1990年代）に数年の会社勤めをし、退職後は空白期間がある。恐らく子育てに専念していたのだろう。</p>
<p>子育てが一段落してからは非正規の仕事を転々としており、主にサービス業や介護の仕事に従事している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>未経験にも関わらず応募してきた理由は、50代になって体力の衰えを強く感じ始めたからに違いない。</p>
<p>体を動かす仕事に疲れを感じるようになり、どんなに薄給だろうと、座ってできる仕事に転職できれば御の字なのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私も、前職では全くの未経験から独学で会計の勉強をして経理業務もこなしたので、「未経験者には無理」とあしらうつもりはないが、いかんせん、こちらには若くない新人の教育にリソースを割く余裕がない。</p>
<p>「本当は、すぐにでも会社を辞めたいと思ってます」と言っている経理担当者に、「時間がかかると思うけど、後任はゼロベースなので、一から丁寧に教育と指導をしてください」とお願いすることもできない。「いいかげんにしろ」とキレられるに決まっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>結局、私に白羽の矢が立った。</p>
<p>ベテランとは言えないが、最低限の知識と経験があるからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>やりたくはないが、やらざるをえん。</p>
<p>承諾する代わりに給料を引き上げてもらったが、釈然としないのはマナミさんの態度である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「あの人（経理担当者）は不親切で、私とは相性が悪かったし、いつかこうなったと思う。仕事ってチームワークが大事でしょ。お互いにサポート精神が必要じゃない？」</p>
<p>サポートされてばかりでお荷物になってる側が言っていいセリフじゃねぇぞ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「あなたが担当してた仕事は、私が引き継ぐから大丈夫よ」</p>
<p>で？　「迷惑かけてごめんなさい」も「引き受けてくれてありがとう」もナシですか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>当初は、1日に3回くらい背中に蹴りを入れたくなったが、もはや憤ることも虚しくなった。</p>
<p>彼女には、本質的な知性がないのだ。知性がないから、周りの言うことも、自分の立ち位置も理解できないのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>知性とは畢竟、己に対しても客観的な視点を持てることではないだろうか。</p>
<p>冷徹な観察眼を自分自身にも向けるのは、辛いことだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もしも友人にバカしかいないのであれば、自分もまた同レベルのバカだということだし、パートナーが大した人間でないということは、自分も大した人間ではないことを自覚しなければならない。</p>
<p>レベルが釣り合っているから、付き合っているのだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>現実とはいつだって情け容赦がない。</h2>
<p>けれど、現実を受け止める勇気がなければ、自分の立ち位置は永遠に分からない。</p>
<p>自分の立ち位置を正しく把握できなければ、人としての成長も見込めないのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他者に認めてもらえるだけの能力がないのに、プライドだけはエベレスト並に高いマナミさんのために、私は毎日「クソが！」と毒づきながら猛烈に働いている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ユキさんの仕事をマナミさんが引き継ぐの？　無理でしょ？」</p>
<p>と同僚たちは口を揃えるし、私も無理だと思っているが、それでもやらざるをえんのだ。</p>
<p>無理なことを可能にするために、私はこれまで担当していた業務を全て細かいタスクに切り分けて、暗黙知を片っ端から言語化し、マニュアルに落とし込み、テンプレートを作っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それまではマニュアルが存在せず、個人の能力に依存していた業務を「どんなアホでもできる」ところまで持っていかないと、事態が前へと進まないためだ。</p>
<p>それと並行しながら、睡眠時間を削って会計・経理・簿記の学び直しもしているのでフラフラである。</p>
<p>全て猛烈に怒っているからできている。全身にみなぎる怒りを機動力に変え、力技で目の前の課題を薙ぎ倒しているのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>思えば、いつだって私の原動力は「怒り」であり、怒っている時ほど高いパフォーマンスを発揮する。</p>
<p>前職でもそうだった。ブチ切れている間に、気がついたら問題を全て解決してしまっていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ブログや寄稿記事にしても、怒りに任せて書いたものほどよく読まれる。</p>
<p>闘争が私のアイデンティティーなのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>夫に愚痴をこぼすと、呆れたように笑われた。</p>
<p>「ブログ書いてた頃から、あなたはずっと怒ってるし、闘ってるよね」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まったくだ。</p>
<p>書いて闘うことに疲れて、勤めに出たら、騙されて死にかけの商店街組合の立て直しをさせられた。ようやく片付いたと思って転職したら、今度は「プロ被害者」かつ「無能ハラスメント」の上司が待っていた。</p>
<p>再び修羅場に身を投じることになり、「元の木阿弥」感がすごい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「我が闘争だわ」と自分で言って、笑ってしまった。笑うしかない。人生は不条理だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="g g-46"><div class="g-single a-254"><div style="line-height: 1.7em"><style>
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</span>をご覧ください。<br>
<br>
<p style="text-align: right;">
(2026/4/7更新)
</p>
</div></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【著者プロフィール】</p>
<p>マダムユキ</p>
<p>ブロガー＆ライター。</p>
<p>リンク：<a href="https://note.com/flat9_yuki">https://note.com/flat9_yuki</a></p>
<p>Twitter<a href="https://unsplash.com/ja/@just_amelo?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">Amel Majanovic</a></p>
<p><img src='https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/04/amel-majanovic-cMytouRnib4-unsplash.jpg'></p><div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=9899"     class="wherego_title">尊敬する上司に教えてもらった、「仕事を任されたら何をすべきか」8箇条</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「世界中から戦争がなくなりますように」と言ったら、炎上したのはなぜ？</title>
		<link>https://blog.tinect.jp/?p=90978</link>
		<comments>https://blog.tinect.jp/?p=90978#respond</comments>
		<pubDate>Sun, 12 Apr 2026 22:49:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[黄金頭]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[宗教]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>

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		<description><![CDATA[ウサギと戦争反対 ネットの話題は移ろいやすい。その速度は上がる一方だ。SNSでは反射神経だけが求められる。なにかものを言おうとすると、もう話題は通り過ぎている。ただ、いつ通り過ぎた話題を語るのも勝手だ。 &#160; X(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=71932"     class="wherego_title">面倒な人の欲求を「察してあげる」と、増長してさらに扱いづらくなる</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=12516"     class="wherego_title">ある会社で配布された、「新入社員へうちの会社が求めていること」という資料が、すごい本音だった。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=68143"     class="wherego_title">Amazonで「鬼滅の刃」のコミックを買ってしまったのに、どうしても読み始める気になれない。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=62453"     class="wherego_title">なぜ「事実」と「意見」を区別して話せない人がいるのか。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=68951"     class="wherego_title">大学の恩師に教わった、「なにがわからないか、わからない」ときの質問のしかた。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<h2>ウサギと戦争反対</h2>
<p>ネットの話題は移ろいやすい。その速度は上がる一方だ。SNSでは反射神経だけが求められる。なにかものを言おうとすると、もう話題は通り過ぎている。ただ、いつ通り過ぎた話題を語るのも勝手だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Xでの話だ。あるイラストレーターが「世界中から戦争がなくなりますように」というコメントとともにウサギのイラストを投稿した。</p>
<p>これが炎上した。イラストレーターは自分がおかしくなった、暴走したと謝罪し、最後にはイラストも謝罪文も削除してXから去った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>正直、書いていて意味がわからない。おれは今そう思った。</p>
<p>実のところ、最初のポストを見たときも、それに最初についたであろう批難の声を見たときもそう思った。そうだ、おれはわりと移ろいゆく話題を追いかけてはいる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そのときは最初の批難に対する批難、が多かったように見えた。そりゃそうだろうと思った。おれはそれで目を離した。が、ちょっと目を離しているうちに炎上、謝罪の流れになった。</p>
<p>なぜ炎上したのか。無責任に見えるからか？　現実の暴力に対して軽すぎるからか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そりゃおかしいだろう、という声も広まった。ウサギと戦争反対のイラストをアップするべつのイラストレーターも出てきた。「＃NOWARBUNNY」というハッシュタグも作られた。これが読まれている時点で流行っているかどうかわからない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、話の根っこは流行っているかどうかではない。戦争の話だ。なぜ人は人を殺すのか。人類の文明や文化につねにつきまとってきた話だ。</p>
<p>そして、今なぜ「世界人類が平和でありますように」（文言がちょっと違うか）という願いが炎上するのか。これは考えるに値する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>東浩紀『平和と愚かさ』を開く</h2>
<p>「考えるに値する」のでおれはじっくり考えはじめた……わけではない。まず東浩紀の『平和と愚かさ』という本を開いた。そこに、「これ」に関する考察が書かれていたっけと思ったからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに、『平和と愚かさ』はおれがそうとう久しぶりに買った本だ。いつ以来、なに以来か思い出せない。</p>
<p>おれは貧乏人で安いアパートの部屋も狭く、図書館通いをしていたからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、何ヶ月ぶりにか読んだ本でもある。</p>
<p>希少がんになって2025年12月に入院することになり、図書館通いが途絶えた。退院後も図書館に通う体力がなかった。</p>
<p>そして、2026年2月、二度目の入院となった。今度はWi-Fiの弱い古い病院だったので、なにか本を読もうと思った。そこで買ったのが『平和と愚かさ』だった。</p>
<p>病気になって酒も飲めなくなり、Xのスクロールに没頭するようになったおれは、よく目にする東浩紀のポストに「いつも真っ当なことを言う」という印象を持った。たまには、本を買おう。新しく書かれた本を読もう。そう思った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>入院中、この本を読んでいるとき、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃が始まった。病院でスマートフォンを見るだけでは、どういう規模の話かいまいちわからなかった。</p>
<p>昭和生まれのテレビの子であるおれは、テレビがどのくらい報じるかでニュースの規模をはかる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、結局のところ退院して一ヶ月経ったいまも、これが戦争なのか、なにかべつの規模のものなのか、よくわからない。</p>
<p>ロシアによるウクライナ侵攻は「この時代に国家間戦争が起きるのか」というたいへん大きな驚きがあった。それで感覚が麻痺してしまったのか、自分には戦争というものがよくわからなくなってしまった。</p>
<p>アメリカによるベネズエラ攻撃も国家間戦争だったのか？　そもそも戦争の定義とはなんだろう。おれには学がないので、そんなことも知らない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんなおれが『平和と愚かさ』を読んだ。とても難しい言葉で書かれていたらどうしよう、という思いはあった。</p>
<p>おれには読める本と読めない本の境目がわりとはっきりあって、たとえば同じ著者の『動物化するポストモダン』はまるで読めなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一階建ての本と二階建ての本というものがあって、あれは二階建てだと思った。</p>
<p>しかし、『平和と愚かさ』は一階建てだった。これはおれの「感じ」の話だ。あと、読めるけど意味がわかったとはいえない「広すぎる一階建て」の本とかもある。いつか話そう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>いま平和を語りにくいわけ</h2>
<p>話がそれた。話を戻す。『平和と愚かさ』の最初のほうに、こんなことが書かれている。</p>
<blockquote><p>戦争はよくない。あらためて繰り返すが、それはじつに単純なメッセージだ。<br />
にもかかわらず、ぼくがそんな単純なメッセージから本書を始めるのは、それこそがいま素直に思考し表明できなくなっているものだからである。</p></blockquote>
<p>反戦ウサギの話に直結する話ではないか。そして、こう続く。</p>
<blockquote><p>戦争はよくない、停戦するべきだ。開戦からしばらくのあいだ、そう発言するだけで、おまえはロシアの侵略を許容するのかと批判される状況が続いた。</p>
<p>少なくとも日本のSNSではそうだった。本書が出版される二〇二五年の時点では、多少状況は改善している。けれどもそれは戦争への関心そのものが落ちていることを示しているにすぎない。</p>
<p>またどこかで新たな戦争が起これば、やはり同じように、正義の側について戦うのか悪の側について戦わないのか、どちらかを選べという空気が支配的になるだろう。これはたいへん不自由な状況だ。そしてぼくはここにはとても重要な哲学的問題が隠されていると感じている。本書はその探究を主題としている。</p></blockquote>
<p>ロシアの侵略からその空気はあった。そして、言葉どおり、新たに不自由な状況が生まれている。言葉通りだ。</p>
<p>なので、どういう立場からであれ、あのウサギの炎上に興味を持った人は、『平和と愚かさ』を読んでみるといい。その探究の本といってもいいからだ。おれの文章など読んでいないで、今すぐ買って、そして読め。以上。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>……といって終わってもいいが、まあこちらはこちらで話を進めさせてもらう。</p>
<p>おれは先ほど、「戦争の定義を知らない」と書いた。なんらかの国際法に書いてあるかわからない。AIに聞いてみたら、1945年の国連憲章以来、国家間の戦争というもの自体が禁止されているので、明確に定義されていないと言ってきた。</p>
<p>国際人道法が問題にするのは「武力紛争」らしい。なので「宣戦布告」というものも存在しないらしい。今ならあいさつなしにパールハーバーに行ってもいいのだろうか。よくわからない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>本書では、現代においては平和とされている状況で行われている「認知戦」も、広義の戦争ではないかという考え方が紹介されていた。</p>
<p>ひょっとしたら、日本だってすでにネット上でどこかの国と戦争をしているのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、それゆえに「平和」が厄介な概念だという。認知戦まで戦争だとすると、平和とはなんだということになる。</p>
<p>戦争と平和を単純に対立させていいのだろうか。その境界はじつはあいまいではないのか。そこに、平和というものの概念に弱さがあるのではないか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで著者は「平和とは戦争が欠けている」のだと定式化する。欠けているのは「思考」だとする。</p>
<p>多くのひとが平和だと感じる状況においては、ひとは戦争を戦っていないだけではない。そもそも戦争について考えていない。少なくとも考えないことが許されている。それが重要なのではないか。</p>
<blockquote><p>平和の本質は戦争をしないことにあるのではない。戦力を放棄することにあるのでもない。戦争について考えないことが許されることにある。</p>
<p>だから逆に、いったん戦争が始まると、平和について語ることは原理的にはむずかしくなってしまう。戦争が始まるとは、すべての人が戦争について考えねばならなくなること、つまり戦争について考えないことが許されなくなることを意味するからだ。</p>
<p>これはとても具体的な話である。平和から戦争に移行するとは、「戦争について考えないことが許される」状態から、「みなが戦争について考えねばならない」状態に移行するということである。そしていったんそのような移行が完了してしまうと、もはやかつての平和は悪の放置にしか感じられなくなってしまう。なにも考えないで敵国民と共存し、平和を享受していた過去は欺瞞にしか感じられなくなってしまう。</p></blockquote>
<p>ザ・ブルーハーツは「爆弾が落っこちるとき、すべての自由が死ぬとき」と歌った（と、思ったが、いま歌詞を確認したら微妙に記憶違いであった。なので、これは歌詞の無断使用にはあたらない）。</p>
<p>その自由のなかに、「戦争について考えない自由」も含まれる。なるほど、そういうことか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、そこに平和についての大きな考えが示される。</p>
<blockquote><p>平和は「考えないこと」の広がりで定義される。だから、平和について考えるとは、「考えない」ことについて考えるということでもある。</p></blockquote>
<p>ほんとうに、そうなのだろうか？</p>
<p>たとえば、過去の戦争について加害者だった側が「考えない」ことは許されるのだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そのあたりについては、著者が旅（この著者の用語でいえば「観光」なのかな）をしながら考察しているので、そちらをあたってもらいたい。答えがあるとはいわないが、考えるきっかけはたくさんある。</p>
<p>さて、おれは「考えないことについて考える」という点について考えたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「妙好人」の境地</h2>
<p>著者は「考えないことについて考える」ことを、「ほとんど自己矛盾のような作業」と書いている。</p>
<p>おれがそこで思い浮かべたのは、「禅問答みてえだな」だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれは西洋哲学というものがわからない。いまはなんの時代だか知らないが、ポストモダンを学ぶには、モダンを知らなければならないだろう。</p>
<p>では、なにが近代を成立させたか、その前の時代を知らなくてはいけないだろう。西洋思想の基盤の一つであろうキリスト教について知らなくてはならないだろうし、古代ギリシア、ローマまで遡る必要があるだろう。おれは西洋哲学というものを学ぶ気力がない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なので、まだ仏教思想の切れ端を読んでいるほうが楽だ。仏教にだって長い歴史、積み重ねがあるのだろうが、なんというか一階建てだ。</p>
<p>思想と宗教という違いがあるのかもしれない。たとえば、思想は思想でも東洋思想となって、自己矛盾にしても「絶対矛盾的自己同一」とかいわれると困る。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>困るので、「禅問答」というところに落ち着く。そしてさらに、おれは禅から浄土真宗に飛んで、こんなフレーズが思い浮かんだ。</p>
<blockquote><p>「たりきには じりきもなし たりきもなし ただ いちめんの たりきなり」</p></blockquote>
<p>だれの言葉だろう。妙好人・浅原才市の言葉である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>妙好人とは、浄土宗、浄土真宗の在俗の篤信者のことを指す。修行に打ち込むでも、学識を積み上げるでもなく、一つの悟りのような境地にいたった人たちのことだ。</p>
<p>東方正教会には「聖なる愚者」という言葉があるが……それとはちょっと中身が違うな。でも、字面のイメージは近いかもしれない。妙好人はあくまで市井の人であり、そのあつい信仰と人柄によって周りの人から尊敬された人たちである。</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4831885061?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="妙好人" target="_blank">
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妙好人
</a>
<p>&nbsp;</p>
<p>それについて研究して本を出したりしたのが鈴木大拙だ。</p>
<p>「他力宗の生命は実にいかめしい学匠達や堂々たる建築の中に在るのでなくして、実は市井の人、無学文盲ともいわれ得る、賤が伏屋に起臥する人達の中に在る」という。曽我量深も小学校を出ただけのお百姓さんの日記を読み「ああいう立派な文章でも、内容でも、自分など書けるものではない」と書いた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>むろん、妙好人の味は鈴木大拙や曽我量深の研究文にはない。その言葉そのものにある。</p>
<p>いや、じっさいのところは、その人に接して生きるなかにあるのだろうが、周りにはいないし、残された文章で知るしかない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>話が長くなった。おれは平和について、さっきの浅原才市の言葉を連想した。</p>
<p>「平和には　戦争もなし　平和もなし　ただ一面の平和なり」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>戦争について考えないということは、行き着くところこういう境地ではないのか。そんなふうに思った。</p>
<p>平和について考えると、もはや「考える」の世界に入ってしまう。「考える」世界はより賢さが求められる。東浩紀はSNSとAIにより賢さへの強迫が加速しているのが今の時代だという。</p>
<p>そこでは「考えない」という平和は許されない。状況が状況であれば、「反戦」という「戦い」に参加しなくてはならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だから、平和すら考えない、それで済む、それが人類究極の目的かもしれない。そんなことを考えた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>……考えたが、それはあまりにも非現実的すぎる。ジョン・レノンくらいドリーマーだ。</p>
<p>人類全員がそんな境地に至ればいいが、そんなことはありえない。邪悪な人間がひとりでも出てきたら、なにも考えない人はあっさりとだまされてしまうし、世界が間違った方向に行ってしまうだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば、上の本に妙好人・小川仲造のこんな言葉が見受けられる。</p>
<blockquote><p>◯此度も身こそろしやにゆかずとも、銃（つつ）はろしやにむけまする、心の国が一大事。<br />
◯御国の為に、法の為、ここが御恩の報じどき、すすんで、てつだい、いたしましょ。</p>
<p>明治三十七年二月日露戦争んつき、国債応募のよろこび<br />
よろこべよろこべ、もろともに、<br />
ほとけが陛下と御出世か、<br />
大臣軍人みな神か。<br />
ろしやのあくまを、ごうぶくし、<br />
せかいのわざわい、はらはんと、<br />
とうとい御徳があらはれて、<br />
あさ日が山ばにおあがりで、<br />
せかいに光がかがやいた。</p></blockquote>
<p>これでは、あまりよくない。</p>
<p>もちろん、彼らは知の人ではない。市井の雰囲気や報道を素直に信じ込んでしまう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いや、知の人ですら、いざ戦争の世の中になるとどうなるかわからない。たとえば、日本で宗教の戦争協力というと神道のイメージがあるが、縁遠そうな浄土真宗ですら接近、合一してしまう。</p>
<p><a href="https://blog.tinect.jp/?p=77908">政治と宗教を考える『親鸞と日本主義』を読む</a></p>
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親鸞と日本主義（新潮選書）
</a>
<p>&nbsp;</p>
<p>「考えないことについて考えつつ考えないことにはおちいらない」。</p>
<p>その塩梅のむずかしさ。「政治的な思考停止の領域についての合意の広がり」の塩梅のむずかしさ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでもおれは、東浩紀の言う「考えないこと」の価値を論じることが重要であるという指摘を、単に「勉強したり、考えたりするのはめんどくせえな」（まあそれも本心であって、なおかつ許されるべきなのだが）と受け取るだけでなく、考えてみる価値があるものだと感じた。『妙好人』でも鈴木大拙がこう言っていた。</p>
<blockquote><p>禅者の言葉に「教壊」というがある。これは、教育で却って人間が損なわれるの義である。その実、内面の空虚なものの多く出るのは、誠に教育の弊であるといわなくてはならぬ。</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>『平和の愚かさ』の帯には「ぼくたちは政治について語りすぎている。そのせいで平和から遠ざかっている」とある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まあおれもSNSでブログでこのサイトで語りすぎているような気がする。なんならこの文章もそうだろう。</p>
<p>「高卒のわりにそこそこ賢いだろう」という態度が透けて見えるかもしれないし、それは正しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>どうやってここから横超するのか。それは自力ではどうにもならぬから、他力本願といくしかないのか、考えていても答えは出ない。</p>
<p>ただ、おれが文章を書くのをやめないことだけはわかっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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【お知らせ】<br>
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― SEOからAIOへ――検索の仕組みの変化と、企業が発信すべき情報を解説<br><br>
<strong>講演者：安達裕哉 ／ 倉増京平（ティネクト株式会社）</strong><br><br>
<strong>このウェビナーでお伝えする内容</strong><br>
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・AI検索は何を変えようとしているのか<br>
・従来のSEOとこれからの検索対策の違い<br>
・企業が押さえるべき基本的な考え方と対応策<br><br>
＜第2部　AI検索時代に企業が発信すべき内容とは（講師：倉増京平）＞<br>
・AIに参照されやすい情報とは何か<br>
・企業サイトやオウンドメディアで発信すべきテーマ<br>
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<hr>
開催日時：2026年4月17日（金）10:30-11:30<br>
配信形式：オンライン（Zoomウェビナー）<br>
参加費：無料<br>
対象：企業のマーケティング担当者／広報・PR担当者／コンテンツ企画担当者／Web担当者／経営層・事業責任者<br>
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<p style="text-align: right;">
(2026/4/7更新)
</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span>【著者プロフィール】</span></p>
<p>黄金頭</p>
<p><span>横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。</span></p>
<p><span>趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。</span></p>
<p><span>双極性障害II型。</span></p>
<p><span>ブログ：</span><span><a href="http://goldhead.hatenablog.com/">関内関外日記</a></span></p>
<p><span>Twitter：</span><span><a href="https://twitter.com/goldhead">黄金頭</a></span></p>
<p>Photo by ：<a href="https://unsplash.com/ja/@uxgun?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">UX Gun</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>トップの企業群の創業者が、ほぼ「STEM」の学位取得者で占められている。</title>
		<link>https://blog.tinect.jp/?p=90941</link>
		<comments>https://blog.tinect.jp/?p=90941#respond</comments>
		<pubDate>Wed, 08 Apr 2026 23:07:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[安達 裕哉]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ビジネススキル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://blog.tinect.jp/?p=90941</guid>
		<description><![CDATA[SF小説家、アーサー・C・クラークの小説が好きで、よく読む。 &#160; とくに、 「幼年期の終り」 「2001年宇宙の旅」 「都市と星」 「宇宙のランデヴー」 &#160; などは、何度も読み返した。 個人的に、「幼(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=16095"     class="wherego_title">知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90819"     class="wherego_title">「AIにもちゃんと聞けない人」に足りない視点の話</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=50209"     class="wherego_title">とある学園都市の自殺率が劇的に減少した理由がなかなか知見に溢れていた</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>SF小説家、アーサー・C・クラークの小説が好きで、よく読む。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とくに、</p>
<p>「幼年期の終り」</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00APBGAXK?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="幼年期の終り" target="_blank">
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幼年期の終り
</a>
<p>「2001年宇宙の旅」</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00DZC067C?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="２００１年宇宙の旅〔決定版〕" target="_blank">
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２００１年宇宙の旅〔決定版〕
</a>
<p>「都市と星」</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00APBGB0W?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="都市と星（新訳版）" target="_blank">
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都市と星（新訳版）
</a>
<p>「宇宙のランデヴー」</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00JRYHKYE?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="宇宙のランデヴー〔改訳決定版〕" target="_blank">
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宇宙のランデヴー〔改訳決定版〕
</a>
<p>&nbsp;</p>
<p>などは、何度も読み返した。</p>
<p>個人的に、「幼年期の終り」は、安部公房の「第四間氷期」などと合わせて読むのがおすすめ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＊</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それはそれとして。</p>
<p>つい先日、「SFずきの知人」とちょうど話題となった「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の話や、「火星の人」「三体」などの話になった。</p>
<p>流行り廃れはあるが、個人的には、SFは「ありそうな未来」がテーマになっていると面白い。</p>
<p>それらはある意味では、「今後の科学技術に対する考察」でもあり、理系を志す少年少女たちの燃料でもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな話をしていたときに、「クラークの3法則」の話が出た。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アーサー・C・クラークには、よく知られている主張が３つあり、そのなかでも、第三法則は最もよく知られている。</p>
<blockquote><p><strong>十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない。</strong></p></blockquote>
<p>という主張だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>我々は「科学技術」を扱うことで、魔法のような力を行使できる。</p>
<p>よく知られた事実だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>遠隔地の人間と話をする。</p>
<p>未来を予想する。</p>
<p>容姿を変える。</p>
<p>数万度の火を起こし、稲妻を作り出す。</p>
<p>鉛の弾を超音速で飛ばす。</p>
<p>人間のように話ができるマシンを生み出す。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このような話をしていたときに、別の知人が、こんなことを言った。</p>
<p>そういえば「ハリー・ポッター」で描かれている「魔法」って、けっこう科学技術でできちゃうよね。</p>
<p>と。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうなのかな？と思ったが、確かに魔法使いのできることは、「姿現し」などの空間転移以外は、科学技術で再現可能にも見える。</p>
<p>なるほど、たしかにわざわざ「魔法」である必要もないかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、彼によれば、ハリー・ポッターの世界における「魔法」の描かれ方は、科学技術にそっくりなのだという。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>再現性と法則性がある。</p>
<p>体系的に教育される。</p>
<p>運用にはルールと罰則、限界がある</p>
<p>人を傷つける魔法は禁忌とされ、通常は使われない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>従来の魔法使いは、「おとぎ話」や「TVゲーム」で描かれるように、杖を振れば何でもできたり、戦闘のために魔法を使うシーンがメインで描かれていた。</p>
<p>また、「魔法」とは、単に「個人的な能力」とみなされていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「魔法を礎にした社会はどのようなものなのか？」について、詳しく描かれることはなかった。</p>
<p>（ファンタジーの世界の住人は、「魔法」があるにもかかわらず、我々と同じような思考をする）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、ハリー・ポッターの世界では、魔法はもう少し複雑な描かれ方をしている。</p>
<p>「社会における体系化された技術の一つ」</p>
<p>であり、数学や工学、化学のような扱いだ、というのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、そう考えていくと、実は我々の世界でも、学校で、科学の礎たるSTEM、つまり「数学」や「工学」をきちんと習得できないのは、問題なのではないかと思った。</p>
<p>何しろ、ハリー・ポッターの魔法使いの世界では、魔法が使えないのは人権にかかわるくらい、重大なことなのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＊</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「STEM」という言葉がある。</p>
<p><span>科学、技術、工学、数学の頭文字を取ったもので、</span>国力の根幹を支える、不可欠なものとして認識されている。</p>
<blockquote><p><span>科学、技術、工学、数学（STEM）教育と研究は、国家の発展と生産性、経済競争力、そして社会の幸福にとって不可欠なものとして、世界的にますます認識されるようになっています。</span></p>
<p>世界各国の政府が、学校における理科と数学、そして高等教育におけるSTEM分野の教育と研究を統括するSTEM政策を策定しようとしていることからも明らかなように、STEMへの世界的な転換が見られます。（<a href="https://www.researchgate.net/publication/335551705_An_international_view_of_STEM_education">Research Gate</a>）</p></blockquote>
<p>これらは、いわば現実世界における「魔法教育」のようなものかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際、世界における時価総額トップの企業群の創業者はほぼ「STEM」の学位取得者で占められている。</p>
<p><img src="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/04/3796c2003580f4536a93055d34117d23.png" alt="" width="395" height="416" class="alignnone wp-image-90964" /></p>
<p>つまり、強大なパワーを操り、マシンをコントロールできる「魔法使い」たちが、大きな力を持っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、魔法を習得するのは、簡単ではない。</p>
<p>実際、日本においては、「魔法」の習得者は、全体の２〜３割に過ぎない。</p>
<p><img src="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/04/80d44dd10f0405f0c970871d169c0ea5-1024x741.jpg" alt="" width="598" height="433" class="alignnone wp-image-90949" /></p>
<p>２〜３割の「魔法使い」が存在しており、残り７〜８割の「マグル」（ハリー・ポッターの世界では、魔法が使えない大半の人々は「マグル」と言われる）が、存在しているともいえる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>*</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とはいえ、日本も含め、主要国の国家元首は中国を除き、STEM分野の出身者ではない。</p>
<p>政治家の多くは「マグル」であり、マグルの代表でもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし富は魔法使いに集中し、マグルはこれをコントロールできなくなってきている、と感じる人も多いのではないだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ハリー・ポッターシリーズの主人公、魔法使いであるハリーは、自分の養父母であるマグルのおじさんとおばさんに、半ば虐待のような生活を強要されている。</p>
<p>おじさんとおばさんは、大きな力を持つ魔法使いに対して、恐怖を抱いているからだ。</p>
<p>そしてそういう対象は、迫害しても構わない、と思っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>テクノロジーへの不信、そして、科学者への敵視というのは、マグルが魔法使いを恐れるのと、何ら変わりはないのかもしれない。</p>
<p>自分たちのよく知らないパワーは、怖いものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際、ハリー・ポッターの世界では、魔法使いたちは、マグルたちの記憶を改ざんし、記憶に残らないように暮らしている。</p>
<p>マグルたちとの無用な争いを避けるためだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まあ、与太話としては面白かった。</p>
<p>忘れてほしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="g g-46"><div class="g-single a-254"><div style="line-height: 1.7em"><style>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【著者プロフィール】</p>
<p>安達裕哉</p>
<p>生成AI活用支援のワークワンダースCEO（<a href="https://workwonders.jp">https://workwonders.jp</a>）｜元Deloitteのコンサルタント｜オウンドメディア支援のティネクト代表（<a href="http://tinect.jp">http://tinect.jp</a>）｜著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部（<a href="https://amzn.to/49Tivyi">https://amzn.to/49Tivyi</a>）｜</p>
<p>◯Twitter：<a href="https://twitter.com/Books_Apps">安達裕哉</a></p>
<p>◯Facebook：<a href="https://www.facebook.com/yuya.adachi.58/">安達裕哉</a></p>
<p><span class="css-901oao css-16my406 r-gwet1z r-ad9z0x r-bcqeeo r-qvutc0">◯note：（<a href="http://note.mu/yuyadachi">生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書</a>）</span></p>
<p>〇まぐまぐ：<a href="https://www.mag2.com/m/0001699057?reg=mm_promo">実務で使える、生成AI導入の教科書</a></p>
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頭のいい人が話す前に考えていること
</a>
<p>Photo:<a href="https://unsplash.com/ja/@itsmaemedia?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">Shayna Douglas</a></p>
<p><img src='https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/04/shayna-douglas-TQV8qkwuEzA-unsplash.jpg'></p><div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=16095"     class="wherego_title">知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90819"     class="wherego_title">「AIにもちゃんと聞けない人」に足りない視点の話</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=50209"     class="wherego_title">とある学園都市の自殺率が劇的に減少した理由がなかなか知見に溢れていた</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></content:encoded>
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		<title>40代は、20代に見えていた景色と全く異なるから希望を持っていい</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 23:02:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[高須賀]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ビジネススキル]]></category>
		<category><![CDATA[人生]]></category>

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		<description><![CDATA[３月５日に40歳になった。もうこれで、文句のつけようのない中年である。 小さい頃は自分が40歳になるだなんて想像すらしなかったし、40歳は完全無欠な大人だと思っていたが、実際には至らない点が多い。多少の円熟はしたとは思う(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90954"     class="wherego_title">40代は、20代に見えていた景色と全く異なるから希望を持っていい</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90941"     class="wherego_title">トップの企業群の創業者が、ほぼ「STEM」の学位取得者で占められている。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?page_id=20832"     class="wherego_title">TOP100</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=16095"     class="wherego_title">知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=86545"     class="wherego_title">「言い方がキツイ人」は、いったい何を考えているのか。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>３月５日に40歳になった。もうこれで、文句のつけようのない中年である。</p>
<p>小さい頃は自分が40歳になるだなんて想像すらしなかったし、40歳は完全無欠な大人だと思っていたが、実際には至らない点が多い。多少の円熟はしたとは思うが。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>40歳を迎えて思うのは、次の10年が最初で最後のやりたい事に全力で向き合える機会だろうなという事だ。</p>
<p>20代30代の頃は、そもそも仕事や技能の取得が出来ておらず、それ故に自分がどれぐらいの能力があって、どういう事が実際に出来るのかが、全くわからなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし40歳にもなると、さすがに自分の能力やスキルについては客観的に把握ができるようにはなってくる。その上で、自分が何を成し遂げるべきなのかを冷静に見据え、それらにコツコツと向き合い続ける事で、きっと明るい50代が迎えられる事だろうという予感がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>いま思うと、20代～30代は苦の連続だった</h2>
<p>最近の僕は精神的にはとても落ち着いている。この落ち着きが何に由来するかといえば、若かった頃にあった「会社に行きたくない」という感覚が薄いからだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いま思うと、20代30代は地獄だったように思う。その地獄が何に由来するかといえば、結局は会社に行くと自分が何かをできない事を痛感させられ、それで自尊心が削られるからだ。</p>
<p>この自尊心の目減りが会社に行きたくない、働きたくないという正体の9割ぐらいだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし40代になり、少なくとも自分の専門分野に限っていえば幸運にもそれなりの才覚に恵まれていたという事がハッキリとするようになってからは、僕は会社にいくのが全く苦痛ではなくなった。</p>
<p>むしろキチンと自分の能力を発揮して自分自身の存在感を出せるという事もあり、働く事が楽しくなったとすら言えてしまうかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>やりたくない事をやらなくては、人は楽にはなれない</h2>
<p>以前にも「結局、辛いのは弱いからであり、だから楽になりたいのなら強くならなくちゃ駄目だ」というような事を書いた事がある。</p>
<p>生きるのが楽になって思うのは、結局いまの自分を構築しているのは、辛く厳しい20代30代の自分が踏ん張ってくれたからに他ならないという事だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もしあの頃の自分に「それがお前の本当にやりたい事なのか？」と、スティーブ・ジョブズの最後のスピーチっぽく誰かが問いかけたら、恐らく過去の自分が全力でNO！というと思う。</p>
<p>もしそこで、踏ん張ることを辞め、楽な道に逃げ出していたとしたら…まず間違いなく40歳になった僕は、今ほどには心の安寧は迎えられてはいないだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>特に若い人に多いとは思うのだが、そもそも自分が何をやりたいのかなんて、多くの人にはサッパリわからないものだ。</p>
<p>そりゃアンパンが好きだとか、カツカレーが好きだみたいな雑な好きぐらいなら誰でも簡単に言えるだろうが、40歳でそれなりに達観した境地に達したいみたいな状態に至りたいと思ったとしても、そのためにどうすればいいのかは好きとか嫌いの理の範疇には無い。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>必死になって生き延びろ。そうすれば答えは出る</h2>
<p>こう考えればわかるとおり、実は好きとか嫌いのようなものは、やりたい事の判断基準にはあまり役には立たない。</p>
<p>むしろ嫌で嫌で仕方がない事の方が、安楽な好きなんかよりも、よっぽど将来の自分の為になる可能性のほうが高いだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>子供をみていても思うのだが、人間が最も凄いなと思うのは、発達するという事だ。</p>
<p>例えば僕は今ではフルマラソンを完走する事もできるし、数時間ぐらいなら全く身動きせずに坐禅を組む事もできる。仕事の速度や正確さは業界内でも恐らく上位3割にはいるだろうし、昔はあまり得意ではなかった他人への共感も、あまり苦ではなくなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この出来るようになった事だが、いま思えばどれもこれも全て僕が大嫌いだったものばかりである。</p>
<p>だからそもそも自分は出来ないと思っていたのだが、色々な副次的な理由もあって、結局どれも履修する事になり、そして僕は”発達”した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>人は発達してしまう</h2>
<p>一度自転車に乗れるようになってしまった人間が、二度と自転車に乗れなくはならないように、人間の発達は基本的には不可逆的なもので、出来るようなればその技能が失われる事はまず無い。</p>
<p>必死になってギリギリ生き延びるような日々が続いていると、自分が高度に発達するだなんて事は想像も出来ないが、実際には生き延びてさえしまえば、大抵の人間は結果的に発達する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一度発達さえしてしまえば、もう後は楽なもんである。その技能はもう、二度と失われる事はない。だから辛い事から逃げずに頑張る事には意味はある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自分で自分の事がわからなくなると、正しい判断が行えなくなる</h2>
<p>逆に、適切な発達をせずに出世してしまった人の予後は暗い。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>僕はかつて、秘書をわざわざ雇っている人達の気持ちがよくわからなかった。自分の事ぐらい自分でするべきであり、自分で自分のスケジュール管理すらできないような状態に陥っているのは、明らかにオーバーワークだと思うからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかしこの歳になってくると、確かにある領域に限っていえば、仕事を外注せざるをえないなと感じる事は多い。</p>
<p>全てを自分で処理するのは、増え続ける仕事と対比させると、さすがに難しいものがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そういうわけで、秘書のような方に、自分のスケジュールを管理してもらう事も仕方がないのかな、と思うようにもなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だが、そうやって自分の仕事を自分の器を超えるような形で拡張させすぎた人の何人かが、ちょっと頭がおかしいのではないか？という行動をときおり取るような姿を散見するようになり、とても不思議なものをみるような気持ちになってきた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この手の人達は、恐らくなのだけど自分で自分の事がちょっとわからなくなってしまっているのだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>若い頃はこういう状態になったら「ちょっと休んでスッキリしなさい」とか、あるいはあまりにも酷いと説教されてハッと我に返ったりできると思うが、微妙に偉くなってしまった後で、そういう風にゼロの地点に立ち戻るのは、かなり難しい。</p>
<p>仕事を誰かに外注するのは確かに良い事だ。だが、それは必ずしも自分で自分の事を把握しなくてもよいという事にはならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だから間違った選択をしたくないのなら、常に自分の事を見つめ直す事である。</p>
<p>だいたいの誤った判断は、自分を見失っている事に起因する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>偉くなったんだし、ちょっとぐらい火遊びしても問題ないだろうというのが、転落の火種になるのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>40代は、20代に見えていた景色と全く異なるから希望を持っていい</h2>
<p>20代の頃の僕は、結局はこの世はお金が全てであり、性的快楽にまさるものはなく、美味しいものを食べるのは無常の喜びで、仕事もせずにグータラ毎日遊び耽るのが最高の人生だと思っていた。</p>
<p>運動なんて疲れる事は絶対にやりたくなかったし、会社に所属する意味も全くわからなかった。子供は凄く嫌いだし、別にいなくてもいいかなと思っていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし40代の今の僕は、ランニングがライフワークになっており、人生で最も幸福を感じる瞬間が子供と公園で遊んでいる時だという、20代に想像していた景色とは完璧に異なるものだった。</p>
<p>会社に通う意味も、お金や仕事を覚えるためというよりも、人のふり見て我がふり直せ的な、自分自身の立ち振舞いの修正に最も役立つ、社会生活におけるメンテナンス的なものになるという風に、全く異なる意義として捉えるようになった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>逆にあんなに好きだったグルメ活動は一旦やめてみたら意外と辞められるもので、そこまでの執着は今ではない。</p>
<p>もちろん、暇が戻ってきたらまたやり始めてもいいかなとは思うものの、最悪無いならないで未練は感じない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あと美しい異性に全く心を惹かれなくなってしまった。これはまあ、性欲が抜けたのに加え、女性と人間関係で随分揉めてて色々と学べた事が大きいのだと思う。</p>
<p>若い頃の僕が、今の自分をみたら、随分つまらなさそうな大人にみえるのかもしれないが、逆に40歳になった今の自分が20代の自分を思い返すと「いろいろな欲望に自我を振り回されたりしてて、執着も多くて、苦しそうだなぁ…」と思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昔は「これぐらい当然だ」と思っていたことが、この歳になると苦悩を生み出すものに対する執着でしかなく、それをさっさと捨てれば楽になれるのにというのは分かるのだが…まあ、若いってそういうものでも、ありますからね。</p>
<p>なにはともあれ、ちょっとは余裕をもって40歳を初められそうでよかったなと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これからもコツコツと日々を積み重ねてゆき、想定外の50代を迎える日を楽しみに待つ事にしよう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="g g-46"><div class="g-single a-254"><div style="line-height: 1.7em"><style>
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}
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<p style="text-align: right;">
(2026/4/7更新)
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<p>【著者プロフィール】</p>
<p><a href="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/05/b65cc7e421d98d0eb082411337f87ea5.png" rel="prettyPhoto[90954]" rel="prettyPhoto[38329]"><img class="original alignnone wp-image-24272 size-full" src="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/05/b65cc7e421d98d0eb082411337f87ea5.png" alt="名称未設定1" width="150" height="193" /></a></p>
<p><a href="https://blog.tinect.jp/?author=882">高須賀</a></p>
<p>都内で勤務医としてまったり生活中。</p>
<p>趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。</p>
<p>twitter:<a href="https://twitter.com/takasuka_toki">takasuka_toki</a>　ブログ→ <a href="http://takasuka-toki.hatenablog.com/">珈琲をゴクゴク呑むように</a></p>
<p><a href="https://note.mu/takasuka_toki">note</a>で食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます</p>
<p>Photo by：</p>
<p><img src='https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/04/annie-spratt-3ftOO1yvVRI-unsplash.jpg'></p><div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90954"     class="wherego_title">40代は、20代に見えていた景色と全く異なるから希望を持っていい</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90941"     class="wherego_title">トップの企業群の創業者が、ほぼ「STEM」の学位取得者で占められている。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?page_id=20832"     class="wherego_title">TOP100</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=16095"     class="wherego_title">知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=86545"     class="wherego_title">「言い方がキツイ人」は、いったい何を考えているのか。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>コミュニケーションの苦手なオタクはどこへ行った？</title>
		<link>https://blog.tinect.jp/?p=90932</link>
		<comments>https://blog.tinect.jp/?p=90932#respond</comments>
		<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 23:16:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[熊代 亨]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[趣味]]></category>

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		<description><![CDATA[数日前、「脱オタクファッション」について当時を知る人々とおしゃべりする機会があった。 1980～2000年代は、オタクとみなされることが社会不適応者の烙印たりえる時代だったから、そうしたマジョリティからのオタク差別をかわ(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=50209"     class="wherego_title">とある学園都市の自殺率が劇的に減少した理由がなかなか知見に溢れていた</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90888"     class="wherego_title">氷河期からドロップアウトできた人生</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90877"     class="wherego_title">「ケア」だからって無条件に肯定すべきではない</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=5702"     class="wherego_title">「話のわかりやすい人」と「わかりにくい人」のちがい</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>数日前、「脱オタクファッション」について当時を知る人々とおしゃべりする機会があった。</p>
<p>1980～2000年代は、オタクとみなされることが社会不適応者の烙印たりえる時代だったから、そうしたマジョリティからのオタク差別をかわすための擬態として、「脱オタクファッション」を求める向きが存在していたわけだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところで、オタクが差別の対象となる時代は、オタク界隈が日陰者の隠れ家たりえる時代でもあった。</p>
<p>オタクが社会不適応者の烙印だったからこそ、社会不適応者にとってオタク界隈がアジールたり得た、とも言える。</p>
<p>当時のオタク界隈はカウンターカルチャーとして機能していた、とも言えよう。</p>
<p>そのことは、当時の景色からも、そこで生まれたコンテンツからも、そこで育ったクリエイターからも言えるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>社会のマジョリティからは蔑まれても、内部に独自の価値観やステイタスを持ち、「マジョリティの価値観やステイタスから距離を置ける社会空間」としてのオタク界隈。そこに救われた人はけっして少なくなかったはずだ。畢竟、成功したカウンターカルチャーとはそういうものではないだろうか。</p>
<p>ところが00年代後半以降、オタク差別は次第に解消され、オタク界隈で育まれていたコンテンツやクリエイターが広く支持されるようになっていった。オタクという言葉の響きも、のっぴきならないものからライトなものへと変化した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それはカウンターカルチャーとしてのオタク／オタク界隈の終わりの合図でもあった。控えめに言い直すなら、オタク界隈がマジョリティに親和的になった、とするべきだろうか。</p>
<p>コンテンツで例示するとしたら、たとえば00年代なら『涼宮ハルヒの憂鬱』であり、10年代なら『君の名は。』であり、20年代なら『超かぐや姫！』あたりが事態をよく物語っていると思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それで良かった、とも言える。</p>
<p>オタクがマジョリティになっていくと同時に自分自身も社会に馴染んでいき、社会へと組み込まれていった世代にとっては特にそうだ。</p>
<p>しかし、カウンターカルチャーとしてのオタク界隈が終わった後、社会不適応者がたゆたっていられるカウンターカルチャーはどこに行ったのだろう？</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>サブカルチャーからカウンターカルチャーへ──オタクの誕生</h2>
<p>本題に入る前に、カウンターカルチャーとしてのオタクについて少しだけ振り返っておきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>社会学者の宮台真司らは、『サブカルチャー神話解体』のなかでオタクの出自として1973～76年頃の東京有名私立校などの一部の若者たちを挙げている。</p>
<blockquote><p>73～76年、東京の有名私立校などの一部の若者たちによって原新人類＝原オタク文化が混融した形で担われていたが、77年以降にメディアを通じて性や恋愛と結びつく形で新人類的なものが上昇を開始すると、新人類的なものとオタク的なものの担い手が対人能力によって分化し始め、オタク系メディアの物語世界が「ついていけない人間」に対する「救済コード」として機能しはじめる──。</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4480423079?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="サブカルチャ-神話解体: 少女・音楽・マンガ・性の変容と現在 (ちくま文庫 み 18-3)" target="_blank">
<img src="https://m.media-amazon.com/images/I/5171+620mJL._SL160_.jpg" width="113" height="160" alt="サブカルチャ-神話解体: 少女・音楽・マンガ・性の変容と現在 (ちくま文庫 み 18-3)"/>
サブカルチャ-神話解体: 少女・音楽・マンガ・性の変容と現在 (ちくま文庫 み 18-3)
</a></blockquote>
<p>ここでいう新人類とは、1970年代にオタクと袂を分かち、20世紀末のサブカルチャーの主流派となっていったグループだ。</p>
<p>宮台らによれば、76年あたりまではオタクと新人類は首都圏の良い学校に通っている良家の子女を共通祖先としていたが、コミュニケーションを志向し異性関係に開かれていく新人類と、そうではないオタクに分派していったという。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1983年には新人類のオピニオンリーダーの一人である中森明夫によるエッセイ「『おたく』の研究」が雑誌『漫画ブリッコ』に掲載され、これ以降、オタクには根暗な社会不適応者の集まりというスティグマが貼りつけられるようになった。</p>
<p>当時を憶えている人なら、1988～89年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人についての報道がそれに拍車をかけたことも思い出せるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>かくして、オタクとオタク界隈は社会の表舞台から遠ざけれた。</p>
<p>新人類が若者文化の雛型として持て囃されるのをよそに、アニメやゲームに傾倒している人も、外見からそのように見える人も、まともに区別されることなくオタクという一言でまとめられ、蔑まれ、アンタッチャブルな人物とみなされた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この時期、NHKはオタクという言葉を放送禁止用語にしているが、それぐらい、オタクとみなされること、オタク呼ばわりされることは社会適応にかかわる大問題だった。</p>
<p>オタク界隈に通じている人々もそれは自覚していて、オタクたちは自分達の対義語として「一般人」や「カタギ」といった語彙を用いていたし、コンテンツの作中描写、たとえば『ああっ女神さまっ』などにはオタクが社会不適応者らしい姿で登場している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だが、それは悪いことばかりでもなかった。大人たちや若者文化のマジョリティに忌避されたからこそ、当時のオタク界隈はカウンターカルチャー（のひとつ）として機能した、とも言える。</p>
<p>新人類とそのフォロワーの嘲笑をよそに、この時代のオタク界隈はコミュニケーションの苦手な者のアジールとして機能する側面を持っていた。</p>
<p>自分の好きなアニメの話になるとマシンガントークをしてしまう人、独り言がやめられない人、いつもオフ会の時間に遅れてくる人、新人類的なコミュニケーションや恋愛に嫌悪感を持つ人でも、仲間意識を持ちあえる場所だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>社会から後ろ指をさされかねない者同士、そのようなコンテンツをシェアしている者同士という仲間意識が、お互いを結び付ける一助になっていたのは想像にかたくない。</p>
<p>少なくとも地方在住の私には、『アドバンスド大戦略』や『機動戦士Vガンダム』や『痕』といった個々のコンテンツの話題が通じる相手であるだけで「友達」のように感じられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それからクリエイターを揺籃する地としてもオタク界隈は機能した。</p>
<p>大人文化はもちろん、若者文化の主流派からも距離を置いていたからこそ、許される表現や試される表現があった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>『Fate』シリーズなどの那須きのこ、『魔法少女まどか☆マギカ』などの虚淵玄、『君の名は。』などの新海誠は、この時代・この界隈で頭角を現したクリエイターだ。</p>
<p>ボカロやゆっくり実況、今日のアニメ表現の少なからぬ部分でさえ、この時代のオタク界隈から受けた影響は小さくない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>若者文化の主流派からパージされていたからこそ、2010年代以降に台頭していく表現や感性の種が蒔かれたといえる。その種を育てたのは、クリエイター自身であると同時にそれらを支持した当時のオタクたちだったのは言うまでもない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>若者文化の主流派としての始まり、カウンターカルチャーとしての終わり</h2>
<p>ところが00年代の中頃、『電車男』や『涼宮ハルヒの憂鬱』が人気になったあたりからオタク差別がなりをひそめていく。マスメディアにおけるオタクの扱いも変わり、「クールジャパン」なるシュプレヒコールまで聞かれるようになった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それからは皆さんもご存知のとおりだ。</p>
<p>ライトノベル的なもの、ガンダム的なもの、推し活的なもの、そういったものが若者文化の主流派へと繰り入れられ、それらを愛好していることが差別に直結する事態は緩和された。</p>
<p>オタクという言葉も希釈され、洒落た服装をした男女が気軽に自称できるものにもなった。</p>
<p>今ではもう、オタクを自称すること、オタク呼ばわりすることにたいした社会的意義は存在しない。たとえばもし、推し活する人をオタクと呼ぶなら、今日の若者文化の主流派はオタクということになる。そこまで希釈された言葉に、もはやたいした意味などない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、そのこともオタクたちにとっていいことづくめとは限らない。</p>
<p>00年代後半の段階から、ライト化・カジュアル化していくオタク界隈、あるいはコンテンツたちに不満な目線を向けるオタクは存在したが、それは「にわか」に難癖をつける以上の意味があったよう、2026年からは回想される。</p>
<p>オタクとオタク界隈が若者文化の主流派に転じたことに伴い、それらはコミュニケーションを不問に付すアジールとしての機能を喪失していった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、コンテンツを観ているだけで本当の本当に誰ともコミュニケートしないなら、それすらどうでも良いことだったかもしれない。</p>
<p>が、しかし、同好の士と繋がろうと思ったら今後はコミュニケーション能力が問われることになる。</p>
<p>かつてのように、個々のコンテンツの話題さえ共通していれば無条件に仲良くなれるのではなく、たとえば空気も読まずにマシンガントークしてしまう人は同好の士のあいだでも浮いてしまう可能性がにわかに高まった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>旧来のオタクたちに比べて、若者文化の主流派をなすマジョリティのマスボリュームは巨大で、コミュニケーション能力に下支えされた影響力は強大でもあった。</p>
<p>コンテンツだけ見ていて人間を見ていない人間が、コンテンツも人間も見ている人間、ひいては本当は人間のほうを見ていてコンテンツはそのために選択している人間に影響力で伍するのは難しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>SNSで全員が繋がり合った世界で「いいね」や「シェア」を利用しコンテンツを遠く高く飛ばしていくのは、コンテンツと専ら一対一で向き合っているような影響力ゼロの人ではない。</p>
<p>コンテンツをみんなと一緒に推せる人、そしてコンテンツ（と自分自身）をアッピールできる人だ。</p>
<p>そうなると、アニメもゲームも次第にマジョリティのほうを向いたジャンルへと変質していき、たとえば2000年前後につくられたビジュアルノベルにあったような、「マイノリティのためにつくられた作品」は相対的に少なくなっていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さきほど『サブカルチャー神話解体』から引用した際に、コミュニケーションの可否によって新人類とオタクが袂をわかち、前者が若者文化の主流派となったと書いた。</p>
<p>これが示すように、元来オタクはコミュニケーションに苦手意識を持つ人々が構成員に多かったカテゴリーで、オタク界隈のコンテンツもコミュニケーションに苦手意識を持つ人々のほうをある程度は向いていた。</p>
<p>その傾向は、たとえば『Kanon』や『CROSS†CHANNEL』や『灼眼のシャナ』といった往時の作品を振り返ってもわかることだし、くだんの『サブカルチャー神話解体』にも、たとえば「青少年マンガのコミュニケーション」の章にもそれは詳述されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2026年第一クールの秀逸なアニメにしてもそうだ。</p>
<p>コミュニケーションに苦手意識を持つ旧来のオタクのほうを向いた作風は主流ではない。</p>
<p>それらの作品はそもそもクオリティが高いからコミュニケーションに苦手意識を持つ人でも十分楽しめる。だが、旧来のオタク「のために」作られた作品とは違う。</p>
<p>コミュニケーション強者におもねる作品とまでは言わないにしても、コミュニケーション弱者に格別な配慮をはからう作品ではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>母屋を乗っ取られるとはこのことだ。支持層の傾向から言っても、作中描写やキャラクターの造形から言っても、90～00年代にオタク界隈で育まれ成長してきたコンテンツ、ひいてはジャンルは、若者文化の主流派に占拠された。</p>
<p>例外がないわけではないにせよ、アニメやゲームはカウンターカルチャーとしての性質をおおむね失い、大人文化や若者文化の主流派とも接続し、アジールと呼び難い場所に変わってしまった。</p>
<p>カウンターカルチャーとしてのオタク界隈は、終わってしまったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>コミュニケーションの苦手なオタクはどこへ行った？</h2>
<p>そうなると、即座に疑問が立ち上がってくる。</p>
<p>コミュニケーションできないオタク、たとえば人間集団に溶け込めないオタクやオフ会の片隅で無口だったオタクはどこへ行ったのだろうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>答えの半分は、「今でもオタク界隈に残っている」だ。</p>
<p>友達はできづらくなるかもしれないし、オフ会にも気軽に参加できなくなるかもしれない、しかしアニメやゲームに向き合うことはできるし、SNSで「いいね」や「シェア」をやってのけることだってできる。</p>
<p>ソーシャルゲームの片隅でなら承認欲求をみたせなくもない。マジョリティに母屋を乗っ取られたことを気にしないなら、まあ、楽しむことはできる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、マイノリティ同士が繋がれるアジールはどこにある？</p>
<p>トー横キッズになれる人は、なれば良いのかもしれない。そこは確かにカウンターカルチャーみが深い場所だ。</p>
<p>が、誰もがそこに入れるわけではないし、身の危険と隣り合わせの場所である。旧来のオタクに相当するような青少年に親和性の高い場所とも思えない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は年を取ってしまったので、たとえば進学校に通っているコミュニケーションの苦手な少年が易々と所属でき、友達を見つけられるカウンターカルチャーみの深い場所がどこにあるのか、よくわかっていない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>わからないままでいいのかもしれない、とも思う。</p>
<p>かつてのオタク界隈がそうだったように、新時代の表現やクリエイターは大人の与り知らないところで育まれるだろうし、そのほうがアジールとしてちゃんと機能するだろうとも思えるからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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(2026/4/7更新)
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<p>【プロフィール】</p>
<p>著者：<a href="https://blog.tinect.jp/?author=1565">熊代亨</a></p>
<p>精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。</p>
<p>通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』（ヴィレッジブックス）『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』（イースト・プレス）など。</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B0CVNBNWJK?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="人間はどこまで家畜か　現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)" target="_blank">
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人間はどこまで家畜か　現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)
</a>
<p>twitter：<a href="https://twitter.com/twit_shirokuma?lang=ja">@twit_shirokuma</a></p>
<p>ブログ：<a href="http://p-shirokuma.hatenadiary.com/">『シロクマの屑籠』</a></p>
<p><img class="original alignnone wp-image-25478" src="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab.png" sizes="(max-width: 183px) 100vw, 183px" srcset="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab.png 512w, https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab-150x150.png 150w, https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab-300x300.png 300w" alt="熊代亨のアイコン 3" width="183" height="183" /></p>
<p>Photo:<a href="https://unsplash.com/ja/@atluminon?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">Clark Gu</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>「ゲーセンでは聴こえなかった音」と、PS版「レイストーム」の最終ステージにまつわる体験の話</title>
		<link>https://blog.tinect.jp/?p=90926</link>
		<comments>https://blog.tinect.jp/?p=90926#respond</comments>
		<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 22:52:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[しんざき]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ゲーム]]></category>

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		<description><![CDATA[「あの時、あの場所でしか存在しなかった体験」の話をする。 まず、ゲームセンターの話から始めさせて欲しい。 時期としては、私がお小遣いとか勉強時間とか睡眠時間とか栄養とか、色んなものを削りに削って、ゲーセン通いにリソースを(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=10598"     class="wherego_title">「なんで働かないといけないんですか？」と聞いた学生への、とある経営者の回答。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90882"     class="wherego_title">「雇ってはならない人たち」の話。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「あの時、あの場所でしか存在しなかった体験」の話をする。</p>
<p>まず、ゲームセンターの話から始めさせて欲しい。</p>
<p>時期としては、私がお小遣いとか勉強時間とか睡眠時間とか栄養とか、色んなものを削りに削って、ゲーセン通いにリソースを全振りしていた頃。もう少し正確に言えば、大体1992年～1998年くらいまでの期間になる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>かつて、ゲーセンに通っている人たちの間では、「ホームどこ？」という言葉が「相手の身元確認の手段」として成立していた。</p>
<p>ホームというのは、要は「自分が普段通っていて、主な居場所にしているゲームセンター」のことだ。「色んなゲーセンがあって、ゲーセンごとに遊べるゲームに偏りがあったので、みんなあちこちのゲーセンを巡っていた」という前提知識がないと、そもそも意味不明な言葉だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>当時は、ゲーセンでも「強い人/上手い人がたくさんいるゲーセン」と「そうでないゲーセン」の間にはかなり明確なヒエラルキーがあって、前者を「ホーム」にしている人たちは、それだけで「こいつ、なかなかやりそうだな……」と一目おかれたりしていた。</p>
<p>私のホームは、名古屋の端っこの方にある、「キャビン」という小さなゲーセンだった。家から出て、角を二回曲がって、しばらく坂道を転がり落ちていくと、道の左側にキャビンがあった。今はもう、ないのだけれど。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あの光景は、今でも目を閉じるだけで鮮明に思い出せる。匂いも覚えている。ふっと何かの匂いを嗅いだ時、「あ、キャビンの匂いだ」といきなり記憶が蘇ることがあるくらいだ。</p>
<p>主にタバコと駄菓子とおっさんの体臭が主成分で、いい香りとは言い難かったが。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>キャビンは小さな体育館のような作りになっていて、天井は鉄骨が剥き出しになっていて、鉄骨から飛行機の模型がいくつもぶら下がっていた。</p>
<p>入り口の方にUFOキャッチャーが三台。真ん中のあたりには格ゲーの対戦台が大きな顔をしていて、ゲーセンの一番奥には(当時基準の)レトロゲームと脱衣麻雀が何台か置いてあった。そして、格ゲーの周辺、対戦台エリアを囲むように、壁際に何台ものアクションゲーム、シューティングゲームが並んでいた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私はキャビンで色んなゲームを遊んだが、特に色濃く残っているのはシューティングゲームの記憶だ。</p>
<p>つま先から頭まで沼に浸かっていた横シューの最高傑作、「ダライアス外伝」。</p>
<p>最終盤、強大な敵と相対するプレイヤーを鼓舞するように1面のBGMが流れる演出の珠玉、「ガンフロンティア」。</p>
<p>R-TYPE。バトルガレッガ。ソニックウィングス、19XX、ゲーム天国、雷電II、アクウギャレット、BATSUGUN、ウルフファング、ギガウィング、プロギアの嵐、中華大仙、疾風魔法大作戦、蒼穹紅蓮隊、ストライカーズ1945。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>無理だ。私があの頃キャビンで遊んだゲームのタイトルは、とてもじゃないが挙げ切れない。</p>
<p>「やり込んだ」と胸を張って言えるゲームもあれば、1コインクリアすらできなかったゲームもたくさんあるが、とにかく思春期の時間の何割かを、私はキャビンに捧げている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>キャビンの唯一の店員であるおっさんには毛髪も愛想もなかったが、脱衣麻雀をスタッフクレジットでプレイしている時以外は割と親切にしてくれて、年少だった私が他の客に絡まれたら声をかけてくれたし、店で売っているキャベツ太郎をおごってくれることもあった。</p>
<p>人生の中に「頭が上がらない人」というのは何人かいるが、「あの場を提供してくれていた」というそれだけで、キャビンの親父も私にとっての「頭が上がらない人」の1人だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ということで、キャビンはとても良いゲーセンだったのだが、今から考えると1つだけ、大きな問題があった。</p>
<p>「とにかくうるさかった」のだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>当時のゲーセンなんて大体そんなものだったかも知れないが、キャビンのゲームはどれも音量設定がデカく、デモの間も音が鳴りっぱなしで、一つ一つのゲームの音なんてろくに聞こえなかった。</p>
<p>格ゲーの対戦台は特にそうで、ゲーム中のキャラの声もデカければ、遊んでいるプレイヤーの奇声もだいぶデカかったので、自分が遊んでいるゲームのBGMをじっくり聴くことなんてとてもできなかった。当時、一部のゲームではヘッドホン端子がついている筐体もあったらしいが、キャビンにはそんな気の利いた台は一台もなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これはだいぶ後になってから分かることなのだが、私はどうも「複数の音が鳴っている中から、一つの音を聴き取る」ということがかなり苦手な性質であるらしく、それも「聴こえない」に拍車をかけていた。</p>
<p>当時、「ゲームのBGMにもいい曲がたくさんある」と認識し始めていた私には、ここだけはなんとももどかしい点だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>***</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次に、レイストームというゲームの話をしたい。</p>
<p>レイストームは、1996年、タイトーから発売された、3Dポリゴンを使った縦スクロールシューティングゲームの大傑作だ。その最大の特徴は、「「高さ」「深さ」という側面から、プレイヤーの視点を完璧にコントロールする」という、圧倒的なゲーム演出にあると思う。</p>
<p><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/RlHGLzH4P6o?si=3TevEObMMcBoG6fI" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></p>
<p>レイストームには、前作「レイフォース」から引き続く、「ロックオンレーザー」というシステムがある。</p>
<p>眼下の敵にカーソルを合わせることで敵を「ロックオン」することができ、そこでロックオンレーザーを放つと画面上のどこにいてもレーザーが敵を襲い、撃破する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ロックオンレーザーは敵を倒すためにも重要だが、得点を稼ぐためにも非常に重要で、「敵をどういう順番でロックオンして、どう倒すか」というのがゲームを遊ぶ上での重要な要素になる。</p>
<p>縦スクロールシューティングというものは、自然と「自機を上から見下ろす」という視点になるものだが、レイストームというゲームにおいては、ロックオンレーザーと3Dポリゴンによる当たり判定の関係で、それが直接的にプレイフィールに影響する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その顕著な例が4面の対艦隊戦だ。レイストームでは、「高さ」が合わなければ敵にも敵弾にも接触しないため、下の方の敵はすりぬけられる一方、「遥か下方から撃ってきたレーザーが、自機と同じ高さまで来て襲いかかってくる」なんて場面もある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さらに、ロックオンレーザーも撃ってから着弾までにタイムラグがあるため、特に自機がR-GRAY2の場合、「遥か下方に見える敵艦にロックオンレーザーを撃ち込んだ場合、戻ってくるまでしばらく時間がかかる」という現象が発生するわけだ。</p>
<p>この感覚が、「宇宙空間での艦隊戦」というAREA4で特に顕著になり、「2Dの縦シューなのに、自分がちゃんと宇宙空間で戦っている」という絶妙な臨場感をもたらしてくれた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これに限らず、ロックオンレーザーのパターンを構築する時は、「敵の高さと位置」の意識がかなり重要になる。</p>
<p>結果、プレイヤーは「自機の高さと、敵の相対的位置」を自然と意識することになり、結果レイストームが「縦シューとしても他に類を見ない程「見下ろす」という視点を強く意識する」ゲームになっていると考えるわけだが、とはいえ本記事では、レイストームの視覚的演出は本題ではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここで特筆したいのは、レイストームのBGMの演出だ。</p>
<p>レイストームにおいて、自機が託された使命は「惑星間戦争で敗北直前まで追い詰められた人類による反撃」だ。</p>
<p>敵勢力である「セシリア連合」、衛星セシリア自体が元々は地球からの植民衛星であり、セシリアを圧政で支配した地球政府の自業自得的な面もあるのが業が深いのだが、それはそうと自機である「R-GRAY」を駆るプレイヤーは、地球圏から衛星セシリアへと攻め上がっていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>で、レイストームのBGMは、このストーリー展開と明確に、見事にシンクロしている。</p>
<p>具体的に言うと、序盤、地球圏でのBGM(AREA1～4)は比較的明朗で軽快な曲が多いのに対して、地球圏を離れて衛星セシリアに戦いの場が移って行く(AREA5～8)につれて、BGMの構成がどんどん重く、無機質に、陰鬱に、しかし荘厳になっていくのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その最たる例が、最終面(AREA8)の「HEART LAND」および「INTOLERANCE」だろう。</p>
<p>最終ボスである「ユグドラシル」についにたどり着く自機R-GRAY。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>当初は、ユグドラシルは複数のパーツを破壊しないと全容をあらわすことがなく、プレイヤーは激しい攻撃を凌ぎながら、緑色のシールドに覆われたユグドラシルを「見下ろして」ひたすらロックオンレーザーを撃ち下ろしていくことになる。</p>
<p>この時BGMとして流れているのが、心臓の拍動のように静かに重々しくドラムの音が響く、「HEART LAND」。</p>
<div class="post-embed"><iframe style="border-radius: 12px" width="100%" height="152" title="Spotify Embed: HEART LAND - (AREA8)" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy" src="https://open.spotify.com/embed/track/0zQRBKIcAExLq97MEzqe3T?si=44cac7ab151146a9&amp;utm_source=oembed"></iframe></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、全てのパーツを破壊すると、旋回するR-GRAYに合わせて視点がぐるっと動き、自機の前についに「ユグドラシル」の本体が姿を現す。</p>
<p>同時に、まるで滅び行く種族への鎮魂歌のように、静かに、ゆっくりと、「HEART LAND」からスネアの音を経てシームレスに繋がる、「INTOLERANCE」の荘厳なメロディが響き始める。</p>
<div class="post-embed"><iframe style="border-radius: 12px" width="100%" height="152" title="Spotify Embed: INTOLERANCE - (LAST BOSS)" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy" src="https://open.spotify.com/embed/track/7uQjOtGpe3MWDHPRQk4cNB?si=9a5d307a6e0b466e&amp;utm_source=oembed"></iframe></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>サントラのライナーノーツやエンディングの文章を読むと分かることだが、実はレイストームというゲームでは、エンディング後に衛星セシリアの住民数十億が命を落とすことになる(※PS版のエクストラモードだともっとひどいことになる)。</p>
<p>そのため、まさにプレイヤーが作戦を成し遂げようとしているその瞬間、流れる曲が鎮魂歌となるのはある意味で正しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、この「INTOLERANCE」という曲、とにかく静かで、荘厳で、そしてかっこいいのだ。</p>
<p>STGのラスボスという最高に盛り上がるシーンで静謐な曲が流れるというのは、例えばダライアス外伝やガンフロンティアとも通じるところがあるが、レイストームの「INTOLERANCE」の素晴らしさはダラ外の「SELF」にも全く劣らない。聴いたことがない人は聴いてみて欲しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところで、ここでひとつ問題があった。それは、「レイストームのBGM演出は、ゲーセンで味わうにはあまりに繊細過ぎた」ということだ。</p>
<p>しんざきが通っていたキャビンなどは特にそうだが、音がうるさいゲーセンでは、演出を味わうどころか、メロディを聴き取ることすら殆どできやしなかった。「なんとなくかっこいいメロディが聴こえる……」と歯がみするのがせいぜいだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>***</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな私を何が救済したかというと、それは当然サントラ、ではなくPS版「レイストーム」だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アーケードゲームの家庭用移植というものには、遥か「ゼビウス」の昔から様々な性能上の問題がつきものだったが、PS版レイストームについて言うと、元々のアーケード版がPS互換システムを使っていたこともあり、これが間違いなく超絶良移植だった。</p>
<p>SS版の「バトルガレッガ」(STG移植のひとつの到達点である)に並ぶのではないか、とすら個人的には思っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、画質や処理落ちを始め、アラが全くないというわけではない、ないのだが、自室という静かな空間で、初めて「ユグドラシル」を背景にした「HEART LAND」と「INTOLERANCE」を耳にした時には、「これが本当のレイストームだったのか……！！」と思うほどの衝撃を受けたものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>PS版のエクストラモードで聴けるアレンジ版BGM、「ノイ・タンツ・ミックス」がこれまた素晴らしいアレンジ揃いで、一面の「GEOMETRIC CITY」のアレンジで響きわたる笛の音を聴いた時には、これを吹くだけのために管楽器を始めることを決意してしまうほど感動した（それでケーナを始めた)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>サントラはそれはそれで素晴らしく、今でもレイストームは(オリジナル版もアレンジ版も)Spotifyのお気に入りリストに入っているが、それでもやはりゲームBGMの味は、ゲームとセットで体験した時にこそ最大化するものだ、と私は思う。</p>
<p>ゲーセンで散々「音が聴きとれない」という辛酸をなめた後だっただけに、感動もひとしおだったのかも知れない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>***</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>上でも書いたが、レイストームが発売されたのは1996年。今からちょうど30年前、PS版で考えても29年前になる。</p>
<p>あれから、ゲームを取り巻く環境は激変した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「個人経営の街のゲーセン」というのは残念ながらその多くが姿を消し、私がかつて通い詰めたキャビンも、今では建物すら残っていない。</p>
<p>その一方で、ゲームを遊べる環境は恐ろしく進歩し、今ではオンラインで何の問題もなく通信対戦ができるし、SteamやSwitch、PS5を始め、様々なプラットフォームでもの凄い数のゲームを遊ぶことができる。過去の名作も遊べるし、現在の大作も、インディーズの新機軸のゲームもDL販売で手軽に遊べる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは、疑いなくゲーマーにとっては素晴らしい時代であると思う一方、ほんのちょっとだけ、奇妙な寂しさも感じる。</p>
<p>それは、インターネット時代にパソコン通信のモデムの接続速度の遅さを懐かしむような、たいした意味はない、ほろ苦いノスタルジアとでも言うべきものだ。</p>
<p>そう、ちょうどキャビンのタバコ臭い匂いのように。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ゲーセンで聴こえなかった音を、家庭用移植版で初めて聴けて感動する」というあの時の体験も、おそらくは「あの日、あの時」しか存在しなかった体験なのだろう。</p>
<p>とすると、それをどこかに書き残しておくのも、全くの無駄ではないのかも知れない。そう思ってこの記事を書いた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>誰かの「あの日、あの時」をほんのちょっと思い出す、そのきっかけにでもなれば、幸いなことこの上ない。</p>
<p>今日書きたいことはそれくらい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="g g-46"><div class="g-single a-254"><div style="line-height: 1.7em"><style>
hr {
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  border-bottom: dashed 1px #00A2FF;
  background-color: #00A2FF;
}
</style>
【お知らせ】<br>
AIの登場で、情報が参照される仕組みそのものが変わろうとしています。本ウェビナーでは、<strong>SEOからAIOへの変化</strong>を踏まえ、企業がこれからどのような情報を発信すべきかをわかりやすく解説します。ぜひお気軽にご参加ください。<br><br>
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＜2026年4月17日 実施予定＞<br>
<h3>AI検索時代、企業の情報発信はどう変わるのか？</h3>
― SEOからAIOへ――検索の仕組みの変化と、企業が発信すべき情報を解説<br><br>
<strong>講演者：安達裕哉 ／ 倉増京平（ティネクト株式会社）</strong><br><br>
<strong>このウェビナーでお伝えする内容</strong><br>
＜第1部　AI検索の現状と対策（講師：安達裕哉）＞<br>
・AI検索は何を変えようとしているのか<br>
・従来のSEOとこれからの検索対策の違い<br>
・企業が押さえるべき基本的な考え方と対応策<br><br>
＜第2部　AI検索時代に企業が発信すべき内容とは（講師：倉増京平）＞<br>
・AIに参照されやすい情報とは何か<br>
・企業サイトやオウンドメディアで発信すべきテーマ<br>
・これからの企業発信に必要な視点<br><br>
<hr>
開催日時：2026年4月17日（金）10:30-11:30<br>
配信形式：オンライン（Zoomウェビナー）<br>
参加費：無料<br>
対象：企業のマーケティング担当者／広報・PR担当者／コンテンツ企画担当者／Web担当者／経営層・事業責任者<br>
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お申込み・詳細<br>
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</span>をご覧ください。<br>
<br>
<p style="text-align: right;">
(2026/4/7更新)
</p>
</div></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino, serif;">【著者プロフィール】</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino, serif;">著者名：しんざき</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino, serif;">SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino, serif;">レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。</span></p>
<p><span style="font-family: georgia, palatino, serif;">ブログ：<a href="http://mubou.seesaa.net/">不倒城</a></span></p>
<p><img src='https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/04/5ed2ca5daaba1557bfd1dadad6ebb0fd.jpg'></p><div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=10598"     class="wherego_title">「なんで働かないといけないんですか？」と聞いた学生への、とある経営者の回答。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90882"     class="wherego_title">「雇ってはならない人たち」の話。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>「雇ってはならない人たち」の話。</title>
		<link>https://blog.tinect.jp/?p=90882</link>
		<comments>https://blog.tinect.jp/?p=90882#respond</comments>
		<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 23:22:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[安達 裕哉]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://blog.tinect.jp/?p=90882</guid>
		<description><![CDATA[様々な会社の、新卒採用を手伝っていたことがある。 その時の話だ。 &#160; 通常、採用の面接官は、「採用に値する人」を振り分けるのが目的だ。 が、正直なところ、新卒採用では「だれを雇うべきか」は、ほとんどわからない。(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=71932"     class="wherego_title">面倒な人の欲求を「察してあげる」と、増長してさらに扱いづらくなる</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?page_id=20832"     class="wherego_title">TOP100</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90888"     class="wherego_title">氷河期からドロップアウトできた人生</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=20565"     class="wherego_title">40歳になってようやくわかる8つのこと。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>様々な会社の、新卒採用を手伝っていたことがある。</p>
<p>その時の話だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>通常、採用の面接官は、「採用に値する人」を振り分けるのが目的だ。</p>
<p>が、正直なところ、新卒採用では「だれを雇うべきか」は、ほとんどわからない。</p>
<p>実績に相当するものが、学歴程度しかないからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、何もできないのかというと、そうではない。</p>
<p><strong>「雇ってはならない人」を通さない</strong>、という役割がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その「雇ってはならない人」を見分ける方法の一つが、</p>
<p>「「話のつじつまが合わない部分」をついたときの反応を見ること」であった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>*</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、学生が、志望動機を</p>
<blockquote><p>「豊かな社会に貢献する」という企業理念に共感しました。<br />
私は実家があまり豊かではなかったので、皆が豊かな生活ができる世の中を作りたいと思っています。</p></blockquote>
<p>といった（テンプレっぽい）話をしたとする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、テンプレっぽい、というだけで落としたりはしない。</p>
<p>が、この話、信じてよいのだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで面接官は、具体的に聞く。</p>
<blockquote><p>「豊かな社会」と「豊かな生活」について、あなたなりの具体的な定義をしていただけますか？</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>「具体性」を問われると、少なくない学生が、定義ができないことがある。</p>
<p>そういう学生には、</p>
<blockquote><p>「豊かな社会」に共感したと、先ほどおっしゃいましたが、一体、何に共感したのですか？</p>
<p>雰囲気に共感したということですか？</p></blockquote>
<p>と、少々突っ込んで問いただす。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あるいは、</p>
<blockquote><p>豊かな社会とは、皆が不足なく暮らせる社会で…</p></blockquote>
<p>と、抽象的な言葉で逃げようとする学生にも、</p>
<blockquote><p>皆が不足を感じない社会なんて、そもそもあり得ると思いますか？</p></blockquote>
<p>と、現実との矛盾点を問う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、内容そのものは、正直何でもよいのだ。</p>
<p>我々は、価値観ではなく、能力と性格を見ているのだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>つまり、ビジネスでよくある、</p>
<p>「会議で突っ込まれる」とか</p>
<p>「お客さんから聞かれる」とか</p>
<p>「部下から矛盾を突かれる」など</p>
<p>といった、少々苦しいシチュエーションを、この場で擬似的に作り上げるのが目的なのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、こういうところでは、人間の本性が出る。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「こまったなあ」という表情を浮かべる学生もいる。</p>
<p>焦って凍りついてしまう学生もいる。</p>
<p>中には、</p>
<p>「雰囲気で共感していました、すいません。でも気持ちは本物です。なぜなら～」と、謝れる人もいる。</p>
<p>それならいい。</p>
<p>謝れることは、社会ではとても重要なことだし、能力不足は、育成でなんとでもなる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>が、少なからずいるのが、こちらに怒りの矛先を向ける人だ。</p>
<p>表情と、口調が変化する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「いえ、そういうことではなくて。誤解していただきたくないのは……」</p>
<p>と、<strong>こちらの誤解のせいにしようとする</strong>人。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「私が申し上げたのは、豊かというのは経済的な意味だけではなくて——」</p>
<p>と、<strong>「話のわからない人たちだ」、とでも言いたげ</strong>に、最初に言ってもいない前提を突然持ち出してくる人。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ダボス会議で言われていたのは……」</p>
<p>などと、<strong>別の権威を持ち出して</strong>、質問に答えず、話をすり替えようとしてくる人。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>反論するのは全く問題ないのだが、感情的なのはいけない。</p>
<p>面接の場で、何回かこのような反応が見受けられたら、</p>
<p>彼らは</p>
<p>「謝れない」</p>
<p>「間違いを認めない」</p>
<p>「頑迷である」</p>
<p>という特性を持った人たちの可能性がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>彼らはどんなに学歴が良く、ペーパーテストができても、基本的には落とす。</p>
<p>ビジネスでも、アカデミックでも一緒だと思う。</p>
<p>「謝ったら死ぬ」とまでは行かないが、<strong>重要なときに「自論の欠点／間違い」を認められないのは、後々、顧客対応や社内のやりとりなどで、大きなトラブルを引き起こす可能性が高いからだ。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>面接官は、単に話の辻褄が合わない部分を突いただけ。</p>
<p>圧迫したわけでも、叱ったわけでも、人格を否定したわけでもない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、このタイプの人はそれらを区別できない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「論理の指摘」を「人格への攻撃」として受け取ってしまう。</p>
<p>こういった性格面での未熟さは、１０年経っても、２０年経っても、だいたい治らない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>柔軟ではない人は、年配も若者にもたくさんいる</h2>
<p>余談だが、よく、「若者は柔軟だ」と言われる。</p>
<p>が、実際に様々な採用に携わると、決してそんなことはない、と気づく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現場で見聞きした限りでは、おっさん、おばさんと、若者は大して変わらない。</p>
<p>事実、「年を取ると頑固になる」という話には、大したエビデンスがない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おそらく、直接なにか言われたときに</p>
<p>「黙っている」とか</p>
<p>「反抗しない」</p>
<p>といった若者が見たことが多いからなのだろうが、それは彼らが、柔軟だからではなく、経験からくる「意見」を持っていないだけの可能性が高いのではないだろうか。</p>
<p>それは柔軟さではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おそらく、柔軟さや素直さ、謝れるかどうか、といった性質は、年齢よりも「個人差」のほうが圧倒的に大きい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なんでも「はい、はい」と、無条件に受け入れてしまうのは、素直ではなく単なる阿呆だ。</p>
<p>だが、話の矛盾や欠点を突かれて、相手に怒りの矛先を向けたり、謝罪して修正をできないような人間は、組織の人間関係や対顧客の関係を危うくしかねない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あくまでも冷静に、「組織に絶対に入れてはいけない人」を見極めることは、かなり重要なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="g g-46"><div class="g-single a-254"><div style="line-height: 1.7em"><style>
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(2026/4/7更新)
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>【著者プロフィール】</p>
<p>安達裕哉</p>
<p>生成AI活用支援のワークワンダースCEO（<a href="https://workwonders.jp">https://workwonders.jp</a>）｜元Deloitteのコンサルタント｜オウンドメディア支援のティネクト代表（<a href="http://tinect.jp">http://tinect.jp</a>）｜著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部（<a href="https://amzn.to/49Tivyi">https://amzn.to/49Tivyi</a>）｜</p>
<p>◯Twitter：<a href="https://twitter.com/Books_Apps">安達裕哉</a></p>
<p>◯Facebook：<a href="https://www.facebook.com/yuya.adachi.58/">安達裕哉</a></p>
<p><span class="css-901oao css-16my406 r-gwet1z r-ad9z0x r-bcqeeo r-qvutc0">◯note：（<a href="http://note.mu/yuyadachi">生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書</a>）</span></p>
<p>〇まぐまぐ：<a href="https://www.mag2.com/m/0001699057?reg=mm_promo">実務で使える、生成AI導入の教科書</a></p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4478116695?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="頭のいい人が話す前に考えていること" target="_blank">
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頭のいい人が話す前に考えていること
</a>
<p>Photo:<a href="https://unsplash.com/ja/@just_amelo?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">Amel Majanovic</a></p>
<p><img src='https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/03/amel-majanovic-cMytouRnib4-unsplash.jpg'></p><div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=71932"     class="wherego_title">面倒な人の欲求を「察してあげる」と、増長してさらに扱いづらくなる</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?page_id=20832"     class="wherego_title">TOP100</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=41717"     class="wherego_title">なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90888"     class="wherego_title">氷河期からドロップアウトできた人生</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=20565"     class="wherego_title">40歳になってようやくわかる8つのこと。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>氷河期からドロップアウトできた人生</title>
		<link>https://blog.tinect.jp/?p=90888</link>
		<comments>https://blog.tinect.jp/?p=90888#respond</comments>
		<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 23:11:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[黄金頭]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人生]]></category>
		<category><![CDATA[健康]]></category>
		<category><![CDATA[就職]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://blog.tinect.jp/?p=90888</guid>
		<description><![CDATA[就職氷河期世代 就職氷河期世代、というものがある。内閣府の定義によると、大卒者は「1970年（昭和45年）4月2日から1983年（昭和58年）4月1日まで」に生まれたもの、高卒者は「1974年（昭和49年）4月2日から1(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=14757"     class="wherego_title">「努力する人」と「努力できない人」の6つの大きなちがい</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=71932"     class="wherego_title">面倒な人の欲求を「察してあげる」と、増長してさらに扱いづらくなる</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90865"     class="wherego_title">婚活ナシで若い女性と再婚した、妖怪みたいなオッサンの強み</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90836"     class="wherego_title">AI時代には、みんな「営業マン」になる。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90860"     class="wherego_title">ライターよりも先に、読者が絶滅しようとしていた。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<h2>就職氷河期世代</h2>
<p>就職氷河期世代、というものがある。内閣府の定義によると、大卒者は「1970年（昭和45年）4月2日から1983年（昭和58年）4月1日まで」に生まれたもの、高卒者は「1974年（昭和49年）4月2日から1987年（昭和62年）4月1日まで」に生まれたものを指すらしい。いま、Wikipediaを読んで知った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とはいえ、おれ自身が就職氷河期世代であるということは知っていた。おれは1979年（昭和54年）の生まれだ。</p>
<p>大卒だろうと高卒だろうと氷河期真っ只中だ。凍え死んだ世代の一人だ。それは知っていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれは「知っていた」と書いた。おれは就職氷河期世代の人間の一人として「生きてきた」わけではない。</p>
<p>おれにとって就職氷河期とは、あくまで他人事だ。おれに「就活で何百社も落とされた」とか、「仕方なく非正規雇用についた」というエピソードはない。おれは人生で履歴書を書いたこともないし、就職面接を受けたこともない。</p>
<p>おれは就職氷河期世代と、同じ世代だ。ただ、それだけだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>ドロップアウト</h2>
<p>おれの最終学歴は高卒だ。中高一貫の私学を出た。出たあとどうしたか。一年くらい大学に通っていた。なので、非公式な言い方では大学中退ということになる。</p>
<p>おれが入ったのは慶応義塾大学文学部だった。入学式で学部長だかだれだかがこう言った。</p>
<p>「文学部は就職に不利だと言われるが、諸君らは大学の名前で就職できるから安心したまえ」。</p>
<p>「諸君ら」がどうなったかはしらない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ひょっとしたら、学部長だかの言うとおり、慶應の卒業者は就職氷河期でも問題なく就職できたのかもしれない。それはよく知らない。だが、おれは就活中らしい上級生のこんな会話を聞いた。</p>
<p>「アコムってところに行ったけど、金融系と思ったらサラ金だったの」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アコムだったか、プロミスだったかは覚えていない。ただ、おれのなかでそこはサラ金だった。サラ金。今だったら消費者金融というのだろうか。</p>
<p>ともかく、慶應の就活生がサラ金を知らないのか。そして、そんなところに就職先を求めるのか、と、意外に思った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たぶんだが、その当時、リアルタイムではまだ就職氷河期なんて言葉はなかったように思う。</p>
<p>少なくとも、就職氷河期にいるとは自覚していなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もっとも、おれはその自覚をすることなく、就職氷河期からドロップアウトした。ドロップアウトしたのは大学だが。</p>
<p>おれはフランス語の活用が覚えられなかったし、語学のクラスで「二人一組を作って」と言われて、相手がいなかったし、「大学にもなってこんな幼稚園みたいなことをさせられるのか」と絶望した。おれは大学に行かなくなった。おれは大学を辞めた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大学を辞めたおれはひきこもりのニートになった。ひきこもりのニートになるくらいは実家が太かった。</p>
<p>「このままひきこもっていても、この鎌倉の実家の土地を売れば遊んで暮らせるのでは？」などと思っていた。</p>
<p>おれにはニートの才能があったので、なんの気兼ねもなくダビスタなんかをしながら暮らしていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>が、親が事業に失敗した。実家がなくなった。一家離散となった。おれにもなにもなくなった。</p>
<p>なくなって、一人暮らしを始めることになった。不本意だ。不本意ながらそうなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>生きるために働くことになった。自分の身分が何なのかわからなかった。生きるために最低限の金だけ現金で渡された。</p>
<p>初めて銀行口座を作ったときは感動したし、その後けっこう経ってからクレジットカードを作れたときは恩義すら感じた。おれは楽天カードを愛している。いずれにせよ、おれはおれが正社員というものになったのがいつなのかよくわかっていない。そうなる前にちゃんと納税していたかというと怪しいが、納めるだけの税金があったのかどうかもわからない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最初は洗濯機すらなかった。近くにコインランドリーもなかったので、ユニットバスで服を手洗いした。そのアパートは水道代定額だったので、そういうこともできた。そんな生活だった。</p>
<p>ずっとパソコンも持っていなかった。おれが自分のパソコンを持つことができたのは、おれがブログをはじめたずっとあとだ。おれは会社のパソコンでブログを書いていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>べつに苦労話をしているつもりはない。単なる事実だ。そしてこれは、就職氷河期世代とはなんの関係もないと思っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>おれのは自己責任だし</h2>
<p>さて、就職氷河期論となると、「自己責任論」が出てくる。とくに下の世代から出てくる。</p>
<p>「いつまで世代論で政治や社会に文句を言っているのか。就職氷河期世代でもちゃんと就職して結婚して子供を作り、資産を形成している人もいる。自分の能力や努力が足りなかったのをいつまで人のせいにしているのか」と。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そういう意見に対して、氷河期世代は大卒者の就職率などを出して反論する。就職活動の悲惨さを述べる。どうしようもない時代に左右されたのだと主張する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれはというと……、なにも言えない。おれがまともな人生から脱落したのは、おれが「もう大学に行きたくない」という自己の決断であった。</p>
<p>フランス語の活用を覚えようとする努力を怠ったのだし、友人を作れるという才能に欠けていた。おれには努力するということが物心ついたあとからいっさいできなかったし、なにかになりたいという意志も欠いていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれはまったくの無能な人間であって、なおかつ努力する才能もない。日本経済、社会情勢、そんなものと関係なく、勝手に没落した。社会の底に落ちた。それはおれの自己責任にほかならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>というわけで、下の世代から投げつけられる自己責任論、それに対する反論について、おれはなにも言えない。</p>
<p>おれと同じ世代にいた人間がすべておれのような怠惰な無能であったわけがない。向上心と性能があった人間も多くいただろう。そういう人間が、ほかの時代であれば得られたであろう人生を得られなかったケースも少なくないだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、おれはそれを自分事として語れない。おれには友人というものもいないので、直接見聞きした話も語れない。</p>
<p>「そうだね、この世代の自己責任だよね」ともいえないし、「いや、時代のせいなんだよ」ともいえない。「おれは自己責任で社会の底辺に行って、貧しい人生を送ってきたけれど、ほかの人は……知らねえや」となる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれは世代自体からドロップアウトしてしまったので、「氷河期世代の敗者」ですらない。そもそも氷河期の戦場に立っていないのだ。もちろん、立たなかったのも自己責任だ。おれはそういう人間だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>氷河期世代には報いがあっていい</h2>
<p>なにごともすべて世代論で語るのは無理がある。人には人それぞれの人生がある。高度経済成長で成長できなかったやつも、バブルの恩恵を受けられなかったやつもいる。たくさんいる。もちろん、氷河期世代で勝ったやつもいる。それなりにいる。全滅ではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>全滅ではないが、かなりの損耗率だ。軍隊では何％が損失すると全滅扱いになるのか忘れたが、かなりやられた世代だと思う。世代というものにやられた世代だと思う。</p>
<p>それでおれは「氷河期世代」という言葉には反応してしまう。どの世代でもいえることだが、生まれる前に「自分はこの世代に生まれたいです」と選択して生まれてきたやつは、人類史上一人も存在しない。いや、なんかの宗教のだれかにはそういう話があるかもしれないが、おれは知らない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれはたまたま同世代である氷河期世代に同情の気持ちを持ってしまう。たまたま同世代だったからだ。もっとも、おれは同情されてしまう側ではあるので……世代の外側から共感する感じだろうか。うまく表現するのはむずかしい。</p>
<p>おれは土俵にすら乗らなかった人間だからなにも言う資格はないかもしれない。それでも、なにやら苦労が多かったよな、と。いや、おれはその苦労、とくに就活の苦労を知らないのだけれど。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なので、なにか世代という偶然に振り回されて、不利な人生を送った人間にはなにか助け舟があってもいいような気がする。もちろん、下の世代からこういう発想がよく思われないのはわかっている。個人の努力も、世代の努力も足りなかったのだろう。人数はいるくせに、なんて役立たずでお荷物の世代なのだろう、と。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、戦争に動員された世代に同じことを言えるだろうか。まあ、言えるやつは言えるか。そもそも、戦争の時代と不景気の時代を比べるなと言われるか。それでも、時代の不幸はあって、なにか救われてもいいような気がする。</p>
<p>……とはいえ、令和の現代日本がだれかに報いを与えたり、救いを与えたりできるほど恵まれた時代だろうか。そんな余裕ねえよと言われたらそれまでだ。そんな時代を作ったのはおまえら氷河期世代だろと言われたら、さらに返す言葉もなくなる。つらいなあ……。</p>
<h2>けど、どのみち人生なんてコントロールできねえよ</h2>
<p>昔のおれ、今のおれ。令和最新版のおれとなると、避けて通れないのが病気の話になる。おれは希少がん（NET-G1）になった。なってそれなりに大きい手術をして、一時的に人工肛門もつけた。いまはそれを閉鎖したあとの後遺症というか、LARSという病のなかにある。</p>
<p>で、がんを経験して人生観が変わったのか。がんサバイバーとしてだれかになにか言いたいことがあるか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>……ちょっとなにか、人生観が変わったとか、がんサバイバーとして人に説教できるような余裕はない。今のところはない。でも、ちょっと思ったことはある。新たに気付いたというより、確信が増したということだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それはもう、単純で当たり前な話だ。「人生はコントロールできない」ということだ。</p>
<p>自分が大腸内視鏡検査を初めて受けるときに、がんである可能性なんて露ほど思っていなかった。それが希少がんだった。死ぬよりなりたくなかった人工肛門にもなったし、LARSとかいう排便障害持ちになるとも思っていなかった。そんなもん、わからんとしか言いようがない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、おれは双極性障害という精神障害持ちだが、そうなるとも思っていなかった。思っていなかったが、精神のどこかがおかしいという感覚を抱いて生きてきたところはある。なので、精神科のクリニックに通うようになることも、手帳持ちになることも、それほど特別なこととは思わなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>が、希少がんは違った。「ああ、人生ままならないな」と思った。</p>
<p>「人生思い通りだ！」と思ったこともないが、まあそれでもここまでコントロールできないものに人生左右されるのかという話だ。ほっといたら希少がんが進行して死んでいたかもしれない。検査したのも偶然、希少がんだったのも偶然。ぜんぜんどうにもならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だからあなたが、氷河期世代科どうかも知らないし、そんな世代論どうでもいいが、まあ人生そんなにコントロールできねえよということは言っておきたい。</p>
<p>「わりと自分は勝ち組かも」と思っている人間も、健康診断一つで地獄に落ちることもある。それを忘れるな。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、自分で自分の人生の選択をコントロールして、成功した人もいるだろう。失敗した人もいるだろう。でも、どうにもならんこともある。そういうことだ。運命は残酷なので、氷河期世代で辛苦を味わって来た人間が、さらにがんになることだってあるだろう……。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>結局、人生でいちばんたいせつな生命ですら、自分ではコントロールできないんだよ。</p>
<p>コントロールできることとできないことを見極める賢明さがあったところで、コントロールできないものはできない。人生は思っているほど人間のものではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まあ、それでもおれは今日という日まで生きてきた。それでも、生きてはきた。</p>
<p>明日死ぬつもりもない。けれど死ぬかもしれないと思っている。おれはそうだ。あなたはどうだろう？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p style="text-align: right;">
(2026/4/7更新)
</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span>【著者プロフィール】</span></p>
<p>黄金頭</p>
<p><span>横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。</span></p>
<p><span>趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。</span></p>
<p><span>双極性障害II型。</span></p>
<p><span>ブログ：</span><span><a href="http://goldhead.hatenablog.com/">関内関外日記</a></span></p>
<p><span>Twitter：</span><span><a href="https://twitter.com/goldhead">黄金頭</a></span></p>
<p>Photo by ：<a href="https://unsplash.com/ja/@cant89?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">Davide Cantelli</a></p>
<p><img src='https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/03/davide-cantelli-r0q06hjTgOc-unsplash-1.jpg'></p><div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=14757"     class="wherego_title">「努力する人」と「努力できない人」の6つの大きなちがい</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=71932"     class="wherego_title">面倒な人の欲求を「察してあげる」と、増長してさらに扱いづらくなる</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90865"     class="wherego_title">婚活ナシで若い女性と再婚した、妖怪みたいなオッサンの強み</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90836"     class="wherego_title">AI時代には、みんな「営業マン」になる。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90860"     class="wherego_title">ライターよりも先に、読者が絶滅しようとしていた。</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「ケア」だからって無条件に肯定すべきではない</title>
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		<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 23:03:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[熊代 亨]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[医療]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、「ケア」を巡って暖かい言葉や冷たい言葉がSNS上を飛び回っている。たとえば「女性同士ではケアが行われるが、男性同士ではケアが行われない」、といった風にである。 &#160; 私には、巷で語られている「ケア」なるもの(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=71932"     class="wherego_title">面倒な人の欲求を「察してあげる」と、増長してさらに扱いづらくなる</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>最近、「ケア」を巡って暖かい言葉や冷たい言葉がSNS上を飛び回っている。たとえば「女性同士ではケアが行われるが、男性同士ではケアが行われない」、といった風にである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私には、巷で語られている「ケア」なるものがよくわからない。「ケア」という言葉からは、なんとなくポジティブな、善きものといったイメージが沸く。しかし、イメージばかり先行して具体的な輪郭がわからない。医療や福祉の専門家が狭い意味で用いている「ケア」と、世間で流通している「ケア」の意味が乖離しているようにもみえる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それと、もうひとつ。</p>
<p>「ケア」という言葉に該当する状況や状態が、私にはそんなに平穏には見えないのだ。少なくとも「ケア」と人々の呼ぶ状況が完全なる善、完全なる平和、完全なる助け合いになっているとは私にはなかなか信じられない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ケア」という言葉にポジティブで善いイメージがついて回ること、それ自体に異存はない。しかし手放しで肯定できるほど「ケア」が真っ白かと言われたら、そうじゃないこともあるんじゃないですか？　と私は言いたくなる。そのあたりについて、ごちゃごちゃしたことを書いてみたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>そもそもケアとは何か？　女性同士しかしていないものか？</h2>
<p>そもそも、ケアとはいったいなんだろうか。</p>
<p><a href="https://www.igaku-shoin.co.jp/misc/0009416s.html">医学書院のウェブサイトにある、広井良典京都大学名誉教授のテキスト</a>によれば、ケアとは、</p>
<blockquote><p>１．最も広義には「配慮」「気遣い」といった意味。他人や対象を気にかけること全般が「ケア」と呼ばれる。ヘアケアやスキンケアといった具合に、人以外のものが対象になることもある。</p>
<p>２．もう少し狭義には「世話」という言葉に相当する意味。</p>
<p>３．医療や福祉分野において提供されるサービスとしての「ケア」。または職業的な意味内容を含むレベルの「ケア」。</p></blockquote>
<p>と記されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は医療職なので、「ケア」という言葉を三番目の意味で解釈したくなる。</p>
<p>すなわち、この場合の「ケア」とは介護保険のような福祉制度や福祉体制に根ざしていて、「ケア」の専門家によって提供される「サービス」である。金銭を支払って「サービス」が購入されることもあれば、福祉制度に基づいて現物支給されることもあろう、社会契約的かつゲゼルシャフト的な性質を持ち、権利を持つ人には分け隔てなく提供され得る「ケア」だとも言える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他方、昨今のSNSで意味されている「ケア」はこれではない。</p>
<p>たとえば、ときどきSNSで見かける「女性同士ではケアが行われるが、男性同士ではケアが行われない」といったフレーズが指す「ケア」は、三番目の意味ではなく、二番目の意味と思われる。</p>
<p>性別による有無はさておいて、「世話」に該当するなら「ケア」と呼べ、該当しなければ「ケアがない」ことになるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この二番目の意味の「ケア」を考える際に注意しなければならないのは、これが多かれ少なかれ縁故主義的であること、不特定多数が分け隔てなく「ケア」を授受できるとは考えにくいことだ。</p>
<p>友達同士であれ、クラスメート同士であれ、家族同士であれ、先輩と後輩であれ、「世話」に相当する「ケア」は顔見知り同士で贈与されるのが原則だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>災害発生時など、見知らぬ者同士が「ケア」を授受する状況もあり得るが、あくまで例外だ。なんらかの縁故に基づいているという点において、この「ケア」は非-社会契約的かつゲマインシャフト的であり、授受されるかどうかは当事者間の関係性に依存している。</p>
<p>このことを意識しながら、くだんの「女性同士ではケアが行われているが、男性同士ではケアが行われていない」というフレーズが指す「ケア」を振り返ってみよう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>女性同士でケアが行われていると言っても、それは無尽蔵ではないし、権利意識に基づいて分け隔てなく授受されているわけでもない。</p>
<p>世話する者同士、世話される者同士は、なんらかの縁故に基づいて選択・選別されている。自助・共助・公助という言葉で分類するなら、これは共助のたぐいだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は男性だから、ここでいう「世話」に相当する「ケア」が男性同士の間にも存在すると感じている。</p>
<p>そうした男性ならではの「世話」や「ケア」が一部の人々には見えない形式だったり、認めがたい形式だから、「男性同士ではケアが行われない」といった物言いが出てくるのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば飲み会に誘う、釣りに出かける、身体をぶつけあう、等々といった男性同士の「世話」や「ケア」は実在する。</p>
<p>女性同士がランチを共にしたりプレゼントを交換しあう、あのあたりまで「ケア」の範疇に入れて構わないなら、同じぐらいの蓋然性で男性同士の「世話」はあるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だが、この男性同士の「ケア」にしても、分け隔てなく授受されるわけではない。女性同様、男性ならではの「世話」も共助的なものであって、縁故や選り好みに基づいて「ケア」の授受が形成される。</p>
<p>だからもし、二番目の意味で「ケア」という言葉を良いものとし、その不足や不能を嘆くとしたら、この共助的で縁故的でゲマインシャフト的な「世話」を良いものとして認め、それを励行する含意があるのだと思う。</p>
<p>というより、そうした含意ぬきに二番目の意味の「ケア」を推奨する向きがあるとしたら、正直、おかしいと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>二番目の意味の「ケア」には縁故や選り好みによる選択・選別が含まれ、すべての人に平等に「ケア」行き渡るとは期待できない。</p>
<p>私はある程度保守的な考え方の持ち主だから、二番目の意味の「ケア」にそうした含意が含まれていることには驚きはなく、「仕方ないけど、『世話』ってそういうものだよね」といったあきらめがつく。</p>
<p>しかし、もう少し進歩的に物事を考える人々にとって、「ケア」とはなかなか厄介で、近代社会の理念にそぐわないニュアンスを含んでいるようにみえる。少なくとも、三番目の意味の「ケア」にあたらず、二番目の意味にあたる「ケア」には、カマトトぶっていられない意味合いが含まれているんじゃないだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「ケアする／される」と、影響力や権力も移動する</h2>
<p>それからもうひとつ。</p>
<p>「ケア」の授受が誰かと誰かの間で行われる時、、人と人との関係性はどのように変わるだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ケア」は、身体的問題や精神的問題の軽減に寄与する。生活困難な人を「ケア」が支えることもあるだろう。</p>
<p>のみならず、「ケア」の恩恵は「ケア」される側だけでなく、ときには「ケア」する側の問題を軽減させる。それらは、まあいいだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だが、そうして「ケア」の授受が起こる時、ましてや繰り返し起こる時、人と人との間柄や関係性、ひいては力関係は次第に変わっていく。</p>
<p>間柄や関係性になんら影響を与えない、この方面で完全にニュートラルな「ケア」を想像するのは難しい。二番目の意味の「ケア」なら、とりわけそうである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ケア」が授受され、繰り返される時、一方が一方に恩義を感じたり負い目を感じたりすることがある。「ケア」はコミュニケーションの性質を併せ持つから、やりとりをとおしてどちらかが大きな影響力や権力を獲得し、間柄や関係性が思わぬ影響を受けることがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>かと思えば、はじめから影響力や権力の不均衡があったために、「ケア」という体裁のもと、一方的な状況が生まれてしまう場合もある。</p>
<p>本来、「ケア」をさせられるのが不適当と思われる人が、延々と「ケア」を続けざるを得ない場合には、事前に影響力や権力に大きなギャップがあり、一方が一方に服従、または隷属せざるを得ない状況ができあがっていることがよくある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、「ケア」の授受のバランスが均衡していて、恩義や負い目が偏らなければ問題ないか？</p>
<p>そうとも限らない。「ケア」の授受がおおむねイーブンでも、相互依存が強くなりすぎて、双方が「ケア」の輪に囚われてしまう場合もある。共依存などが良い例だが、お互いがお互いを必要とし、双方が貢献し合っているからといって、「ケア」必ず好ましい転帰を迎えるとは限らない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>つまり、ここで私が指摘したいのは「『ケア』って影響力や権力の強い重力を生み出すんじゃないの？」ってことだ。</p>
<p>「ケア」は人と人の間で起こる決して小さくないコミットメントだ。なおかつそれは、しばしばそれは繰り返される。そうした繰り返しは、しばしば「ケア」を授受する者の間になんらかの影響力や権力の勾配を生じさせる。</p>
<p>それが健全な程度であれば別に構わない。「いつも○○さんには世話になっている」程度に恩義を感じるぐらいなら、よくあることだし、それでいいじゃないか、と私などは思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、そうした恩義が「○○さんに『ケア』されているから逆らえない」とか「○○さんがしてくれることに比べて、私が○○さんにできることは知れている」ぐらいになると「ケア」が生み出す権力勾配、影響力のギャップは無視できないレベルになる。</p>
<p>それも、なかなか難しい現象ではないだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あるいは逆に、既存の権力勾配や影響力のギャップに基づいて「ケア」が強制され、まかり通ってしまう状況もあるだろう。</p>
<p>捉えようによっては、ヤングケアラーもそうした状況の一種かもしれない。これはこれでのっぴきならない現象だ。さらに共依存のようなかたちで「ケア」にお互いが囚われてしまう場合もある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>影響力や権力といった時、少なくない人が大文字の政治権力、マスメディアの宣伝力などを連想するかもしれない。</p>
<p>それらに比べれば、ここで論じている影響力や権力は局地的なものに過ぎないし、社会全体に影響するものでもない。</p>
<p>だが、局地的だとしても人と人との関係性が変わること、ひいては誰が誰の言うことをどれだけ聞いてくれるのか・聞かなければならないのかを変更してしまうのも、立派な影響力や権力である。</p>
<p>且つまた、局地的であること、私的な間柄での出来事であることは、大文字の政治権力やマスメディアの宣伝力とは違ったかたちで深刻になり得る。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「ケア」を予断してはいけない</h2>
<p>冒頭で紹介した、医学書院のウェブサイトの文章は、以下のように締めくくられている。</p>
<blockquote><p>人は、案外「他人のために」と言いながら、実は「自分（の存在の確認）のために」行動している、ということがあるかもしれない。</p>
<p>だれかの「ために」役立つことを何かしたい、ということが、自分自身の存在理由を確認できる何かを求めている、という動機による部分が大きい場合があるかもしれないし、もちろんそれがただちに「よくない」ということでもない。</p>
<p>しかしそれが独善的なものとなるのを避ける意味でも、ケアを「与える－与えられる」といった一方向的な関係としてとらえるのではなく、むしろ人間という存在が「ケア」への欲求をもっており、それが実現する場として様々な関わりのかたちがある、と考えるべきではないだろうか。</p></blockquote>
<p>「情けは人の為ならず」ということわざがあるが、同様に、「ケア」も人の為とは限らない。自分の承認欲求や所属欲求をみたすための「ケア」、対象をからめとり、支配するための「ケア」もあり得るだろう。</p>
<p>文中にあるように、それがただちに良くないというわけでもない。とはいえ「ケア」が抜き差しならない事態をもたらし得る点には注意が必要だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>コミュニケーションとしての「ケア」が好ましい転帰をもたらすのか、悪しき転帰をもたらすのかは事前にはわからないことが多い。</p>
<p>コミュニケーション全般にも言えることだが、「ケア」が人を救う舞台裏には、こうした影響力や権力を巡る諸問題がべったりとこびりついている。だからといって「ケア」するなとか、「ケア」はいけないというつもりはない。</p>
<p>しかし、影響力や権力を巡る諸問題がこびりついている以上、「ケア」ならばきれいだとか、「ケア」ならば正しいといった予断はすべきではない、とも思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「ケア」の面構えをした支配、「ケア」の体裁をとった統治といった出来事は十分に起こり得るものだし、また実際、起こっている。</p>
<p>そのあたりも十分に視野にいれたかたちで「ケア」が語られて欲しい。</p>
<p>頭ごなしに「ケア」を否定するのはいけないが、頭ごなしに「ケア」を肯定するのも、たぶん良くない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="g g-46"><div class="g-single a-254"><div style="line-height: 1.7em"><style>
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・これからの企業発信に必要な視点<br><br>
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開催日時：2026年4月17日（金）10:30-11:30<br>
配信形式：オンライン（Zoomウェビナー）<br>
参加費：無料<br>
対象：企業のマーケティング担当者／広報・PR担当者／コンテンツ企画担当者／Web担当者／経営層・事業責任者<br>
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お申込み・詳細<br>
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</span>をご覧ください。<br>
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(2026/4/7更新)
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<p>【プロフィール】</p>
<p>著者：<a href="https://blog.tinect.jp/?author=1565">熊代亨</a></p>
<p>精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。</p>
<p>通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』（ヴィレッジブックス）『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』（イースト・プレス）など。</p>
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B0CVNBNWJK?tag=tinectjp-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1" title="人間はどこまで家畜か　現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)" target="_blank">
<img src="https://m.media-amazon.com/images/I/31h8EM7-bDL._SL160_.jpg" width="97" height="160" alt="人間はどこまで家畜か　現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"/>
人間はどこまで家畜か　現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)
</a>
<p>twitter：<a href="https://twitter.com/twit_shirokuma?lang=ja">@twit_shirokuma</a></p>
<p>ブログ：<a href="http://p-shirokuma.hatenadiary.com/">『シロクマの屑籠』</a></p>
<p><img class="original alignnone wp-image-25478" src="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab.png" sizes="(max-width: 183px) 100vw, 183px" srcset="https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab.png 512w, https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab-150x150.png 150w, https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2016/06/efa49cd847f7457be37e89c8d8930eab-300x300.png 300w" alt="熊代亨のアイコン 3" width="183" height="183" /></p>
<p>Photo:<a href="https://unsplash.com/ja/@bakutroo?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">J W</a></p>
<p><img src='https://blog.tinect.jp/wp-content/uploads/2026/03/j-w-Ju-ITc1Cc0w-unsplash.jpg'></p><div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=71932"     class="wherego_title">面倒な人の欲求を「察してあげる」と、増長してさらに扱いづらくなる</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></content:encoded>
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		<title>結局トイレのことばかり考えている。</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 23:16:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[黄金頭]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[健康]]></category>

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		<description><![CDATA[おれのLARS おれはこちらのサイトで、大腸内視鏡検査（結果が出る前）の記事を書き、そこから希少がん（NET G1）がわかり、切除手術を受け、一時的にストーマ（人工肛門）を造設した話を書いてきた。そして、ストーマ閉鎖後に(...)<div class="wherego_related "><h4>こんな記事も読まれています</h4><ol><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90865"     class="wherego_title">婚活ナシで若い女性と再婚した、妖怪みたいなオッサンの強み</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=16095"     class="wherego_title">知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90819"     class="wherego_title">「AIにもちゃんと聞けない人」に足りない視点の話</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90798"     class="wherego_title">「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか？」</a><div class="wdtg"></div></li><li><a href="https://blog.tinect.jp/?page_id=20829"     class="wherego_title">今週の人気</a><div class="wdtg"></div></li></ol><!-- バナーがないか、利用不可か適応されていません。 --></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<h2>おれのLARS</h2>
<p>おれはこちらのサイトで、大腸内視鏡検査（結果が出る前）の記事を書き、そこから希少がん（NET G1）がわかり、切除手術を受け、一時的にストーマ（人工肛門）を造設した話を書いてきた。そして、ストーマ閉鎖後に起こるLARSという症状についての恐怖を書いた。</p>
<p><a href="https://blog.tinect.jp/?p=90709">人工肛門の一時造設で休戦できたと思ったのは浅はかだった</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とりあえず、どうなったの？　まず、それについて書く。</p>
<p>いま、おれの腹にストーマはついていない。希少がんとは別の病院で、ストーマ閉鎖の手術を受けた。</p>
<p>がんに冒された直腸やその可能性のあるリンパ節を、ロボット支援下手術で6時間行うよりは簡単な手術だ。とはいえ、全身麻酔をかけて行う、入院一週間から十日コースの代物ではある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>で、その結果どうなったのか。前の記事でLARSへの恐怖をさんざん語った人間としては、それを報告する義務のようなものはあるだろう。</p>
<p>現在、閉鎖手術後二週間と少し、水様便による切迫便意と便失禁の地獄には陥っていない。現状ではそうだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろんおれは、最悪の場合を想定し、あるいは信じ込んでいた。なので、閉鎖手術する入院の際も、「パジャマとタオル使い放題コース」のほかに「おむつ使い放題コース」も申し込んでいた。</p>
<p>おれのLARS恐怖は決して大げさに書いたものではなかった。ストーマの閉鎖の直後からくる、と信じて疑わなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>が、手術後、病院食を取るようになったあと起きたのはなんだったのか。切迫便意と便秘、これである。</p>
<p>急に切迫した便意に襲われる。たしか、普通の大腸のころは、だんだん便意というもののゲージが溜まっていったものだったと思う（ストーマ時期を含めて三か月くらいで忘れてしまうものだ）。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところが、一気にMAX状態でくる。なるほど、切迫だ。で、トイレに行く。おれが今回入院した病院は、大部屋ごとにトイレがなかった。</p>
<p>そして、部屋から男子トイレまで少し距離があった。何度も最短距離での移動を頭でシミュレートした。急いでトイレに行く。が、何も出ない。</p>
<p>これを繰り返す。何度も便意に襲われて、何度もトイレに行く。しかし、出ない。出たとしても、ウサギのふんだ。病院ではほとんどこれだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まあ、手術前後の絶食、ほとんど水分の重湯からの食事、まずは出るものもない。それに、大腸もしばらくスルーされていたので機能を復活させていない。そんなところもあるだろう。</p>
<p>おれは希少がん手術のあとも、腸が働かなくて入院がのびた。それもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、手術痕の状態もよく、ガスも出て、多少の排便もある。これは悪いことではなかったらしい。</p>
<p>おれは最短の一週間で退院した。退院前、こちらから聞き忘れたのもあるが、食事についていっさいなにも言われなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>で、おれは野に放たれた。ストーマの切除痕はわざと縫い合わせない技法が取られている。入院時に処置されていたように、ガーゼで保護する。</p>
<p>これもまた、ガーゼを用意して保護して下さいとは言われなかった。消毒の必要もないらしい。ただ、血だかなんだかの液体は沁み出してくる。おれは病室からAmazonにガーゼの注文をした。なかったら大変なところだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回、がんのような大病をしてみて、外出など難しいとき、Amazonは助けてくれた。Amazonをばかにしたり、いろいろな面で批難するひとも多いだろうが、「Amazonは福祉」だと、一人暮らし病人のおれが感じたのは事実だ。</p>
<p>もちろん、Amazonのほしいものリストを通じて、たくさんの人からたくさんのものを支援してもらった面もある。ありがとうございます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野に放たれたおれの話だった。おれは最初、大腸が機能を麻痺させているから便秘状態なのだと思っていた。いつ、切迫した下痢に襲われるのか、失禁するのかわからないと思っていた。</p>
<p>なので、Amazonで大人用おむつを買った、生理用ナプキンを買った、便漏れパッドを買った。どの程度の症状が出て、なにが過不足なく対応するかわからなかったからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最初おれはおむつを履いて待機した。失禁はなかった。便意は頻繁にあるが、出ても固くて小さいものだった。おむつはもっと危険な状態になったときのために温存しておくか。そう思った。</p>
<p>そう思って、生理用ナプキンにしてみた。Amazonで買った、一番強そうなやつだ。女性用のものなので、男性用の下着、とくにトランクスには対応していないなと思った。</p>
<p>ただ、生理用ナプキンを使うLARSの人の話を聞いていたし、おむつほど大げさでもなく、便漏れパッドより大きい。ちょうどいいように思えた。おれは生まれて初めて生理用ナプキンを使った。それでも水様便には襲われなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最後には……今は、一番小さい便漏れパッドを装着している。</p>
<p>「こんなに小さくて大丈夫なのだろうか」と心配になるようなものだ。</p>
<p>でも、ないよりはマシだろう。漏れたら漏れたで、漏れてみなければわからない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そう、おれは漏らしていない。むしろ便秘になった。ただし頻便の便秘だ。この状態が二週間と少し続いている。</p>
<p>食べるものは食べていたが、やはり便が極度に柔らかくなることを恐れて、ストーマ時の低残滓メニューをつづけていた。</p>
<p>米、うどん、たまご、豆腐、サラダチキン。退院一週間後に、術後の経過を診るための通院予約が入っていた。そこで食べ物の話も聞こう。メニューを考えるのはそれからだ。そういうことにした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかしなんだ、入院時の自分は、退院一週間後に外出できるのか心配していた。そうとうに心配していた。前々日ぐらいから絶食すれば外出できるのだろうか、などと考えていた。</p>
<p>真剣に考えていた。</p>
<p>しかし、おれが実際のところお医者さんに言ったのは「軽い下剤を処方してくれませんか」だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>下痢、便失禁を恐れていたのに、下剤をお願いする。妙な気分だ。</p>
<p>しかし、おれはこの病気になる前は、野菜中心の食生活をして、便秘とは無縁だった。なかなか起こらないLARS、逆に起こった未知の便秘。便秘の体験もなく、食べても出ないというのもなかなか怖いことだった。退院時に処方された下痢止めも飲まないでいたのだが、出ない……。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>で、処方されたのが酸化マグネシウムだった。</p>
<p>これは、おれがずっと自分の病状を叩き込んでいるAIが予想していたものだった。浸透圧系の下剤が処方されるだろう、と。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まあ、それで、土曜日にこわごわと酸化マグネシウムを飲んでみた。そうしたら、すぐに、たくさん、やわらかめのものが出た。たまっていたものが全部出たのではないかというくらい出た。水様便でも下痢でもなかった。</p>
<p>しかし、あまりにも出たので少し怖くなった。飲むのは何日か一度にしようか、とも思った。が、土日の休みに毎食後飲んでも、そんなにお腹が変になることはなかった。むしろ、また軽い便秘に戻った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>というわけで、おれのLARS地獄テキストを期待していた人には悪いが、いまのおれは地獄にはいない。かといって天国でもない。</p>
<p>やはり直腸が存在しない。ためが効かない。急にMAXで便意がくる。何度もトイレに行くし、偽の便意にも惑わされる。ちょっとずつ出る。出たと思ってトイレから出たら、またいきなり来ることもある。頻便ではある。</p>
<p>ただ、幸いなことに、我慢がきく。ぐっとしめると、戻っていく。偽の場合は霧散する。おれはあまりこの手のことを書くのが得意ではないので、なにやら抽象的な表現になってしまうが、そんなところだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今のおれは、原理的にはLARSなのだろうが、典型的なLARSではない。便秘的LARSだ。</p>
<p>おれはLARSについてさんざん調べたときに、こんな状態があることはわからなかった。もちろん、自分がなるとも想像しようがなかった。あれだけ不幸を予測した文章を公開した手前、なにか裏切りのような気持ちも少しはあるが、現状、最悪ではないと書いておく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>LARSとはべつの、ストーマ閉鎖の手術痕が痛くてリモートワーク中心の日々を送っているが、出社して一日過ごすこともできた。</p>
<p>もちろん、たくさんトイレには行った。でも、「前もそのくらい行ってたような気がする」と言われた。自覚はあったが、おれは気分転換のために頻繁にトイレに行っていた。それと変わらないのか？　まあ、今は「切迫」しているのだが。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まだ、「お出かけ」はできていない。でも、できる可能性はあるような気がする。我慢によって失禁を避けることはできるかもしれない。ただ、いきなり便意がMAXでくるので、怖いところはある。</p>
<p>あるというか、大きい。大きいし、そのような状況で「お出かけ」が楽しめるかというとあやしい。やはり頭の中が「トイレ」でいっぱいになってしまうというLARSの状況にある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでもなんだろう、今の主治医（がん切除してくれた執刀医とはべつの医師）は、頻便も「十回が五回、五回が三回になっていく人が多いので」とポジティブなことを言ってくれる。</p>
<p>できればそうあってほしい。ただ、大腸が復活するにつれて悪い方へ転ぶ可能性、おむつの出番がくる可能性もおれは想定している。ただ、今のところは、最悪じゃない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>身体障害者になってみたこと</h2>
<p>さて、本題について書きたい。……と、思ったが、ずいぶんLARS報告に時間を取られてしまった。</p>
<p>まあ、そのLARS状態も含めた話だと思ってほしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれは一時期、オストメイトだった。ストーマ、すなわち人工肛門造設者だ。</p>
<p>永久ストーマの人は、身体障害者に認定される。おれは一時だったので認定はされない。ただ、その先に閉鎖する予定があるかどうかというだけで、つける装具も、交換の手間も、その間は永久の人となにも変わらない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なので、障害者認定とはべつに、各自治体から出るストーマ装具の補助金（月に一万円くらいかかる）は出てもいいんじゃないかと思ったが、それはなかった。</p>
<p>まあ、「骨折しただけで身体障害者認定されない」というようなコメントをどこかで読んで納得したが、そのようなものだろう。</p>
<p>とはいえ、たとえば足を単純な骨折（という言い方でいいのだろうか）した人が、一時的に松葉杖が必要だったり、車椅子が必要だったりした場合、それはやはり一時的に身体障害者になる、ということだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関係ない話だが、おれがストーマ閉鎖で入院した病院は、べつに病状で病室が分けられているわけではないようで、同じ部屋に足を骨折した人が二人いた。</p>
<p>そして、漏れ聞こえてくる話によると、二人ともバイクで事故ったらしい。おれは原付という乗り物が好きだったが、バイクに乗るのはこわいなと思った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まあいい、彼らも一時的に身体障害者になった。いや、ひょっとすると後遺障害によって身体障害者になる可能性もあるのだが。</p>
<p>そしてまあ、おれもオストメイトという一時的身体障害者になった。希少がん切除手術の退院後は、まさしく歩くリハビリが必要なほど衰弱していたので、その時期も障害があったと言えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>むろん、こんなことを書くと、本当に身体障害者の手帳を持っている人に怒られるかもしれない。</p>
<p>とはいえ、おれも精神障害の手帳持ちだ。いや、張り合うような話ではない。ただ、精神障害者のおれが、身体障害者にもなったのだなと思った。そこは薄目で認めてほしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一時的に身体障害者になる。それで見えてくる世界もあるはずだ。世の中がいかに心身の健常者のためにデザインされているのか、それが想像ではなく実感としてわかる。あるいは、健常者だったころカーブカット効果に助けられていたことを実感できる。そういう話だ。</p>
<p>……と、そういう話を一時的オストメイトだった自分が書いておこうと思ったのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>思ったのだが、正直に告白すると、おれは自分がオストメイトであるという状態が非常に辛く、ろくに外出もできず、仕事もリモートワークにして、ほとんど引きこもっていた。</p>
<p>だから、「オストメイト対応トイレに助けられた」という話一つない。</p>
<p>自宅以外で排出したことはあるが、「すごく狭くない個室であればできるな」というくらいの感想だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>むろん、これはおれが中腰になれる身体の持ち主だということによる。</p>
<p>あと、外でパウチの交換をする必要に迫られることもなかった。だからおれは、オストメイト対応トイレについて語れない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そしてまた、LARSという障害者に認められない病気になった今も、書いてきたとおり「とりあえず、そこまでひどくない」という理由と、これまた本格的な外出をしていないことから、まだ書けない。</p>
<p>しかしまあ、いずれにせよ、どちらについても、トイレは広めできれいで、街の中にたくさんあると助かるなあ、ということは言える。これは、健常者にとってもいえることだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>で、なんだろうか、昭和生まれの人間としていえるのは、「外のトイレ」がどんどんきれいになってきたなという実感があるということだ。</p>
<p>商業施設やらなんやら、ウォシュレット付きなんてのは標準的になっている、ような気すらする。昭和生まれの人、そうは思わないだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>べつにこれはカーブカット効果ではない。ではないけれど、まあひょっとしたら、バリアフリートイレの整備といっしょにいろいろ更新されたのかもしれないし、都市の底上げみたいなものが起こったのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、トイレにしたって、なんにしたって、まだまだ足りないよ、障害者には厳しいよ、ということもあるに違いない。</p>
<p>残念ながら、今回おれは一時的な身体障害者になって、それを体感することはできなかった。せいぜい、退院後に歩けないとき、「もうちょっと歩行者信号は長くてもいいのでは」と思ったくらいだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だからなんだ、ちょっと今回おれにはできなかったが、障害者当事者はもちろん、一時的に障害を負った人も、その体験をどんどん流してほしいと思う。</p>
<p>おれも双極性障害の人間としてまともに朝起きて会社に行けないとか、今後はLARSの人間としてトイレについての困りごとについて発信していく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、心身ともに健康な人間だって、困りごとはどんどん発信していくべきだ。なにか改善の種になるかもしれない。</p>
<p>ただ、このご時世、炎上の火種になる可能性もある。あるけれど、今日のところはその可能性についてはあまり考えないでほしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おれも都市のトイレについて書いていく。結局トイレのことばかり考えている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="g g-46"><div class="g-single a-254"><div style="line-height: 1.7em"><style>
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}
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【お知らせ】<br>
AIの登場で、情報が参照される仕組みそのものが変わろうとしています。本ウェビナーでは、<strong>SEOからAIOへの変化</strong>を踏まえ、企業がこれからどのような情報を発信すべきかをわかりやすく解説します。ぜひお気軽にご参加ください。<br><br>
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<h3>AI検索時代、企業の情報発信はどう変わるのか？</h3>
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<strong>講演者：安達裕哉 ／ 倉増京平（ティネクト株式会社）</strong><br><br>
<strong>このウェビナーでお伝えする内容</strong><br>
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・AIに参照されやすい情報とは何か<br>
・企業サイトやオウンドメディアで発信すべきテーマ<br>
・これからの企業発信に必要な視点<br><br>
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開催日時：2026年4月17日（金）10:30-11:30<br>
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対象：企業のマーケティング担当者／広報・PR担当者／コンテンツ企画担当者／Web担当者／経営層・事業責任者<br>
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お申込み・詳細<br>
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(2026/4/7更新)
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<p><span>【著者プロフィール】</span></p>
<p>黄金頭</p>
<p><span>横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。</span></p>
<p><span>趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。</span></p>
<p><span>双極性障害II型。</span></p>
<p><span>ブログ：</span><span><a href="http://goldhead.hatenablog.com/">関内関外日記</a></span></p>
<p><span>Twitter：</span><span><a href="https://twitter.com/goldhead">黄金頭</a></span></p>
<p>Photo by ：<a href="https://unsplash.com/ja/@marcobian?utm_source=unsplash&amp;utm_medium=referral&amp;utm_content=creditCopyText">Marco Bianchetti</a></p>
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