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    <title>ひとみからハイオクが</title>
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    <description>春眠暁を覚えず（解凍中）</description>
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    <title>第二五八稿（これはパイプではない、喫煙銘柄2017年下半期まとめ） </title>
    <description>今は過ぎたる2017年の下半期分の記録です。・第二二一稿（これはパイプではない、喫煙銘柄2016年上半期まとめ）・第二四〇稿（これはパイプではない、喫煙銘柄2016年下半期まとめ）・第二五五稿（これはパイプではない、喫煙銘柄2017年上半期まとめ）パイプスモーキングをはじめて丁度二年が経ったようです。生来物好きの私は、小さい癖に煙を吐く、小煙突としてのパイプ自体の魅力に打ちのめされ蒐集を始めるも、10本ほどでピタリ</description>
    <content:encoded><![CDATA[今は過ぎたる2017年の下半期分の記録です。<br><br>・<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-247.html" title="第221稿">第二二一稿（これはパイプではない、喫煙銘柄2016年上半期まとめ）</a><br>・<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-270.html" title="第240稿">第二四〇稿（これはパイプではない、喫煙銘柄2016年下半期まとめ）</a><br>・<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-300.html" title="・第255稿">第二五五稿（これはパイプではない、喫煙銘柄2017年上半期まとめ）</a><br><br>パイプスモーキングをはじめて丁度二年が経ったようです。<br>生来物好きの私は、小さい癖に煙を吐く、小煙突としてのパイプ自体の魅力に打ちのめされ<br>蒐集を始めるも、10本ほどでピタリとやめ<br>（購入したのが12、そのうち売却したのが3、贈り物にしたのが1）<br>都合8本のままほぼ一年を過ごしました。<br><br>自制心が強いと自ら盛大に褒めてやりたいところですが、単に懐中がうら寂しいと言っても良い。<br>同じ理由でパイプ葉も新規に買えなくなる位の状況になり<br>かつて購入したまま放置していたものを箪笥の奥からごそごそ出してきて手をつけはじめたりする始末。<br>なかなか一種、かつての私小説かと揶揄しても良いような感じもありましたが<br>古くなった安煙草からは、なぜか松茸のお吸い物（それもインスタントの）の香りがするなど<br>不思議な体験もすることになりました。<br><br>それでも昨秋に一時帰国の際、こちらでは買えない銘柄を<br>パウチでまとめて5、6袋入手してきたので現在ではそれをひたすら消費している。<br>ずぼらなので、同じパイプで三日ばかりは吸いっぱなし。<br>「お洒落でリッチ」なイメージとは対極を地で行く、塹壕戦を戦うが如きパイプスモーキングスタイルのできあがりです。<br><br>不満はありません。<br>たまに、身丈に合う程度の「高級な」缶入りを開けて<br>ああやはり旨いな、と思えるのがまた良い。<br>タバコの味とは多分に幻想なので、別に高級でなくとも、珍しいとか、入手が困難であるとか<br>あるいは単に格好いいとか、ストーリーがあるとか、個人的な思い入れがあるとか<br>特別であればそれは実はなんでも良く<br>我々は自由自在に愉しめるのが素晴らしいところです。<br><br>仮に将来、ディストピア的世界になり何もかもが規制されたりするようなことになったとしても<br>地下に潜れば手に入らないでもない、過去の配給品<br>わずかに2グレードしかない中の良い方のカポラルを、<br>人は隠れて圧縮したり酒に漬けたりして熟成し、ああやはり旨いなと思う。<br><br>こんな悦び、無批判に体制にしたがうだけの人間にはわかるまい。<br><br><strong>【文月】</strong><br><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170726_193847.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170726_193847s.jpg" alt="r-20170726_193847.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><br><strong><br>SG、ベストブラウンフレイク：</strong><br>定番。<br><strong>SG、スクワドロン・リーダー：</strong><br>久し振りにラタキアものをと。<br><strong>SG、スコッチカット・ミックスチャー：</strong><br>2009年のシカゴショー用の限定版らしく、普通はもうあまり売ってないかも知れません。<br>大まかに言うと、軽いラタキアとキャベンディッシュ。<br>吸いやすかったように記憶してる。<br><br><strong>【葉月】</strong><br>購入ナシ。<br><br><strong>【長月】</strong><br><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170904_161636.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170904_161636s.jpg" alt="r-20170904_161636.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170904_161802.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170904_161802s.jpg" alt="r-20170904_161802.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><br><br><strong>SG、ウェストモーランド・ミックスチャー：</strong><br><a href="http://jinsen.exblog.jp/17537412/" target="_blank" title="Jinsen'sパイプ">Jinsenさんのレビュー</a>にて、フルーツケーキのような、とあって気になっていた品。<br>四つあるケンダル市長コレクションのひとつだったと思う。<br>（他の三つは、セントジェームズ、チョコレート、サムズフレイク）<br>残念ながらあまり印象に残っていない。氏の仰ってるのもまさにそういう事なのかも知れない。<br><strong>SG、ベストブラウンフレイク：</strong><br>定番。ヘイタイプと良く言われるが、この「青臭さ」が一種の清涼味をもたらして飽きないのかも。<br><strong>Dunhill、ネイヴィー・ロールズ：</strong><br>ダンヒルの高級コインカット。大目玉。美味しかったように記憶。<br>価格の割に、他のダンヒルと比較してなぜか紙包みが荒く、海軍だから？と思わなくもなかったけれど<br>たぶん違うだろう。単に製造元が違うのかも知れない。<br><strong>ERINMORE、エリンモア：</strong><br>パウチにしては価格が高めで（SGの缶と同程度）なかなか買う機会がなかった。<br>パイナップルのトレードマークがちょっとかわいい。<br>そう思って吸うと、パイナップルの感じがしなくもない。<br>できれば缶入りのフレイクで再度試してみたい一品。<br><strong>Dunhill、フレイク：</strong><br>これも定番。ダンヒルのパイプで吸うと贅沢な感じがして贅沢な感じが楽しめる。そういう品。<br><br><strong>【神無月】</strong><br><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171004_205049.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171004_205049s.jpg" alt="r-20171004_205049.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171004_205013.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171004_205013s.jpg" alt="r-20171004_205013.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><br><br><strong>アンフォラ、フルアロマ：</strong><br>このあたりから金欠にてパウチばかり。アンフォラは最初よくわからず、実は今でもよくわからない気のする一品。<br>着香でもなければピュアなバージニアでもない。なんなんだこれは。<br><strong>ブリッグ、ハニーメロン：</strong><br>同上の理由にて、かつて吸い切らなかったパウチを引き出しの底から出してきたやつ。<br>別に不味くはない、普通の着香タイプ。カットが細かくよく燃える。<br><strong>サン・クロード：</strong><br>同上。フランスは元国営SEITA<sup>*</sup>の「高級」な方のタバコ。ベーシックな方は通称「グリ（灰色）」。<br>まさにタバコという味の濃いタバコ、甘みもしっかりあるのだが濃い。<br>かつ、長い間放置していたせいかわからないのだけど、みょうな発酵臭のようなものがある。<br>なにか覚えのある匂いなのだが…<br>しばらく考えて合点がいく、インスタントの松茸のお吸い物だ。なんなんだこれは。<br><br><span style="color:#666666"><sup>*</sup>Société nationale d'exploitation industrielle des tabacs et des allumettes<br>タバコおよびマッチ国営産業開発企業、現在はインペリアルタバコに買収され民営化している。</span><br><br><strong>【霜月】</strong><br><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171123_085040.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171123_085040s.jpg" alt="r-20171123_085040.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171123_085256.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171123_085256s.jpg" alt="r-20171123_085256.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171124_144501.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171124_144501s.jpg" alt="r-20171124_144501.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><br><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171127_200336.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171127_200336s.jpg" alt="r-20171127_200336.jpg" width="200" height="150" border="0" /></a><br><br><strong>ラドフォーズ、オールド・スコッチ：</strong><br>これも開封後放置していた。悪くない。酒が飲めない割に、どうも酒の名前を冠してるのは意外といいような気がしてる。<br>シャルドネのナパ・バレー然り。料理にお酒入れて美味になるのと同じようなことだろうか、と勝手に解釈する。<br><strong>フロッグモートン：</strong><br>一年越しに開封。スクワドロン・リーダーだった。<br>カエルの方がかわいく、リーダーの方がかっこいい、私にとってはそれ位の違い。<br>同類愛の対象としては断然モートン君なのだが、近場でカエルところがない。<br>だたそれ以上に、私はラタキアはそれほど好みではないようだ。<br><strong>アムステルダマー：</strong><br>これは新規購入。最初に買ったのは決して吸い切ったのでなく、あげてしまったのではなかったか。<br>安タバコと思っていたが、値上がりしていてショックを受ける。不味くはないがタバコ臭い。<br><strong>ハーフアンドハーフ：</strong><br>以下、日本で買って持ち帰ったもの。甘口ならアンフォラ、辛口ならハーフと昔から言われていると時折聞くもの。<br>個人的にはよくわからないバーレーを味わってみたかった。未開封。<br><strong>アークロイヤル、フルアロマ：</strong><br>ウルグアイのタバコ。あえて偏見を持ってみると洗練されてない感じがするが、<br>濃くて美味しいとも言える。ルームノートは強い。あとマツタケ感がする時もある。<br><strong>マクバレン、バージニア№1：</strong><br>バージニアの基本銘柄の一として気になっていた。実際そうかも。<br>ヘイタイプと思うが、BBFやダンヒル・フレイクよりずっと軽快な感じがする。薄味だが美味。<br><strong>マクバレン、バニラクリーム：</strong><br>（家人に言わせると）ルームノート№1。かなり大袈裟に好みだと主張していたので<br>「他のは臭いけど、これはまし」と言う事だと理解してる。従って濫用には注意が必要。<br><strong>シルクロード：</strong><br>かつて、30年程も前、シガレットで吸っていた。懐かしや。<br>シガレットではチョコレートの香りがしっかりあったように記憶しているけれど、これはそうでもない。<br>バニラクリームがなくなってきたので、夜はもっぱらこちらを吸う。<br>大雑把に言うと似ているが、味も香りももう少し苦い。<br><strong>オーリック、ゴールデンスライスト：</strong><br>基本バージニアの一。とは言え、いわゆるVaPerだと思う。青味は少なく、ペリ味がある。<br><br><strong>【師走】</strong><br>購入ナシ。<br><div  align="center"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/kazari.jpg" alt="kazari.jpg" border="0" width="176" height="30" /></div><br>しばらく吸っていなかったパウチものをひたすらに消費している今日この頃ですが、<br>悪くないな、と思っています。<br>最寄りのタバでマクバレンが売ってないのが残念です。<br>そうでなければ、バージニア№1とバニラクリームだけで回せそうな勢い。<br>（一人の時はバージニアで、家人のいる夜はバニラクリーム）<br><br>そろそろ持ち帰ってきたのがなくなりそうなので、ハーフアンドハーフに着手してみます。<br>その後は、何を買うのか少し悩む。<br>高くて缶に入っていてフレイクだと美味に感じるという属性を持っているので<br>缶を買いまくれれば良いのですが、この冬ちょっと懐が寒い。<br><br>パイプ自体は相変わらずEbayなど時々見てて、クリスマスの時などは（プレゼント用に）一件入札もしてみたけれど<br>予算を超えたので落とせなかった。<br>一目惚れをしたら買う！と言い続けて一年、どうなることやら。<br>見ているだけで、自分の好みも変わっていくのが興味深いです。<br><br>今は木目の綺麗な銀巻きのベントが欲しい。小振りでカーブのきれいなやつ。<br>銀巻きに刻印が入っていて、なにやら古そうなのがいい。<br>リンゴやトマト、果ては花のつぼみ型などでもしてれば女性受けも良いだろう。<br><br><a href="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171111_185235.jpg" data-lightbox="20180104"><img src="https://blog-imgs-118.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20171111_185235s.jpg" alt="r-20171111_185235.jpg" border="0" width="200" height="113" /></a><br><br>それを上着のポケットに放り込んで、古い内装の方のシャノアールで吸う。<br>そんな新年の抱負。]]></content:encoded>
    <dc:subject>これはバイク（パイプ）ではない。</dc:subject>
    <dc:date>2018-01-05T20:44:24+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
    <dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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    <title>第4982バナナ（フクシマとシャルリー・エブド、冗談と「正しい」言葉遣い）</title>
    <description>私は時々、自分は冗談も通じぬ面白くない人間だと思う。けれども、何を、どこまで冗談にできるのか、と言うのは実はとても繊細な問題だ。笑って済ませられない問題とはとかく多く、とりわけ世の中の人々の様々の違いや、そのかしこに潜んでいる弱さを思えば、決して気軽には扱えない。あからさまに何かを揶揄するような表現や、特定の人々を笑いものにする軽率なくだらぬバラエティ番組などは言うに及ばず、私達の日常の何の気なし</description>
    <content:encoded><![CDATA[私は時々、自分は冗談も通じぬ面白くない人間だと思う。けれども、何を、どこまで冗談にできるのか、と言うのは実はとても繊細な問題だ。笑って済ませられない問題とはとかく多く、とりわけ世の中の人々の様々の違いや、そのかしこに潜んでいる弱さを思えば、決して気軽には扱えない。あからさまに何かを揶揄するような表現や、特定の人々を笑いものにする軽率なくだらぬバラエティ番組などは言うに及ばず、私達の日常の何の気なしの会話にも気を付けねばならない。<br><br>とは言え、それでは息が詰まる、という人も多かろう。何も言えなくなってしまうと批判もでるだろう。確かに（第三者を）笑う事で人を繋ぐこともあれば、むしろ直接親愛の情を示すような事さえある。口の悪い人々の中には、通るか通らぬかギリギリのところを探りながら、仲良くなろうとするような節さえ見受けられることがあるように思う。例えば身近なネット空間でのくだけたラフなやり取り等も、仲間内での親密さを担保する性質を持っている。<br><br>これは一種のテストなのかも知れない。私は以前、おそらく日本人が珍しかった環境にいたからか、様々のテストを受けたように思うし、その対抗策としてフランス人と大阪人の共通点なるものを仮定して、いろいろに好き勝手に考察を加えていたことがあった。（確かに大雑把に言えば、仏人は東京人よりは大阪人に近く、実際「オーザカ」が大好きな日本通は多い。気取らず本音が見え親しみやすい、位の感覚だろうとは思うが。）<br>その時思っていたのは、彼らはいずれも子供時代に比較的けちょんけちょんに言われながら育つので、長じた後もそんなやり方で他人との距離を測ってるのではないか、というものだったが、今ではあまり説得力のある仮説とも思っていない。そもそも、人の集団をきちんと比較するというのは想像以上に難しく、あまり勝手なことは言わないようにしている。どちらも口さがない、というのはある程度事実だろうけれど、それさえも定量的に示すのは容易ではないからだ。そもそも、なんでもいちいち笑いを取りに来る、そんな慣習が嫌いな大阪人だっている。<br><br>いずれにしても、私の経験から言うならば、顔面を無理矢理つり目にさせられたりするのは、むしろ個人的好意の表れだと都合よく解釈するべき類のもので（そんなことをするのは子供か若い女の子にきまってる）、またある種の地域を旅しているときのニーハオ攻撃や、北アフリカでのジャッキー・ションアタック（ジャッキー・チェンのこと、通りを歩いているとおよそ100m毎に言われる）だって、慣れてしまえばどうということもなかった。別に私はそこに悪意は見出さなかったし、即座にカンフーアクションをして見せる位の返しができるようになれば上級者だ。<br><br>私の家人にしても、当初私が箸を使って料理をしていたら、それを喜んでわざわざ自分の娘に報告していたのを記憶しているし（「ねえ、あの人ったらオハシで料理してるのよ」的な感じだろうか）、私が箸に慣れているのは自然なことで別に誇らしいとも馬鹿にされたとも思わぬけれど、珍しいのだからまあそういうこともあるだろうと思うしかない。好奇心を満たし笑って貰えるならそれも良いだろう。<br><br>ただ、これらが問題になる時がある。例えばフクシマの件では既に巷で散々に話題になっていたと思うけれど、やはり同じような事が個人的にもあった。同僚と食堂で昼食をとっている時だったが、魚か何かが例によってスーパー変化を遂げるだとかの冗談を振られたのだ。およそそういう気の利かない事をつい言ってしまうのは世界中どこでもお調子者の男子と相場が決まっており、同席の女性は明らかに反発を示し抗議の表情を浮かべた。でも、私自身はその場では事を荒げぬべきと笑って受け流したのだ。しかし、その姿を醜しとする人達もいるだろう。それに、私は単に、その女性を前にして余裕を見せたかっただけかも知れない。<br><br>また違う時期、異なる場所でのことだけれど、かつてコンゴ人の同僚がいた事がある。長身の美丈夫、かつ頭が良く漢字が得意で、そして穏やかな性格の優れた人であったが、ある日、彼のデスクに向かうと一人黙々とバナナを食べている。それもスーツをパシッと着こなし、素晴らしく良い姿勢で。申し訳ないが、これには吹き出さずにいられなかった。理由は、（私にとっては）あまりに絵になっていたから、としか言いようがない。<br>勿論彼は、そんな私の反応を咎めなどしなかったが、果たして共感は得られるだろうか。少なくとも、私と同じ理由では笑わぬとは思う。確かにバナナは誰でも食べる。ただ、体躯の良い黒人が、スーツを着こなし背筋を伸ばして食べるそれは、私には好ましくも可笑しく見えたのは事実だ。様々の有形無形の象徴がその中にはある。<br><br>近頃、テレビのバラエティで「ヘンな日本語」を話すアフリカ系の芸人（？）をネタに笑いをとる、という動画をたまたま見かけた。教室が舞台で、教師役にはもう少し「マシな日本語」を話す欧米系の芸人が充てられており、正直唖然としてしまったけれど、面白いかと言われると確かについ笑ってしまうシーンもある。あたかも未開人を文明人が教育すると言うようなこんなベタな設定は、今どき世界中どこでも許されないように思うが、それがテレビの企画を通るとすれば、日本は存外と「平和」なのかも知れない。<br><br>あるいは単なる世界の田舎なのか。<br><br>でも、本人たちは笑って貰えるなら良いと思ってるかも知れない。私も時に「ヘンな仏語」を喋っては笑われている。結婚生活の良い潤滑剤ぐらいの感覚だ。ただ、柄にもなく傷つくこともなくはないけれど。（しかし――「正しい〇〇語」と言うのは幻想に過ぎない。多くの人々が無批判に信仰しているのも確かだが。）<br><br>問題は、弱い人々がいつでもどこかにいて、弱さがいつもどこかにあり、それが尽きぬ事自体にあるのだろう。人間の尊厳、なるものが意識されるとするならば、逆説的にそれが危うい状況が社会と個人の中にあるからだ。そうでなければ、すべては笑い話で済むのかも知れない。そして今のところは、それでは済まないと言うのがPC（ポリティカル・コレクトネス）の立場だろう。一種の対処療法に過ぎぬのかも知れないが、頭痛持ちの私はそれを諒解のうえで薬を飲み続けることだろう。<br><br>キーワード：フクシマ、シャルリー・エブド、PC、差別、ステレオ（ステロ）タイプ]]></content:encoded>
    <dc:subject>5000夜（文章ノート）</dc:subject>
    <dc:date>2017-10-06T19:47:29+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
    <dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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    <title>第4983カウンター（ヘイトスピーチと自己嫌悪）</title>
    <description>右か左で争うのではなく、上だろうという言説を見かけたのだが確かにそうかも知れないと思う。もしかすると上でさえないのかも知れないが、便宜的に上としておく。いずれにしても敵が欲しいのが私達とするならば、どこかに的を定めなければならない。下（つまり弱）を標的とするのは、生物としてはあり得ることなのだろうが、いやむしろ、厳しい環境圧次第では種や集団の生き残りの為に率先してやってきたことなのかも知れないが、</description>
    <content:encoded><![CDATA[右か左で争うのではなく、上だろうという言説を見かけたのだが確かにそうかも知れないと思う。もしかすると上でさえないのかも知れないが、便宜的に上としておく。いずれにしても敵が欲しいのが私達とするならば、どこかに的を定めなければならない。下（つまり弱）を標的とするのは、生物としてはあり得ることなのだろうが、いやむしろ、厳しい環境圧次第では種や集団の生き残りの為に率先してやってきたことなのかも知れないが、それは「人間」としては一応目指すところではない。<br><br>時に私の友人の細君が義太夫をやっている関係で、浄瑠璃を色々と聞く機会があったのだけれど、10を聞いて10の全て、まったく共感することができなかった。いずれも、「殿様」という絶対者が上にいて、下々が義理と人情に挟まれ汲々とする物語ばかりだったからだ。義理のためなら時に我が子でも殺す。むしろそれが美しい。<br>そんな世界では社会は安定し、文化や文学は涵養されるのかも知れないが、いずれにしても少なくとも今日的ではない。ただ、人はいつでも何かに規定されがんじがらめになる、ということ自体には、またそれでも生き抜き人生は続く、というような捉え方をするならば、今日でも十分に通じる文学的な要素は多分にあるのかも知れないが。武士道とかに美学を求めがちな人達には親和性がありそうだが、それは今回のテーマではない。<br><br>上下ではなく左右のことに話を戻すならば、互いに攻撃しあう人が多いというのが今日の印象だ。いずれの側も実は水平上に位置していて、上空のことは目に見えないからかも知れない。ともあれいわゆる「ネトウヨ」を叩く「正しい」言説を良く見かけるようには感じている。<br>情報化の進む今の時代、人は決してまんべんなくそれを得ているわけではないので、私が意識的あるいは無意識に選んでいるものが偏っていると言えばそうだろう。でも同時に、過激に叩く人達の意見が目につくのも事実だ。そして中には一種のヒステリーを認めることもある。「人種差別をしない」と言うような明らかに「正しい」と思っていた事が、やすやすと破られることに耐えられないのだ。そして頭に血が上るのであれば、実は自らの内に同質のものが隠れている可能性がある。と言うより全ての人の中にありうる事ではないだろうか。それを倫理と教育で抑えて生きているのが今日の近代的人間だろう。極端なヘイトの例は決して大多数の意見ではなかろうと私個人は思うが、批判ないしは非難、果ては攻撃的な言説の多さを見ると、これはこれで<strong>何を恐れているのだろう</strong>と思うこともある。<br><br>かく言う私も、コテコテのヘイトスピーチを目にすれば怒りを感じるし、とりわけそういうものが目につき始めた頃は相当に衝撃を受けた方だ。今でも、それに慣れたと言いたいわけでもない。と同時に、自他の境が様々な要素ではっきりしている以上、それを区別することは私達の本質で、またそれが差別に容易に繋がるのもかなり自然なことだと言わざるを得ない。問題は、要は私達が他者を、身体的なレベル、次いで精神的レベルで敵認定してしまうことにある。<br><br>アフリカを旅した時、人々はおしなべて大きく肉体は強く、例えば暗い夜道で怖いと思わなかったことなどない、と言わなければならない。空港を出れば、子供たちが大挙して押し寄せ有無を言わさずトランクを奪って勝手にタクシーに積んでしまう。もちろんチップを要求するためだ。頼んでないじゃないか、と言えばもう押し問答で、数でも圧倒されれば体格も既に大人並で、ほとんど恫喝されるようにして結局は渡さぬ訳にはいかない。<br>もちろん、仕事をしたのだから寄越せ、とは強引ながらも良く考えてみれば正しいのだ。仕事とは世界のどこでも取ってくるものなのだし、そのやり方が洗練されているかどうかが違うだけで、本質に変わりはない。彼らにとっての営業とは、旅行者のトランクを我先にと奪うことであり、それに仕事の機会とは絶望的に限られているのだ。とは言え、「よく考え」なければ、そういった見解に達しえないのもまた真だろう。別に私は大金持ちなんかでもないし、直接なにか悪さをしたわけでもない。身一つで、むしろ友好の為に来ているのに、なぜ攻撃され強制され奪われなければならないのだろう、としばらくの間は煩悶することになる。そして自らの納得できる答えが見つけられなければ、次第に敵認定していくのが人間だ。<br><br>私達は自分を守り、家族次いで同胞を守りたい、という本能から逃れられない以上、差別はあり得ることだと思う方が良い。野放しにしていいのか、とまた糾弾するのかも知れないが、矯正すれば済むのかと問いを立てる要はあることと思う。いわゆるPC（ポリティカル・コレクトネス）の問題は、コレクトネス＝「正しさ」の持つ、危うさにももう少し目を向けた方が良い。攻撃の強い人は、実は我が身にも潜む差別意識に無意識ながら激高しているのかも知れない。そうだとすれば気持ちはわかる。私も差別的な感情を持つ時には嫌な奴だと自ら思うから。でも少し許してやった方が良いように思う。石を打てる人とは実は一人もいないのだ。人は差別するのが実は普通、位に多少は緩めに構えつつも、少しずつ粛々と進めていくのが方法論としては優れているように思われる。<br><br>キーワード：封建時代、人形浄瑠璃、ヘイトスピーチ、カウンター、ポリティカル・コレクトネス]]></content:encoded>
    <dc:subject>5000夜（文章ノート）</dc:subject>
    <dc:date>2017-09-22T22:51:22+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
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    <title>第二五七稿（ビリヤードの話、これは【文字通り】パイプではない）</title>
    <description>ハスラー2※が大流行した世代で（80年代）、当時はバブルが弾ける前だったからかタケノコのように各地にプールバーなるものが林立していた。ワンレンでボディコンとかのお姉さん達が本当にいて、ぶかぶかのソフトスーツを着てカクテルなんかを飲みながら遊ぶ人々が実際に存在していた頃の話だ。※原タイトルは「The Color of Money」、監督はマーチン・スコセッシ。元ネタとして「ハスラー」、監督は特に有名でもないがポール・ニュ</description>
    <content:encoded><![CDATA[ハスラー2<span style="color: rgb(0, 0, 255);"><sup>※</sup></span>が大流行した世代で（80年代）、当時はバブルが弾ける前だったからかタケノコのように各地にプールバーなるものが林立していた。ワンレンでボディコンとかのお姉さん達が本当にいて、ぶかぶかのソフトスーツを着てカクテルなんかを飲みながら遊ぶ人々が実際に存在していた頃の話だ。<br><br><sup><span style="color:#0000FF">※</span></sup><span style="color:#0000FF">原タイトルは「The Color of Money」、監督はマーチン・スコセッシ。<br>元ネタとして「ハスラー」、監督は特に有名でもないがポール・ニューマンがファースト・エディ役を演じるちょい硬派な一種の任侠物の白黒映画。いかさま・ゴト師だが実は名誉と腕で勝負したい、しかし勝負に勝っても失うものが多く、うら悲しさが残る、というような味付けだった。<br>ストーリーに直接つながりはないが、ハスラー2では中年になったファースト・エディが再登場する。つまりやっぱり勝負と金の話。ただ、こちらのラストには少々吹っ切れた明るさがある。単に勝負ジャンキーの開き直りとも。男は戦ってなんぼ、という本能を刺激する映画で日本で大ヒットした。イケイケの時代の後押しもあっただろう。</span><br><br>高校生であった私は友人に連れられて東京の（それも確か新宿だった）キラキラ、あるいはギラギラした夜の街の洗礼を受けたのだけど、幸か不幸かそこで勝負ごとにどっぷりとはまった訳ではなかった。それは単にパチンコ競馬に競輪等々、やらない社会階層に属していたからだろう。とは言え、99.9%負けが確定してるとしても、それ以外に一発逆転の目のない（あるいはそう思ってる）人々にとってギャンブルとは実に蠱惑的であるのはわかる。少なくとも、心情的には理解できてしまう。<br><br>ただ当時は（も）、充分にナイーブであった私は賭け事をするわけでもなく、またそんな道に引きずり込む悪友もおらず、ただ瀟洒なビロードの上をカラフルな球が転がる様が楽しかった。そして大学へ入った後も、特有の気難しさからかあまり学生らしい「学生活動」をしなかったので、正門の直近に昭和の香り漂う渋い撞球店があったのにも関わらず、その存在すら知らず、お店はいつしか改装されて近代的ビルになってしまった。（改装されたがお店自体はまだ中に入ってるはずだ。）<br>機会さえあれば本人はいつでも球撞きはしたかったのだが、独りで遊技場へ行くという選択肢がなかったのだ。二十歳を過ぎていたのになんだが、幼く世間知らずだったということだろう。だから若い人が一人であちこち行かない、女性が一人で外食ができない、等と聞けばそれもそんなものだ、と思ったりはする。<br><br>一人で店に行くようになったのは、それから10年程も経った頃だ。いわゆるホームができたし、他店へ修行しに行く、なんてことも理解できるようになった。一人で行けば相手が出てくる。道場主が手合いをしてくれずとも、誰か適当な相手をあてがってくれることもある。つまり、かつての武士や剣客がしてきたことが今でも行われているのだ。血生臭さの度合いこそ遥かに違えど、宮本武蔵がいまだに人気で文芸や漫画でもリメイクされ、ビジネスマンに五輪書がついつい読まれ続けるのもむべなるかなと思ったりもする。つまり、何かの形で「勝負」をする、またはその練習・シミュレーションを行う、ということは人間本来の（とりわけ生物的なオスの）もので、善悪の彼岸を超えてるのかとも思う。<br><br>そんなわけで、その時期（結局はお遊びの範疇を出ないのではあるが）勝負事の甘美さ（と中毒性）に遅まきながら目覚め、また道具を揃えたりし始めれば生来の道具好きもあってすっかり入れ込んでしまった。手に入れたキューの数も５、６本は下らない。とは言え、80年代のブームはとっくに去っていた割に選手層は意外と厚く、私なぞは小さなハウストーナメントで準優勝したことが一度あるきりで、ちっとも勝てなかった。もっとも、付け焼刃の生兵法ではそんなものだろう。海外旅行の際にも地元の撞球場を探して訪れたりと各地で撞いたりもしたけれど、専門でやりきれない私はいずれ戦いの場から自然と淘汰されてしまったのだ。<br><br><div align="center"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/kazari.jpg" alt="kazari.jpg" width="176" border="0" height="30" /></div><br><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/cercle.jpg" alt="cercle.jpg" width="595" border="0" height="397" /><br><br><span style="color:#0000FF">パリのクリシー広場の傍にあるアカデミー・ドゥ・ビヤール、ここで撞くのが憧れであったのだが、先日聞いたところによれば閉店してしまっていた。正確には今はポーカーのクラブになっている模様。<br><br><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-bdfbf2b3dd.jpg" alt="r-bdfbf2b3dd.jpg" width="400" border="0" height="267" /><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/20170814_092804.jpg" alt="20170814_092804.jpg" width="356" border="0" height="267" /><br><br>ポーカーは比較的盛んだ。どちらも勝負事・言い方によってはスポーツの範疇ではあろうが、より金の動く方へと変わっていくのだろう。私は肉体からの入力が欲しい方なので、今の所カードゲームにはあまり興味はない。<br>現在地下鉄の地図にはまだ表記が残ってるし、以前通りかかった時にはまだビリヤードテーブルがあったので、その時行っておかなかったのは悔やまれる。</span><br><br><div align="center"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/kazari.jpg" alt="kazari.jpg" width="176" border="0" height="30" /></div><br>ところで2016年に一時帰国した際、その道具を飛行機に積み込むことにした。戦場に戻ることにした、等と大袈裟なものでは決してなく、単に運動不足を解消したい位の動機だ。あるいは、でも、ここは選手層が薄そうなので小さなトーナメントくらいはとれるかも知れぬと甘い考えもある。とは言え単に、玉転がしが好きなだけ、と言っても良いのかも知れない。あるいは少し生活に飽いて、刺激が欲しいのかも知れない。<br><br>フランスは伝統的にはスリークッションの国で、殆どの日本人のするいわゆるナインボールや10ボールはアメリカンとわざわざ言うのだけれど、ビリヤード場はあまりないように思っていた。あってもまじめに練習をしているような光景は見た事がない。どちらかと言えば友人同士で酒を飲みながらの社交が普通だ。小さ目のコインテーブルが多く、多くの場合ブラックボールと呼ばれるエイトボールをする。それが近場にちょっとしたクラブが（スリーがメインだが）あることを最近知り、またその70年代ぽい佇まいが個人的にはとても良く、ぼちぼち通おうとしている。<br><br>それで先日、一人で練習をしていたら若者が一緒にどうですか、と聞いてきた。私は現地の習慣を全く知らないので、少々躊躇いつつも、そこは正直に金を賭けない事を確認し「勝負」に挑んだのだけれども、いざ始まれば目を見張るような腕前で完全に叩きのめされてしまった。訊きただせばなんとナショナルチャンピオンだと言う。つまりフレンチオープンの覇者で、それも二度優勝してるとのこと。ビリヤードはどこでも小さな世界で、その気になればどこの国のトップレベルの選手に会ったりするのは（他の競技に比べれば）比較的なし得る事ではあるものの、個人的には何年振りかに知らぬプレーヤーと相撞きして（業界ではこう言う、相席みたいな用語だ）、それがいきなりこのレベルとは驚いたり手に汗握ったり、でも嬉しかったり。それと同時に、修練すれば結構いい所まで行けるのでは？等と言う甘い考えがすっかり潰えたのも事実だ。どこに行っても、またどんな分野でも上にはいつも上がいる。<br><br>誰かが勝つには当然敗者の存在が不可欠なのだから、まあそれはそういうことだろう。全ての分野で勝つ者は存在しないし、また仮に勝ったとして勝ち続ける人もいない。だからこそ、勝負は避けなければならない、という結論もまた良い。それでも目に見えぬ勝ち負けとはいつでも世界に偏在するのだし、仕方ないと思いつつフィールドを定めて戦うフリをするのもまた方便かと思う。一度戦えば仲良くなる、なんて男くさいお話も一応は認めよう。ただ最終的には佳く負ける人になりたい。人生とは負けの連続とも言えるのだから。]]></content:encoded>
    <dc:subject>日々の泡沫</dc:subject>
    <dc:date>2017-09-14T00:19:27+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
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    <title>第4984バジリカ（サン・ドニ大聖堂とバンリュー、13号線）</title>
    <description>メトロ13号線に乗って。13という数字が特別に何か意味するのかどうか正直わからない、あるいは言い切れないのだが、もちろん特定の人々の宗教・文化の中では意味を持っている。とは言えそれがどこまで、そして誰に影響力を持っているのかを量るのは容易ではない。ただリュック・ベッソン製作のBanlieue 13というハードコアなギャング映画があったり（フランスで一番貧しいセーヌ・サン・ドニ県の郵便番号93からのメタファーがある</description>
    <content:encoded><![CDATA[メトロ13号線に乗って。13という数字が特別に何か意味するのかどうか正直わからない、あるいは言い切れないのだが、もちろん特定の人々の宗教・文化の中では意味を持っている。とは言えそれがどこまで、そして誰に影響力を持っているのかを量るのは容易ではない。ただリュック・ベッソン製作のBanlieue 13というハードコアなギャング映画があったり（フランスで一番貧しいセーヌ・サン・ドニ県の郵便番号93からのメタファーがあるかも知れない）、パリ13区にはもっとも大きな中華街・ベトナム人街があったり、私の所属していたパリ13大学は事実学生の大半がアフリカ・アラブ系であり、そしてパリを南北に縦断するメトロ13号線は、とりわけ北へ向かうにつれ真っ黒になる。<br><br>実際車両はかなり汚れていたし、八月の暑さがぶり返した午後、混雑する車内はそれなりに雑多な印象を強く与えるものだ。見れば実は新型の車両で（弱々しいながら）空調も効いていたけれども、同じく（黒っぽく雑多な）郊外にあった外交史料館に行き疲れた同行の研究者にとっては相変わらずインパクトのある光景であったようだ。終点から一駅目、サン・ドニ大聖堂は歴代のフランス国王が埋葬されている「由緒正しき」場所ではあるけれど、現在ではそのようなわけで移民（系）の集う地区として有名なのを聞き、また目にもし、「勿体ないですね」と一言感想を述べた。<br><br>公共交通機関を使用すれば日に必ず数度は目にする物乞いの人々の姿にもすっかり慣れ、彼らの様々のパフォーマンスにもいちいち心を動かされなくなった私は、今では貧しい地区とはっきり言う。貧しい地区に貧しい人々が住まうのは単に事実だから。アフリカ系の人々が多く住まう、とも言う。これも事実だから。しかし、それを（伝統的な場所が変化してしまって）勿体ないとは言わない。たかだか三世代遡れば植民地の人々で、あえて言うならば収奪されてきた人々が、それをしてきた側の相続してきたものと同じだけのものを持っているわけがない。大袈裟に言うならなにも持ってない、と言っても良いくらいだ。そんな人々がそれでも金を稼ぎにやってきて安い地区に住まう。彼らはそうして生きている。自然なことだと思うだけだ。そしてそんな地区にまだかのような大聖堂が建っているのならば、そのコントラストはほとんど美しいと言って良いくらいだ。<br><br>私個人は確かに静かな場所が好きで、人混みが嫌いで、淡い色を好み、なるべくならば放っておいて欲しい。無人の地を原動機に乗って行けるならばどこまでも行きたい方だし、その意味では人の移動のダイナミズム等とは実はかけ離れた性向を持っていると思う。それでもキャンプ中に私の喰らうビスケットは世界が作っている。地球はあくまで丸いのだ。<br>私がもし仮に、何かを「保存したい」と思う側に生まれ生きているのならば、それに尽力はするのかも知れない。古いものが好きなのだから。伝統とは確かに美しい。ただ、保存できるものをそもそも持っている、ということは世界に負っているということだ。だから、その世界から来る人々を排除するならばそんな美しさなど一瞬で輝きを失うだろうし、むしろこの上なく醜く寂しいものとなるだろう。<br><br>通常、忌み嫌われる事の多い「13」には、やはり隠された意味があるのだと思われてならない。あるいはつまらぬ陰謀論等紐解かずとも、全ての数字は迷信深い人々には同じ価値を持つわけでもなく、自然に偏りそうなるのかもと思う。それで、私達の勝手な好き嫌いを別にすれば、どの数字もただ一意に価値を持っているだけのことだろう。そこに「良し悪し」があるわけではない。<br><br>キーワード：パリメトロ、13号線、セーヌ・サン・ドニ県、サン・ドニ大聖堂、植民地]]></content:encoded>
    <dc:subject>5000夜（文章ノート）</dc:subject>
    <dc:date>2017-08-29T23:41:59+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
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    <title>第4985スシ（外交史料館と戦争省）</title>
    <description>夏季休暇中に在外研究に来ているとある研究者と連れだって郊外の外交史料館と言うところへ行き、百年程前の古い史料を山ほど手繰って写真に収めてきた。その数およそ千枚ほど。これをまだ数日間は繰り返すので、総数は数千枚になるのだろうと思う。手書きの史料なので非常に読みづらい上に、写真を撮りながらなので今のところは大雑把なことしかわからないけれど、それでも興味深いものが散見される。中でもその名もズバリ、「戦争</description>
    <content:encoded><![CDATA[夏季休暇中に在外研究に来ているとある研究者と連れだって郊外の外交史料館と言うところへ行き、百年程前の古い史料を山ほど手繰って写真に収めてきた。その数およそ千枚ほど。これをまだ数日間は繰り返すので、総数は数千枚になるのだろうと思う。手書きの史料なので非常に読みづらい上に、写真を撮りながらなので今のところは大雑把なことしかわからないけれど、それでも興味深いものが散見される。中でもその名もズバリ、「戦争省（ministère de la Guerre）」の文書が目を惹く。その他にも海軍・植民地省（ministère de la Marine et des Colonies）なんてのもあった。よく考えてみれば、今では防衛省等と名称を変えて存在するのだから別段驚くに値しない。それでもこの名称はそれなりに胸を打つ。軽く衝撃を受けたと言っても過言ではない。<br><br>外交文書だから、手書きにしても美しく体裁の整ったものが多く、こんな字を書くことが「教養」でまた「外交力」でもあったことを思うと興味深い。飾り字の凝った印なども見る目で見れば佳いもので、戦争（Guerre）の文字が美しい。しかしそうでなければ、例えば「せんそうだいじん」等と子供に書かせれば、それはまさしく本質を炙り出すようにも思われる。つまり、美しく格式ばった書体を用いなければ、その程度のものという事ではないだろうか。逆に言えば、そのような形で正統性を粉飾さえすれば、それが十二分に通った子供っぽい時代であったと言う事ができるだろう。<br><br>（同様に今の私達も、世紀を経て後世から見れば子供っぽいと言われることだろう。そしてそれはそうあるべきだ。）<br><br>ところで、昼食の際に各地の日本食の話題などに及んだのだけれど、ロンドンにてスシを食したところ、それは不味くよろしくなかったのことだった。私もこちらに来た当初は、日本食レストランの多さにまずは驚き、そして嬉しく感じ、後に質の悪さに憤り、と一通り経験してきた後に思うのだが、論点は二つある。<br><br>1.　もしプロモーションの事を思うならば、なによりこの数の多さによってまずは大いに担保されるものがあることを忘れてはいけない。つまり、仮に不味いレストランにあたったとしても、今の欧州の人達はもはや「スシが不味い」等とは思わず、このレストランは外れだった、と普通に思うだけだろう。ならばどんどん増え続ける「日本食」レストラン（多くは「スシ」と「マキ」と焼き鳥）、宣伝に大いに役立ってくれるのをありがたく思いこそすれ、無暗に批判するにはあたらない。伝統を重んじる〇〇と言う名の老舗の看板を揚げる、ということでもない限り、小うるさく言うことでもない。不味いピザにあたったからと言って、イタリア人の食生活を疑う人はいないだろう。<br><br>2.　二つ目はもう少し根源的なことだ。スシは別に私の持ち物ではない。ならばなぜ、盗まれたように感じるのだろうか。その理由はなんだろう。文化とは互いにコピーしながら発展し高めあうものだと当たり前のことをあえて言わねばならない程の、近世以降、我々の盗り盗られ合戦の激化が原因のひとつかも知れない。確かに盗まれたと思うなら守らねばならない、金が絡むなら猶更のことだ。<br><br>それで、直接の所有物でもなんでもない食文化に目くじらを立てるのは、国際社会における存在感のリソースの少なさが遠因の一かとも思う。正確に言うならば、少なく思ってる、ということだろう。少なくある誇れるもののうち、ひとつが、中でも大物がパクられても困るのだ。そういう思いではないだろうか。<br>そもそも島の中にいる人達の多くは、外の世界に等それ程興味もないのだ。それがある時、スシが流行ってるらしいと聞く。それも別の人達がコピーして売り出してるらしいと聞く。そこで慌てて保存し、保護しなければならないと叫ぶ。<br><br>もちろん保護するものはそれが出来る場においてすれば良い。個々の商店や会社の範囲でレシピを守ると言うならば、現行の社会の通念からも妥当なことだと思う。しかし、人類としては分かち与え合わなければならないものも、それは確実に存在する。資源がそうだし、文化だってそうだろう。一幅の絵は博物館で保護しておけばいいが、コピーは誰でも目にできるほうが良い。そうでなければ、せんそうだ。<br><br>私達が誇れるものとは（あるとすれば）人間性や優しさと言ったもの以外にない。寛容性も大事なことだ。持ってるおもちゃを分け与えられない子供から、成長すれば誰でも少しは大人にはなるものだ。少なくともそう思いたい。とりわけ終戦記念日には。<br><br>キーワード：外交史料館、戦争省、スシ、食文化、資源、共有、囲い込み、寛容性]]></content:encoded>
    <dc:subject>5000夜（文章ノート）</dc:subject>
    <dc:date>2017-08-15T23:04:48+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
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    <title>第4986猫（人間の進歩と猫は世界を救うか）</title>
    <description>ところで私は、猫が好きで猫が嫌いだ。論理が破綻しているようだからもう一度書くけれど、猫が好きででも嫌いだ。正確に言えば、猫は当然かわいいけれど、愛玩動物という存在自体に時にやるせない気持ちになる。これがもし、自らの意志で自分で選んで得たものならば、特になにも思わない可能性は高いだろう。古今東西を問わず多くの芸術家・文人等がしてきたように、大層かわいがることだと思う。谷崎・漱石は言うに及ばず、今なら</description>
    <content:encoded><![CDATA[ところで私は、猫が好きで猫が嫌いだ。論理が破綻しているようだからもう一度書くけれど、猫が好きででも嫌いだ。正確に言えば、猫は当然かわいいけれど、愛玩動物という存在自体に時にやるせない気持ちになる。これがもし、自らの意志で自分で選んで得たものならば、特になにも思わない可能性は高いだろう。古今東西を問わず多くの芸術家・文人等がしてきたように、大層かわいがることだと思う。谷崎・漱石は言うに及ばず、今なら村上春樹、古くはユーゴーやヘミングウェイ、皆猫が好きだ。自由気ままに生きているように見えるし、エレガントで何より美しい。<br><br>ところが連れがもともと持っていた猫ならどうだろう（良くあるパターンだ、独身の女性は猫を飼うものだ）。もちろん男女が逆でもいいし、同性同士だって構わないのだが、いずれにしても猫がついてくる場合だ。その際は、私達の間柄の関係の変化にしたがって、受容の感じも異なってくる。初めはもちろん文句なんか言わない。むしろ、まあかわいい猫ですね、と賞賛を送るのが筋だろう。猫は犬よりは手がかからず、それほど邪魔になるものでもなく、ここは猫好きを訴えた方が今後のためにもなにかと得策だ。たとえアレルギーがあって一年のうち一月ほどは喘息気味であったとしても、そんなことは大したことではない。少なくとも、そういう素振りを見せずには折角の縁も台無しになってしまう。<br><br>ただ、慣れてくればそれも煩わしく感じることもあるだろう。なにしろ奴らは何もしない。日がな寝てるだけで愛情をたっぷり受けるのだから、時に嫉妬を感じることさえある。もっとも私はトイレ掃除なんかは一切しないし、餌を時折買うだけなのだが、それでも面倒な時もある。最悪なのは旅行などに出る時で、その度に誰に預けるやら餌や寝床を運びこむとか（爪研ぎまで！）いちいち大事だ。どうして自分の身一つで身軽に旅立てないのだろう？自由とは何か？<br><br>そうでなくとも「動物愛護」などを声高に叫ばれると、どの口で言うのだろうと思う。どうしてそこに依怙贔屓があるのか。そもそも彼らが独りで生きる道を絶ったうえでかわいがるって何だろう。去勢をし、いつまでも子猫のままでそれは確かにかわいいだろう。そうしなければ彼らはその本能により辛い思いをするのだろうし。いずれにしても家猫はもう野生には戻らない。ペット産業は産業として成り立つのが現代で、それに人間と家畜との関係のその歴史は長いのだ。動物好きに悪い人はいないなんて聞くと悪い冗談だと吹き出してしまうが、ならば、少なくともその身勝手さをわかって引き受けて欲しいと思う。つまり、私は生きてるぬいぐるみが欲しいのだと、生きてるおもちゃが欲しいのだと白状すれば良い。おもちゃだけれど、生き物だからその分大事にはします、と言うのなら聞く耳も持てると言うものだ。家族の一員だなんだと下手な言い訳をするよりむしろ立派だと思う。<br><br>ただ思う。私達人間はそもそも自然な存在ではない。少なくとも田畑を耕し始めて以来、私達は決して自然に生きているわけではない。時折ルソーのように、自然に帰りたい人達とはいつでもいるけれど、裏をかえせばそれは私達の存在が自然ではないことを示している。社会の善悪、大きな格差と不平等、それらすべては私達の私達性にあるのであって、またそれは弱者や病人を助ける「自然ではない」一面もあわせもってる。そう考えれば、「不自然な猫」の存在など取るに足りないのかも知れない。<br><br>そうでなければ、狩猟採集生活に戻るしかないので、大掛かりな社会保障や病院はなりたたない。それで、それでも戻りたいと思うことがあるだろうか。ハンターは厳しくも美しい存在かも知れないが、よそに農耕の民がいれば確実に負けてしまう。弓が実は鋤や鎌に敵わないのは歴史が証明してる。アイヌやネイティブアメリカンの例を持ちだすまでもなく、狩猟採集民は農耕民族には獰猛さもカロリーも負けているのだ。<br><br>そしてそんな私達の不自然さも、長い目で見ればもしかすると自然の一部なのかも知れない。なるべくして進化したのだから。それでいずれ人工知能が登場して、仮に我々が淘汰される等ということがあったとしても、それもなるべくしてなるだけのことなのかも知れないとは思う。あるいは猫のように生き延びる手もあるのか。ならば、今のうちに学んでおくのも良いのかも知れない。爪研ぎはほどほどにして、あとは大人しくしていようか。もっとも、身なりには相当気を付けなければならないだろうが。<br><br>キーワード：猫、動物愛護、狩猟採集、農耕、ルソー、retour à la nature、AI、ペット産業、愛玩動物。]]></content:encoded>
    <dc:subject>5000夜（文章ノート）</dc:subject>
    <dc:date>2017-08-09T20:38:08+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
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    <title>第二五六稿（GSX-R1100あれこれ2017年前半）</title>
    <description>相変わらず赤いペンキが見つからないので（あるいは予算があまりないので）、その意味ではただただ放置になっている2017年夏の私のマシンですが他に車両もないので日常的にちょこちょことは走ってます。主に買い物マシンとなり、郵便局に行ったりジャガイモを積んだり、あるいは孫の顔を見に二人乗りででかけたり、とても耐久レーサー由来のものとも思えませんが、幸い近所には高速道路が何種類もあるので、レーダーのない場所を選</description>
    <content:encoded><![CDATA[相変わらず赤いペンキが見つからないので（あるいは予算があまりないので）、<br>その意味ではただただ放置になっている2017年夏の私のマシンですが<br>他に車両もないので日常的にちょこちょことは走ってます。<br><br>主に買い物マシンとなり、郵便局に行ったりジャガイモを積んだり、<br>あるいは孫の顔を見に二人乗りででかけたり、<br><br><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170616_170445.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170616_170445s.jpg" alt="r-20170616_170445.jpg" height="150" width="200" border="0" /></a><br><br>とても耐久レーサー由来のものとも思えませんが、<br>幸い近所には高速道路が何種類もあるので、レーダーのない場所を選んで<br>加速したりはしている。<br>日曜日にはちょっと郊外へ行ったり。<br><br><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170806_163642.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170806_163642s.jpg" alt="r-20170806_163642.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><br><br><span style="color:#0000FF">八月のこの時期、首都近郊はすいてる。<br>（今のうちに）ガソリンを消費するには良い。</span><br><br>買い物用にはビッグスクーターが欲しい等と独り言ちながらも<br>一台しかない、という状況自体にはそれなりに満足してる。<br>たくさんいると手が回らないからです。<br>もちろん物理的・精神的に回るならば、それも楽しかろうと思うところ。<br><br>ここ数か月であった事件とも言えない細かいこと：<ol><li>油温計が突然不動に。ヒューズが飛んでいた。（6月）</li><li>ついでにレデューサーを4年ごしに分解し、状態確認と清掃。</li><li>電動HVLPで塗装。（6、7月）</li><li>ヘッドライトのバルブ切れ。イエローの方が飛んだ。（8月）</li></ol><br><strong>1.　油温計配線引き直し。</strong><br>油温計はこの冬（2017）に針の振れを<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-288.html" title="第252稿">シリコンオイル注入により直した</a>ばかりだったので<br>またか！と軽くショックを受けましたが結果としては配線の取り回しを変更しただけで直ってしまった。<br><br><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170607_110121s.jpg" alt="r-20170607_110121.jpg" height="150" width="200" border="0" /><br><br><span style="color:#0000FF">それでも最初はわからずまたバラしたり。<br>つい疑いますが、結局メーター自体はそう壊れたりしないらしい。<br>また無駄に開けてしまった。</span><br><br><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170606_144925.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170606_144925s.jpg" alt="r-20170606_144925.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170606_145017.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170606_145017s.jpg" alt="r-20170606_145017.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><br><br><span style="color:#0000FF">当初なかなか原因が特定できず、マルチメーターも久しぶりに使うと配線の仕方さえ忘れてる。<br>写真ではそもそもレンジが合ってません。かつ、うっかりメーター中のヒューズも飛ばしてしまった。<br>電気は難しい。火災に注意。</span><br><br>イグニッションをONにするだけで何度もヒューズが飛んでたので<br>どこかでショートしてたのだろう、と考えるのが筋ですが<br>一部外して見れば配線自体にダメージもなさそうで、したがって交換もしなかった。<br>（特にメーター裏、ハーネステープで保護してる個所は、それを解くのも面倒だった。）<br>そのかわり、<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-220.html" title="第198稿">油温センサーからの配線がエキパイに近くあやしかった</a>ので、キャブ側から回すことに。<br><br>そこが原因だったのか全然わかりませんが、配置換え以降2か月間、まったく問題なく動いてる。<br>針の踊りの方も完治した模様。<br>ヒューズ飛びの原因がはっきりせずすっきりとはしませんが、まあ良いでしょう。<br>配線自体も熱的に安心です。<br><br><strong>2.　レデューサー掃除。</strong><br>設置したのが2013年で、それ以来初めて開けます。4年放置！<br><br><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170607_115416.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170607_115416s.jpg" alt="r-20170607_115416.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170607_115555.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170607_115555s.jpg" alt="r-20170607_115555.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><br><br>意外とキレイ（？）で拍子抜けしました。<br>若干乳化してますが、ドロドロで詰まるなんて状況ではなかった。<br>腐食なども一切なし。<br>リードの具合も良好だし、Oリングもまだまだ柔軟。<br><br>レデューサーの効果については今更私が言うまでもないと思います。<br>良いモノだと思います。<br><br><strong>3.　電動HVLPで塗装。</strong><br>赤が合わず、二回塗りました。<br><br><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170609_164615.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170609_164615s.jpg" alt="r-20170609_164615.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170709_181945.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170709_181945s.jpg" alt="r-20170709_181945.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><br><br>そして二度目もまた合わず。<br>今度は車用の塗装屋さんに依頼したのに、それでも合わない。切ないです。<br>ちなみに左一度目はビニールヒープでマスキング、右二度目は紙のマスキングテープ。<br>どちらも塗ったままの状態。<br><br><a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-297.html" title="第254稿">以前も書きました</a>が激安の電動HVLP、結構使えますが<br><br><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170709_182150.jpg" alt="r-20170709_182150.jpg" height="240" width="320" border="0" /><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170709_182228.jpg" alt="r-20170709_182228.jpg" height="240" width="320" border="0" /><br><br><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170709_182323.jpg" alt="r-20170709_182323.jpg" height="240" width="320" border="0" /><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170709_182549.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170709_182549s.jpg" alt="r-20170709_182549.jpg" height="240" width="320" border="0" /></a><br><span style="color:#0000FF"><br>漏斗状の容器で粘度を調整する。これに塗料と溶剤だけあれば塗れます。<br>タンクの中の様子。一応参考までに各諸元（拡大します）。</span><br><br>それなりにネガもあります。<ol><li>霧が荒い。</li><li>ので塗料を結果沢山消費する。周囲の養生必須です。</li><li>ので通常のマスキングテープでははみ出ました。（ビニールテープなら大丈夫だった。）</li><li>薄めに溶けばゆず肌も大したことはない。いずれにしても磨き前提です。</li><li>タンク内で塗料が減っているのに気付かず空気を巻き込むと、酷いムラになります。</li></ol>いずれにしても缶スプレーの方が手軽でかつ綺麗に塗れます。<br>コンプレッサーがあればもちろんガンの方が良いでしょう。<br><br><strong>4.　バルブ交換。</strong><br>薄ら暗いヘッドライトをなんとかましにすべく<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-category-29.html" title="カテゴリー：LED">LED化</a>したのが2014年末、<br>アリババ超特急購入の格安LED/H4ですが、2年半経った今でも全く問題なく輝いてます。<br>電動ファンも含め意外と壊れないので満足です。<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-263.html" title="第233稿">夜もまずまず明るい</a>。<br><br>今回切れたのは<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-96.html" title="第93稿">ハロゲンのイエローバルブ</a>です。<br>いわゆるハイワッテージタイプと言うのか、消費電力の割には明るいと謳われている。<br>100/90W相当との表記あり。<br>事実、結構明るかったと思います。<br><br><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170806_180011.jpg" alt="r-20170806_180011.jpg" height="240" width="320" border="0" /><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170806_180643.jpg" alt="r-20170806_180643.jpg" height="240" width="320" border="0" /><br><br>実際はもっとレモンイエローに近い。<br><br>片目ハロゲンにしたのは、Hi/Lowの切り替えがLEDだけだと心許なかったからです。<br>（あと、耐久風に色違いにしたいというのもある。<br>幸いこちらでは今のところ車検もないし、ポリスもスルーです。これが問題になることはありません。）<br><br>高価な品でもないですし、また私は信号待ちで消す癖があるのでハロゲンのハイワッテージなら<br>2年半もてばまあ良いかな、という感じです。<br>ただ出先で切れることを思うとそれはよろしくないですね。<br>幸いLED側は無事、かつ昼間だったので恙はなし。ハロゲンは交換も楽です。<br><br>二灯に別のシステムを構築するのもリスクヘッジとして一手かなと思います。<br><br><a href="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170806_164544.jpg" data-lightbox="_blan"><img src="http://blog-imgs-114.fc2.com/h/i/t/hitohai/r-20170806_164544s.jpg" alt="r-20170806_164544.jpg" height="300" width="400" border="0" /></a><br><br>その他、<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-254.html" title="第227稿">以前蛇行について書いたもの</a>を回収してなかったので追記すると、<br>タイヤの圧を変えて色々試してみたけれど、結局良くわからなくなってしまった。<br>タイヤの個体差、当たりはずれ程度のことかと想像はするけれど不明です。ただ今の所大きな問題はでていません。<br><br>カウルの塗装が無事に済めば、少し遠出をしたい。<br>ただし、いつになるのかがわからない。]]></content:encoded>
    <dc:subject>一般整備</dc:subject>
    <dc:date>2017-08-09T05:43:53+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
    <dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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    <title>第4987色（土地の感じと彼の地の感じ）</title>
    <description>土地の感じと言うが、此の地と彼の地は違うだろうと言う人々は（それも数多く）いるだろう。私もそれはそう思う。それは違うのだ。土の色が異なるし、木々の緑も違う。私達は伝統的に淡い色調を好むけれど、それでは物足りぬという人々は確かに存在する。私は淡い色が好きだ。日本画の岩絵の具の色が好きだ。桜貝の淡い色味は、決して成就し得なかった若き日の恋物語などを重ねてみればそのまま涙を誘う程だ。青とも碧とも分かち難</description>
    <content:encoded><![CDATA[土地の感じと言うが、此の地と彼の地は違うだろうと言う人々は（それも数多く）いるだろう。私もそれはそう思う。それは違うのだ。土の色が異なるし、木々の緑も違う。私達は伝統的に淡い色調を好むけれど、それでは物足りぬという人々は確かに存在する。<br><br>私は淡い色が好きだ。日本画の岩絵の具の色が好きだ。桜貝の淡い色味は、決して成就し得なかった若き日の恋物語などを重ねてみればそのまま涙を誘う程だ。青とも碧とも分かち難い浅葱の色をした涼やかな色調は、夏の日の想い出であり七月の夕べには入道雲がいずる。蚊遣りの豚に線香を入れねばならないが、それでなくば蚊帳を吊り、日が落ちてからは線香花火をするのも一興だ。若き頃は友や恋人と、老いてのちは孫とでもするが良い。<br><br>それらを否定することは我を失うことではないか。我彼を区別しないということは、誰でもないと言う事にしかならない。誰でもなくなることを屈託なく受け入れられる人などそうはいなかろう。<br><br>そのならいで言わば日の丸は清かで美しく、あの全き単純性には感服さえする。君が代の重厚さと荘厳さとはどうだろう。巷によくある軍歌由来の軽薄さ等問題にならないではないか。<br><br>しかし。<br><br>（深く比べもせずに）日本<strong>が</strong>好きだと（特に大声で）言う人達には言問いてみたい。例えばアフリカは暑く土は赤く緑も濃い。インフラが整っていないから町はゴミだらけで水はけも悪い。安い米の導入でカロリーは摂れるようになってきたから食べられるが、味付けは化学調味料で（マギーブイヨンの類）濃いものの繊細なものではない。肉や魚は高いから、ときに蛋白源として芋虫を食す。それで？何か問題が？<br><br>彼らが国を離れたとして、それらすべてを懐かしく思い出さないなんてことがあるだろうか。具体的な現実問題は勿論ある。つまりどこにでもあるように。そうでなければ、風の匂いや土の感覚を懐かしく思い出さないなんてことがあるだろうか。母の言葉を思い出さぬなんてことがあるだろうか。幼少の頃より慣れ親しんだ味がたとえマギーの味であっても（それ自体は別の問題として論じて然るべきかも知れないが）、それを懐かしく思わないなんてことがあるだろうか。緑濃き暮れなずむ赤土のサッカーグラウンドで、泥だらけになりながら球が見えなくなるまで遊んでいたことを思わぬなんてことがあるだろうか。<br><br>ところで多くの留学生を見ていて気付くことは、到着した当初では「私の国ではこうするのに」と言う人の多いことだ。確かに良し悪しはどこにでもあるが、多くの場合それは其の人自身の現地社会への適応の難しさに由来しているのも明らかだ。言葉の不自由さが壁を分厚くする。中にはとりわけ出来る例外的な人もいて、見ていれば友人も多く発言力もあり、より自由なのがわかる。闇雲な批判は影をひそめ、もう少し公正な視点を持つようにもなる。私達のコミュニケーションは（今のところは）言葉を媒介にせざるを得ないので、その能力の多寡によってヒエラルキーが生じてしまうと言っても良い位だ。これはこれとして具体的な問題として対処するしかない。<br><br>そのようにして考えてみると、我々は同じようで異なり（とりわけ言葉が）、また違うようで同じと言うしかないのかも知れない。そしてそのどちらに重きを置くのかは（あくまで流動する）視点による。私とあなたは違うけれども、私とあなたは同じですと言うのは決して矛盾ではない。<br><br><span style="color:#0000FF">追記（2017/08/03）：「アフリカ」とひとまとめにし過ぎたきらいあり。反省。具体的には西アフリカのセネガルやブルキナファソの郊外あたりをイメージしていた。</span><br><br>キーワード：言語教育、アシミレーション、インテグレーション、同化政策（の是非）、バベルの塔。]]></content:encoded>
    <dc:subject>5000夜（文章ノート）</dc:subject>
    <dc:date>2017-08-02T20:04:10+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
    <dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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    <title>第4988地中海（土地の感じとスナフキン的所有）</title>
    <description>「土地の感じと血縁と地縁」についてまだ結論を書いてなかった。ひとつには単純な結論なんかない、ということ。二つには、当初の予定では、勿論、血にこだわるよりは地の繋がりが人類にとって重要なオルタナティブではないか、と着地するつもりだったのに、書いているうちに結局は同じことではないかと思われてきたからだ。そもそもこれらの語は日常で使うような語と言うよりは、例えば共和国的精神において誰に国籍を与えるのか、</description>
    <content:encoded><![CDATA[「<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-292.html" title="第4993日の丸">土地の感じ</a>と<a href="http://hitohai.blog.fc2.com/blog-entry-293.html" title="第4992自己批判">血縁と地縁</a>」についてまだ結論を書いてなかった。ひとつには単純な結論なんかない、ということ。二つには、当初の予定では、勿論、血にこだわるよりは地の繋がりが人類にとって重要なオルタナティブではないか、と着地するつもりだったのに、書いているうちに結局は同じことではないかと思われてきたからだ。<br><br>そもそもこれらの語は日常で使うような語と言うよりは、例えば共和国的精神において誰に国籍を与えるのか、という意味において対比される概念だ。血統主義と出生地主義と言い換えても良い。平たく言えば、日本で生まれただけでは日本国籍を得ないのに対して、その地で生まれれば籍を与える国がある。だから、そのような意味合いにおいて議論する限りでは確かに俎上に載せるべきものだ。現実問題として決めねばならない。<br><br>ただ、人とは家族が大事で、そして次に隣人でとくるのは至極当たり前のことだ。いかに現在の世がグローバル化しつつあると言っても、生活の基盤が地域地域にあることにはほぼ変わりがない。交通手段の進化によって、その地域とは地理的にかなり拡大し程度こそ違えども、その原理には変わることがないだろう。さて、それをどの辺で区切り、どの程度まで混じらわせるのか。今や各地との交易なしには私達の世界は成り立たない。成り立たないが、それでも私達は知らず分断されている。あるいは自ら嬉々として独立を謳う。<br><br>先日、アフリカからのボート難民を押しとどめるべく、クラウドファンディングで船を仕立てて活動する欧州の若者たちのニュースを目にした。私も静かな住宅地にガヤガヤとよそ者に来て欲しいとは思わない。何と言ってもうるさいのは嫌いなのだ。それで当世風にネットで資金を募り、そんな活動を起こすなんて、なかなか現代的でもあるしそれになんて家族思いなんだろう。素晴らしい地域社会を作って、あるいは受け継ぎ、そして守る。立派なことだ。難民にとってさえ、危険な渡航をはなから諦めさせることができるなら、それも安全だ。<br><br>問題は、ひきつった冷笑を頬に貼り付かせずにそれを言えぬ私にあるのか。それとも地中海が悪いのか。海は確かに悪いだろう。イルカに乗った少年も所詮は金の塊に過ぎず、ツバメの力を借りずには自らを分け与えることなどできはしない。仮にできたところで、なにもかもが足りないだろう。冬は寒く、渡りの鳥は死んでしまう。ならばいっそ鋳つぶして無に帰させるか。おとぎ話と違うのは、そこに別に救いなんかないことだ。<br><br>とはいえ、少し希望を持つようにしようか。<br>宇宙に行こうとするのは良いことだろう。火星人がいたら是非家族になりたいと思う。これは決して冗談ではなく、私達には恐らくそんな「方向」しかない、ということだ。幸い、科学技術は進むしかない。いずれ本当にそんな日がくるだろう。技術の進歩は僅かずつでも私達を救うはずだ。<br>技術以外はどうだろう。私達の心はどうだろう。そんな曖昧な「方向」を、匂いと味のあるものに変えるのが「土地の感じ」だ。行って直に手にその地の赤い砂に触れてみるしかないだろう。<br><br>キーワード：血統主義、出生地主義、オスカー・ワイルド、ハッピープリンス、島の女、ジュリー・ロンドン、火星協会。<br>]]></content:encoded>
    <dc:subject>5000夜（文章ノート）</dc:subject>
    <dc:date>2017-08-02T02:53:42+09:00</dc:date>
    <dc:creator>車輪之上</dc:creator>
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