<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><rss xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:openSearch="http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/" xmlns:blogger="http://schemas.google.com/blogger/2008" xmlns:georss="http://www.georss.org/georss" xmlns:gd="http://schemas.google.com/g/2005" xmlns:thr="http://purl.org/syndication/thread/1.0" version="2.0"><channel><atom:id>tag:blogger.com,1999:blog-5224042010027507966</atom:id><lastBuildDate>Sat, 22 Oct 2016 13:57:36 +0000</lastBuildDate><title>映丘の旅装</title><description></description><link>http://fc-v.blogspot.com/</link><managingEditor>noreply@blogger.com (周凡雅)</managingEditor><generator>Blogger</generator><openSearch:totalResults>2</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>25</openSearch:itemsPerPage><item><guid isPermaLink="false">tag:blogger.com,1999:blog-5224042010027507966.post-8146924075513438721</guid><pubDate>Sat, 22 Oct 2016 12:39:00 +0000</pubDate><atom:updated>2016-10-22T06:40:28.409-07:00</atom:updated><title>手をつなぐイメージ</title><description>シンクロしすぎで最近思っていることだが、今年に入ってきてから、自分自身に話しかけていることが、じつは１５年前のあの人を通して、１５年前の自分に届いているんだと。あの人がいまの自分の伝言役であったのだと。あの人と一緒に歩いた唯一の道という理由だけで、ある路地をいつも思い出しているが、昨日は初めてその路地でその人と手をつなぐイメージが湧いた。今までになかったイメージだった。こんなにも簡単なイメージなのに、全く思いつかなかった。この数日前の瞑想では、パラレルセルフとして宇宙船の中で画面に向かって何か仕事している自分のイメージが見えた。そのついでなのか、あの人のパラレルセルフも次に出てきた。二人は仲良く私の方を見ていた。そのせいで、この手をつなぐイメージが湧いたのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; &lt;p style=”font-size:5pt; color:#999999″&gt;&lt;center&gt;スポンサードリンク&lt;/center&gt;&lt;/p&gt;&lt;table cellspacing=&quot;15&quot;&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;script async src=&quot;//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js&quot;&gt;&lt;/script&gt;&lt;!-- fc-v.two --&gt;&lt;ins class=&quot;adsbygoogle&quot;      style=&quot;display:inline-block;width:336px;height:280px&quot;      data-ad-client=&quot;ca-pub-4812805830308051&quot;      data-ad-slot=&quot;8072440925&quot;&gt;&lt;/ins&gt;&lt;script&gt;(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); &lt;/script&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;script async src=&quot;//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js&quot;&gt;&lt;/script&gt;&lt;!-- fc-v.two_2 --&gt;&lt;ins class=&quot;adsbygoogle&quot;      style=&quot;display:inline-block;width:336px;height:280px&quot;      data-ad-client=&quot;ca-pub-4812805830308051&quot;      data-ad-slot=&quot;5699227323&quot;&gt;&lt;/ins&gt;&lt;script&gt;(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); &lt;/script&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt; &lt;br /&gt; 土星回帰が２９年なので、２９歳の今の私は色々と今までの努力が形として出てきている。あの人を人として認識して記憶として永久保存確定したのが１４.５歳だった。その後、すぐに一番の高校に受かったこともあり、土星回帰の半分である１４.５歳も実に多くの収穫があった。このように繋がりやパターンがどんどん見えてきたのはいいが、ぼくの計算では、３４歳までしか時間が進まないらしい。死んで３４歳で終わるような。なぜかそんな気がしてしまう（影響が一番大きい歴史人物が３４歳で最期ということもあって）。「死んだら何やりたい？」と天使が見える子供が言っていたので、死は新たな始まりなのだろう。死んだらね、まっさきにあの人に会いにいくんだ。</description><link>http://fc-v.blogspot.com/2016/10/blog-post_22.html</link><author>noreply@blogger.com (周凡雅)</author></item><item><guid isPermaLink="false">tag:blogger.com,1999:blog-5224042010027507966.post-3216730540399718393</guid><pubDate>Mon, 17 Oct 2016 13:32:00 +0000</pubDate><atom:updated>2016-10-22T06:36:15.187-07:00</atom:updated><title>変化</title><description>①考えていることが、そのまま起きるようになった。何も知らずの今月初めは、この変化に気づかず、嫌な奴に逢ったなと思っていたら、立て続けに数分後にまたいやなやつに出くわした。なんだかチートしているような気がしたが、身のためにもできる限り、心を空白に保つことにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;②自己ヒーリングも少しだができるようになった。かゆい所、または、ちいさな痛みのある箇所に手のひらを当て、ひかりが手のひらを通して出ていると想像すると、かゆみもいたみもなくなった。（今では、自分の手のひらを信じ、治せる、と確信しているだけであり、ひかりが出ているのは想像していないが、同様に些細な体の不調は治せるようになった。）考察：ひかりをイメージするだけではなんだか治せそうもない、と思っていた時期は、ひかりで不調の箇所を包み込むとイメージする前に、不調の箇所から黒い何かがドバーッっと一気に出るようなイメージを先にすると、個人的にはスムーズにできた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;③変な（意味のないような）夢にまじり、確かな（意味のあるような）夢も出てきた。これは、考えてみれば昔もあったようだが、今はもっとリアルに感じる夢になっている。医者によれば、夢は見ないほうが健康というので、得意げにこう話していると、なんだか主流の思考法を脱離しているような気がするのだが、一応記録として書いた。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;&lt;p style=”font-size:5pt; color:#999999″&gt;&lt;center&gt;スポンサードリンク&lt;/center&gt;&lt;/p&gt;&lt;table cellspacing=&quot;15&quot;&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;script async src=&quot;//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js&quot;&gt;&lt;/script&gt;&lt;!-- fc-v.two --&gt;&lt;ins class=&quot;adsbygoogle&quot;      style=&quot;display:inline-block;width:336px;height:280px&quot;      data-ad-client=&quot;ca-pub-4812805830308051&quot;      data-ad-slot=&quot;8072440925&quot;&gt;&lt;/ins&gt;&lt;script&gt;(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); &lt;/script&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;script async src=&quot;//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js&quot;&gt;&lt;/script&gt;&lt;!-- fc-v.two_2 --&gt;&lt;ins class=&quot;adsbygoogle&quot;      style=&quot;display:inline-block;width:336px;height:280px&quot;      data-ad-client=&quot;ca-pub-4812805830308051&quot;      data-ad-slot=&quot;5699227323&quot;&gt;&lt;/ins&gt;&lt;script&gt;(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); &lt;/script&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt; &lt;br /&gt;   夢①&lt;br /&gt;私がその人を呼ぶまでは、&lt;br /&gt;その人の身分は、確か１００％先生だったが、&lt;br /&gt;瞬時に変わって、私はその人を「覚者」と呼び、自身の苦悩を伝えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私「覚者さま。ぼくは自分が書いたことだが、書いたそもそもの原因も、その書いた内容も、全部分からなくなってしまった。」&lt;br /&gt;私がここまで言うと、覚者は私の唇に人差し指を当て、私の口をふさいだ。&lt;br /&gt;「ううでぶ。ううぅんでぶ。うんでぶ。ううんぶ。」覚者は呪文と思われるものだけを私に言った。&lt;br /&gt;びっくりして起き上がった私は、先ほど貰った呪文を再現しようと、朝5時ではあったが、脳内をくるくる走り回った。&lt;br /&gt;どんな音だったっけ。そればかり。必至でかき集めた結果、この4句に至った。&lt;br /&gt;順番は間違っているかも知れないが、だいたいこんな感じだと。&lt;br /&gt;（自身がリアルな夢を見るのは、朝5時前後と決まっているようである。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夢②&lt;br /&gt;これはかなりひどい夢だと思う。昔からあったが、起きる直前に（目は閉じているが）、部屋内が見渡せるのである。目は閉じている（なんだ、これ！と体を動かしたくても、体に反応がない、）でも周りの様子が分かる。幽体離脱の前兆、または、かなしばり、どっちかはわからない。（昔、牢屋内にいた時は完璧な幽体離脱をしたことはあった。）&lt;br /&gt;話は戻るが、これは今年９月中旬にあった夢で、&lt;br /&gt;「目は閉じており、体を動かしたくても動かない、でも周りの様子が分かるシリーズ」に相当する。&lt;br /&gt;朝５時前後だろうか、激しく右肩を叩かれていた。&lt;br /&gt;もちろん、まだ寝ていて、体は動かない、目も閉じていた。&lt;br /&gt;まだ寝ていて、目は閉じているが、部屋にうっすらとひかりが差し込んでいる様子は見えた。&lt;br /&gt;１０秒ほど、部屋内をスキャンしたが、右側には誰もいない（こわくない、こわくない）。&lt;br /&gt;右肩の叩かれはやみそうな気配もなく、&lt;br /&gt;だれだよ、くそ！と思った途端に、両目がパチリと開き、部屋は先ほど見た通りであり、うっすらとひかりが差し込むだけだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夢③&lt;br /&gt;たぶんね、この人が夢の中で一番出てきて欲しい人物であり、&lt;br /&gt;この人に会うため・朝５時にリアルな夢が起きるために、早い時間からの睡眠をとっている。でも、ここ半年は全くその人の夢を見なくなった。&lt;br /&gt;１週間前にひょこっと出てきたと思ったら、「別に逢わなくてもいいでしょ。」とサラリと夢の中で言われた。夢の中ながら、ショックー・・・と思っていたら、&lt;br /&gt;なぜならね、とあの人がもったいぶって背を向けると、何枚かの写真を扇子のように広げた。「ほら、きみをいつでも見ているよ。」その写真を、その人の背後からチラ見で見てみたら、私の小さい頃の写真ばかりだった。うむ、きっと違う次元では、僕らは普通の友達でいるんだな、そう実感できた。「逢わなくてもいいでしょ」ときみが自信を持って言うのなら、ぼくもそうするよ。個人的な問題が、一段落した瞬間だった。ありがとう。今日まで、そして、これからも、ぼくの小さい頃の写真を持っていてくれて、ありがとう。</description><link>http://fc-v.blogspot.com/2016/10/blog-post.html</link><author>noreply@blogger.com (周凡雅)</author></item></channel></rss>