<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>集まれ！北海道の学芸員</title>
	<atom:link href="http://www.hk-curators.jp/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.hk-curators.jp</link>
	<description>ようこそ北海道の博物館へ</description>
	<lastBuildDate>Tue, 10 Mar 2026 07:01:11 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.0.11</generator>
	<item>
		<title>投書箱のウラ側</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/6058</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[管理者]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 10 Mar 2026 06:26:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=6058</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第37回】 博物館を訪れると見かけがちなこんな「箱」… こういうタイプの箱もあれば、机と一体化しているようなものもありますが、「箱」にアンケートや質問を書いた紙を入れた経験のある ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p><strong>【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第37回】</strong></p>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-scaled.jpg"><img loading="lazy" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-1024x768.jpg" alt="アンケート箱" class="wp-image-6062 colorbox-6058" width="839" height="630" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-1024x768.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-1536x1152.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-2048x1536.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9120-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 839px) 100vw, 839px" /></a><figcaption><strong>博物館を訪れると見かけがちなこんな「箱」…</strong></figcaption></figure>



<p>こういうタイプの箱もあれば、机と一体化しているようなものもありますが、「箱」にアンケートや質問を書いた紙を入れた経験のある方も多いでしょう。あの「箱」です。</p>
<p>もちろん博物館にだけあるものではありませんが、博物館で書いたあの紙、あの箱に入れた後はいったいどうなったのか…？気になりますよね。</p>
<p>ちゃんと中の人たちに読まれていて、日々の活動に活かされているのです。</p>
<p>そんなウラ側を紹介します。</p>
<p>&nbsp;</p>



<h3>どんな感じで活用されているの？～箱のウラ側の日常～</h3>



<p>展示の感想をたずねるアンケートから、アイヌ文化についての質問を受け付けているコーナー、北海道内のおすすめの博物館をたずねる参加型の展示など、私の勤務する博物館内だけでもいくつもの場所で色々書いた紙を「箱」に入れてもらっています。</p>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-scaled.jpg"><img loading="lazy" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-768x1024.jpg" alt="" class="wp-image-6063 colorbox-6058" width="768" height="1024" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-768x1024.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-225x300.jpg 225w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-1152x1536.jpg 1152w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-1536x2048.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-525x700.jpg 525w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_IMG_9124-scaled.jpg 1920w" sizes="(max-width: 768px) 100vw, 768px" /></a><figcaption><em>「アイヌ文化Q&amp;A」（北海道博物館・総合展示第2テーマ）</em></figcaption></figure>



<p>毎日閉館後にスタッフが「箱」の中から紙を回収し、どれどれ…と内容を見つつ、日付ごとに整理します。書かれている内容によっては、このタイミングで関連分野の学芸員に共有したりもします。</p>
<p>次に、紙に書かれた内容をパソコンに打ち込み、入力後の紙はファイルなどにつづり、様々な声が一覧できるようになります。</p>
<p>どのコーナーでも概ねこのように処理されていて、これらは展示担当者やコーナーの担当部署に引き継がれ、内容に目が通されています。</p>
<p>展示のアンケートでいえば、展示室で観覧中の来館者の様子をそっと覗かせてもらえば、どんな受け止め方をされているのかおおよその見当はつきますが、アンケートを取って数値化することで声に説得力をもたせることができます。</p>
<p>また、展示の感想のうち、ここが見づらい・わかりにくいなどの声で、すぐに対処可能なものには企画展の会期中に補助的なパネルを追加したりすることも。</p>
<p>様々な意見があるのですべての声に100%対応するのは難しいのですが、</p>
<ul>
<li>今回ここが良くなかったようだから次の展示ではこうしよう</li>
<li>いつもと違う層の方たちが来てくれたようだ</li>
<li>詳しい方からのありがたい情報提供</li>
<li>どこで広報したのが効果的だったのだろう？　など</li>
</ul>
<p>それぞれの担当が展示内容や広報などの博物館活動の改善につなげています。</p>
<p>&nbsp;</p>



<h3>参加型展示からわかったのは？～活用の一例として～</h3>



<p>北海道博物館の総合展示室の最後のところにこんなコーナーがあります。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-scaled.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="705" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-1024x705.jpg" alt="" class="wp-image-6061 colorbox-6058" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-1024x705.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-300x207.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-768x529.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-1536x1058.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-2048x1411.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/03/Use_ASZ5286-700x482.jpg 700w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a></figure>



<p>このコーナーは、来館者の皆さんに投書をしてもらうコーナーで、2015年のオープン時から随時テーマを更新しています。今は「おすすめのミュージアムをおしえて！」というテーマにしていて、このテーマになってからだいたい1年半経ちました。</p>
<p>北海道内にあるミュージアムのうち、おすすめのところを来館者の皆さまに教えてもらう企画で、1年間で531枚もの回答が集まり、おすすめされたミュージアムの数は175件にのぼりました！</p>
<p>年代やお住まいなども答えていただいたので、解析をすることで色々なことが見えてきます。</p>
<p>どんなことがわかったか、ちょっとだけ紹介します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<ul style="list-style-type: square;">
<li><strong>小学生以下くらいの子供に大人気！</strong></li>
</ul>
<p>この企画は子どもたちに人気で、半分以上が10代以下の人の回答でした。これまでに行った楽しかった施設をいっぱい教えてくれました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<ul style="list-style-type: square;">
<li><strong>道内在住の方と道外在住の方とでは回答傾向が違う！</strong></li>
</ul>
<p>道内在住者には石狩・空知・後志エリアの施設が推されていて、道外在住者には石狩・オホーツク・上川エリアの施設が推されていました。</p>
<p>あくまで当館利用者の傾向ではあるのですが、道外からの旅行者の方には札幌から離れた博物館も巡っている方も少なくないことがよくわかります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<ul style="list-style-type: square;">
<li><strong>マニア向けに人気のキーワード</strong></li>
</ul>
<p>歴史、ゴールデンカムイ、鉄道・交通、アンモナイト、動物、アイヌ、炭鉱…など。</p>
<p>なんとなく、当館利用者の興味関心の傾向がわかります。</p>
<p>様々なマニア向けのおすすめミュージアム情報が寄せられました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>詳細は北海道博物館研究紀要（鈴木ほか 2026）にまとめました。まもなくオンラインでも公開されますので、ご覧ください。</p>



<h3>おわりに</h3>



<p>私の勤務館では、学芸員が来館者と会う機会は残念ながらあまり多くはありません。</p>
<p>来館者からの質問があればもちろんすぐに対応するのですが、博物館の裏で仕事をしていることも多いので、「箱」への投書や展示解説スタッフの日報からお客様の感想やお声を聞くのは緊張しつつも楽しみにしていることの一つでもあります。</p>
<p>アンケートには良いところも悪いところもぜひ率直にご回答いただけると嬉しいです。</p>



<p class="has-small-font-size">【引用文献】　鈴木あすみ, 渋谷美月, 鈴木明世, 高橋佳久, 青柳かつら, 櫻井万里子, 2026. 参加型展示コーナー「おすすめミュージアムをおしえて！」における来館者の声の1年間の集計および解析. 北海道博物館研究紀要11: 13-20.（印刷中）</p>



<div class="wp-container-2 wp-block-buttons">
<div class="wp-block-button"><a class="wp-block-button__link" href="https://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/publication-category/bulletin-hm/">北海道博物館研究紀要のページ</a></div>
</div>



<p class="has-text-align-right">＜北海道博物館　学芸員　鈴木あすみ＞</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>展示物とあなたをつなぐキャプション</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/6050</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 04:16:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=6050</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第36回】 博物館の展示資料とともにある小さな解説板「キャプション」。 歴史資料であればその由来や年代を、美術品であれば作品名や作者、製作年などが書かれており、展示資料を深く知る ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[


<p>【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第36回】</p>



<p>博物館の展示資料とともにある小さな解説板「キャプション」。</p>
<p>歴史資料であればその由来や年代を、美術品であれば作品名や作者、製作年などが書かれており、展示資料を深く知るための大切な役割を担っています。</p>
<p>一方で、参加体験型の展示が多い科学館では、そのキャプションに含まれる情報も、少し特殊な多様さを持っています。そこには、展示物と来館者を能動的につなげるための工夫が隠されています。</p>



<h4>分解して見えてくる、体験のヒント</h4>
<p>一つの科学館展示を例にとってみたいと思います。<br>これは大阪市立科学館にある「ボールマシン」という展示物です。</p>
<p>&nbsp;</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-scaled.jpg"><img loading="lazy" width="751" height="1024" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-751x1024.jpg" alt="" class="wp-image-6055 colorbox-6050" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-751x1024.jpg 751w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-220x300.jpg 220w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-768x1047.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-1127x1536.jpg 1127w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-1502x2048.jpg 1502w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-513x700.jpg 513w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070438-1-1-scaled.jpg 1878w" sizes="(max-width: 751px) 100vw, 751px" /></a><figcaption>（『ボールマシン』大阪市立科学館、2025年、筆者撮影）</figcaption></figure>



<p>カラフルなレールが目を引き、鐘などのアイテムに当たる音が楽しい展示物です。<br>スタートボタンを押すとボールが打ち出され、落ちていく様子を、アクリル越しに全方位から観察できます。</p>



<p>では、この展示物に設置されたキャプションを読んでみましょう。</p>



<p></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-scaled.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="769" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-1024x769.jpg" alt="" class="wp-image-6053 colorbox-6050" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-1024x769.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-768x577.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-1536x1153.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-2048x1538.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/P1070437-1-700x526.jpg 700w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a></figure></div>


<h5 class="is-style-plain"><em>「ボールの動きを目で追いかけよう！」</em></h5>



<p>この展示物は、目で見て楽しむ展示物であることがわかります。科学館には押す、引っ張る、のぞいてみる、ジャンプする…など様々な体験方法があるので、これは「見る」中心の展示物だというガイドです。</p>



<h5><em>「ジョージ・ローズ（1926～2021）という米国の作家の芸術作品です。」</em></h5>



<p>この展示物は、芸術作品であるという資料の背景がわかります。</p>



<h5><em>「ジェットコースターのように、ボールがレールに沿って次々と転がり落ちていきます。</em><br><em>宙返り、急降下、ジャンプなどなど、いろいろな楽しい運動を見ることができます。」</em></h5>



<p>この展示物で何が体験できるのか、来館者は何を見ればいいのかがわかります。</p>



<h5><em>「ボールは位置エネルギーと運動エネルギーを交換しています。」</em></h5>



<p>この展示物が表している科学現象について書かれてあり、理科で習う内容と目の前の動きを結び付ける役割も果たしています。</p>



<h5><em>「ボールのおもしろい動きを探してみてね」</em></h5>



<p>「ぶつかる・はねる・まわる」と注目してほしい点を絞ることで、なんとなくボールの動きを見るのではなく、「見る」から「探す」へと展示の楽しみ方を変化させるヒントが書かれています。</p>



<p></p>



<h4>帰った後も展示体験は続いている？</h4>



<p>右側には「身近な現象」などの情報が紹介されています。一見補足のように見えますが、実は来館者の体験を展示室の中だけで終わらせないための重要な仕掛けです。</p>



<p>例えばこの一文があることで、遊園地に行った際に「あ、科学館のボールと同じ動きだ！」と思い出したり、家族や友人と話したりするきっかけになります。展示室での体験を日常へと持ち帰ってもらうような「会話の種」を、キャプションの中に密かに仕込んでいるのです。</p>



<p></p>



<h4>学芸員とあなたを橋渡しするキャプション</h4>



<p>このようによく見てみると様々な情報が散りばめられているキャプション。<br>そこには学芸員が伝えたいメッセージを限られたスペースの中で端的に表現する工夫が詰め込まれています。</p>



<p>このコラムリレーでも<a rel="noreferrer noopener" href="https://www.hk-curators.jp/?s=%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3" target="_blank">キャプションについて取り上げられている回</a>がありますので、ぜひあわせて読んでみてください。館種や学芸員、展示を通して伝えたいことによって内容が様々に変わるのがキャプションの面白いところです。<br><br>次にミュージアムを訪れた際は、ぜひキャプションにも注目してみてください。資料そのものが語ることはもちろん、その資料を「どう楽しんでほしいか」という学芸員の意図を読み解くことで、博物館体験はもっと豊かになるはずです。</p>



<p class="has-text-align-right">　〈株式会社サイバコ/北海道大学教育学院博士後期課程　森沙耶〉</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>収蔵庫は資料館のウラの顔　収蔵庫と「たわし」</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/6040</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 06 Feb 2026 15:10:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=6040</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第35回】 室蘭市民俗資料館では、収蔵庫の多くの部分を「収蔵陳列室」として公開しています。地域の歴史等をご紹介する常設展示室と比べ、松材で組まれた固定式収納棚に整然（自己妄想）と ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第35回】</p>



<p>室蘭市民俗資料館では、収蔵庫の多くの部分を「収蔵陳列室」として公開しています。地域の歴史等をご紹介する常設展示室と比べ、松材で組まれた固定式収納棚に整然（自己妄想）と陳列された収蔵庫の資料。</p>



<p>まちの歴史を知りたい方は別ですが、陳列室の見学を喜ぶ方が多い傾向にあり、特に収蔵資料を実生活で使用した世代には抜群に受けがよく、解説する学芸員より面白いお話をされる方もいます。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image.jpg"><img loading="lazy" width="702" height="527" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image.jpg" alt="" class="wp-image-6041 colorbox-6040" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image.jpg 702w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a><figcaption>収蔵陳列室（収蔵庫）</figcaption></figure>



<p>そんな収蔵庫に並ぶ資料は常設展示資料の２軍的な目で見られがちですが、担当学芸員の考え方や、まちや館の状況によっても収蔵内容が大きく異なります。当館の場合は石炭ストーブなど「鐵」に関する資料が豊富だと感じています。鉄のまち室蘭という環境から、金属類の再利用のため集められたスクラップが多く集結した時期があり、その宝の山の中に突入して収集した館の先人たちは様々な金属に関する貴重な資料を収蔵庫に残してくれました。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1.jpg"><img loading="lazy" width="440" height="330" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1.jpg" alt="" class="wp-image-6042 colorbox-6040" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1.jpg 440w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1-300x225.jpg 300w" sizes="(max-width: 440px) 100vw, 440px" /></a><figcaption>亀の子たわし</figcaption></figure>



<p>多くの鉄資料は収納時には赤さびが出ており、そのままでは収蔵できないので、当館では亀の子たわしで磨き上げています。亀の子たわしはご存じのようにヤシの実の繊維（パーム）でできており、たわしで擦ると赤さびは取れてきれいに仕上がります。しかし、たわしにはヤシの油性分はほとんど残って無いそうです。仕上がりがよくない場合には油性分の多い「カルカヤたわし」を仕上げに使用すると、黒さびの保護膜ができるようで、見た目もきれいで資料管理にも良いようです。</p>



<p>また、博物館実習の中では体験用せんべい焼き器の洗浄もたわしで行っており、実習生たちは当初疑いの眼差しで見ていたものが、たわしによりきれいに磨き上げられていく過程に驚愕の表情に変わっていき、たわしに対する認識が変わって実習を終えていきます。</p>



<p>当館収蔵庫の貴重な金属資料の収蔵には「たわし」と労力が必要で、そこで初めて未来に継承していく資料になっており、現在の来館者も楽しませてくれます。</p>



<p>多くの博物館等では収蔵庫の開放はしていないと思うのですが、何かの機会に見学することがありましたら、違った視点で是非収蔵庫を覗いてみてください。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image.png"><img loading="lazy" width="369" height="276" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image.png" alt="" class="wp-image-6043 colorbox-6040" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image.png 369w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-300x224.png 300w" sizes="(max-width: 369px) 100vw, 369px" /></a><figcaption>洗浄前のせんべい焼き器</figcaption></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1.png"><img loading="lazy" width="363" height="271" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1.png" alt="" class="wp-image-6044 colorbox-6040" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1.png 363w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/02/image-1-300x224.png 300w" sizes="(max-width: 363px) 100vw, 363px" /></a><figcaption>洗浄済みのせんべい焼き器（一度使用してしまいました）</figcaption></figure>



<p class="has-text-align-right">室蘭市教育委員会　谷中聖治</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『ただの岩石』にしないために ― データと解釈が支える岩石資料の“ウラ側”</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/6029</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Jan 2026 02:28:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[胆振・日高地区]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<category><![CDATA[博物館]]></category>
		<category><![CDATA[地質]]></category>
		<category><![CDATA[岩石]]></category>
		<category><![CDATA[日高]]></category>
		<category><![CDATA[自然史]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=6029</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第34回】 　日高山脈博物館は、地質や岩石に特化した博物館で、資料の大半は岩石です。これらほとんどが野外での採取によるものです。野外での試料採取で最も重要なことは、「いつ」「どこ ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第34回】</p>



<p>　日高山脈博物館は、地質や岩石に特化した博物館で、資料の大半は岩石です。これらほとんどが野外での採取によるものです。野外での試料採取で最も重要なことは、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」採取したのかを記録することなのは、以前の<a href="https://www.hk-curators.jp/archives/4630">コラム</a>でも述べました。</p>



<p>　現地で採取した岩石を博物館資料としての岩石、さらには研究試料として扱えるようにするには、「データ」（岩石名、採取地、採取日、採取者など）が必要です（写真1）。つまり、博物館に収蔵している岩石資料の「データ」が、何らかの理由で欠落してしまった瞬間、「ただの岩石」になってしまいます。博物館の資料としての岩石とその辺の岩石との差は「データの有無」であるともいえるでしょう。博物館資料の危うい“ウラ側”です。</p>



<p></p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2.png"><img loading="lazy" width="1024" height="376" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2-1024x376.png" alt="" class="wp-image-6033 colorbox-6029" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2-1024x376.png 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2-300x110.png 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2-768x282.png 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2-1536x564.png 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2-700x257.png 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/040c04193d843b83919227d6b393ebae-2.png 1764w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption><strong>写真1　資料に必要なデータの一例．</strong><br>A：野外採取時の簡易的なデータの記載。非伸縮性のテーピングテープを用いています。B：資料としてのラベルに用いるデータ。ここでの整理番号は「イニシャル＋採取日＋採取順」としています。これは岩石図鑑を作成するときにも有効です。</figcaption></figure>



<p></p>



<p>　その重要な「データ」について、先述の項目は、岩石資料のおそらく最低限のデータの一例です。「採取日」「採取者」は迷いませんね。「採取地」には「地質帯」もよく付記します。「岩石名」は、肉眼だけでわかる場合もあれば、わからない場合もあるので、改めて調べることも必要です。恐るべきことに、世の中には肉眼だけでほとんどわかる人もいるのですが、その“ウラ側”は後ほど明かします。</p>



<p>　私が考える、岩石名を同定できる精度を高める方法は表のようなものです。</p>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52.png"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52-1024x477.png" alt="" class="wp-image-6031 colorbox-6029" width="840" height="391" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52-1024x477.png 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52-300x140.png 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52-768x358.png 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52-1536x716.png 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52-700x326.png 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/0161352a3d2ab457dfa6640c52a8eb52.png 1921w" sizes="(max-width: 840px) 100vw, 840px" /></a><figcaption><strong>表　筆者の考える、岩石を同定する方法・技術の一例とその内容</strong>　（拡大してご覧ください）</figcaption></figure>



<p></p>



<p>　データでの「岩石名」を記載するのなら、個人的には、岩石薄片の偏光顕微鏡観察で十分だと思います。それ以上の化学分析は、岩石薄片を作成できない場合や、岩石の形成過程などより詳細な事実を明らかにする場合に必要です。また、肉眼観察・岩石薄片の偏光顕微鏡観察・化学分析のそれぞれのデータを全て正しく理解し、統合的に解釈する場合がほとんどです。</p>



<p>　化学分析などの高度技術やそこから得られるデータは、答えの精度を上げるための「道具」です。「何を問うか・導き出すか」という本質的な部分は、今も人間の能力に委ねられています。優れたデータに命を吹き込めるかどうかは、それを扱う人間の能力次第です。偏光顕微鏡下で鉱物や組織を理解できたり、化学分析の意味やデータの意味を解釈できたりしないと、これらの貴重で有用なデータも生かすことができません。</p>



<p>　先述の「肉眼だけでほとんどわかる人」は、これらのデータを正しく解釈でき、肉眼での観察結果との裏づけがたくさんできている人でもあるわけです。その研鑽を積めば積むほど、肉眼での観察結果の精度は高くなっていきます。</p>



<p>　そして、これらの方法と得られたデータを用いることで、博物館資料の科学的事実という“ウラ側”を明らかにできます。最近では、博物館展示資料の幸太郎石のでき方を明らかにしました（東ほか，2025）。</p>



<p>　当館以外の幸太郎石も「肉眼観察」（写真2）し、当館の資料は「岩石薄片」を作成し「偏光顕微鏡観察」（写真3）し、目的に応じた「さまざまな化学分析」も行ない、得られた全てのデータを科学的に解釈して「事実を明らか」にし、論文にして公表しました。化学分析によって幸太郎石の変成年代（約1.1億～1億年前：前期白亜紀）も明確になったので、その時期の北海道周辺の地質環境にも新しい解釈を与えることができました。詳しい内容は論文をご覧ください（日本語論文です）。</p>



<p></p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c.png"><img loading="lazy" width="1024" height="775" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c-1024x775.png" alt="" class="wp-image-6034 colorbox-6029" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c-1024x775.png 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c-300x227.png 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c-768x581.png 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c-1536x1162.png 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c-700x529.png 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/651c7fc9e1745d198da658ca271c9b6c.png 1572w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption><strong>写真2　幸太郎石のでき方を明らかにするために肉眼記載を行なったさまざまな幸太郎石．</strong><br>A：日高山脈博物館所蔵の幸太郎石、B：2014年札幌芸術祭「一石を投じる(Stone from Nibutani)」・島袋道浩氏の作品（札幌市資料館に展示）の幸太郎石、C：2017年の幸太郎沢周辺調査で発見した幸太郎石、D：岩見沢市玉泉館跡地公園に設置されている幸太郎石</figcaption></figure>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77.png"><img loading="lazy" width="1024" height="685" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77-1024x685.png" alt="" class="wp-image-6035 colorbox-6029" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77-1024x685.png 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77-300x201.png 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77-768x514.png 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77-1536x1027.png 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77-700x468.png 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2026/01/469fd3398bb512e861acc437c5a8ca77.png 1609w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption><strong>写真3　日高山脈博物館所蔵幸太郎石の岩石薄片と偏光顕微鏡写真．</strong><br>Ａ：岩石薄片の全体写真。筆者作成・28㎜×48㎜、Ｂ：緑色岩片や蛇紋岩片（それぞれがエジリンやアルカリ角閃石などに置換されています）とクロムスピネルが全体的に含まれている様子、C：黒色粒状のクロムスピネル・茶色～黄金色のエジリン・水色～青色のアルカリ角閃石（大部分がリーベック閃石）が観察できる様子、D：輝石類はトレモラ閃石に置換され、さらにアルカリ角閃石に置換されている様子。［GS：緑色岩、SRP：蛇紋岩、Aam：アルカリ角閃石（おおむねリーベック閃石）、Aeg：エジリン、Px：輝石、Trm：トレモラ閃石、Spl：クロムスピネル］</figcaption></figure>



<p></p>



<p>　日高山脈博物館の周辺には、“ウラ側”の明らかになっていない地質学的・岩石学的資料が、まだまだたくさんあるので、これからも私の楽しみは尽きません。</p>



<p class="has-small-font-size">引用文献<br><a href="https://doi.org/10.15080/agcjchikyukagaku.79.4_209">東　豊土・加藤孝幸・和田恵治・八木公史・藤原泰誠・岡村　聡，2025，幸太郎石：神居古潭帯から発見された蛇紋岩を主とする藍青色のNa交代礫岩．地球科学，79，209-228．</a></p>



<p></p>



<p class="has-text-align-right">〈日高山脈博物館　学芸員　東　豊土〉<a id="_msocom_1"></a></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>年月を経ても、いつまでも色褪せない展示</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/6012</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Oct 2025 03:46:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=6012</guid>

					<description><![CDATA[　【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第33回】 小樽市総合博物館本館は旧手宮駅構内跡地に博物館が建設されました。そのため構内には「旧手宮鉄道施設」（重要文化財）や「北海道開通起点標」（JR北海道指定準鉄道記念物） ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第33回】</p>



<p>小樽市総合博物館本館は旧手宮駅構内跡地に博物館が建設されました。そのため構内には「旧手宮鉄道施設」（重要文化財）や「北海道開通起点標」（JR北海道指定準鉄道記念物）、道内で活躍した鉄道車両が保存されています。そして、メインの建物である鉄道・科学・歴史館の鉄道展示は、明治期に活躍した「しづか号」と道産初の一等客車「い１号」が見学できるしづかホール、北海道や小樽の鉄道史を紹介する展示、日本遺産「炭鉄港」のガイダンス展示など「小樽の鉄道文化」の魅力を再発見してもらえる鉄道展示室があります。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No1.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No1-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-6013 colorbox-6012" width="427" height="321" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No1-1024x768.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No1-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No1-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No1-700x525.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No1.jpg 1240w" sizes="(max-width: 427px) 100vw, 427px" /></a></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="alignleft size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No2.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No2-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-6014 colorbox-6012" width="275" height="182" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No2-1024x683.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No2-300x200.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No2-768x512.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No2-700x467.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No2.jpg 1338w" sizes="(max-width: 275px) 100vw, 275px" /></a></figure></div>


<p>　ところが展示室の大部分は1996（平成8）年に開館した小樽交通記念館の建設時に製作したもので、大半は展示物に古さが見られるます。しかし、当時から引き継がれたままの展示でありながら、現在でも色あせることなく人気が続くコーナーを紹介します。</p>



<p>    </p>



<p>　</p>



<p>    </p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="501" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3-1024x501.jpg" alt="" class="wp-image-6015 colorbox-6012" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3-1024x501.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3-300x147.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3-768x376.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3-1536x751.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3-700x342.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No3.jpg 1650w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a></figure>



<p>　ずらりと並ぶ蒸気機関車の模型、これは道内の代表的な機関車を紹介する「北海道の蒸気機関車」コーナーです。機関車10両を同一スケール（縮尺1/45　Oゲージ相当）で車庫の中に古い順番で並び、ボタン操作により見たい車両を車庫から呼び出すことができます。<br>　なお蒸気機関車の形式は300種類以上あり、北海道には1000両を超える機関車が所属していました。その中から10両の選別は大変だったと当時の担当者は話しています。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="alignright size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No4.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No4-1024x702.jpg" alt="" class="wp-image-6016 colorbox-6012" width="355" height="243" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No4-1024x702.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No4-300x206.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No4-768x527.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No4-700x480.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No4.jpg 1063w" sizes="(max-width: 355px) 100vw, 355px" /></a></figure></div>


<p>　ボタンを押すと、機関車が出てきて転車台で停車、回転中に車両の説明が流れ、また戻っていくだけの単純な内容です。しかし、小型機関車から大型機関車までオーバーランさせることなく定位置に止められるのは比類のないシステムです。（原理は簡単です。ここでは説明は控えますが、もし知りたい方はお声がけください。）</p>



<p>　来館者が少ない日でも、ここだけは人が集まる人気のコーナーです。人気の理由として考えられることは、模型は全て特注品で精巧に機関車を再現している点、模型の機関車が動くことで子供も楽しめること、車両が登場する時に各車両のイメージに合わせた音楽を流す演出といったことが興味を引くのではと推測しています。</p>



<p>　実際にお客さんの様子を観察していると、こちらが意図していない部分に注目して見ていたり、突拍子もない感想を会話していたり、観覧者の反応がいろいろで面白いものです。特に子どもが多くいつまでも居続けています。</p>



<p>　人気の展示コーナーではありますが、システムは完成した29年前から全く更新しておらず、いつ公開終了になってもおかしくない状態です。例えば、音源に使用している機器は未だにレーザーディスクプレーヤー（LD）を使用しています。補修部品の保存期限は過ぎていて、メーカーでは修理してくれません。故障すれば予備のLDと交換で対応していますが、予備機は残り数台です。また可動模型の摩耗が進み、摩耗は本物の機関車と同じで車軸のズレなどが発生すれば走行不能になります。特注品のため部品交換も特注になります。また動力のモーターは昨年生産中止になり入手が難しくなっており、現状維持が厳しくなっていく状況です。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6-1024x708.jpg" alt="" class="wp-image-6017 colorbox-6012" width="429" height="296" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6-1024x708.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6-300x207.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6-768x531.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6-1536x1062.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6-2048x1416.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/No6-700x484.jpg 700w" sizes="(max-width: 429px) 100vw, 429px" /></a></figure></div>


<p>　古くなった鉄道展示室の更新のため、いろいろな展示を見て勉強していますが、最近のデジタル技術や展示手法の進歩は著しいと感じます。しかし、どんなに新しい手法を用いても展示は劣化するものです。もし、新しい展示室を作る機会があれば10年～20年先を見越し、いつまでも色褪せない展示を目指したいものです。</p>



<p class="has-text-align-right">（小樽市総合博物館　佐藤 卓司）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>資料のウラの大事な情報</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/6000</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 17 Oct 2025 06:15:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=6000</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館～資料の裏側」第32回】 今回は、千歳市埋蔵文化財センターの資料のウラ側をご紹介します。 千歳市と言えば、新千歳空港！と思われる方も多いでしょう。そうです！道内のお土産が一同に会し、映画館や温泉 ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p></p>



<p><strong>【コラムリレー08「博物館～資料の裏側」第32回】</strong></p>



<p>今回は、千歳市埋蔵文化財センターの資料のウラ側をご紹介します。<br></p>



<p>千歳市と言えば、新千歳空港！と思われる方も多いでしょう。<br>そうです！道内のお土産が一同に会し、映画館や温泉もあって、1か月に1回はどこかのテレビで特集されている、あの「新千歳空港」がある市です！<br></p>



<p>千歳市は空港がある「空のまち」として有名である一方、「遺跡のまち」でもあるのをご存じでしょうか？？<br>約3万年前の旧石器時代から現代に至るまで、途切れることなく人々が生活してきた痕跡が数多く見つかっています。（令和7年現在360か所　道内4番目の多さ）<br></p>



<p>これは、<br>【千歳市が北海道の日本海側と太平洋側を川で移動できるルート上に位置し、昔からたくさんの人・もの・情報が千歳市に入ってきて、絶え間なく人が暮らしてきたから】<br>というのが、理由の一つです。<br></p>



<p>つまり、空港ができるずっと前から、千歳市は「交通の要衝」であったことが、残されてきたたくさんの遺跡の調査からわかっています。</p>



<p></p>



<p>そんな新千歳空港から車で25分程の場所にある千歳市埋蔵文化財センターでは、千歳市内の遺跡から出土した逸品を展示しています。<br>ケースに入っていない展示品も多く、とても近くで土器や石器を観察することができるんですよ。<br>そんな資料のウラ側をよく見てみると、小さい文字でなにか書かれているのに気づくかもしれません。<br>この文字はなんだ？？？</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7078.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7078-768x1024.jpg" alt="" class="wp-image-6003 colorbox-6000" width="326" height="434" /></a><figcaption>展示品１　縄文時代中期（約4000年前）の土器の内側</figcaption></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-scaled.jpg"><img loading="lazy" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-1024x681.jpg" alt="" class="wp-image-6008 colorbox-6000" width="840" height="558" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-1024x681.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-300x199.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-768x511.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-1536x1021.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-2048x1362.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/73103399ef1d58afe522d78b152e29bf-700x465.jpg 700w" sizes="(max-width: 840px) 100vw, 840px" /></a><figcaption>展示室のアイヌの丸木舟の下には…</figcaption></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7077-2.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7077-2-768x1024.jpg" alt="" class="wp-image-6004 colorbox-6000" width="318" height="424" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7077-2-768x1024.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7077-2-225x300.jpg 225w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7077-2-1152x1536.jpg 1152w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7077-2-525x700.jpg 525w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7077-2.jpg 1536w" sizes="(max-width: 318px) 100vw, 318px" /></a><figcaption>展示品２　丸木舟の下に置かれた礫たちにも一つ一つ文字が</figcaption></figure></div>


<p></p>



<p>これは「注記（ちゅうき）」と言って、資料が見つかった「遺跡名」や出土した「土層」「遺構（いこう＝住居やお墓など地面に掘られた痕跡）」などの情報、いわば<strong><mark>資料の出身地</mark></strong>が書かれています。</p>



<p>遺物は”どこから”見つかったのか、という情報がとても大事。</p>



<p>例えば、縄文時代中期の破片が住居の床面から見つかれば、その住居は縄文時代中期に使われたものかもしれないと考えられます。</p>



<p>また、調査場所のある一か所から黒曜石の小さな破片がたくさん見つかったら、そこは石器を作っていた場所だったのかもしれないし、お墓の中から土器や玉製品や石棒なんかが出たら、そのお墓に埋葬された人がどのような人だったのかを考えるヒントになります。<br>時代の手がかりとなる遺物そのものがもつ情報と、遺跡・遺構から「その遺物が出土した」という情報が、考古学ではとっても大事な記録なのです。</p>



<p>例えば、上の土器の一破片には、「IM6 88 ⅡH-11 1521」という文字があります。<br>ただの暗号のようですが、訳すと「この破片は、イヨマイ6遺跡の1988年の発掘で見つかった縄文時代の層の11号住居出身　破片番号1521」という意味です。<br></p>



<p>下は、昭和38年にマンホールを作る際に見つかったアイヌの丸木舟の下にある礫たち。<br>丸木舟を盛りたてるためのモブ的存在に見られがちですが、紛れもない遺物です。<br>「ⅡB」は千歳市では縄文時代の土層のことを示し、そのうしろに遺跡内での場所を示すグリッド名が書かれています。（礫は、展示の丸木舟とは別の遺跡の別の層から見つかったものです）。</p>



<p></p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9336.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="576" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9336-1024x576.jpg" alt="" class="wp-image-6007 colorbox-6000" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9336-1024x576.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9336-300x169.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9336-768x432.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9336-700x394.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9336.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption>遺跡の発掘調査の様子（令和4年　祝梅川矢島（しゅくばいがわやじま）遺跡）</figcaption></figure>



<p>遺跡から見つかった持ち運ぶことのできる資料は「遺物（いぶつ）」と呼ばれます。<br>遺跡の調査で見つかった遺物は、図面や機械でその場所を記録した後、遺跡名や見つかった日付、出土遺構、遺跡全体での通し番号などの情報を袋やタグに書いて仮保管します。<br></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="768" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-6006 colorbox-6000" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632-1024x768.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632-1536x1152.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632-700x525.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_9322-e1760595246632.jpg 2016w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption>発掘調査中に発見された遺物に場所の情報を与える<br>（このときは、機械で遺物の場所を記録していたため、遺跡名と機械で管理する通し番号を記入）</figcaption></figure></div>


<p></p>



<p>その後、遺物は水洗いと乾燥をしますが、この時にも、それぞれの遺物が持つ出土場所の情報が無くならないよう、細心の注意を払います。</p>



<p>そして、乾燥が終わると注記作業です。<br>現場で与えられた情報を、直接遺物に書き込みます。注記は、土器の裏面や石器の目立たない場所で、なおかつ文字が書ける平らで滑らかな場所に書かれます。<br>1点1点細い筆を使った手書きが主流ですが、現在は技術も進歩し、デジタルで注記してくれる機械もあるとか（遠い目）。</p>



<p>こうして注記を終えた遺物は、そのもの自体に情報を書き残すことができるので、袋やタグを取って破片同士をくっつける接合作業や、分析、実測、写真撮影などに移っていけるのです。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_0185-e1760599596681.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="768" src="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_0185-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-6011 colorbox-6000" /></a><figcaption>1点ずつ注記された土器から、くっつく破片を見つける（接合）</figcaption></figure>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7362-1.jpg"><img loading="lazy" width="768" height="1024" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7362-1-768x1024.jpg" alt="" class="wp-image-6009 colorbox-6000" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7362-1-768x1024.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7362-1-225x300.jpg 225w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7362-1-525x700.jpg 525w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7362-1.jpg 960w" sizes="(max-width: 768px) 100vw, 768px" /></a><figcaption>注記の終わった破片の拓本どり</figcaption></figure>



<p>この注記、どこでも大体「遺跡名＋調査年（または調査次数）＋出土遺構（または出土グリッドや出土層位）＋遺物番号」というような、一定のルールで書かれていることが多いように思われます。<br>遺跡名や出土遺構も、頭文字を取ったアルファベット表記されていることが多いです。<br>担当者が変わっても遺物の情報を引き継いでいくことが、未来に資料の価値を伝える第一歩と言えるかもしれません。</p>



<p></p>



<p>資料のウラ側にある暗号のような文字列には、発掘調査当時から引き継がれてきた大事な大事な情報が隠されているのでした。</p>



<p>みなさんも、遊びに行った展示施設で注記を見つけたら、なんの情報が隠れているのか読み解いてみてくださいね。<br></p>



<p class="has-text-align-right">（千歳市埋蔵文化財センター　茅原 明日香）</p>



<p></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>資料を受け継ぐ　～三枚の表紙のナゾ～</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/5989</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 10 Oct 2025 10:05:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=5989</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第31回】 　北広島市エコミュージアムセンターが所蔵している資料の一つに、『中山久蔵遺蹟録』（以下、『遺蹟録』）という古い冊子があります。 写真1　資料『中山久蔵遺蹟録』 　中山 ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第31回】</p>



<p>　北広島市エコミュージアムセンターが所蔵している資料の一つに、『中山久蔵遺蹟録』（以下、『遺蹟録』）という古い冊子があります。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224716.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224716.jpg" alt="" class="wp-image-5990 colorbox-5989" width="357" height="476" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224716.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224716-225x300.jpg 225w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224716-525x700.jpg 525w" sizes="(max-width: 357px) 100vw, 357px" /></a><figcaption>写真1　資料『中山久蔵遺蹟録』</figcaption></figure></div>


<p>　中山久蔵とは、明治初期、道南より北では難しいとされていた米づくりに挑み、明治6年（1873）、現在の北広島市島松の地で初めて米の安定栽培に成功した人物です。明治12年（1879）から明治45年（1912）までの約30年間にわたって、栽培に成功した「赤毛（米の品種）」の種もみなどを全道各地の希望者へ無償で頒布したほか、時には自らも全道各地に農業指導へ赴くなど、寒冷地における稲作の普及に尽力しました。こうした功績により、久蔵は「寒地稲作の祖」などと呼ばれ、北海道稲作史を語る上では欠かせない人物となっています。</p>



<p>　この『遺蹟録』は、北海道で開墾をはじめた明治4年（1871）から、亡くなる前年である大正7年（1918）までの、久蔵の経歴や功績がまとめられたものです。普段は写真のような表紙の状態で常設展示室に展示しているため、中の本文を見ることはできません。</p>



<p>　一見何の変哲もないこの資料ですが、実は表紙をめくると、『農業篤志中山久蔵翁事績』（以下、『事績』）というまた別のタイトルの表紙が現れます。これはなぜでしょうか？　実はこの資料、後半にも同じく『農業篤志中山久蔵翁事績補遺』（以下、『事績補遺』）という表紙のようなページが出てきます。つまり本冊子は、『事績』と『事績補遺』、二つの別の資料が一冊にまとめられたものなのです。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224738-1.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224738-1.jpg" alt="" class="wp-image-5996 colorbox-5989" width="528" height="396" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224738-1.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224738-1-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224738-1-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251009_224738-1-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 528px) 100vw, 528px" /></a><figcaption>写真2　中を開くと、もう一枚表紙が？</figcaption></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251010_083240-1.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251010_083240-1.jpg" alt="" class="wp-image-5997 colorbox-5989" width="526" height="394" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251010_083240-1.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251010_083240-1-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251010_083240-1-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/20251010_083240-1-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 526px) 100vw, 526px" /></a><figcaption>写真3　三枚目の表紙</figcaption></figure></div>


<p>　なぜそうした構造になっているのかというと、明治24（1891）～43年（1910）に作られたと考えられる『事績』と、その後の出来事や功績を追加した『事績補遺』、もともとは別の資料だったこれらを子孫の方が後世において一つの資料として綴じなおし、新たに”中山久蔵遺蹟録”と名付けたのではと推測しています。</p>



<p>　このように、個人に関する資料等は、一般的に子孫や関係者が大事に保管されていたものを寄贈いただくことが多いです。一方で、驚くような場所から貴重な資料が発見されることもあります。その例の一つが、北広島市島松地区にある史跡「旧島松駅逓所（きゅうしままつえきていしょ）」の壁の内側です。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/76fc946c72b9cd607c4796ee2743c975.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/76fc946c72b9cd607c4796ee2743c975.jpg" alt="" class="wp-image-5993 colorbox-5989" width="643" height="482" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/76fc946c72b9cd607c4796ee2743c975.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/76fc946c72b9cd607c4796ee2743c975-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/76fc946c72b9cd607c4796ee2743c975-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/76fc946c72b9cd607c4796ee2743c975-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 643px) 100vw, 643px" /></a><figcaption>写真4　史跡旧島松駅逓所</figcaption></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-scaled.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-5994 colorbox-5989" width="641" height="427" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-1024x683.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-300x200.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-768x512.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-1536x1024.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-2048x1365.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/5eb0a7928ea7bcb8c1f55fd4e2fbdab3-700x467.jpg 700w" sizes="(max-width: 641px) 100vw, 641px" /></a><figcaption>写真5　壁の内側に貼られていた古文書の痕（写真は令和6年工事の様子）　</figcaption></figure></div>


<p>　今から約40年前となる昭和59年度（1984）から平成2年度（1990）にかけて、旧島松駅逓所は初めての大規模な保存修理を実施しました。その際、駅逓所建物の間仕切壁（建物内の空間を仕切るための壁）などから発見された壁紙の下張りに使用された反故紙の中に、当時の駅逓業務に関する資料が含まれていることが判明しました。</p>



<p>　　この保存修理工事によって回収された古文書類はすべてが断片であり、その数は330片にのぼります。そのうち島松駅逓所に関する簿書類は100片程度と考えられ、断片であるがために解読できる部分は少ないものの、明治17年（1884）から同20年代の島松駅逓所の業務、経営の実態を垣間見ることのできる貴重な資料であることがわかりました。ちなみに、島松駅逓所はもともと中山久蔵の自宅であった建物であり、久蔵が4代目取扱人（＝管理人）を務めていた施設でもあります。そのため、最初にご紹介した『遺蹟録』も、壁の内側から見つかった古文書も、ともに「中山久蔵関係資料群（253点）」として、平成30年（2018）に市の指定文化財となりました。</p>



<p>　このように、資料と一口に言っても、子孫が代々大切に守り伝えた末に残ったものもあれば、今回のように工事の最中に偶然見つかるものなど、その由来はさまざまです。そうして残った資料の一つ一つが、数十年、数百年前の過去を現代に伝える貴重な財産であり、私たちもまた、現代の新たな資料とともにそれらを次の百年へ大切に引き継いでいかなければと感じています。</p>



<p class="has-text-align-right">（北広島市エコミュージアムセンター知新の駅 学芸員　吉村 くるみ）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>古くてすごい！北海道の歴史的建造物が❝宝物❞になる時代</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/5974</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Oct 2025 08:12:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=5974</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第30回】 　北海道の歴史的建造物の保存修理が進んだ時代は、昭和後期から平成初期にかけて（1980年代後半から2000年初頭）です。これは日本の文化財保護制度が、時代とともに成熟 ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>【コラムリレー08「博物館～資料のウラ側」第30回】</p>



<p>　北海道の歴史的建造物の保存修理が進んだ時代は、昭和後期から平成初期にかけて（1980年代後半から2000年初頭）です。これは日本の文化財保護制度が、時代とともに成熟し、歴史的建造物の価値があらためて評価された時期と重なります。史跡旧島松駅逓所もそのひとつです。</p>



<h2>史跡旧島松駅逓所の「とっておきのヒミツ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/305f772312850ec188ba99b21a0ddd2d-8.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/305f772312850ec188ba99b21a0ddd2d-8-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-5977 colorbox-5974" width="504" height="335" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/305f772312850ec188ba99b21a0ddd2d-8-1024x683.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/305f772312850ec188ba99b21a0ddd2d-8-300x200.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/305f772312850ec188ba99b21a0ddd2d-8-768x512.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/305f772312850ec188ba99b21a0ddd2d-8-700x467.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/305f772312850ec188ba99b21a0ddd2d-8.jpg 1200w" sizes="(max-width: 504px) 100vw, 504px" /></a><figcaption>史跡旧島松駅逓所（エコミュージアムセンター所蔵）</figcaption></figure></div>


<p>　わたしは、文化財（建造物）保存修理計画を担当する学芸員です。ここ史跡旧島松駅逓所は、中山久蔵宅や赤毛の見本田、大輪が咲く蓮池など、どこを見ても「すばらしい！」と訪れた人を魅了する北広島市の「顔」です。ほかにも魅力的なおもしろさは、実は「見えないところ」に隠されています。</p>



<h2>天井裏はタイムカプセル</h2>



<p>　そうは言っても誰でも見て感動するのは、完璧に整えられた建物の「顔」である全体像ではないでしょうか。でも、私たちが心躍るのは、その壁の裏側や小屋裏から分かることです。                                          </p>



<p>　史跡旧島松駅逓所は、昭和59年の大規模改修工事から30年以上経過しました。主屋の老朽化が進んだため、令和6年度から約2年間をかけて保存修理工事を行っています。天井材を剥がすと、約150年前に久蔵がこの島松に入地した、当初の家屋の一部が、そのまま残されている痕跡を見ることができます。この部屋から増改築の始まった証を目の当たりにしたとき、「ザワッ」と鳥肌が立った感覚は忘れることができません。それは、まるで当時の大工さんからのタイムカプセル。昭和59年の工事報告書からわかりますが、実際この目で見ると何とも言えない感覚です。そこから始まる、増改築の痕跡を見るたびに、「この時代に、久蔵の思いを汲んだ大工たちが、こんな風にこの建物を増築してきたんだなぁ…」と思うと、建物のもつ物語が、幾つも折り重なって紡いできていると思うと感慨深いです。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-5978 colorbox-5974" width="486" height="323" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441-1024x682.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441-300x200.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441-768x512.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441-1536x1023.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441-700x466.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/155ff9b017e55bddbba8793e27511441.jpg 1732w" sizes="(max-width: 486px) 100vw, 486px" /></a><figcaption>当初の棟木・桁・隅木（エコミュージアムセンター/筆者撮影）</figcaption></figure></div>


<h2>増改築の「痕跡」が語る人々の物語</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="alignleft size-full is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/8e59af209775a5b190bb7b93f97402fd-1.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/8e59af209775a5b190bb7b93f97402fd-1.jpg" alt="" class="wp-image-5981 colorbox-5974" width="362" height="271" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/8e59af209775a5b190bb7b93f97402fd-1.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/8e59af209775a5b190bb7b93f97402fd-1-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/8e59af209775a5b190bb7b93f97402fd-1-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/8e59af209775a5b190bb7b93f97402fd-1-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 362px) 100vw, 362px" /></a><figcaption>　　小屋裏の様子（エコミュージアムセンター/筆者撮影）</figcaption></figure></div>


<p>　小屋裏を覗いてみると、柱や梁には、部屋を分けたり、増築や減築した痕跡が確認できます。この増改築の痕跡は、島松駅逓所が札幌本道沿いに立地したことを考えると、人やモノの往来が頻繁となり、使い勝手に応じて部屋や廊下を少しずつ変えてきたと思われます。歴史をみると、明治4年 中山久蔵が島松（現在 北広島市）に入地し、明治10年 クラークの別れの地（boy&#8217;s be ambitious:青年よ大志を懐けの名言を残した地）となり、明治14年 明治天皇行在所となり、明治17年 久蔵が第4代 駅逓取扱人に命ぜられました。これらの歴史の渦中で、久蔵は篤農家として農事に精を出していたこともあり、とても忙しい日々を送っていたと思われます。そう考えると、札幌本道の開通から明治20年前半までが島松駅逓所は、全盛期で旅人も増え、休憩だけではなく宿泊や荷物を一時的に預かっていたのかもしれません。</p>



<h2>職人の「隠れたサイン」を探せ！</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="alignleft size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1.jpg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-5982 colorbox-5974" width="351" height="234" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1-1024x682.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1-300x200.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1-768x512.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1-1536x1023.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1-700x466.jpg 700w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/10/b230ac3b617bd6d21cdbb7991afe72ce-1.jpg 1732w" sizes="(max-width: 351px) 100vw, 351px" /></a><figcaption>史跡旧島松駅逓所 小屋裏から<br>　　　　　（エコミュージアムセンター/筆者撮影）</figcaption></figure></div>


<p>　私が一番好きな「ヒミツ」は大工さんたちがこっそりと残した「サイン」を見つけることです。小屋裏の梁に、位置を示すために墨付けをしているところや古い建築部材を再利用している部屋があります。こうした見えない部分のサインや小さな工夫は、その建物を愛し、誇りを持って仕事に取り組んだ彼らの姿を想像させてくれます。歴史的建造物は、その壁の向こう側や屋根の裏側、そして隠れた見えないところに、多くの人々の思いや、語られざる歴史が眠っている、壮大な「物語の倉庫」なのです。</p>
<p> </p>
<p>みなさんが歴史的建造物を訪れる際は、ぜひ、見えないところに隠された「ヒミツ」にも思いをはせてみてください。</p>



<p>史跡旧島松駅逓所　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　所在地　北海道北広島市島松１－１（令和7年度 現在、工事中の為、見学できません）　</p>



<p>リニューアルオープン　令和8年4月28日</p>



<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜北広島市　エコミュージアムセンター 学芸員　黒田 弘子＞</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>113年の時を経て発見された資料たち</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/5955</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Sep 2025 02:58:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=5955</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館？資料の裏側」第29回】 博物館網走監獄では、今年2025年の6月から耐震工事が始まりました。 今回のコラムリレーでは、現在行われている工事や過去の移築についてお話しようと思います。 まず、博物 ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[


<p><strong>【コラムリレー08「博物館？資料の裏側」第29回】</strong></p>





<p>博物館網走監獄では、今年2025年の6月から耐震工事が始まりました。</p>
<p>今回のコラムリレーでは、現在行われている工事や過去の移築についてお話しようと思います。</p>



<h2>まず、博物館網走監獄とは？</h2>



<p>博物館網走監獄は、1983年の７月に開館しました。</p>
<p>元々は網走川の向こう岸に刑務所（監獄）がありました。しかし明治時代からの建造物は次第に老朽化していき、全面改築を行うことになった際に市民から昔の建造物を保存すべきだという声が上がりました。それらの熱意とともに財団法人を設立し、天都山の中腹に建造物を移築、または復原させて博物館を創設しました。</p>
<p>博物館網走監獄の誕生です。</p>



<p>ところで刑務所は犯罪者が収容されているので負のイメージしか無いように思えますが、なぜ網走市民は網走監獄の建物の保存を望んだのでしょうか。</p>
<p>答えは、網走にとっての監獄は発展のシンボルだったからです。</p>
<p>明治23年（1890年）に中央道路開削のため、釧路の集治監から釧路集治監網走外役所として囚人1200名と家族を連れた看守が網走の地に降り立った際には、村民が631人しかいませんでした。しかし看守の家族などが一気に移り住んできたことで商いが活発になり、徐々に網走は活性化していきました。また若い受刑者の労働力は網走の発展にも繋がりました。</p>
<p>さらに監獄には国費が投入されることから最新式の物が取り揃えられ、網走で電気が最初に灯ったのも、明治時代にボイラーで風呂を沸かすことができたのも網走監獄が初めてでした。網走監獄のおかげで、網走市における経済活動も活発化していったのです。</p>
<p>こういった経緯から、網走市にとって監獄は重要な施設となっていきました。</p>



<h2>2025年6月から、耐震工事が始まりました</h2>



<p>そんな市民の思いのもと創設された博物館網走監獄の建物の保存も、日々のメンテナンスだけでは補えないのが地震等の自然災害です。</p>
<p>そこで当館では、重要文化財の耐震工事を行うことにしました。</p>
<p>現在取り掛かっているのは、獄舎の「中央見張り所及び五翼放射状舎房」です。</p>
<p>この建物は、受刑者の手によって明治45年（1912年）に建てられ、昭和60年（1985年）に当館に移築されました。建物は名前の通り、中央の看守が控える見張り所から、手の平を広げたように放射状に五つの舎房が建てられており、見張り所に立つと舎房全体を見渡せるという画期的な建築方法でした。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/6cbf21f8dfe47f5bc982bfa267c9e608.jpg"><img loading="lazy" width="808" height="506" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/6cbf21f8dfe47f5bc982bfa267c9e608.jpg" alt="" class="wp-image-5958 colorbox-5955" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/6cbf21f8dfe47f5bc982bfa267c9e608.jpg 808w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/6cbf21f8dfe47f5bc982bfa267c9e608-300x188.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/6cbf21f8dfe47f5bc982bfa267c9e608-768x481.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/6cbf21f8dfe47f5bc982bfa267c9e608-700x438.jpg 700w" sizes="(max-width: 808px) 100vw, 808px" /></a><figcaption>図１：中央見張り所及び五翼放射状舎房。博物館網走監獄公式HPより。</figcaption></figure>



<p>今回の工事は耐震工事だけではなく、補修工事も行っています。113年前の当時の材料をできるだけそのまま使用するために、使える材料ともう古くて使えない材料を取捨選択しなくてはならないので、とても時間が掛かります。この作業は博物館を開館しながら行うので、大変な工事となっています。</p>



<p>工事は、まず舎房の第一舎から着手されました。古くなった野地板を撤去して新しい物と交換し、防腐剤を塗布しました。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/160ab7eef46a15abd2465c88d132c10c.jpg"><img loading="lazy" width="539" height="800" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/160ab7eef46a15abd2465c88d132c10c.jpg" alt="" class="wp-image-5959 colorbox-5955" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/160ab7eef46a15abd2465c88d132c10c.jpg 539w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/160ab7eef46a15abd2465c88d132c10c-202x300.jpg 202w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/160ab7eef46a15abd2465c88d132c10c-472x700.jpg 472w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></a><figcaption>図2：工事作業写真①。当館職員撮影。</figcaption></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/4e2176134de257cec58f3b623c88049f.jpg"><img loading="lazy" width="558" height="796" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/4e2176134de257cec58f3b623c88049f.jpg" alt="" class="wp-image-5960 colorbox-5955" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/4e2176134de257cec58f3b623c88049f.jpg 558w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/4e2176134de257cec58f3b623c88049f-210x300.jpg 210w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/4e2176134de257cec58f3b623c88049f-491x700.jpg 491w" sizes="(max-width: 558px) 100vw, 558px" /></a><figcaption>図3：工事作業写真②当館職員撮影。</figcaption></figure>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555.jpeg"><img loading="lazy" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555-768x1024.jpeg" alt="" class="wp-image-5963 colorbox-5955" width="688" height="917" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555-768x1024.jpeg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555-225x300.jpeg 225w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555-1152x1536.jpeg 1152w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555-1536x2048.jpeg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555-525x700.jpeg 525w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/5f17d7f067b669c2e7a2da20ea304555.jpeg 1815w" sizes="(max-width: 688px) 100vw, 688px" /></a><figcaption>図4：撤去された野地板。筆者撮影。</figcaption></figure>



<p>今回の工事では、屋根だけではなく房の工事も行っています。</p>
<p>その際に、房の一室から五寸釘が出てきました。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-scaled.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="768" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-5962 colorbox-5955" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-1024x768.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-1536x1152.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-2048x1536.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/87024799c68bef17824cfe3c4d09a60a-1-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption>図5：工事中に発見された五寸釘。筆者撮影。</figcaption></figure>



<p>五寸釘といえば、網走監獄の有名人に五寸釘寅吉という人がいます。彼は強盗を働いた時、憲兵から逃げている途中で五寸釘の突き出た板を踏み抜いてしまいましたが、それでも12㎞走ったことからその異名が付けられました。網走監獄にも収監されましたが、その頃には模範囚として過ごしていたといいます。</p>



<p>今回の工事で出てきた野地板や五寸釘は、今後当館で展示する予定です。</p>
<p>113年の時を経て発見された資料から、学べることはきっと多いと思います。</p>



<p style="text-align: right">（博物館網走監獄　学芸員　先崎紗矢華）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>シャチの骨格標本に隠された町の技術</title>
		<link>http://www.hk-curators.jp/archives/5950</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[共有]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Sep 2025 00:37:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[博物館〜資料のウラ側]]></category>
		<category><![CDATA[コラムリレー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.hk-curators.jp/?p=5950</guid>

					<description><![CDATA[【コラムリレー08「博物館？資料の裏側」第28回】 　オホーツクミュージアムえさしの1階にある自然系展示室の目玉の展示のひとつが、シャチの全身骨格標本です。シャチの全身骨格標本は全国的にも珍しく、また全長およそ7mもあり ...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>【コラムリレー08「博物館？資料の裏側」第28回】</p>



<p>　オホーツクミュージアムえさしの1階にある自然系展示室の目玉の展示のひとつが、シャチの全身骨格標本です。シャチの全身骨格標本は全国的にも珍しく、また全長およそ7mもあり、迫力満点です。入館して受付を済ませた後に真っ先に目に入るのが、自然系展示室の天井に吊りさげられているこの骨格標本です。</p>



<p>　このシャチは、2010年の11月に稚内市の海岸に打ち上げられた個体です。さまざまな経緯により、現地での解剖、調査が終了したあと、当館に引き取られることになりました。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-scaled.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="768" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-5951 colorbox-5950" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-1024x768.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-1536x1152.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-2048x1536.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/20250809_171358-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption>ミュージアム1階自然系展示室で来館者を出迎えるシャチの骨格標本</figcaption></figure>



<p>　枝幸町においても、過去、何度かシャチが漂着した記録があります。近現代でも、大正6年（1917）、昭和52年（1977）に枝幸町の海岸にシャチが漂着しています。大正6年のときには流氷に追われた30頭余りが幌別川河口に乗り上げ、昭和52年のときにも流氷によってオス2頭、メス6頭の計8頭がモウツ海岸に乗り上げました。</p>



<p>　一方で、大正元年（1912）から平成22年（2010）までの約100年間で枝幸町にシャチが打ち上がったという確実な記録は、前述の2例しかありません。そのため、2010年にシャチが打ち上がって当館に引取可能かの打診があった際、この機会を逃すと、今後シャチの標本を手に入れることは難しいのではないかと職員は考えました。それに加えて、枝幸町の歴史や文化からも、シャチの標本をミュージアムに展示することは、地域の博物館としてとても価値がありました。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-scaled.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="712" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-1024x712.jpg" alt="" class="wp-image-5952 colorbox-5950" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-1024x712.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-300x209.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-768x534.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-1536x1069.jpg 1536w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-2048x1425.jpg 2048w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/09df222d0c2baf31c33d931a9fd65631-700x487.jpg 700w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption>漂着したシャチ（昭和52年　モウツ海岸）</figcaption></figure>



<p>　しかし、受け入れを決定したからといって、その後の作業はそう簡単ではありません。大型の哺乳類の骨格標本をつくる場合、最も一般的な除肉の方法は土中に埋設する方法です。これは、死骸を土に埋め、微生物による分解を待つ方法ですが、肉の分解までに3年から時に10年以上の膨大な時間を要します。特に、1年を通して寒冷な枝幸町では、さらに分解が遅れる可能性は十分に考えられました。</p>



<p>　そこで、職員が考えたのが、「エゾシカなど有害鳥獣の枝幸式発酵減量法」を利用することです。これは、枝幸町とホクレン農業総合研究所が独自に確立した技術で、まず、本町の主要産業である酪農業から牛糞と林業の未利用資源を利用した木材チップを混合撹拌し、牛糞に含まれる微生物の力で発酵させた「発酵床」と呼ばれる混合物をつくります。次に、その中に動物の死骸などを入れ、好気性発酵によって肉などの有機物を分解するという方法です。この地域資源を活用した技術の開発により、これまで苦労していたエゾシカやヒグマなどの死骸や残滓の最終処分に大きな成果を上げています。この技術を、シャチの骨格標本の製作に応用しようと考えたのです。</p>



<p>　稚内市の海岸でシャチのストランディングを研究している調査員たちに解体されたシャチの骨格を運搬車に積み込み、およそ2時間かけて枝幸町まで運び、発酵床の中に埋設しました。その2日後には、埋設した発酵床の周辺から、もうもうと湯気が立ち込めてきました。これは順調に好気性発酵がおこなわれている証拠で、発酵床内部の温度が60℃を超えるためです。こうして、発酵床にシャチを入れた約2週間後には、肉などの有機物は分解され、ほぼ骨だけの状態となってしまいます。当初懸念していた好気性発酵と発酵熱による骨の劣化もありませんでした。最後の仕上げである骨の漂白や組み上げは、専門の業者に依頼し、素晴らしいシャチの全身骨格標本ができあがったのです。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><a href="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/246a2623107067949c7d0002126c9ff1.jpg"><img loading="lazy" width="1024" height="768" src="https://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/246a2623107067949c7d0002126c9ff1.jpg" alt="" class="wp-image-5953 colorbox-5950" srcset="http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/246a2623107067949c7d0002126c9ff1.jpg 1024w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/246a2623107067949c7d0002126c9ff1-300x225.jpg 300w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/246a2623107067949c7d0002126c9ff1-768x576.jpg 768w, http://www.hk-curators.jp/wp-content/uploads/2025/09/246a2623107067949c7d0002126c9ff1-700x525.jpg 700w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></a><figcaption>「発酵床」の中に解体したシャチを埋設している様子</figcaption></figure>



<p>　来館者を威風堂々とお出迎えしているシャチの全身骨格標本は、枝幸町の豊かな自然を象徴するだけでなく、枝幸町の技術力も示す資料となっています。</p>



<p class="has-text-align-right">（オホーツクミュージアムえさし　学芸員　立石淑恵）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
