<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:blogger='http://schemas.google.com/blogger/2008' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd="http://schemas.google.com/g/2005" xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616</id><updated>2026-02-16T18:40:32.477+09:00</updated><category term="社会"/><category term="政治"/><category term="歴史"/><category term="スポーツ"/><category term="原発"/><category term="戦争"/><category term="自転車"/><category term="音楽"/><category term="ホーム"/><title type='text'>にっぽんの旧聞</title><subtitle type='html'>昔のお話を掘り起こす歴史ブログです。こども向けに書くつもりです。今を、未来をみんなで考えるきっかけになればいいな。原則として故人の敬称は省きます。</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='https://www.history-japan.info/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><link rel='next' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default?start-index=26&amp;max-results=25'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>77</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>25</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-4876110450989644475</id><published>2014-06-29T12:24:00.000+09:00</published><updated>2014-06-29T12:40:01.708+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="社会"/><title type='text'>関東大震災と情報の選択</title><content type='html'>関東大震災を東京で経験した漫画記者の太田政之助が、震災後わずかな期間をおいて出版したペン画集「避難から帰還迄（まで）」は、その画力も素晴らしいのですが、震災の現場体験コラムが貴重な一冊です。独立行政法人&lt;a href=&quot;http://dil.bosai.go.jp/disaster/1923kantoeq/penga.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;「防災科学技術研究所」のウェブサイト&lt;/a&gt;にPDF形式で公開されているから、みんなもぜひ読んでみてね。&lt;br /&gt;
歴史、防災の両面からとても興味深い史料ですが、作中太田が驚いたのが朝鮮人暴動のデマが広がるその早さ。震災直後から、在日朝鮮人たちの中に爆弾を爆発させたり井戸に毒を入れたりするテロ集団が現れたとのうわさが流れました。これがあっという間に全国規模で広がって、「自警団」と称する民間人が、被災地の朝鮮人や朝鮮人だと間違えられた人たちを虐殺したという事件がありました。&lt;br /&gt;
太田の本にも、上野東照宮前交番広場で警察官が自警団からおびただしい数の鉄棒、竹やり、日本刀などを没収している絵が掲載されていて、当時の殺伐とした空気が伝わってきます。&lt;br /&gt;
震災発生２日後の1923年９月３日大阪朝日新聞号外に「目黒と工廠の火薬爆発」という記事が載ります。東京朝日新聞の早川社員が、甲府からの特電として書いた記事を引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝鮮人の暴徒が起こって横浜、神奈川を経て八王子に向かって盛んに火を放ちつつあるのを見た。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴徒化した朝鮮人グループが放火を繰り返しているのを朝日の社員が「見た」と言っています。横浜から八王子への広域テロだとすれば、相当な人数のはず。事実なら記録に残っていものですが、信用できる史料はあるのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;続いて1923年９月４日同夕刊「各地でも警戒されたし　警保局から各所へ無電」から引用します。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;神戸に於ける（おける）某無線電信で３日傍受したところによると、内務相警保局では朝鮮総督府、呉、佐世保両鎮守府並（ならび）に舞鶴要港部司令官宛にて目下東京市内に於ける大混乱状態に付け込み、不逞（ふてい）鮮人の一部は随所に蜂起せんとの模様あり。中には爆弾を持って市内を密行し、又石油缶を持ち運び混雑に紛れて大建築物に放火せんとするの模様あり。東京市内に於て（ママ）は極力警戒中であるが各地に於ても厳戒せられたしとあった。（引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;当時無電を使える人や組織は限られているので、いたずらだとは考えにくい。本当に内務省が打電したのか、センセーショナリズムに染まった朝日新聞がねつ造したか。前者であれば未確認情報を民間の傍受可能な形で通知したのは軽挙のそしりは免れません。後者なら間接的に大勢の人命を奪った罪は言語道断。甲府の一件があるので、疑いが残ります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;報道を控える選択肢もありました。各地から救援物資や人の流入があったことを思えば、&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;確認作業を怠り結果を考えなかった朝日新聞の報道姿勢が、デマの拡大に加担したのは間違いないところでしょう。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;マスコミが暴走したら個人の人権など簡単にじゅうりんされるのは、ちょうど20年前に起きた松本サリン事件で、無実の第一通報者が犯人扱いを受けた一件でも明らかです。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;現在の日本は言論の自由が保障されています。ネットも含めいろんな情報や意見があふれてます。何でも鵜呑みにしないで、どれが正しいのか取捨選択できる大人になろうね。おじさんら大人にも言えることです。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/4876110450989644475'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/4876110450989644475'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_29.html' title='関東大震災と情報の選択'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-3751841330326158309</id><published>2014-06-28T18:25:00.001+09:00</published><updated>2014-06-28T18:25:53.314+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="社会"/><title type='text'>東映悪役ライムライト（２）</title><content type='html'>&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_28.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;前項からの続き&lt;/a&gt;です。&lt;br /&gt;
話は悪役連の私生活に及びます。続きを引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遠藤（&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;太津朗）&lt;/span&gt;さんはゴルフ、マージャンなど、遊びには一切手を出さない。汐路さんの趣味も日曜大工と家庭菜園だ。一時、剣会にいた小田部通麿さん（59）は、金閣寺近くの寺の住職。ネコ21匹、イヌ３匹と住む。「迷い込んだのに食べ物をやってたらふえましてね」（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小田部通麿も名脇役でした。おじさんが思い出すのは、こども向けの特撮テレビドラマ「仮面の忍者赤影」での大げさな悪役演技です。時代劇なのに「ファイアー！」なんて叫ぶ姿に、どんな役であってもつめ跡を残してやろうという端役役者の根性を、今では感じることができます。続きを引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
福本さんは子どもの学校に出す書類の職業欄は「俳優」とせず、「会社員」にする。「名前も売れてないし、悪役だし……」。長女は幼稚園のとき、テレビをみて「お父さん死んじゃった」と泣いた。汐路さんの長男も、小学生のとき「お前のオヤジはワルだ」といじめられた。取材した悪役たちの子で、父のあとを継いだ人はいない。&lt;br /&gt;
57歳、「階段落ちの汐路」はまだ、孫の清宣ちゃん（３）を抱いたことがない。「目じりを下げ、甘い顔をして悪役が務まるかい」。近づくとギョロリと大目玉をむく。&lt;br /&gt;
「無理しちゃって。いつになったら抱いてやれるんでしょう」。妻の志げ子さん（52）は、毎朝夫の背中をポリポリとかく。あの階段落ちで受けた背中の傷が、直径15センチほどの大きなアザで残り、いまも朝になるとうずくのだ。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
汐路章、遠藤太津朗、小田部通麿。皆すでに亡く、東映時代劇悪役の矜恃を守る福本清三さんには、いつまでも元気で、彼らの意地とプロ根性を引き続き見せ続けていただきたいものです。&lt;br /&gt;
しつこいようですが、自らの芸能を見せてお金を稼ぐのが芸能人です。日陰であったかもしれませんが、彼らの芸能は死に絶えてしまったのでしょうか？</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3751841330326158309'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3751841330326158309'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_8773.html' title='東映悪役ライムライト（２）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-6648766558026545591</id><published>2014-06-28T16:43:00.002+09:00</published><updated>2014-06-29T09:11:56.724+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="社会"/><title type='text'>東映悪役ライムライト（１）</title><content type='html'>役名もセリフもない時代劇の斬られ役に生涯を捧げてきた俳優福本清三さんが、なんと主役を務める劇映画「太秦ライムライト」が劇場公開されました。おじさんが住んでる地域でもやってくれないかな。&lt;br /&gt;
今日は、1980年代半ば、時代劇が斜陽に向かう中、斬られ斬られて死にゆく日々を過ごした東映の悪役役者たちの人生を紹介します。40代前半だった福本さんも顔を出します。1985年５月24日の朝日新聞「切られ役の人生行進曲」（遠山彰編集委員）から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１日に何十回と殴られ、切られ、殺される。もうヘトヘトだ。大部屋俳優たちは、最後に落とされた穴の中で、死んだように動かない。そんなとき、再び穴をよじ登り、目をカッと見開いて「助けてくれぇー！」と叫んだのが汐路章さんである。&lt;br /&gt;
「台本にはないけど、認められるためには目立たなきゃならん。なんとか、この境遇からはいあがってやろうと……」。昭和30年代、東映京都撮影所では「階段落ちの汐路」で通った。あの「蒲田行進曲」の“やっさん”のモデルといわれる。&lt;br /&gt;
「13段の１段１段が高く、一番下は硬いセメント。こわかった。死ぬんじゃないかと。だが、長男が生まれたばかりで食うや食わず、カネが欲しかった。思わず『カアちゃん、さよなら』と手をあわせました」&lt;br /&gt;
特別手当は１万円でた。月に100時間の超過勤務をこなし、寝る間も惜しんだ稼ぎより多かった。「毛布と柱時計を買って帰りました。当時、貴重品の毛布はもちろん、時計１つ無かったのです」。柱時計は30年近くたったいまも動いている。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
汐路章。ものすごい悪相とダミ声が印象的でした。ヤクザの親分なんかやらせると最高。確かに主役に斬られても柱や障子に寄りかかってみせて、一撃では殺されない往生際の悪さが記憶に残ってるなあ。凶相から飛び出すユーモラスなセリフ回しが素敵な人でした。続きを引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「切ってもらえる人はまだいい。私なんか死体専門。先輩が切られると、代わりに倒れてる。先輩は服を替えてまた切られる。私はあっちに倒れ、こっちに倒れ……。まともに切ってもらえるようになるのに10年かかった」というのは剣会の福本清三会長（43）。切られ役とタテ師でつくっている会で、ひところは100人が道場で腕をみがいた。斜陽のいま、俳優は16人しか残っていない。&lt;br /&gt;
「体は傷だらけ。でも、どんなに痛くても平気な顔をしてる。入院騒ぎを起こせば“あいつはけがに弱い”と使ってもらえなくなります。私ら、スターさんとは違うんです」。他人のことは必ず「さん」付けで呼ぶ。固定給月７万5000円、日当１本6000円。１年契約だ。古株でも年間400万円がやっと。子供２人、ローンを払うため、同居の母も妻も働きに出る。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
福本さん登場。当時は斬られ役の中堅どころですね。このころはまだ古株じゃないから、大けがするような危険な仕事して年収400万円に届きません。決してもうからないのに、上手に斬られるための研究会まで主宰するプロ根性に頭が下がります。許すお母さんと奥さんもえらいね。続きを引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
悪役の大物に遠藤太津朗さん（57）がいる。「必ず最後には切られるが、それまでは行動力があり、自信に満ちあふれている。内気な私と正反対の役なので楽しかった。しかし、もう終わりですな。いまの世の中、本当のワルがごろごろしている。私どもが演じるワルなんて……」（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遠藤太津朗は、おじさんの世代ならテレビドラマ「銭形平次」の岡っ引き万七の印象が強い。他にも悪代官（主に川合伸旺）にワイロを贈って悪事を働く商人「越後屋」役なんかが強烈でした。&lt;br /&gt;
芸能人とは本来、自分の芸能を売る人です。この記事に出てくる福本さんをはじめとして、代えの利かない人ばかりでした。みんなはテレビに出ている人が芸能人だと思わないでね。&lt;br /&gt;
この項、続きます。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/6648766558026545591'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/6648766558026545591'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_28.html' title='東映悪役ライムライト（１）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-7790821607014650084</id><published>2014-06-27T23:29:00.001+09:00</published><updated>2014-06-27T23:56:54.782+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="戦争"/><title type='text'>天皇陛下と対馬丸事件と戦時の人間性（２）</title><content type='html'>&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_5209.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;前項からの続き&lt;/a&gt;です。&lt;br /&gt;
話は終戦30年後に飛びます。対馬丸の惨事の生き残り、田名さんと平良さんは、命を拾った他の生存者、遺族らと上手に付き合っているのでしょうか？1975年８月19日「夏雲三十年　対馬丸」から引き続き引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毎年８月22日、対馬丸遭難者の慰霊祭は、那覇市で行われる。田名は一度も出席したことがない。「わたしが行けば、遺族の悲しみをかきたてる」。かたくなに沈黙を守る。あれからずっと、田名が朝夕、学童たちの霊に手を合わせているのを知る人は少ない。&lt;br /&gt;
家族が寝静まった深夜、平良啓子は、ふと、31年前の自分の姿を思い浮かべる。無人島のがけの上から、沖を行く小舟に向かって叫び続ける姿を。&lt;br /&gt;
この体験を教室で語る。受け持ちの小学３年生たちは、スポーツの試合でも見るように目を輝かせる。「そんなこと、ほんとに、あったの」。いぶかしげに聞き返す子もいる。「この子たちに平和のありがたさは、わからないでしょう。戦争がおそろしい、悲惨なものだからこそ、平和がありがたいのですから」&lt;br /&gt;
平良には、４人の娘がある。長女は中学２年生。「この子たちが大きくなった時、また戦争が起きたら……」という思い。「そうさせないために、あの体験を一人でも多くの子に伝えるのが、教師としての&lt;b&gt;わたしの務めだ&lt;/b&gt;」（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おじさんは、会ったこともなく顔すら知らない、田名さんの手を合わせる姿に、平良さんが教室で平和のありがたさをこどもたちに語りかける口調に、思いをはせます。&lt;br /&gt;
両陛下は初の訪沖で、火炎びんを投げつけられた経験をお持ちながら、10度目の沖縄訪問を果たされました。沖縄の人たちへの特別な配慮なのでしょう。&lt;br /&gt;
名もなき２人の語り部と両陛下の、戦争を憎み平和を希求する気持ちは、同等だと思います。「&lt;b&gt;戦争の悲劇から逃げない務め&lt;/b&gt;」。誤った過去に真剣に向き合う天皇陛下万歳。田名さん、平良さんの生き様にも万歳！</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/7790821607014650084'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/7790821607014650084'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_1192.html' title='天皇陛下と対馬丸事件と戦時の人間性（２）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-8679541339343560567</id><published>2014-06-27T23:20:00.001+09:00</published><updated>2014-06-27T23:33:22.001+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="戦争"/><title type='text'>天皇陛下と対馬丸事件と戦時の人間性（１）</title><content type='html'>天皇皇后両陛下が、沖縄にある対馬丸事件犠牲者慰霊碑に献花、生存者や遺族らと会談されました。&lt;br /&gt;
対馬丸は70年前の1944年、大勢のこどもを含む民間人が乗って、沖縄から九州に向かう途中、米軍の攻撃により沈められた疎開船です。こどもたちは魚雷の爆発で引き裂かれ、その難を逃れた子も、多くが救命胴衣を渡されず溺死したそうです。&lt;br /&gt;
今日は終戦30年後の1975年８月19日の朝日新聞「夏雲三十年　対馬丸」から、事件を生き延びた２人の記憶とその後の人生を取り上げます。気分が悪くなる部分があるかもしれませんけど、ガマンして読んでほしいな。以下に引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（前略）平良啓子と田名宗徳。31年前に沈んだ学童疎開船「対馬丸」の、数少ない生き残りである。&lt;br /&gt;
平良は国領村安波国民学校４年生。田名は那覇市天妃国民学校訓導、引率責任者であった。「対馬丸」の悲劇は、平良に教員への道を選ばせ、田名を教育の現場から去らせた。&lt;br /&gt;
昭和19年８月22日夜。戦火迫る沖縄から九州へ疎開する学童や一般人1661人を乗せた対馬丸（6.754トン）は、トカラ群島悪石島付近で米潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没した。1484人が死んだ（注・正確な犠牲者数は不明）。&lt;br /&gt;
平良は、いかだで漂流した１週間に、大人のみにくさを見た。助かるために、人を突き落とす。せっかくつかまえたトビウオを横取りして食べてしまう。&lt;br /&gt;
４日目、隣にいた老女が、海中に倒れ込んだ。えりをつかんで、引き上げようとする背に、同業者の冷たい声がとんだ。「死んでいるんだ。離せ」。目をとじて、手を離すと、心で叫んだ。「ごめんなさい、わたしが悪いんじゃない」&lt;br /&gt;
この体験は、のちに一つの確信になる。人間は生死の瀬戸際に立つとオニにもなる。人の理性を失わせる戦争を二度と起こさせないために、自分の体験を語り伝えねば、と。&lt;br /&gt;
田名も８日間、波間を漂った。６歳の娘は、３日目に息を引き取った。引率訓導としては、できる限りの責任を果たした。だが、たくさんの子供たちが、夜の海に消えていくのを、どうすることもできなかった無力感、悲しみが突き上げる。「わたしの教育は終わった、と感じはじめました」。戦後、那覇に帰って間もなく、教壇を去った。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦争は絶対悪です。軍人同士が殺し合うだけじゃなくて、一般人の心も邪悪にします。その後の人生も狂わせます。前世代が父親（昭和天皇）の名の下に始めた戦争ですが、陛下は70年後の今なお、すべての戦争被害者に心を砕かれています。不戦の君主です。&lt;br /&gt;
再び日本が戦争に突入すれば、天皇家は今後もずっと、戦渦に苦しむことになる人たちの魂の救済に、つらいつらい旅路をたどり続けることになります。&lt;br /&gt;
皇室をうやまうあまり「天皇陛下万歳」を繰り返す方々こそ、率先して戦争のできない国家体制の継続を訴えるべし。おじさんも言いましょう、天皇陛下万歳！&lt;br /&gt;
平良さん、田名さんのストーリーはこれで終わりません。この項、&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_1192.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;続きます&lt;/a&gt;。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/8679541339343560567'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/8679541339343560567'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_5209.html' title='天皇陛下と対馬丸事件と戦時の人間性（１）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-6045954769564701985</id><published>2014-06-26T22:45:00.002+09:00</published><updated>2014-06-26T22:45:37.465+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="戦争"/><title type='text'>沖縄戦司令官・大田実礼賛者の欺まん（２）</title><content type='html'>&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_26.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;前項からの続き&lt;/a&gt;です。&lt;br /&gt;
沖縄戦の米軍兵力約55万人、日本軍守備隊10万人。兵士が足りません。弾薬はじめ物資も足りません。非戦闘員の民間人に手伝わせてるけど男手は限界。それなら女も動員しちゃえばいいや。こんな島、しょせん本土防衛の捨て石だ。&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;1945年６月15日の朝日新聞「愛児を後方に託し　“仇とれ”と母戦ふ　小禄指揮官血涙の報告」から引き続き引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また&lt;b&gt;敵の手中に陥ち&lt;/b&gt;（おち）、&lt;b&gt;後方に運び去られて毒牙に供せらるるを潔しとせざる若き母は、親子生別れ&lt;/b&gt;（いきわかれ）&lt;b&gt;を決意して、悉く&lt;/b&gt;（ことごとく）&lt;b&gt;幼き愛児を後方に託し&lt;/b&gt;、この仇断じてとれよと諭しつつ、あるひは看護婦に、あるひは烹炊婦（ほうすいふ、注・炊事担当）として挺身奮闘せり。&lt;br /&gt;
激戦相つぎ車の移動、漸く（ようやく）頻繁の度を加ふるにおよび、衛生兵の前線出動も激しく、&lt;b&gt;看護婦となりし婦女子は兵に代り&lt;/b&gt;（ママ）&lt;b&gt;重傷者看護し、あるひは担架にて護送する&lt;/b&gt;等、その健気なる姿は、誠に日本婦人の亀鑑（注・よい見本）たり。&lt;br /&gt;
さらにまた戦線の変化に伴ひて、遠隔の地に住所地区を定められることあるや。輸送困難を克服し、暗夜篠つく雨中、砲撃弾雨をいとはず、黙々として命に服せり。顧みれば、沖縄防衛戦開始以来、終始、困苦峡乏（こんぐきょうぼう、注・物資不足に苦しむ様）に堪へ、&lt;b&gt;誠心誠意生死を超越し、国体護持の大義に徹せる&lt;/b&gt;、その勇戦奮闘の姿は、&lt;b&gt;真に銃後国民の範たるべきもの&lt;/b&gt;なりと思案す。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鬼畜米兵がたくさん上陸していて、生きたまま捕らわれたら、女は残酷な目に遭うと兵隊さんが言います。それなら、空襲や艦砲射撃の弾がどかどか飛んでくる中、小さなこどもを捨てて、コクタイとやらをゴジするために戦場を駆けるわ。&lt;br /&gt;
そんな母親がどこにいる？みんなのお母さんがこんな人だったら嫌いになるよね。親子の根本的なつながりを奪ったのが日本軍であり、戦争であります。&lt;br /&gt;
厚顔極まるのは、本土の市民にも沖縄県民のようにコクタイゴジ貫徹のためにいずれ死ねと言っていることだね。&lt;br /&gt;
大田実が逆境に際してまじめに職務を果たし、最後の最後に沖縄県民を賛美したからといって持ち上げるのは間違っていると、おじさんは強く訴えたいのです。真剣に仕事をした人が皆ほめられるのなら、アウシュビッツ（Auschwitz Concentration Camp）やダッハウ（Dachau Concentration Camp）といったユダヤ人強制収容所の所長だって賛美されなきゃならないからね。&lt;br /&gt;
「時代」のせいにするのもフェアではありません。人道は普遍の価値だからね。「時代が変わったから戦争できる国に日本を変える」というお話は、絶対に許されない狂気です。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/6045954769564701985'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/6045954769564701985'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_1855.html' title='沖縄戦司令官・大田実礼賛者の欺まん（２）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-1152702079219457094</id><published>2014-06-26T21:22:00.001+09:00</published><updated>2014-06-26T22:47:43.124+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="戦争"/><title type='text'>沖縄戦司令官・大田実礼賛者の欺まん（１）</title><content type='html'>60万県民の４人に１人が亡くなったと言われる沖縄戦。大田実海軍少将という守備隊の指揮官がいました。沖縄県民の奮闘をたたえる電文を海軍省に送ったことで、県民の心を知る英雄扱いして悲劇の実態を覆い、ややもすれば戦争賛美に持ち込もうとする向きが一部にあるようですが、冗談じゃない。彼は多くの琉球人を惨死に追いやった張本人の一人に相違ありません。&lt;br /&gt;
軍部は沖縄戦を美化するため、すでに自殺している大田の死を隠し、電文を現地司令官の「談話」に改作してマスコミにリークします。&lt;br /&gt;
1945年６月15日の朝日新聞に「愛児を後方に託し“仇とれ”と母戦ふ　小禄指揮官血涙の報告」なる記事が載ります。これが大田電文にそっくり。平文で読むと、日本軍が戦場でいかに沖縄の人たちを使役したかがわかります。以下に引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄戦局は今日重大な局面に立ちつつある。戦線の焦点小禄地区では、敵の熾烈な砲爆撃下に我軍（わがぐん）は、阿修羅の如き奮戦をつづけているのだ。我軍は――&lt;b&gt;正しくは我同胞&lt;/b&gt;は、身に戎衣（じゅうい、注・軍服）をまとふと否とを問はず、潮と押してくる敵前に、&lt;b&gt;大和民族の真面目を花と咲き誇らせてゐる&lt;/b&gt;。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄人も血を流せば、言葉の上では大和民族の仲間入りさせてくれるみたい。大和民族とか大和魂っていったい何だろうね？ここまでは勇ましい美辞麗句が並んでいるのみで中身がありません。続きを引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「沖縄県民はかく戦ひつつあり」&lt;br /&gt;
同方面守備部隊の指揮官（注・大田）は14日、海軍省に左のような血涙の報告書を寄せて、軍民一途の奮戦状況を明か（ママ）にした。沖縄戦局は&lt;b&gt;まさに終局的様相を示し&lt;/b&gt;来つたが、&lt;b&gt;この軍民一体の血闘&lt;/b&gt;記録は&lt;b&gt;終局的段階なるが故に綴られた&lt;/b&gt;（つづられた）&lt;b&gt;ものではない&lt;/b&gt;。本土決戦目睫（もくしょう、注・目前）に迫る今日、われらは沖縄同胞の意気と力を我身（ママ）に対して進まうではないか。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大田の電文送信は６日、13日に自害したとされます。日付を「14日」にしたのは、海軍省の情報操作。強制による「軍民一体」が誇らしげ。「自決」と言えば聞こえはいいけど、要は戦時下にある国民への責任放棄です。司令官が自殺してたら「終局的段階」なんかとっくに過ぎてるよね。「まさに終局的様相を示し」ているけど「終局的段階ではない」というのも意味不明。引用を続けます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄戦開始されるや本島在住の県民は、戦局の重大性に深く思ひをいたし、皇恩に報ひ奉るはこの秋をおいてなしとし、一木一草遂に焦土と化すも、&lt;b&gt;神州断じて護持せざるべからずとの悲願&lt;/b&gt;に徹し、島民一丸となり戦場に挺身せり。即ち青壮年は挙げて戦線に馳せ参じ、残る老幼婦女子は敵の熾烈なる砲爆撃下に家財を&lt;b&gt;烏有&lt;/b&gt;（うゆう）&lt;b&gt;に帰せしめらるる&lt;/b&gt;（注・すべて失うこと）も敢て（ママ）屈することなく、身一つをもって防空壕に起居し、弾雨を浴び、風雨を冒し、一意後方任務に専念せり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本音が出た！「神州」は本土であって、沖縄は含まれないんだ。沖縄に何の「皇恩」があったか、知ってる人は教えてね。&lt;br /&gt;
いくら皇民化教育を進めたところで、大勢の民間人が妻子やおじい、おばあを戦火の中に置き去りにして、自ら最前線に飛び込むでしょうか。強制のニオイがぷんぷんします。&lt;br /&gt;
第一、訓練された軍隊にとって、非戦闘員のてんでんばらばらな参戦は、邪魔でしかないはず。在沖日本軍は軍律も何もあったもんじゃない状況だったのでしょう。&lt;br /&gt;
国民を守るための軍隊が国民を危険にさらすのが戦争の現実。「国民の生命と財産を守るため戦争をする」とは政治家の常套句ですが、この手の人たちはたいてい狂人か、せいぜいおばかさんとして歴史に指弾されるものです。&lt;br /&gt;
この沖縄県民総軍神化物語には、さらにひどい展開が待っています。&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_1855.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;この項、続きます&lt;/a&gt;。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/1152702079219457094'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/1152702079219457094'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_26.html' title='沖縄戦司令官・大田実礼賛者の欺まん（１）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-3025282442539523079</id><published>2014-06-25T09:45:00.001+09:00</published><updated>2014-06-27T23:46:06.146+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="戦争"/><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="歴史"/><title type='text'>日米開戦前に決まった沖縄の「捨て石」政策</title><content type='html'>「慰霊の日」が終わった途端、潮が引くように消え失せた沖縄関連のニュース。今朝はもうサッカー一色です。米軍基地問題はしばらく議論されることなく、だらだらと現状維持が続くのでしょうか？&lt;br /&gt;
沖縄を本土防衛の時間かせぎの捨て石にする方針は、太平洋戦争開戦以前から日本政府、少なくとも内務省では定まっていた模様です。&lt;br /&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;日米間の緊張の糸が張り詰め、もう後は音を立てて切れるのを待つだけだった1941年11月、東京を訪れた早川元・沖縄県知事が朝日新聞のインタビューに、つい本音を漏らしています。当時は知事は住民による選挙ではなく、中央での任命制で決められました。早川は内務省の官僚です。この月&lt;/span&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;23&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;日の朝日新聞から「知事に聴く地方民の決意」の一部を引用します。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;一たび事態が急転せんか、元寇の役における対馬の決意で――これが沖縄&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;60&lt;/span&gt;万県民の覚悟である。（後略、引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
近い将来、起こりうる（起こすつもりの）太平洋戦争を、鎌倉時代の元寇に例えていますね。13世紀にモンゴル人が治めた大陸の巨大帝国をアメリカ合衆国とし、沖縄の役目を元寇時の対馬と同じだと言っています。さて、どういう意味かな？&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
朝鮮半島に近い対馬は、元寇で最初に襲われた日本の島です。本土から遠く、幕府の援軍など望むべくもないので、島民のほとんどが虐殺されるか奴隷として大陸に連れていかれました。&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
本土の武者は、対馬からの連絡船によって敵の襲来を知ることができたそうです。対馬は住民が皆殺しの目に遭うことで、敵軍の動きをとらえるアンテナとなり、戦の支度を整える時間かせぎの役割を見事に果たしました。&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
早川知事の短い言葉に、本土の中央政府が沖縄に何を期待していたかが如実に表れていて、おじさんはとても嫌な気持ちになりました。省略した後段では、食糧増産が進んでいるとか翼賛体制構築が順調だとか、大丈夫だから沖縄なんか気にするなと言わんばかりの言辞が並んでいます。&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
沖縄が安全保障の捨て石から脱却できるのは、いつになるんだろうね。&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3025282442539523079'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3025282442539523079'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_25.html' title='日米開戦前に決まった沖縄の「捨て石」政策'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-3362241300691306316</id><published>2014-06-24T22:44:00.000+09:00</published><updated>2014-06-25T00:06:13.364+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="歴史"/><title type='text'>眠りの森の美女は第三帝国の夢を見るか？</title><content type='html'>独裁または軍事国家は、時に失笑するほどの愚行をやらかします。もしそれが指を指して笑いたいぐらいの狂気の産物であっても、当事国の市民にとってはちっとも面白くないことがあるから難しいんだよね。&lt;br /&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;今日はナチス政権下のドイツが、いかにバカげたプロパガンダ（政治・思想宣伝）をやっていたかを検証します。1935&lt;/span&gt;年１月&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;29&lt;/span&gt;日東京朝日新聞から「ナチスの童話」を以下に引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;ナチス万歳のドイツでは、ナチスの宣伝が遂に幼年教育の域にまで迫ってきた。最近刊の「ナチス小学教員新報」を見ると、世界的に有名な童話をナチスのイデオロギイで解釈して、改作してゐる。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;其一例だがペロオ（&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;Charles Perrault&lt;/span&gt;）の童話「眠りの森のお姫様」はここではドイツ復活の比喩になってゐる。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;魔女カラボツス（Carabosse）は美しい&lt;/span&gt;&lt;b&gt;お姫様「ドイツ」&lt;/b&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;を殺さうと謀るナチスの「敵」であり、姫を長い眠りによって死から救った善良な仙女は即ちドイツの民族意識に喩えられてゐる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;面白いのは、例の眠りの森の奥深くで、永久の眠りに陥ちたお姫様の目を覚まさせようと試みる諸々の王子達で&lt;b&gt;、マルチン・ルーテル（&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;Martin Luther&lt;/span&gt;）やフレデリック大王&lt;/b&gt;（&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;Frederick the Great&lt;/span&gt;）やら、さては&lt;b&gt;ビスマーク&lt;/b&gt;（注・ビスマルク、&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;Otto von Bismarck&lt;/span&gt;）までご苦労にも登場するのだが、いつかなお姫様はお目覚めにならない。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;とど&lt;b&gt;騎士ヒットラー&lt;/b&gt;（&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;Adolf Hitler&lt;/span&gt;）が出現して、眠れる&lt;b&gt;姫の魂に接吻する&lt;/b&gt;ことによって、遂に&lt;b&gt;姫「ドイツ」を覚ます&lt;/b&gt;ことが出来たといふ。めでたき限りである。（引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;もうね、アホ丸出しのおとぎ話なんですが、フランス民族大嫌いのナチスとしては、「ペロー原作」と取られるのは嫌だろうね。グリム童話集（Grimm&#39;s Fairy Ta&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;les）の「いばら姫」からの翻案とせよ、ってところかな。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;朝日新聞の記者はナチスの姿勢を半分バカにしていますが、数年後には日本国内も、防諜童話やら防空童話やらでお腹いっぱいになるんです。めでたき限りになります。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;ドイツ人にとってのナチスのユダヤ人虐殺、日本人にとっての原爆投下。独裁政治や戦争になると、笑えないお話がたくさん生まれます。みんなで戦争のできない国になって、ドイツ人、アメリカ人、中国人や朝鮮半島の人たちとも、お互いに気軽なジョークを言い合える時が訪れたらいいな。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;追記:このブログは、なぜか日本より海外からのアクセスの方が多いので、外国人の固有名詞には、アルファベットを振ってあります。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3362241300691306316'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3362241300691306316'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_5190.html' title='眠りの森の美女は第三帝国の夢を見るか？'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-3590533847658385723</id><published>2014-06-24T21:20:00.000+09:00</published><updated>2014-08-13T19:10:29.120+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="歴史"/><title type='text'>沖縄サベツ、オキナワ差別</title><content type='html'>昨日は沖縄の「慰霊の日」でした。日米両軍による、県民を巻き込んでの地獄の地上戦が69年前に終わったとされる日です。&lt;br /&gt;
沖縄の人たちは、日本本土からの偏見や差別に苦しんできました。近代から思うだけでも、明治政府による軍事力をちらつかせての併合（琉球処分）以来、本土の人たちの都合に振り回されてきました。その一つが標準語使用の徹底です。&lt;br /&gt;
今日は無知、無理解がつくりあげた典型的なサンプルとして、&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;1940年５月22日の&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;東京朝日新聞「琉球の標準語」を取り上げます。筆者は杉山平助。毒舌で人気者になった、当時の朝日新聞御用達の評論家です。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;民芸協会という団体が沖縄の標準語教育がやり過ぎじゃないか、と言って県ともめていた前提を覚えておいてね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;とてもおぞましい内容です。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;おじさん、メモしながら図書館で吐きそうになりましたけど、みんなに知ってほしいからがんばりました。以下に引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;曽て（かつて）雑誌「民芸」から、琉球における地方語の保存といふ問題について回答を求められたことがある。沖縄県当局が標準語の徹底的普及をはかるため、地方語を圧迫しつつあることの不当を、文化的見地から論難し、我々の賛否を問うたのであった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;その当時、私は、いはゆる琉球における表現について何等（なんら）の知識も持ちあはせないので、賛否の判断を下すことができず、従って回答することが出来なかった。ところが、今度、那覇に滞在すること２、３日にして、私の判断は決定した。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;b&gt;標準語を徹底的に普及せしめ、地方語を圧迫しつつある当局の判断は全く正しい&lt;/b&gt;。沖縄県人は、何よりあの古い言葉から解放されなければならぬ。&lt;b&gt;日本人としてあんな言葉を使って、将来生きてゆくことは、恐るべきハンデイ・キャップ&lt;/b&gt;である。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;たとへば新聞記者のようなインテリ階級さへ、&lt;b&gt;アクセントは支那人の日本語に近く&lt;/b&gt;、そのためわれわれとの接触に、れきれきとヒケメを感じていることが看取される。いはんや&lt;b&gt;一般民衆の会話など、チンプンカンプン&lt;/b&gt;で秋田や青森等と比較されるべきものではない。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;b&gt;琉球は、ただでさへ生産力に乏しく民度低く見るからに痛ましい島である&lt;/b&gt;。その上&lt;b&gt;あんな言葉の重荷&lt;/b&gt;を背負ってゐたのでは、その意図する県外発展の領域でも、深刻に不利たることを免れまい。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;琉球文化の愛好者は、今のうちに自らの負担において、琉球方言の文献を完成せしめておく熱誠があってほしい。（引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;一地方の文化を愚ろうして踏みにじり、民度が低いとまで言い切る。こんなふざけた論陣を張る評論が新聞の紙面を飾り、全国で読まれていたんです。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;とどめに、琉球文化はくだらないから、好きな人はせいぜい自分でお金を出してまとめろと上から目線。やな時代だね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;でもね、沖縄への差別は今も続いているんです。米軍基地が集中していて、県民は騒音公害や飛行機が落ちる危険と隣り合わせ。米兵による事件も起きます。いつでも戦争に行く気持ちでいると心がすさむからね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;今の日本人だって再び戦争になれば、第二第三の杉山平助が論壇を席巻するかもしれません。戦争には絶対参加しちゃダメ。それを止めるチカラは、こどもだって持っています。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;「慰霊の日&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;」追悼式での増田健琉君（８歳）のつくった詩は、60歳手前の総理大臣による「能うる（あたうる）限り&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;」固有名詞をはずした&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;空念仏より、よっぽど説得力があったよ。増田君、お疲れさま。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3590533847658385723'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3590533847658385723'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_5107.html' title='沖縄サベツ、オキナワ差別'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-1804262863638554135</id><published>2014-06-24T12:10:00.000+09:00</published><updated>2014-06-24T12:10:35.874+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="政治"/><title type='text'>第一次世界大戦の掃海艇受難（２）</title><content type='html'>&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_23.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;前項からの続き&lt;/a&gt;です。&lt;br /&gt;
第一次世界大戦対独戦での機雷除去では、日本船がばんばん沈みます。防諜その他の御為ごかしな理由で自軍の損害を伏せた太平洋戦争と違い、このころはまだまじめに発表していましたから、掃海作業の危険を了解してもらおうと、海軍省はマスコミを通じて国民に訴えます。&lt;br /&gt;
1914年10月３日の東京朝日新聞「掃海の危険と苦痛　谷口（注・尚真）海軍省副官談」から引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回、膠州湾（こうしゅうわん）攻撃に於て（おいて）は、我（わが）掃海船の１、２隻を失ひ、若干の殉難者を出したるは誠に遺憾の至りであるが、掃海事業の為め（ママ）に&lt;b&gt;掃海船の損傷を被るは事業の性質上、到底避くべからざる義務&lt;/b&gt;であつて、此（この）&lt;b&gt;犠牲あるが為めに我艦隊は敵塁に接近して、有効なる砲撃を加へる事が出来る&lt;/b&gt;のである。而して斯く（しかしてかく）の如きは、独り我国（わがくに）のみでなく、日露戦争の際、我機械水雷の為めに沈没したる露国の掃海船は其数、少なくとも10隻に達したのであらうと思はれる。兎に角、死傷者に対しては誠に同情の至りであるが、一旦&lt;b&gt;戦争を開始した以上は相当の犠牲を払ふべき事は実際已むを得ぬ&lt;/b&gt;（やむをえない）次第で、&lt;b&gt;よく掃海の危険と苦痛を承知せられたい&lt;/b&gt;ものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦争を遂行するためには、相当の犠牲が出るのは仕方がない。軍人の職業意識がよく表れていますね。戦争とはそういうもの。かつての交戦国ロシアまで引き合いに出して世論の沈静化を図ったわけです。&lt;br /&gt;
しかし、その翌日の同紙に、まさに悲壮な見出しが躍りました。「又も機雷にて沈没　悲壮なる掃海艇の最期」より引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先に労山湾外の掃海中、暴風雨の為め（ママ）暗礁に打付けられ（ママ）沈没したる掃海船第六長門丸の補充として９月18日午後、佐世保を発し戦地に向ひたる&lt;b&gt;トロール船&lt;/b&gt;弘養丸は２日払暁（注・明け方）、董家湾外にて&lt;b&gt;夥しく&lt;/b&gt;（おびただしく）&lt;b&gt;残存せる敵の機械水雷&lt;/b&gt;を括りつつ僚艦と共に掃海作業に従事中、又敵の機械水雷に触れ、&lt;b&gt;恐ろしき爆音と共に立騰る&lt;/b&gt;（たちのぼる）&lt;b&gt;水煙の裡&lt;/b&gt;（うち）に&lt;b&gt;船体を没したり&lt;/b&gt;。&lt;br /&gt;
僚艇らはそれを見て、直に（ただちに）救助に赴きたるが、&lt;b&gt;船体は瞬間に沈没&lt;/b&gt;して遺憾にも３名の戦死者と２名の重傷者と９名の軽傷者を出すに居たりたり。掃海隊の勇士は何れ（いずれ）も各艦より選抜したる&lt;b&gt;決死の士のみにて、一人だに生還を期せる者無く、壮烈なる戦死は素より&lt;/b&gt;（もとより）&lt;b&gt;覚悟の前にて、勇士も本懐とする所&lt;/b&gt;ならんも、&lt;b&gt;続け様に斯く有望なる士卒を失ひたる&lt;/b&gt;は、我海軍の為め返すがえすも遺憾至極なり。以て&lt;b&gt;掃海作業の如何に艱苦&lt;/b&gt;（かんく）&lt;b&gt;多きかを察するに足らん&lt;/b&gt;。（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相次ぐ沈没で掃海作業が困難になりました。&lt;b&gt;民間船を徴発した&lt;/b&gt;んですが、これも爆沈。７等だの８等だのといった勲章が、さぞいっぱい授与されたんだろうね。引用から省略した後半部分には、戦死と重傷者の名前が並んでいます。今になってそんな新聞、改めて読みたくないよね。&lt;br /&gt;
みんなは今のところ戦争しちゃいけない国に住んでいます。そのありがたさと、それを失うこわさについて考えてみてほしいな。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/1804262863638554135'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/1804262863638554135'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_24.html' title='第一次世界大戦の掃海艇受難（２）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-4295363937416107032</id><published>2014-06-23T21:27:00.000+09:00</published><updated>2014-06-24T21:44:11.898+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="政治"/><title type='text'>第一次世界大戦の掃海艇受難（１）</title><content type='html'>集団安全保障を行使して、機雷の掃海作業ができるように憲法を解釈しましょう、と政府与党が話を進めています。戦闘行為は行わない、機雷除去に限ると言われると、自衛隊が常に安全な状況下で活動する正義の味方みたいだね。&lt;br /&gt;
現実にそんなことが可能なのでしょうか。対ドイツ戦が始まった1914年９月６日の東京朝日新聞「殉難者の叙勲」から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
膠州湾（こうしゅうわん）掃海事業に従事中、怒濤の浚ふ（さらう）所となり殉死せし、出征第二艦隊所属水雷艇隊乗員乗員海軍一等兵曹菅原重、三等兵曹渡邊新之助、二等水兵岩田伊三郎、一等機関兵後藤仲久、三等機関兵野口米蔵の５氏に対する論功行賞は、既に海軍省武功調査委員会の審査を終へ、一両日中に八代（注・六郎）海相より御裁可を奏請する筈（はず）なれば、前記殉難者５氏に対し、勲７等青色桐葉章及（および）勲８等白色桐葉章と共に御下賜金の御沙汰を伝へられるべし。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦闘に入る前に死者が出てしまいました。戦時下での航海はリゾートクルーズと違うので、天候を選べません。命の代償は、７等とか８等とかにランキングされた勲章と涙金。現在でも何か起きたら同じような扱いになると思うよ。&lt;br /&gt;
もちろん、機雷除去に実際に従事する船もあります。次は1914年10月２日の同紙「掃海船機雷に触る」から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
加藤（注・定吉）第二艦隊司令長官報告　特務艦若宮丸、掃海船第三長門丸は９月30日午前、労山港外（注・中国青島）に於て（おいて）作業中、敵の機械水雷に触れ、前者はその艪部を損して戦死１名、負傷６名を生じ、後者は沈没して戦死３名、負傷13名を生ぜり。（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ついに戦死者が出ました。今は遠隔操作で爆雷できるからこんな事故は起きない？除去技術が進めば、それを阻止するための技術も進歩するものです。青島では、ドイツ軍による銃撃を受けながらの決死の作業。「戦闘行為は行わない」場合、撃たれっぱなしでいるということなのでしょうか？&lt;br /&gt;
機雷の掃海がいかに危険なのか。&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_24.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;この項、続きます&lt;/a&gt;。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/4295363937416107032'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/4295363937416107032'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_23.html' title='第一次世界大戦の掃海艇受難（１）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-4725046227611895851</id><published>2014-06-21T22:45:00.000+09:00</published><updated>2014-06-22T08:44:44.908+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="政治"/><title type='text'>日英同盟と日米同盟</title><content type='html'>集団的自衛権の議論が、急に集団安全保障に切り替わって、与党公明党は連立相手である自民党にすっかりなめられていることがあらわになりました。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;いざ戦争になれば地球上のどこで交戦状態になってもおかしくないのに、「我が国の安全保障に直結する近隣地域に範囲をしぼる」なんて眠たいことを言うからつけ込まれる。&lt;br /&gt;
今日は、第一次世界大戦に日本が参戦した時の事例を引いて、「集団的自衛権の地域限定行使」なる夢物語をわらうことにします。&lt;br /&gt;
1914年、第一次世界大戦が始まると、イギリスは日英同盟を根拠に、アジア地域のドイツ軍と戦うよう、要請します。問題は日本の戦場を、ドイツが駐軍する中国・青島はじめ近海に限定するのか、しないのか。&lt;br /&gt;
当時、ドイツは南太平洋のマーシャル諸島を治めていました。そこからドイツ艦隊が中国にやってくると、日本のリスクは高まります。1914年８月31日の東京朝日新聞「戦局限定せず」から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
英国官設新聞局は、日本の戦闘参加区域は支那領海より一歩も踏出さざる（ママ）ことに決定したる如く伝へらるるも、既に帝国が独逸（ドイツ）に対し宣戦を布告した以上、敵の艦隊が支那領海以外に在る（ある）とも、東洋の平和を保障するに危険なりと認むる場合は、其○洋たると○海たるとを問はず、○○すべき自由を有する次第にて、既に○洋方面に○○の○○しつつあるに徴するも、戦域の限定せられざるは明か（ママ）なりと。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦下にあり、伏せ字にされているものの、週末のクロスワードパズルより簡単に解けます。「&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;b&gt;東洋の平和を保障するに危険なりと認むる場合は、其外洋たると内海たるとを問はず、進軍すべき自由を有する次第にて、既に南洋方面に艦隊の航行しつつあるに徴するも、戦域の限定せられざるは明か&lt;/b&gt;&lt;/span&gt;」ですね。&lt;br /&gt;
「&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;東洋の平和を保障するに危険なりと認むる場合&lt;/span&gt;」は、現在の自民党の集団的自衛権行使要件「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれ」にそっくりです。&lt;br /&gt;
実際、日本海軍は南洋に艦隊を送っています。戦線は常に拡大するのです。今回の日米同盟による集団的自衛権と集団安全保障の問題において、歴史をかえりみない公明党に期待してはいけません。国民の声しかアテにならないのが情けないね。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/4725046227611895851'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/4725046227611895851'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_7096.html' title='日英同盟と日米同盟'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-1485302528013824685</id><published>2014-06-21T19:34:00.000+09:00</published><updated>2014-06-22T10:11:49.775+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="歴史"/><title type='text'>勝海舟は殺人狂？</title><content type='html'>インターネットには、たくさんの情報がはんらんしています。正しいもの、間違ったもの、わざと誤ったことを書いているものもあります。歴史のブログを書いているおじさんは、なるべく情報の出どころ（source）を明記して、内容の信ぴょう性を高めるように努めていますが、歴史の記録の中には出どころ自体が大変怪しいものが、いっぱい存在しています。&lt;br /&gt;
1907年に剣客の千葉一胤（ちば・かずたね）が、幕末に勤皇の志士たちをかくまった功績により、正五位の栄典を授与されました。「千葉重太郎」の名前で司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」にも登場する有名人です。この年の６月15日の東京朝日新聞に、授与に関連して一胤のエピソードが並べられていますが、にわかに信じがたい物件が交じっていました。「&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;海舟の短慮を諫む（いさむ）」から引用します。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;文久元年も一日となりし除夜の12時頃、&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;海舟は大声（注・声を挙げつつ）門前より氏（注・一胤）を訪れ来たりて曰く、今岡本太郎方を訪れたら岡本夫婦は余に対して、先生の今の境遇は翌日の雑煮の支度も如何（いかん）と思ふ。失礼であるが、御不自由なら餅を分与すると云ふから、実はまだ的（あて）がないからと露骨に云つたら、そんなら差し上げやうと、餅と里芋を風呂敷に包んでくれたのは好い（いい）が、歩き出すとコトンコトンと音がするので気をつけて見ると、風呂敷の破れから芋が転げ出るのである。此所（ここ）に来るまでに殆ど（ほとんど）落としてしまつた。同じくれるなら、穴のあかぬ風呂敷をくれたら好からうに（よかろうに）、畢竟（ひっきょう、注・結局）僕の落魄（らくはく、注・落ちぶれること）を侮つた仕打（ママ）と思ふと憤懣に堪へぬから、寧そ（いっそ）彼ら夫婦を斬つてやらうと引返して（ママ）見たが、又取直して先生に相談に来た、と聞きたる一胤氏は、大に（おおいに）短慮を諫め、岡本夫婦の心切（しんせつ）なるを諭し、兎に角（とにかく）之れにて元日の祝（いわい）を済ませと懇々（こんこん）の諭しに、海舟も怒りを解きて帰れりと云ふ。（引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;餅と芋をくれた親切な夫婦を逆恨みした勝海舟が、恩人を斬殺しに行くのを千葉が止めた、というお話。人斬り以蔵ならぬ、人斬り海舟。中身が怪しくて仕方がないので、調べてみました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;文久元年、勝は幕府の講武所砲術師範に任じられています。今でいえば、防衛大学校の教授が「正月だし、これから二人ばかりぶっ殺してくるわ」と放言するようなもの。前年米国に渡り米国文化を見ている勝が、皇女和宮が江戸入りしたばかりの激動期につまらない刃傷沙汰を起こそうはずがありません。だれが言ったのか、新聞記事には説明がありません。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;千葉と勝が不仲であり千葉側が故意に創作した、生前の勝をよく思わぬ新聞記者がねつ造した等々、推測できますが、掲載時には千葉・勝ともに亡く結果、非常にうさんくさい記事に仕上がってしまいました。後世の歴史検証におけるノイズの一例です。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
みんなもネット情報を扱う時には、十分に気をつけてください。特に情報の出どころが書いてないお話は、うそである可能性が高いです。おじさんも、誤りを書かないように注意します。&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/1485302528013824685'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/1485302528013824685'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_7986.html' title='勝海舟は殺人狂？'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-3650809192651290553</id><published>2014-06-21T14:29:00.001+09:00</published><updated>2014-06-21T14:29:40.836+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="社会"/><title type='text'>酔っぱらい大国、おそロシア〜共産国家編</title><content type='html'>&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_7866.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;前項からの続き&lt;/a&gt;です。&lt;br /&gt;
ステッセルが訴えられた５年後に革命が起きて、ロシア帝国は崩壊し、やがて世界初の社会主義国家ソビエト連邦が誕生します。一党独裁の相互監視社会になって、市民に厳格な規律を要求します。ロシア人の飲酒習慣も改まったかな？&lt;br /&gt;
1927年４月９日の東京朝日新聞「酔っぱらひ激増　始末がつかぬ露国の近状」から引用します。原文は句読点が少なく読みづらいため、おじさんが加えています。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ニューヨーク特派員７日発】レニングラード来電によれば、同市では泥酔自殺および殺人事件頻発し、従来の記録を破ってゐる。&lt;br /&gt;
最近&lt;b&gt;１週間内に泥酔の廉&lt;/b&gt;（かど）をもつて&lt;b&gt;拘引されたもの5024人&lt;/b&gt;に上った。男や女や甚だしき（はなはだしき）は&lt;b&gt;子供まで雑つた&lt;/b&gt;（まざった）&lt;b&gt;長い行列が、飲酒癖矯正のため&lt;/b&gt;新設された官立病院で日々治療を待つて居るといふ有様で、殺人は毎日３件あり、犯人は大抵少年である。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちっとも改まっていません。逆に民間レベルで、よりひどくなっているようです。こんな国でもナチスドイツとの戦争に勝ち、世界の大勢力の一翼としてアメリカ合衆国とのにらみ合い（冷戦）を続けました。国民には長期間にわたるガマンが強いられます。軍事費はふくれ上がり、窮乏する生活。酒でも飲まなきゃやってられないと思う人たちが増えても不思議ではありません。&lt;br /&gt;
1984年12月24日の朝日新聞「核より脅威？ウオツカ　アル中の女性増え」から引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【モスクワ23日＝AFP時事】ソ連では親がアルコール中毒のため、６人に１人は生まれつき病弱か欠陥を受けついでおり、同国にとっては、&lt;b&gt;外国の核兵器よりも脅威&lt;/b&gt;となっている－－フランス通信（ＡＦＰ）はこのほど、アルコール中毒についてこのように警告した非公開のソ連科学アカデミー報告の抜粋を入手した。&lt;br /&gt;
報告はノボシビルスクにある同アカデミー・シベリア支部が党幹部のために作成。&lt;b&gt;アルコール中毒をロシア人１千年の歴史の中で「最大の悲劇」&lt;/b&gt;とし、これが12年から15年のうちに&lt;b&gt;国家の崩壊をもたらす恐れ&lt;/b&gt;があると警告している。&lt;br /&gt;
報告によると、1980年の記録では&lt;b&gt;ソ連全体で「アル中および飲酒常習者」が人口の６分の１にあたる4000万人&lt;/b&gt;もおり、このうち1700万人は医学的に病気の部類に入るという。また、&lt;b&gt;ウオツカが原因の死者は毎年100万人&lt;/b&gt;に達しており、&lt;b&gt;ウオツカの売り上げがもたらす年間国家収入560億ドルよりも、アルコール中毒がもたらす年間の国家的損失2550億ドルの方が上回っている&lt;/b&gt;という。&lt;br /&gt;
さらに報告は、&lt;b&gt;女性のアルコール中毒患者が高率&lt;/b&gt;に上っていることを示唆するとともに、ある小児科病院長の発言を引用して、82年に出生した子の16.5％、つまり６人に１人が生まれつき病気を持っていたことを明らかにしている。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカデミーの報告は間違っていました。ソ連が崩壊するのに、それからたった７年しかかかりませんでした。ついには真性のアル中患者（&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;Boris Yeltsin）&lt;/span&gt;が、核ミサイルの発射命令権を持つ大統領の座に就く始末。ニュースによれば、現職も国民のアルコール問題には悩まされているみたいですね。&lt;br /&gt;
何事にも、やり過ぎはよくないということだね。このところサッカーばかり見ているおじさんが言えた義理ではありませんが。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3650809192651290553'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3650809192651290553'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_21.html' title='酔っぱらい大国、おそロシア〜共産国家編'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-8634014572106188503</id><published>2014-06-20T20:55:00.000+09:00</published><updated>2014-06-21T14:37:37.022+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="社会"/><title type='text'>酔っぱらい大国、おそロシア〜日露戦争編</title><content type='html'>お昼に図書館に行ったら、新聞データベースが混んでて使えません。残念だったけど、歴史好きが増えるのは良いことです。&lt;br /&gt;
ところで、みんなのご両親はお酒好きかな？こんな暑い日は、おじさんもビールを一杯飲みたくなります。でも飲み過ぎには注意。頭や体がおかしくなってしまいます。&lt;br /&gt;
今日は、国民全体のアルコール好きで知られるロシアが、百年ちょっと前に日本と戦った日露戦争のエピソードを引きます。1912年５月22日の朝日新聞から「ステッセル訴へらる」から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旅順役の際、ステッセル将軍は兵士の暴行起こらんを恐れ、２万４千留（ルーブル）価値のアルコール飲料を押収し投棄せしめたる事ありしが、常時押収を受けたる商人ミノロウ外（ほか）１名は、此頃（このごろ）其（その）損害要償訴訟を提起したるに、第一裁判所は原告の要求を是認したるも陸軍省は抗議を為せりと。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ステッセル将軍（&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;Anatolii Stoessel）&lt;/span&gt;は、酒を売りに来るバイヤーから酒が兵士たちの手に渡る前に、大量のウオッカを押収したり捨てたりするために神経をすり減らしていたのです。およそ最前線で戦う陸軍トップのやる仕事ではありません。索敵や偵察に使うべき兵力を、味方の飲酒対策に割かねばならない将軍の心中や如何に？前門の日本軍、後門のアル中です。&lt;br /&gt;
訴える奴も訴える奴だと思いますが、舞台が亡国の戦場であったにもかかわらず、裁判所が酒屋の言い分を認定してしまうのが、さすがのおそロシアっぷり。&lt;br /&gt;
日本側の乃木希典大将は、ロシアの酒売りたちへの帝国の勲章授与を上奏すべきでした。&lt;br /&gt;
司馬遼太郎の「坂の上の雲」でも凡将として扱われているステッセル。彼こそは、ロシア皇軍の強大な飲酒癖を敵に回しつつ、第日本帝国と渡り合った稀有な軍将として記憶されるべき逸材なのかもしれません。&lt;br /&gt;
この項、&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_21.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;続きます&lt;/a&gt;。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/8634014572106188503'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/8634014572106188503'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_7866.html' title='酔っぱらい大国、おそロシア〜日露戦争編'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-185039163674077655</id><published>2014-06-20T10:00:00.002+09:00</published><updated>2014-06-20T10:00:48.384+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="スポーツ"/><title type='text'>日本サッカー協会の迷走・昭和天皇を総裁に！</title><content type='html'>サッカー・ワールドカップのギリシャ戦が終わりました。日本代表は残り試合を全力で戦ってほしいものです。&lt;br /&gt;
今日は、敗戦直後に国際サッカー連盟から除名され、懸命に国際舞台への復帰を画策する日本蹴球協会（今の日本サッカー協会）の迷走ぶりを振り返ります。1947年２月10日の朝日新聞から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本蹴球協会では８日夜、大阪の関西協会事務所で役員総会を開き、満場一致で天皇陛下に同協会総裁をお願いすることに決定、近く正規の手続（ママ）をとることになった。&lt;br /&gt;
蹴球の本場英国で英国王が蹴球協会のパトロン（保護後見者）になっておられるのにならつたもので、平和外交の実をあげるため、とくにこの決定をみたものである（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イギリスのまねをして、皇室の権威利用のカウンター攻撃で、早期復帰の一点突破を狙ったのですね。相撲好きの印象が強い昭和天皇ですが、サッカーはどうかな〜。天皇杯はあるけど、昭和天皇個人がサッカーに熱心だったという話は、寡聞にして聞いたことがありませんが。&lt;br /&gt;
ところがこの判断、当時は逆効果でしかありませんでした。イギリスでは、この前年に日本国憲法が交付されるまで天皇制の継続に懐疑的な世論があり、天皇は戦争責任者として怨嗟（えんさ）の対象だったのです。&lt;br /&gt;
1971年の天皇訪欧の際でも、オランダなどで抗議の声が大々的に起きたことを思えば、敗戦後２年に満たない段階で、昭和天皇を戴いてヨーロッパのスポーツ団体幹部を説得するのは、ケンカを売るに等しい行為だったでしょう。&lt;br /&gt;
幸い皇室側に断わられたみたいです。続報がありません。この日の役員総会では、この年のロンドンオリンピック参加にまで言及していますが（イタいのでそのくだりの引用省略）、ロンドンへの日独の閉め出しは、前年の国際オリンピック委員会の決定事項です。日本蹴球復興への焦りはわかりますが、ピッチの状況がまるで見えていない。&lt;br /&gt;
スポーツも外交も、自国の一部の意向だけを受けて国際世論の風を読まなければ、よかれとする判断も毒にしかならない。韓国へ「おたくの一大事には助けに行くから集団的自衛権を行使します」と言っても、韓国国民は喜ばないと思います。&lt;br /&gt;
サッカー協会は後年、高円宮憲仁（このブログでは故人に敬称を使いません）を名誉総裁に据えます。その過程を協会最高顧問の&lt;a href=&quot;https://www.blogger.com/&quot;&gt;&lt;span id=&quot;goog_2106397722&quot;&gt;&lt;/span&gt;長沼健が語っています&lt;span id=&quot;goog_2106397723&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;けれど、ロイヤルファミリーの政治利用意識が敗戦直後と変わっていないことに、おじさん気恥ずかしくなります。&lt;br /&gt;
さしたる戦略なしに、パス回しに念を入れてボールの支配率を稼いでも、得点にはなりませんね。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/185039163674077655'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/185039163674077655'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_20.html' title='日本サッカー協会の迷走・昭和天皇を総裁に！'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-7787824106279310393</id><published>2014-06-19T09:48:00.000+09:00</published><updated>2014-06-19T09:48:43.992+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="音楽"/><title type='text'>ハーモニカは不良の楽器？</title><content type='html'>みんな楽器を演奏するのは好きかな？学校ではハーモニカを習うと思います。上手な人が吹くと息の入れ方次第で、ロックギターにも負けない鋭い音も出せるし、哀愁を帯びた優しいトーンも聴かせることができます。&lt;br /&gt;
今日紹介するのは、ハーモニカが学生たちの間で流行した大正時代末期、新しい風俗を理解できない大人たちが、若者を弾圧した歴史の狭間のお話です。1926年３月12日の東京朝日新聞「&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;ハーモニカ音楽団、検挙始まる　学生、不良少年の不正を取締まるため」。太字挿入はおじさんによります。原文は句読点が少なくて読みにくいため、おじさんが多少加筆しています。以下に引用します。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;流行の楽器&lt;b&gt;ハーモニカは不良少年の代名詞&lt;/b&gt;だとあって、警視庁不良少年係ではハーモニカにまつはる数々の不良行為を指摘して、関係各学校に警告する事になった。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;昨年あたりから猛烈に中学生間に流行し初めた（ママ）ハーモニカは、先（まず）専門学校生徒間に作られたハーモニカ・ソサエテーあるひはバンドから忽ち（たちまち）中等学校に及（および）、現在ではほとんどあらゆる学校で音楽部等の名義で多数が集まり、必然的に入場料などをとる演奏会などが催されるやうになつて、これに伴ふ弊害は切符の押売り（ママ）となり、最近では市郡各女学校の門前で脅迫的に押売る者さへ現れてゐる始末に、警視庁の活動となつたもので神田区を中心とする学生から成る某&lt;b&gt;バンドが、先づ後藤係長より解散&lt;/b&gt;を命ぜられ、目下続々、&lt;b&gt;ハモニカを懐中する学生が召喚されてゐる&lt;/b&gt;。切符の押売りのみでなく、&lt;b&gt;ハモニカの音の裏に潜む不良軟派分子の徹底的検挙&lt;/b&gt;だと不良係では言つてゐる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;後藤係長は語る。「流行当初は別に被害といふ程の事もなかつたが、昨年末あたりから単なる押売りのみでなく、そのついでに金銭まで強請したり、不良団がハモニカバンドの名を借りて警官の目をくらましてゐる事が分つた（ママ）ので、徹底的に取調べ（ママ）、学校にも忠告する事になつたものである」（引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;関東大震災から３年もたっていない、まだまだ帝都復興に全力を挙げるべき時期です。どうしてえらい人たちって、いつの時代にも大切なことは放ったまま、ハーモニカ狩りとか集団的自衛権とか、くだらないことに血道をあげるのかなあ？&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;とがめられるべきは押し売り行為なのに、お巡りさんはハーモニカ演奏者とその文化全体を取り締まりにかかっています。これは人権が十分に保障されていなかった昔に限りません。自由な社会になったはずの1960年代半ばにも、全国で若者のエレキギターブームを、教育者ら大人たちが寄ってたかって弾圧した大騒ぎがありました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;トシをとってアタマが硬くなってくると、知らないものを知ろうとせずパニックにおちいって排除しようとしちゃう。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;勉強する姿勢を忘れないようにしなきゃいけませんね。おじさんも自戒します。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/7787824106279310393'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/7787824106279310393'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_19.html' title='ハーモニカは不良の楽器？'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-5166352991070180208</id><published>2014-06-18T21:15:00.003+09:00</published><updated>2014-06-19T08:33:08.117+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="政治"/><title type='text'>イシハラの子はイシハラ</title><content type='html'>石原伸晃環境大臣が、除染土の中間貯蔵施設予定地選定問題で、福島の人たちを傷つける暴言を吐いて、原発事故に苦しむ県民の皆さんをいじめています。&lt;br /&gt;
以前には第一原発を「サティアン」と呼んだこともありました。サティアンとは昔、東京の地下鉄などに毒ガスをまいて、無差別殺人を実行した宗教団体の施設の名前。決していい意味では使わないんだ。&lt;br /&gt;
原発事故被災者の救済は環境大臣の大事な仕事の一つだから、普通なら福島の人たちの気持ちを考えれば、役立たずは交代させるんだけど、大臣を替えると内閣のダメージになるから、たぶん安倍さんはそのまま続けさせるよ。&lt;br /&gt;
今日は、なぜ石原大臣がこんな暴言ばっかり言う困ったちゃんになってしまったのかを、歴史を振り返りながら考えてみたいと思います。大臣のお父さんは、国会議員から東京都知事になった人です。石原慎太郎といいます。&lt;br /&gt;
知事になって外国人差別、女性差別、高齢者差別、障がい者差別と、思いつく限りの差別的発言を繰り返してきました。&lt;br /&gt;
今回は慎太郎お父さんが自民党国会議員として、省庁のトップだったころの発言をピックアップしてみます。まずは環境庁長官として、水俣病という公害病の視察に熊本県に行った1977年４月24日のことです。石原長官の宿泊するホテルに、胎児性水俣病患者の坂本しのぶさんらが押しかけてちょっとした騒ぎになりました。翌25日の朝日新聞から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（前略）坂本さんらが問題にしたのは、22日夕、水俣市の患者施設「明水園」で、坂本さんが石原長官に渡した抗議文について、その夜の記者会見で石原長官が「物事を疑うわけではないが（しかし）ごく素朴にみてこれを書いたのはＩＱの低い人たちでしょう。（それにしては）非常にしっかりとした文章というか、あるタイプの文章だ……」と話した点。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
思わず目をそむけたくなるような公害病患者差別発言ですが、事実です。次は1977年10月４日の朝日新聞から引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
環境庁の記者クラブは、３日、石原環境庁長官に対し、８月発行の月刊誌「現代」９月号の紙上でのインタビュー発言中、同記者クラブに対し、いわれのない中傷をしたとして、４日午前中までに謝罪を求める抗議文を手渡した。&lt;br /&gt;
（中略）抗議文で、特に問題としているのは「環境庁にいてもね。ここの記者クラブの記者とのたたかいは壮絶なものですよ。自分とこの新聞で没になった原稿が、共産党の赤旗に載る記者なんかが何人かいる」と発言した部分。&lt;br /&gt;
記者クラブでは（中略）３回にわたり石原長官に対し「この発言は当記者クラブ所属の報道姿勢に対する重大な中傷である。発言の根拠となった事実を明示してほしい」と文書で要求していた。&lt;br /&gt;
しかし、長官はこの点についての具体的事実を示さず、９月30日の記者会見で「自分の信頼する人から聞いたもので、具体的事例を自分の目で確かめてはいない。しかし、信頼できる人の話なので事実だと思う」との趣旨の発言をして自らは伝聞の事実関係を確かめなかったことを認めた。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「赤旗」は日本共産党の機関紙です。露骨な共産党に対する思想差別とマスコミへの職業差別意識には、分析心理学的興味すらおぼえてしまいます。決して謝らないのも、石原家の家訓のようです。&lt;br /&gt;
最後に1988年１月22日の朝日新聞から引きます。石原お父さんは、運輸大臣になっています。今で言うと国土交通大臣だね。以下に引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ブタ小屋とトリ小屋の間を走っているような状況では、日本のリニアの技術を世界に印象付けられない」－－欧州でのリニアモーターカーの開発状況を視察して帰った石原慎太郎運輸相が、21日の記者会見で、こんな発言をした。発言は、宮崎県日向市内にあるＪＲ鉄道総合技術研究所のリニアモーターの実験線（約７キロ）を指しての表現。リニアモーターカーに熱い期待を寄せる関係者の間に波紋を投げかけた。（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今度は地方差別。果たしてまだやり残した差別はあるのかな？石原伸晃大臣があんな人に育った理由がよくわかります。&lt;br /&gt;
息子さんの方は、ニューヨークの９・11テロのことを「キリスト教支配に対するイスラム圏の反逆で、&lt;b&gt;歴史的必然&lt;/b&gt;」などと、およそ政治家だとは思えない発言もしています。&lt;br /&gt;
おじさんには理解できません。理解できるのは唯一、父親がああだから息子もこうなったとの&lt;b&gt;歴史的必然&lt;/b&gt;のみです。&lt;br /&gt;
&lt;div&gt;
&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/5166352991070180208'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/5166352991070180208'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_2200.html' title='イシハラの子はイシハラ'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-3762843740287721985</id><published>2014-06-18T09:26:00.001+09:00</published><updated>2014-06-18T09:39:51.550+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="音楽"/><title type='text'>ＡＳＫＡ逮捕と、出版する権利の放棄（２）</title><content type='html'>&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_17.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;前項からの続き&lt;/a&gt;です。&lt;br /&gt;
日本音楽の啓蒙深化こそが戦争勝利への一本道だと盲信する音楽学者・田辺尚雄は、遂には西洋文化自体を害毒であると斬って捨てます。バックには大政翼賛のお上が付いていて、こわいものなしです。&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;1943年１月16日の朝日新聞から引き続き引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;真の大国民といふのは、自国の偉大なる文化の魂を十分知悉&lt;/b&gt;（ちしつ）して、然る後に&lt;b&gt;世界の文化の中の毒素を捨てて&lt;/b&gt;、その滋養素だけを摂取することの出来る国民をいふのである。&lt;b&gt;自国の文化も満足に知らないで、それで大国民を論ずる資格は絶対にない&lt;/b&gt;。&lt;b&gt;自国の文化は種子&lt;/b&gt;であり、&lt;b&gt;外来の文化は単に肥料に過ぎない&lt;/b&gt;。（とりあえず引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「日本の文化は世界一ィィィ！」。皇国主体の大東亜共栄圏教化に近いね。日本音楽の素晴らしさを例示してくれたら説得力があったろうに。ネット掲示板によくある、アレな書き込みのようです。後段を引用します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは米英の音楽も毒素を斥けて（しりぞけて）、滋養素は取り入れても差支へない（ママ）ではないかと論ずる人もあるかも知れない。第一に現時の米英の音楽に何一つ滋養素があるか。かの&lt;b&gt;ジャズの如き、全部悉く&lt;/b&gt;（ことごとく）&lt;b&gt;毒素であつた&lt;/b&gt;ことは、その影響を受けた全世界の現状を見ても判る。そのために何一つ人間の徳が向上したか。&lt;b&gt;どれ程人間がそのために神に近づいたか&lt;/b&gt;。徳も崇まらず（あがまらず）、神にも近づき得ないやうな音楽を、&lt;b&gt;崇拝してやらなくてはならぬ必要が何処にあるか&lt;/b&gt;。&lt;br /&gt;
少くとも（ママ）&lt;b&gt;日本人はそんな音楽は嫌ひである筈&lt;/b&gt;（はず）である。我々は娯しみ（たのしみ）ながら徳を崇めるやうな凡ゆる（あらゆる）芸術を善いものとして崇めてゐるのである。単に眼前だけ面白くありさへすれば、それで娯楽になり、慰安になると考へるのは、&lt;b&gt;奴隷の仕事&lt;/b&gt;か、動物以外にはない。（引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャズをオール・ザッツ・毒素であると断じるには「&lt;b&gt;全部悉く&lt;/b&gt;」聴いてからというのが筋です。まあ、レコードへろくに針も落としてないでしょう。音曲といえば軍歌しか知らぬ軍人が流すトンチンカンな浮説の尻馬に、専門家が乗っかった。&lt;br /&gt;
「人間が神に近づく」くだりも、残念ながらさっぱりわかりません。田辺は西洋文化が大嫌いですから、キリスト教の神ではない。もちろんムスリムでもありません。当時の日本には昭和天皇という現人神（あらひとがみ）がいましたが、まさかそっちへ近づきたいと考えるはずもない。神道の神様でもないでしょうね。この文章、いったい何なの？&lt;br /&gt;
自粛とそれに続く規制の雰囲気醸成が、この手の&lt;b&gt;全体主義文化奴隷仕事&lt;/b&gt;を増産させるのだとおじさんは懸念します。こんなアホなゴタクがまかり通る時代がやってくるのは、二度とごめんです。&lt;br /&gt;
あえて卑語を使えば、たかだか歌うたいの違法薬物使用ぐらいで、ユニバーサルミュージックは市場から作品を閉め出すようなまねをやめて、堂々と売るべきです。迷わずにSAY YES？</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3762843740287721985'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/3762843740287721985'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_18.html' title='ＡＳＫＡ逮捕と、出版する権利の放棄（２）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-2420232133928537149</id><published>2014-06-17T23:34:00.001+09:00</published><updated>2014-06-18T18:04:41.138+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="音楽"/><title type='text'>ＡＳＫＡ逮捕と、出版する権利の放棄（１）</title><content type='html'>歌手のＡＳＫＡが覚せい剤使用などの容疑で逮捕された事件で、おじさんが何とも気に入らないのが、作品の出荷停止と回収を決めたレコード会社、ユニバーサルミュージックの対応です。薬物まん延助長の歌でもない、ぶっちゃけ、いいとこたわいのないラブソングです。違法薬物使用が原因で流通停止になるなら、ビートルズ（The Beatles）もローリングストーンズ（The Rolling Stones）もアウトでしょう。&lt;br /&gt;
ユニバーサルの公式サイトを見ると、ビリー・ホリデイ（Billie Holiday）、チェット・ベイカー（Chet Baker）、チャーリー・パーカー（Charlie Parker）ら、薬物依存の横綱みたいな人のＣＤも売っているし、ヒップホップ関係には、メンバーがドラッグ摂取で死んだグループもある。ことさらＡＳＫＡに過剰反応して出版自粛する理由が、おじさん理解不能です。せっかく憲法で保障されている出版の権利を自ら放棄する空気が広がっていくんじゃないか、と心配になります。&lt;br /&gt;
今日は戦時中の1943年１月16日の朝日新聞から、英米音楽のレコード出版が禁止された際の音楽学者田辺尚雄の寄稿「恥ずべき禁止令　米英音楽の排除について」を引用します。田辺尚雄は民族音楽の記録や古楽器の研究などに大変な功績があった人だそうです。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回敵国米英の楽曲を吹き込んだ音盤の使用を停止するの令が発せられた。当然のことがなされたのであって、今更何の問題もある筈はない。&lt;b&gt;国民に確り&lt;/b&gt;（しっかり）&lt;b&gt;した決戦の覚悟があれば、敵愾心&lt;/b&gt;（てきがいしん）&lt;b&gt;の上からでも、国民自身から率先してその廃棄がなさるべきであった。今更上よりその禁止の令が出るなどは聊か&lt;/b&gt;（いささか）&lt;b&gt;恥ずかしい次第である。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
この大決戦（注・第二次世界大戦）の勝敗の鍵の一つは国民の米英に対する敵愾心の強弱にある。敵米英は日本に対して徹底的な敵愾心を以て臨んで居る。これに対して我国民が&lt;b&gt;敵国の文化に心酔して居て、それで戦争に勝てる筈があらうか&lt;/b&gt;。万一この戦争に負けたら、文化どころか、国自体が無くなってしまふのである。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;今日、米英音楽に対して、その功罪を論じたりするのは、個人あつて国家あるを意に介しない&lt;/b&gt;所の自由主義的な音楽家の一部の人だけの仕事である。彼らの言ふ所は、米英の音楽でもよい所はある（「蛍の光」や「&lt;b&gt;庭の干し草」&lt;/b&gt;の如き）、それまで排除するのは大国民の態度ではないといふのを信条として居る。かかることを言ふ人に限つて、&lt;b&gt;西洋の文化だけしか知らず、自国の文化の神髄に就て&lt;/b&gt;（ついて）&lt;b&gt;何ら研究したこともなく、単に西洋音楽といふ井中の蛙&lt;/b&gt;（かわず）&lt;b&gt;式な書生議論を唯一の信条として居るものである&lt;/b&gt;。（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;「井の中のカワズはお前じゃ！」&lt;/b&gt;と突っ込みたくなりますね、田辺先生にはまことに失礼ですが。英米の音楽をおとしめるつもりだったのが、途中から西洋文化全体が標的に変わって、同盟国のベートーベン（&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;Beethoven）も&lt;/span&gt;プッチーニ（Puccini）もごっちゃにしてしまいました。ワーグナー（Wagner）を愛するヒトラー（Hitler）が聞いたら、ガス室送りにされそう。&lt;b&gt;「庭の干し草」ってドイツ人の作曲じゃなかったっけ？&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
田辺の主張はこっけいだけど、出版の権利が著しく制限されてしまうと、こんな言説だって平気でまかり通るという事実はこわいよね。&lt;br /&gt;
西洋文化への無知と偏見に後押しされて暴走する田辺尚雄の筆は、いよいよあさっての方向を向いて止まりません。&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_18.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;この項、続きます。&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
追記・ありがたいことに海外からのアクセスが多いので、外国の固有名詞にはアルファベットを併記します。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/2420232133928537149'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/2420232133928537149'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_17.html' title='ＡＳＫＡ逮捕と、出版する権利の放棄（１）'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-2210911797582583255</id><published>2014-06-16T23:41:00.002+09:00</published><updated>2014-06-17T23:09:45.106+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="原発"/><title type='text'>チェルノブイリ原発事故・独仏政府の反応</title><content type='html'>チェルノブイリ原発事故に対する&lt;a href=&quot;http://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_8077.html?m=1&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;イギリス政府の対応&lt;/a&gt;は、人権意識の観点からはほめられたものではありませんでした。では、西ドイツやフランスはどうだったのでしょう？1986年&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;８月８日の朝日新聞から続けて引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（前略）ワールドカップ戦（注・サッカー）で決勝に残った西独はわきあがった。&lt;b&gt;連邦政府は、「自然放射能の強いメキシコで選手が浴びる放射線の方が、ここで浴びる量より多い」と強調&lt;/b&gt;。一方、社民党、緑の党が連立を組むヘッセン州では、「戸外での子どものサッカーはつつしむように」と警告した。&lt;br /&gt;
　与野党とも原子力開発推進策の仏政府は、「国際基準以下のレベルであれば、細かいデータの公表は不要」という態度で徹底していた。事故直後に開かれた世界保健機関（ＷＨＯ）に出したデータでも他国が数字を明記したのに、仏は「低い」と報告しただけ。&lt;br /&gt;
　しかし、パリ郊外のオルセ大学・核物理研究所には問い合わせの電話が殺到した。&lt;b&gt;研究員が答えていると、学界の幹部から「あまり出過ぎたことは控えるように」と水をさされた、という&lt;/b&gt;。&lt;br /&gt;
　アルザス地域の&lt;b&gt;ホウレンソウに高い汚染が検出された時、販売制限をした。原子力安全委員会によると、その理由は「情報が混乱して他の農産物まで巻き込まれるのを避けるため」で、ホウレンソウを“いけにえ”にして他を救った&lt;/b&gt;。（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらの対応を近年の日本に置き換えてみます。元参院議員の加納時男さんは、福島原発事故直後に、「低線量の放射線はむしろ体にいい」とおっしゃっています。西ドイツ政府の言い分に似ています。&lt;br /&gt;
フランス・オルセ大学の一件は、最近話題の福島第一原発の吉田昌郎所長の調書をほうふつとさせますね。「あまり出過ぎたこと」ではないので、ぜひ一般公開してもらいたいものです。&lt;br /&gt;
おじさんは古い人間なので、&lt;b&gt;ホウレンソウの件&lt;/b&gt;は1996年の大腸菌O157の発生時のカイワレ大根騒ぎを思い出します。菅直人厚生大臣が、バカみたいにカイワレ大根を食べてみせる記者会見が、本当にマヌケでした。&lt;br /&gt;
資本主義の国は結局、国民を守ってくれません。みんなはどう思いましたか？自分の身は自分で守る。だけど普通はできない。原発事故と、それが起きた時の政府はみんなの身を守ってくれません。</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/2210911797582583255'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/2210911797582583255'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_9761.html' title='チェルノブイリ原発事故・独仏政府の反応'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-93491815455209010</id><published>2014-06-16T22:28:00.001+09:00</published><updated>2014-06-16T23:41:36.705+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="原発"/><title type='text'>チェルノブイリ事故・英国政府の反応</title><content type='html'>原発事故が起きた時、政府は正しい情報を出してくれるのでしょうか？ヨーロッパ先進国は、日本より情報公開と国民保護の意識が進んでいると思われがちだよね。&lt;br /&gt;
チェルノブイリ原発事故が起きた時のイギリスの対応を調べてみました。1986年８月８日の朝日新聞から引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（前略）この夏、ロンドンっ子の間で「チェルノブイリ・ジョーク」がはやった。&lt;br /&gt;
「英国からスカンジナビアに届く酸性雨と、英国に来る放射能雲とはどっちが重たい？　答えは放射能雲。死の灰は海に落ちてなくなるようだから」（スウェーデンで異常放射能がわかったとき、英政府は早々と安全宣言を出した）&lt;br /&gt;
放射能雲が北イングランド、ウェールズ、スコットランドに達したとき、政府は牛乳中のヨウ素131が、許容量１リットル当たり1000ベクレル（子ども）より少ない60ベクレルと発表した。同じ日に英国放射線防護委員会（ＮＲＰＢ）は、350－390ベクレルと発表。スコットランド民族党は、「&lt;b&gt;まるでクレムリンの事故隠しと同じだ&lt;/b&gt;」と、政府にかみついた。&lt;br /&gt;
政府不信の定着を恐れた英核燃料公社（ＢＮＦＬ）は、７月初め、一転してイメージ回復作戦へ。放射能漏れで失点続きのセラフィールド核燃料再処理工場に、総額４億7000万円をかけて国民を招くキャンペーンを展開した。現在建設中の新型再処理工場は、向こう10年間で「40億ポンド（約9600億円）のビジネスになり、うち３分の２は海外からの外貨かせぎ」（ＢＮＦＬ広報部）と強調した。（後略、引用おしまい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「クレムリン」というのは、共産主義といって、情報をひた隠しにして市民の自由を抑圧していたソビエト連邦という国の政治体制の中枢だった場所。日本は一般の国民に主権がある「民主主義」の国だと言われています。&lt;br /&gt;
でも、民主主義の国は、同時に資本主義の国でもあります。大きなお金が動く資本主義と、国民の幸せのどちらを政治家が選ぶのか、難しい選択だね。普通の人はお金の方に流れがち。国民に信頼される政府って、どうしたらできるのかな？</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/93491815455209010'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/93491815455209010'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_8077.html' title='チェルノブイリ事故・英国政府の反応'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-9166370776993666751</id><published>2014-06-16T21:38:00.001+09:00</published><updated>2014-06-16T21:42:02.308+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="政治"/><title type='text'>日本の一番長い駄文</title><content type='html'>第二次世界大戦敗戦のちょうど１年前の1944年８月15日、朝日新聞に小さな記事が載りました。米陸軍第20航空隊の司令官にルメーという人が着任、とあります。彼こそが後に日本中の中核都市を焼き尽くし、50万人以上が亡くなったとも言われる戦略爆撃を立案したカーティス・ルメイ（Curtis LeMay）少将でした。&lt;br /&gt;
日本軍が占領していた島々を奪った米軍は、そこに飛行場をじゃんじゃん造って本土空襲を始めます。ルメイは爆撃機の飛行高度を下げて命中精度を上げ、市民が逃げられないような焼夷弾の使い方を実践します。&lt;br /&gt;
さあ、これ以上死傷者を出さないように知恵を絞るのが言論機関本来の仕事。果たして何ができたのかな？&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;1945年６月７日「&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;元兇ルメ－、思ひ知れ　暴爆専門、下劣な敵将」を、以下に引用します。太字挿入はおじさんによります。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;やりをったな、カーチス・ルメ－。お前が東京や大阪、名古屋、神戸などの爆撃の戦果写真をひねくり回しながら「東京には、もう重要な軍事目標はなくなった」とか「東京はもう復活できないであらう」などと勝手な気炎をあげて悦に入つてゐることをわれわれは聞いてゐる。ハンブルグ（ママ）の絨毯爆撃に味をしため（注・しめたの誤植か）お前が今年１月末、マリアナに居座ってこのかたの29による都市爆撃の惨禍をわれわれは隠さうとはせぬ。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;文化の破壊とか無辜（むこ）の女子供の虐殺とか－－といふ言葉が、空中サーカスの曲芸師上りの下劣なお前には一向にこたへぬことは、とつくの昔からこちらも承知してゐる。ましてや嗜虐性精神異常者のお前は、焼ける東京の姿に舌舐めづり（ママ）をして狂喜してゐるに相違ないし、個の将領として遇するにふさはしい品性を持ち合はさぬお前には、&lt;b&gt;われわれもそれに相応する復讐を考へてゐる。&lt;/b&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;b&gt;お前の猪首に荒縄をかけて、焼跡を引摺り&lt;/b&gt;（ママ）&lt;b&gt;回す。お前は部下たちの仕事の跡をそれで耽能&lt;/b&gt;（たんのう）&lt;b&gt;出来るだらう。これこそお前にもつともふさはしい最期に違ひない、と考へてゐるのだ&lt;/b&gt;。お前は都市への絨毯爆撃、日本への飽和爆撃で国民の戦意破壊（注・ちゃんと読み取れず）を夢みてゐるかもしれぬが、&lt;b&gt;焼け跡に立つたとき、われわれの思ひはお前をここに引きずり回す日の一日も早きを願ふ気持で一杯になるのだ。&lt;/b&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;（中略）昨年８月には支那を基地とする米第20航空隊司令に転じ、Ｂ29による西日本の爆撃を行ひ、本年１月過ぎにマリアナを基地とする第21爆撃隊司令として着任し、今日までひきつづきＢ29による対日爆撃を指揮してきた男だ。今後は、欧州戦で彼の後任として、第８航空隊司令となり、対独戦略爆撃を行つてきた中将ドウリットルの来援を待つていよいよ対日飽和爆撃を強化すると揚言している。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;「沖縄戦を契機として、新展開を見せる」といふ今後の航空作戦に対して、彼が得々として語つた言葉「日本々土の爆撃目標は最短時間に最大量の焼夷弾を落す（ママ）といふことである」とか「Ｂ29を使っての海上機雷封鎖を強化してゆきたい」等々、図に乗った彼は不敵な言辞を弄して、毒々しい敵意をわれわれに叩きつけてゐる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;爆撃によつて倒された人々の無念を晴らすためにも、&lt;b&gt;われわれはどうあつても、このルメ－を叩つ斬らねばなるまい。&lt;/b&gt;（引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
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&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;感情的になり過ぎて、最後は「叩っ斬る」なんて、下手くそな講談の台本にもならないトイレの落書きレベルになってるよね。焼け跡を引きずり回そうにも、ルメイは遠い南の島にいて手出しできない。報道の上ではマリアナでは大勝利なんだから、皇軍が荒縄かついで連行しに行けばいいのにね。長い長い駄文書いてないで戦争やめさせろよ！&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
いわゆる大手メディアの仕事とは何だろう？国民が不利益を負わないように、権力者の横暴に目を光らせることも大切な役目のひとつでしょうね。近ごろニュースを見たり読んだりすると、戦争になったら自分らも損をするのに。穴だらけの集団的自衛権論議ひとつとめられない体たらくに、これでいいのかなと、おじさんは思います。&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/9166370776993666751'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/9166370776993666751'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_16.html' title='日本の一番長い駄文'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-9033353054639499616.post-6514051526191904424</id><published>2014-06-14T21:33:00.000+09:00</published><updated>2014-06-15T00:31:02.148+09:00</updated><category scheme="http://www.blogger.com/atom/ns#" term="政治"/><title type='text'>石破幹事長は東条英機の夢を見るか</title><content type='html'>戦争になると、当事国の国民は一種の集団的ヒステリー状態に陥ります。2003年にイラク戦争が始まった時、おじさんの周りにいた、いつもはリベラルなアメリカ人たちがバーで両腕を振り上げて「USA！USA！」と、そろって大合唱していたのを思い出します。&lt;br /&gt;
開戦前になる911ニューヨークテロの後には、「愛国者法（the Patriot Act）」という、市民の人権を大幅に制限する法律が成立。戦争が終わったはずの現在も、オバマ大統領が期限延長の署名をしたことで、効力を発揮しています。権力者は一度手に入れた便利な道具を手放そうとしません。&lt;br /&gt;
対米開戦直後の1941年12月17日、日本国民が真珠湾攻撃の熱狂に包まれる中、「臨時の法律」として「言論出版集会結社臨時取締法」が成立します。名前だけで、どんな中身だかわかりますね。翌18日の朝日新聞に東条英機内務大臣（兼首相・陸相）の声明が載りました。以下に引用します。「&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;国内治安の維持、聖戦完遂に喫緊」とのおぞましい見出しが躍っています。朝日新聞も「画期的立法」とベタぼめ。読みやすくするため、おじさんが句読点を加えています。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
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&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;帝国は今や大東亜戦争の真只中（まっただなか）にあって、国家の総力を挙げてこの征戦目的完遂に邁進（まいしん）しつつあるのである。従って国内における一切の事態は、この厳粛なる事実を基礎として律せられなければならぬのである。本日、国内の安寧秩序保持に関して言論、出版、集会、結社等臨時取締の法律案が臨時議会を通過したことは、かかる国家の要求を充す（ママ）ものである。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;抑々（よくよく）戦時下においては、国民の総てが一体となって同じ目的に向って（ママ）秩序ある行動を採ることが戦争目的遂行の不可欠要件であり、これがために行動の制限を受けることはやむを得ざることなのである。本法は、戦時下に在って人心を動揺せしめて社会不安を誘発し、或（あるい）は殊更（ことさら）に国策に反対して国論の不統一を招来する等戦争遂行上に障碍（しょうがい）を及ぼすが如きものに対しては、最も峻厳なる取締を加へんとするものである。しかしながら、純良なる政治、思想の国民運動や言論、文書等の活動を抑圧することは、本法の目的とするところでないことは勿論であって、当局としてはむしろ戦時下にあっては大にこれを助長し、活発旺盛なる国民士気の昂揚（こうよう、注・気分が高まること）を図らんとするものである。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;本法の施行と同時に、これに伴ふ内務省令も公布を見るはずである。当局としては本法の運用が上述の目的に添ふ如く慎重なる措置を講ずるのであるが、国民またよく本法の趣旨を理解し、今日史上空前の重大時局下に在て（ママ）、国内治安維持の事柄が、戦争遂行上絶対の要件にある点に深く思（おもい）を寄せられ、相共（あいとも）に協力して、当代国民に課せられたる歴史的使命の遂行に邁進せられんことを切望する次第である。（引用おしまい）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;もう狂気の沙汰。掲載する新聞もどうかしてるぜ。敗戦後、これらバカげた法律はこぞってなくなりましたが、このお話を現代より人権意識が遅れていた時代の昔話として笑うことはできません。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;自民党の石破茂幹事長は昨年、非常時に国民の権利を制限する旨、表明しています。集団的自衛権が行使されると、どうなるのかな？&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;1941年の亡霊は、まだ日本を徘徊しています。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;
&lt;span style=&quot;background-color: rgba(255, 255, 255, 0);&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/6514051526191904424'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='https://www.blogger.com/feeds/9033353054639499616/posts/default/6514051526191904424'/><link rel='alternate' type='text/html' href='https://www.history-japan.info/2014/06/blog-post_3472.html' title='石破幹事長は東条英機の夢を見るか'/><author><name>Tedおじさん</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00512196504904516317</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='21' src='//blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi4rK9dYbcurLQM4eXFilEYCiailAdeY6yEyjqLiOAZAb-_cjM2bye6JfFR2dpxomSQrOq3KFXV6MMRGJP124qIad6-m3AX1hVYLIoUDyIhcH-9ppYLavit9FIDI2aNHw/s151/%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%99%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AD.JPG'/></author></entry></feed>