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<title>プレジデントビジョン - バックナンバー</title>
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プレジデントビジョンは読者数16万人を超える、社長の、社長による、社長のためのHTMLメルマガです。ライブレボリューションの社長を務める発行者・増永寛之が、現在活躍中の社長に直接インタビューし、彼らのビジョン、経営哲学、成功の秘訣をメルマガにまとめてお届けします。
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<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2005, Live Revolution Co., Ltd.</copyright>
<docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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<title>プレジデントビジョン</title>
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<title>vol.722 株式会社SUN 代表取締役社長 奥井 宏太朗</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=724</link>
<description>B to Bで利益を出してから、B to Cでより使いやすいサービスを提供していく</description>
<pubDate>Fri, 25 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/okui1.jpg" alt="株式会社SUN 代表取締役社長 奥井 宏太朗"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 現在の会社の立上げについて教えてください。</font></p>
              <p>SUNという会社は、もともと2006年6月に不動産業をしていたところからスタートしています。しかしなかなか思い通りにビジネスは展開しませんでした。</p>
              <p>不動産業は仲介で手数料をいただくビジネスであり、しかも資本もかかります。資本金300万円でスタートした会社だったので、1件も成約できず、マイナスを出し続けていたんです。</p>
              <p>そうして、SUNが行き詰まっていたときに「奥井くん、やってもらえないか」とお誘いを受けました。私自身、経営者としてやったことはなかったので戸惑いはありました。しかし初挑戦ということで、これまで培ってきたノウハウをすべて投入した会社を作ろうと決心したのです。</p>
              <p>このときに、実家の遺産などもろもろの問題があり、関西に戻っておりました。そのなかで父と非常に親交の深い会社であるSUNが困っており、お手伝いをしていましたが気持ちも決めて行なっておりました。</p>
              <p>2006年11月ごろから少しずつSUNに関わるようになり、2007年2月に正式合流しました。</p>
              <p><font color="#4E869E">● では事業内容のご説明をお願いいたします。</font></p>
              <p>3つの事業を展開していて、ひとつはコールセンター事業になります。顧客側から電話を受けるインバウンドと、見込み客に向けて内から電話をかけて営業をするアウトバウンド―要はテレマーケティングで、これらの部分をおさえた事業です。</p>
              <p>一般的にはインバウンドとアウトバウンドとでは、どちらか一方を得意とされている企業さんを多く見ます。</p>
              <p>しかし私たちの場合は、どちらも得意としているのです。</p>
              <p>強みとして挙げられるのは、中国大連にあるコールセンター。現地の方が日本語を話して、日本人に対してセールスを行なったりしています。またインバウンドでクレーム対応をしたりもしているんです。</p>
            そしてコールセンター事業の拠点は現在4箇所あり、大連、札幌、帯広、大阪になります。</div><div class="question"> 
                            <p>2つめの事業は、モバイル事業です。</p>
                            <p>昨今、携帯電話は常時接続という状態も珍しくなくなってきました。そんななか、携帯電話を通してストリーミング形式の映像を見ることができる―そうした仕組みを、コンテンツを所有されているコンテンツホルダの方々に提供しています。いわゆるASPのような立ち位置ですね。</p>
                            <p>そして3つめの事業はセカンドライフのバーチャルワールド事業です。私たちが今、最も注力している事業になります。</p>
                            <p>セカンドライフを運営する米国LindenLab社と私たちSUNは、日本の企業としては初めてのコマーシャルライセンスを締結しました。</p>
                            <p>そもそもセカンドライフ自体、未だに世間的に良くも悪くも捉えられていますよね。しかし現状、日本人のユーザーは100万人を超え、実は女性の多いメディアになっているのです。</p>
                            <p>とはいえ、このままの状態であると、日本ではこれ以上根付かないであろうと思っています。そうした状況をふまえて考えていくと、セカンドライフをもっと手軽に簡単に、誰でも利用できるような内容にしていかなければ、より幅広い広がりは見られないのではないでしょうか。</p>
                            さらにセカンドライフで利益を出そうとするならば、やはりB to Bで進めるのが賢明です。まずB to Bで利益を出してから、B to Cでより使いやすいサービスを提供していく。この2つを軸にする必要性を感じているところです。
                            <p>【続く：2/7】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
<guid>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=723</guid>
<title>vol.721 株式会社SUN 代表取締役社長 奥井 宏太朗</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=723</link>
<description>200億円もの投資をかけたプロジェクトを指揮することに</description>
<pubDate>Wed, 23 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/okui1.jpg" alt="株式会社SUN 代表取締役社長 奥井 宏太朗"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 奥井社長が現在の会社を作られる前に、どのようなことをされていたのか教えてください。</font></p>
              <p>医療関係の仕事を目指し、医大に通っていたんです。しかし結局、約1年で中退してしまいました。</p>
              <p>人間の脳構造の研究に強い関心を持っていたのですが、実際に医者の世界を見るようになると、自分のなかで倫理観などのギャップを感じるようになったんです。まさに「白い巨塔」のような世界でしたから（笑）。この世界は自分には向いていないな・・・と判断したのです。</p>
              <p>もともとコンピューターにも興味をもっていて、特にCGには強い関心がありました。そのおかげで、中退後は知り合いから京都のCG制作会社を紹介してもらったんです。</p>
              <p>そこは映画製作会社でもある東映さんと一緒にやられている会社で、京都のスタジオ内で働くこととなりました。</p>
              <p>映画専属のCGクリエーターとして編集作業から携わり、CGの基礎を学んだのです。</p>
              <p>そのなかで、私はある考えを思いつきました。一般的にコンピューター上で表現する色は、256色。これらの色彩で表現できて、かつデータを圧縮可能とすれば、従来の静止画像データの圧縮方式の一つである「JPEG」とは異なる全く新しいものができるのではないか―そして、この考えはアメリカに認められたんです。</p>
              <p>なぜかというと、ある企業のグラフィックス処理マシンに、私の考えを公式化してあてはめてみると、非常に圧縮効率が高まるという結果を得られたからです。</p>
              <p>その結果、ハリウッドにあるルーカスフィルムの子会社であるインダストリアル・ライト＆マジック（ILM）という会社にCGエンジニアとして赴任することとなりました。</p>
              <p>ILMは、「スター･ウォーズ」をはじめとする大作を製作しています。そんな素晴らしい会社で、ハリウッドスタイルのCG技術を学ぶことができたのです。</p>
              <p>1年弱という短期間ではありましたが、貴重な経験を積んで帰国しました。その後はベンチャー企業に入社。当時は次第にインターネットが普及してきた頃でした。</p>
            私は、営業企画部長のようなポジションで仕事を進めていたんです。21歳だったのですが、1年間で約3億円の売上げをあげていました。</div><div class="question"> 
                            <p><font color="#4E869E">● ベンチャー企業では、どのようなことをやられていたのですか。</font></p>
                            <p>Web制作やCG制作ですね。これらの事業展開を進めているなかで、出版社であるアスキーさんからヘッドハンティングのお話をいただきました。</p>
                            <p>そして23歳のときに、『週刊アスキー』のオンライン事業部副編集長に就任いたしました。</p>
                            <p>いわゆるインターネット事業および新規事業を担当したんです。このときに、日本で初めてインターネットラジオ局のようなものを立ち上げました。『週刊アスキー』のオンラインマガジン制作もやりましたね。</p>
                            <p>メディアや広告戦略についてもこのときに学び、「インターネットはこうすれば、もっとビジネスになるんだ」―今のビジネスにつながるようなことを学ぶことができたんです。</p>
                            <p>こうしてこれまで、制作についてはハリウッドや日本の現場で学び、さらにメディアについても経験を積むことができました。</p>
                            <p>その後アスキーは、CSKやベンチャーキャピタルの支援を受けるようになっていき、その間、インターネット部門の売却という話に展開していったのです。</p>
                            インターネットラジオでは映像配信や動画圧縮という技術を使っていたので、そのあたりをいろいろな企業へ売り込みました。結果、不動産のレオパレス21さんに提案した内容が大変ご好評をいただき、実際に取りかかることとなったんです。
                            <p><font color="#4E869E">● それはどのような提案内容だったのですか。</font></p>
              <p>レオネット事業ということで、レオパレス全棟にビデオオンデマンド（VOD）を取り入れるといった内容でした。</p>
              私はブロードバンド事業部の事業部長として出向し、200億円もの投資をかけたプロジェクトを指揮することになったのです。
              <p><font color="#4E869E">● VODについて、もう少し詳しく教えてください。</font></p>
              <p>インターネットの光ファイバーを利用して、家にいながら映像コンテンツを視聴できる―そんなサービスであり、当時の同業界ではレオパレスが先駆けでした。</p>
              <p>以前のハリウッドでの経験も活かし、ハリウッドコンテンツの交渉にも積極的に動きましたね。そして最終的には売上げ約140億円、利益は約20億円までに数字を残せるような事業部へと成長したのです。当時、私は26歳でした。</p>
              <p>レオパレスのVOD事業の成功によって、次はもっとコンシューマー向けにしたサービスを提供することを目指しました。</p>
              <p>それまでというのは、レオパレスの入居者向けだったので、ターゲットは非常に狭いものでした。それをもっと拡大して、一般的なコンシューマー向けにするわけです。そこで一緒に取り組んでいた会社さん2社に、いったん事業譲渡という形でMBOを実施。OCNシアターという、OCNさんの提供によるサービスになりました。</p>
              <p>私自身は、協力会社さんの1社であるネオインデックスさんに出向し、新規事業に徹したのです。</p>
              <p>しばらくはこれらの業務に没頭していましたが、2006年8月末で退職しました。</p>
              <p><font color="#4E869E">● 退職後はどのようなことをされていたのですか。</font></p>
              <p>はい、MBAを取得するため、英国国立ウェールズ大学経営大学院の認証教育機関のひとつである日本校に通い始めたんです。</p>
              そして未だに学生として、勉強中なんですよ（笑）。
              <p>【続く：1/7】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
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<title>vol.720 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手　敏和</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=722</link>
<description>Think Different</description>
<pubDate>Fri, 18 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手　敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 井手社長の好きな本を教えてください。</font></p>
              <p>好きな本は一番影響を受けた本でもあるのですが『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4906638015/presidentvisi-22/" target="_blank">7つの習慣</a>』です。これはもう私のバイブルのような1冊になっています。</p>
              <p>なかでも優先順位のつけ方についてですね。大事ではあるけれども、緊急性はあまりない。しかしそこにどうやってフォーカスしていくかということは、常に意識するようにしています。</p>
              <p>例えば、花瓶のなかに大きな石ではなくて、最初に小さい石を入れてしまうと後から大きな石は入らなくなってしまう。だからまず大きな石、つまり大事なことを入れる、そういう話にも大きな影響を受けましたね。</p>
              <p>もう1冊、『How to Simplify Your Life』という洋書になります。これは、90年代のアメリカでヒットした本です。</p>
              <p>自分の暮らしをどうやってシンプルにするのかといったヒント集になっていて、90年代のアメリカで起こったシンプルライフ思想が描かれています。80年代初期のアメリカはバブル時代であり、億を稼ぐトレーダーやファンドマネージャーがもてはやされていました。</p>
              <p>しかし、その後不況に陥り、各企業はリストラも行なうような時代に。一方、大きな一軒家に住み、車を何台も所有している、けれどもなにか足りない、一体なんのためにやっているんだろう・・・そんな反動の出てきたのが、90年代です。</p>
              <p>こうした時代に同著は、「大事なものを見直しましょう」といったことを提示しています。物質主義とか消費志向のアメリカ人が、徐々にシンプルライフの大切さを感じるようになる。いわばロハスに通じる流れ、そんな大きなきっかけを作った本なのです。</p>
              <p>たくさんのモノに囲まれているより、あえてモノを持たないほうが豊かである。家だってそれほど大きくなくても十分である。シンプルだけど豊かな生活を送ることもできる、そんなヒント集になっています。</p>
              たとえばこんな面白いヒントもありました。家族と一緒に大事な時間を過ごしているときに、電話が鳴ったとします。すると反射的に電話に出るじゃないですか。そうすることで、大切な時間を中断させてしまうので、電話も留守番電話に設定しておきなさい。そういう細かい内容も書かれています。
              <p><font color="#4E869E">● 好きな言葉はございますか。</font></p>
              <p>アップル社の標語でもある、「Think  Different」という言葉です。</p>
              <p>カーボンオフセットもそうですが、なにかやるときには周りと違うことを考えるように意識しています。シンプルではあるけれども、力強い言葉ですね。さらにスティーブ・ジョブズは、その言葉をしっかりと実践しているのがすごいと思います。</p>
            ことあるごとに、頭の中で反復している言葉です。</div><div class="question"> 
                            <p><font color="#4E869E">● では好きな人物を教えてください。</font></p>
                            <p>起業家でいえば、ヴァージングループの創設者である、リチャード・ブランソン。彼の自伝を読んでいると、相当ハチャメチャをやっていたことが分かります。基本的には冒険家であるけれども、レコード会社を経営しつつ、気がついたら航空会社を作っていたりとか。</p>
              自分とはまったく異なるタイプですが、そういう波乱万丈な人生の結果として、現在のヴァージンブランドを確立できているわけですよね。それは本当にすごいと思いますし、生き方としても憧れはあります。
              <p><font color="#4E869E">● ありがとうございます。最後に今後のビジョンをお願いします。</font></p>
              <p>地球温暖化が地球レベルで問題視されている今、私たちのビジネスは頑張って取扱量を増やせば増やすほど、ある意味、「地球を冷やす」ことにつながっていきます。</p>
              <p>メインのビジネスで人々の健康や環境改善に貢献する・・・つまり事業自体がCSR活動でもある。そういうビジネスがこれからのグリーンビジネスの本質だと思います。</p>
              <p>収益もきちんと上げつつ、グリーンな意識を高めるような事業をいろいろと構築していきます。その第1弾が、カーボンオフセット事業です。</p>
              <p>カーボンオフセットを導入する企業が増えることで、日本の京都議定書の遵守にも貢献する企業活動のお手伝いをしたいですね。そしてそれを、今後は積極的にITソリューションなどと組み合わせていきたいと考えています。</p>
              <p>現在のカーボンパスサービスの向こう側にあるのは、単なるオフセットWebサイトではありません。それを入口とした、エココンシャスなWebビジネスです。それらを通じて、みんなの意識をグリーンに変えるきっかけになれればと考えています。</p>
              <p>弊社は、ベンチャーキャピタルからも出資を受けていますし今後スピード感を持って事業展開を行なっていきます。ぜひとも、グリーンビジネスとして上場も実現していきたいと考えています。</p>
              上場時に、カーボンパスのお客さまにも株主になっていただけると、嬉しいですよね。今後、グリーンコンシャスな方々からのより多くの応援と共感を得られる会社に成長していきたいと考えています。
              <p><font color="#4E869E">● では読者の方々へのメッセージをお願いします。</font></p>
              <p>ジーコンシャスは産声を上げたばかりの、グリーンベンチャー企業です。これから個人、中小企業のグリーンな意識を高めるための活動を、いろいろと始めていきたいと思っています。カーボンオフセットをより多くの方に導入していただくことで、グリーンな企業、グリーンな個人になっていただきたい。そのお手伝いをしてまいります。宜しくお願いいたします。</p>
              <p>【完：8/8】<br>
                  <br>
                <font size="2">次号：株式会社SUN　代表取締役社長　　奥井　宏太朗 氏</font><br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
<guid>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=721</guid>
<title>vol.719 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=721</link>
<description>カーボンパスビジネス</description>
<pubDate>Wed, 16 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 アメリカの現状についてもお話いただきましたが、日本がアメリカのレベルに近づくためにはどのような活動が必要なのでしょうか。</font></p>
              <p>はい、日本でも大企業だけではなく中小企業も参加できる仕組みが、カーボンパスです。弊社のカーボンパスビジネスパッケージをご利用頂ければ、カーボンオフセットを活用して、欧米の先進企業と同じように「カーボンニュートラル企業」となることが可能です。</p>
              <p>カーボンパスをご購入いただいた企業さんには、カーボンパスの証書をお渡しし、ロゴもご提供します。そのロゴをホームページや名刺に貼ることで、地球環境に配慮した企業であることを伝えることが可能です。</p>
              <p>カーボンパスビジネスのWebサイトでは、採用企業の紹介ページを用意します。参加企業数が増えることで、そのセクションはカーボンニュートラルとかエココンシャスな企業のディレクトリーになり、またその紹介ページがそれぞれの企業のホームページとリンクされることで、いわゆるSEO効果も高まっていきます。</p>
              このように排出権の販売だけではなく、単独では排出権購入が難しい個人や中小企業でも活用できる仕組みをご提供すること―これが私たちのカーボンオフセット事業の柱と考えています。
              <p><font color="#4E869E">● そもそもそうしたコンセプトの発祥の地は、どこになるのですか。</font></p>
              <p>10年ほど前にイギリスの起業家が生み出した仕組みが原点です。最初は植林で始まりました。先ほど申しました喜多郎さんのコンサートで利用したのも、この仕組みです。</p>
              <p>今では自主的なカーボンオフセット市場は、欧米ではここ数年で急成長を遂げています。イギリスのユーザは50万人にまでのぼり、オフセットされた二酸化炭素排出量は500万トンとなっているそうです。</p>
              <p>1トンを20ユーロで計算すると、500万トン×20ユーロ=1億ユーロの市場です。</p>
            アメリカでも同じような事業を行なうベンチャー企業が、数年前から活動を始めています。今では数万人の方が実際にカーボンオフセットを申し込み、車などにステッカーを貼っている人も増えてきたそうです。</div><div class="question"> 
                            <p><font color="#4E869E">● 日本においては、井手社長が最初ということですね。</font></p>
                            <p>はい、排出権を活用するカーボンオフセットプロバイダーは、私たちが最初であり、まだまだスタートしたばかりです。もちろん、京都議定書の第一実行期間の開始も大きなきっかけとなっています。お正月にはカーボンオフセット年賀状というものも販売され、世間的にも非常に注目が高まってきています。</p>
              <p><font color="#4E869E">● 今後、ますます御社のようなビジネスは注目され、増えていくかと思います。そのなかで、どのような部分で差別化、そしてブランディングをされていくのでしょうか。</font></p>
              <p>そうですね、排出権の販売だけでは十分な差別化にはなりません。しかし、カーボンパスは、私たちのブランドだと考えています。</p>
              <p>カーボンパスを導入することで活用できるロゴや仕組み―そういった付加価値をプラスしていくことで、差別化とブランディングを確立していきたいと考えています。</p>
              <p>また、ロハスマーケティングと組み合わせるからこその相乗効果もあるでしょう。</p>
              <p><font color="#4E869E">● たとえば、どのような仕組みが考えられますか。</font></p>
              <p>単に排出権しオフセットするだけではなくて、伝える仕組みを組み合わせることができます。コンサートをオフセットすることを考えてみると、例えばカーボンパスを会場のお客さまに配布し、そこからWebや携帯サイトにつなげて、キャンペーンなどにつなげていく仕組みです。</p>
              <p>こうした仕組みを組み合わせることで、カーボンパスならではの効果が期待できるからこそ、私たちを選んでもらえるようにしてゆきます。</p>
              <p>幸い、私もITのバックグラウンドがあり、現在開発をお願いしているパートナーさんもその専門家でもあります。ですから、そういうITがらみの仕組みを中心に、どんどん提案していこうと思っています。</p>
              <p>あとは日本で普及している電子マネーなんかも、カーボンパスなどを組み合わせていくことも検討しています。</p>
              <p>消費やサービスを通じて、カーボンオフセットを誰でも簡単に導入することができ、自然とそうした行動につなげられる。なおかつ、楽しくてお徳感もあり、社会貢献や環境活動に繋がること―それを一人ひとりが実感できるような環境づくりに徹していきます。</p>
              <p>結果として、私たちを通じてオフセットした総量が大きくなることで、地球温暖化防止への貢献が目に見える形で積み上がっていくことが目標です。</p>
              日本のオフセット市場というのは、本当にゼロからスタートしたばかりです。だからこそ私たちは需要を開拓し、ゆくゆくは日本独自のカーボンオフセットマーケットを築いていきたいと思っています。そのためにも、ITなどがキーポイントになるのではないでしょうか。
              <p>【続く：7/8】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
<guid>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=720</guid>
<title>vol.718 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=720</link>
<description>カーボンニュートラル宣言</description>
<pubDate>Mon, 14 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 そのほかには、どのようなサービスを提供されているのですか。</font></p>
              <p>二酸化炭素の排出権購入そのものになります。</p>
              <p>京都議定書では日本は6%の削減を約束していますが、そのうち1.6%は排出権の購入によって充当することが組み込まれています。これは、いわば京都議定書を遵守するための排出権の利用の直接的な目的となります。</p>
              <p>一方、昨年後半から、日本の企業やスポーツチームが、京都議定書の遵守義務に関わらずに、排出権を購入するケースが増えてきました。企業イメージのアップやマーケティングに活用する目的です。こうした目的での排出権利用を、“ボランタリーオフセット”といいます。</p>
              <p>これを目的として数千トン分の排出権を購入するという企業も、最近では多く見られるようになってきました。そうした企業に対して、排出権調達のお手伝いをしています。</p>
              排出権は数万トンでの買い付け単位となるので、事前に数千トンのニーズを把握しておけば、タイミングやニーズに応じて数社での共同購入の選択肢を提供できます。それらのマッチングも行なうことで、1トンから数万トンまでの排出権やオフセットを企業向けに提供するワンストップサービスを手がけています。
              <p><font color="#4E869E">● 排出権の購入については、どんな方法があるのでしょうか。</font></p>
              <p>そうですね、管理口座を持っている企業の場合は直接購入したものを移管できますが、信託受益権化することで数万トンの排出権を千トン単位で販売することも信託銀行を中心に行なわれています。</p>
              <p>千トン以下の場合は、権利をお渡しする代わりに私たちが共同で償却処理をするカーボンオフセット業務が中心となっています。</p>
              <p><font color="#4E869E">● 実際に排出権は、どのぐらいの単位で取引されているのですか。</font></p>
              <p>プロジェクト自体は、何万トンから数百万トンまで色々あります。それが数万トン単位で売買されています。</p>
              <p>排出した二酸化炭素を相殺してゼロにすることを“カーボンニュートラル”と呼びます。排出権を購入し、オフセットすることでその状態を可能とします。</p>
              <p>特にアメリカのIT業界では、ヤフー、グーグル、デルといった企業も“カーボンニュートラル宣言”をしています。企業が一年間に排出する二酸化炭素を削減した後、残った分についてはカーボンオフセットすることで、地球環境に負荷を与えない企業になる、そんな宣言の実行が始まりました。</p>
            たとえばアメリカのヤフーではすでに昨年、１億円以上を二酸化炭素の排出権に充当したそうです。アメリカでは各企業による環境意識が、非常に高まっている証拠ですね。</div><div class="question"> 
                            <p>加えて弊社では、グリーンコンシューマーマーケティングのサービスも提供しています。</p>
                            <p>これは、グリーンコンシャスなお客さまへ商品やブランドを訴求したい企業向けの総合的なマーケティングプログラムの提案になります。たとえばカーボンオフセットを取込んだ商品企画やキャンペーンなどのソリューション提案や、ロハス的なブランディングのコンサルティングです。</p>
                            京都議定書の第一実行期間に入り、時代の流れが大きくグリーンの方向に変わってきています。そういう中で、今こそきっちりと足元を固めて、日本ならではのカーボンオフセットのビジネスモデルを検証・確立させるのが、この1年の目標になります。
                            <p><font color="#4E869E">● やはりお客さまになられる方は、もともとエコなどに関心の強い方が多いのでしょうか。</font></p>
              <p>そうですね、最初に興味を持つお客さまは、いわゆるロハス層だと思います。</p>
              <p>こうしたビジネスは、グリーンビジネスという位置づけになります。カーボンオフセットを入口とし、グリーンビジネスを総合的に推進することが、ジーコンシャスの使命だと考えています。</p>
              <p><font color="#4E869E">● ぜひ、社名の由来を教えてください。</font></p>
              <p>ジーコンシャスの「G（ジー）」はGreenのG。地球を意味するガイヤ（Gaia）、地球温暖化（Global Warming）など、「G」のついているものを象徴としています。</p>
              <p>振り返ってみると、「e」とか「i」を1文字目にしている社名やサービスをつける時代があったと思いませんか。eコマースやiモード、iPod・・・いずれも時代を象徴したり、ヒット商品につながっています。</p>
              <p>考えてみれば、アルファベットとしては、GはEとIの間にあるじゃないですか。だからこれからは、グリーンな時代の象徴として、「G」の時代がくるのではないか―そんな解釈をして、世のなかをグリーンにしていこうという想いを込めました。</p>
              <p>そして「コンシャス」というのは「意識する」という意味であり、実はロハスのなかでとても大事な言葉なんです。何事も意識をしていなければ、行動は変わらない。グリーンにしろ健康にしろ、まず自分が意識することが大事なのです。</p>
              これらの意味をこめ、ジーコンシャスという社名には個人や企業に「グリーンな意識」を持ってもらった上で、ゆくゆくは行動に変える。そしてグリーンな社会構築に貢献する事業を展開する―それをミッションとしています。
              <p>【続く：6/8】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
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<title>vol.717 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=719</link>
<description>カーボンオフセットプロバイダ</description>
<pubDate>Fri, 11 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 それでは現在、展開されている事業について教えてください。</font></p>
              <p>カーボンオフセットプロバイダ事業をメインとしてビジネスを展開しています。これは個人や中小企業の排出する二酸化炭素量を診断し、カーボンオフセット（相殺）するサービスです。</p>
              <p>ジーコンシャスのカーボンオフセットは、2007年12月にB to C向けのカーボンパスというWebサイトをオープンしたことに始まります。相殺の対象として国連認証の排出権を活用する国内初のサービスとなりました。</p>
              <p>誰でも、現代生活を送っていれば二酸化炭素を間接的に排出しています。電気を使うとか車や飛行機に乗るとか。</p>
              <p>私たちのカーボンパスWebサイト上では、家の電気代や水道代を入力すると、二酸化炭素量を計算できるようになっています。また、車であれば、車種と年間走行距離から1年間の排出量を算出して表示します。</p>
              <p>その排出量をオフセットするための代金をお客さまから預かります。そして、3か月ごとにまとめて、購入した国連認証の排出権を国の口座に移管することで、排出権を償却する処理を行ないます。</p>
              <p><font color="#4E869E">● 排出権とはどのような権利なのでしょうか。</font></p>
              <p>1997年に京都で開催された「地球温暖化防止国際会議」で、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を削減することを目的にした条約が締結されました。これがいわゆる京都議定書です。</p>
              <p>その中で、日本やＥＵ諸国などの先進国は二酸化炭素を削減する義務を負いました。アメリカは結果的には脱退しましたが・・・。</p>
            その条約の中で、発展途上国等においての温室効果ガスの削減を、自国の削減分に算入するメカニズムとして、京都クレジットと呼ばれる排出権を活用する仕組みが認められました。</div><div class="question"> 
                            <p>自然エネルギープロジェクトなどへの設備投資等を行なうことを通じて、従来出していた二酸化炭素の削減分を権利化し、売買可能な権利とすることで、排出削減のインセンティブが働きます。</p>
                            <p>その削減分が最終的に国連により認証されることで排出権（CER）として登録されます。そしてそれは、企業間や国家間で売買可能になっています。</p>
                            <p>京都議定書を守らなければならない先進諸国が、その一部を排出権の購入を通じて、自国の削減量に充当できる仕組みです。</p>
                            <p>私たちは、その京都クレジットをいわば「共同購入」し、個人の方や企業の排出量に見合った分をオフセットするサービスに、排出権を活用していることになります。</p>
                            <p>弊社ではカーボンパスという、いわばカーボンオフセットのチケットを購入頂き、それを証明する購入証明書やステッカーを発行しています。</p>
                            カーボンパスステッカーは、車やカバンなどに貼ることで、自分はエココンシャスな生活を送り、地球への負荷を減している―そんなアピールもさりげなく行なうことが出来るのです。
                            <p><font color="#4E869E">● カーボンパスの購入後は、どのような流れになっているのですか。</font></p>
              <p>お客さまは自分たちの排出量に見合う排出量のカーボンパスを購入します。その購入代金を一旦お預かりします。その量に見合う排出権を、3か月ごとにまとめて、弊社の排出権管理口座から、日本国政府の排出権管理口座に移管することで、その排出権を償却処理します。そして、それぞれのお客さまには、どのプロジェクトで相殺したかをお知らせします。</p>
              <p>日本政府の償却口座は、排出権を償却または取り消す目的の口座になっており、二度とその排出権を使用できない最終処理となるのです。</p>
              排出権というのはそもそも二酸化炭素を削減した分が権利化されているので、その権利を消滅させることで、地球レベル的に削減分が確定します。だから皆さんが排出した量とバランスを取り、カーボンオフセット処理を完了させることができるというわけです。
              <p>【続く：5/8】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
<guid>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=718</guid>
<title>vol.716 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=718</link>
<description>カーボンオフセットを手がけるべき時期が到来した</description>
<pubDate>Wed, 9 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 ビットバレーとロハスの共通点を意識されたのですね。</font></p>
              <p>はい、ビットバレーといえば当時のネットエイジ（現：ngi group）代表の西川さんが呼びかけ人の一人でした。私がイメージしたのは、ロハス版ビットバレーでしたので、まず西川さんに一度相談をしようと思い、そこで久しぶりに早速連絡を取って、大和田さんと一緒に西川さんに会いに行きました。</p>
              <p>設立に至っては、もうひとつ大きなきっかけがありました。それは「LOHAS 10（ロハステン）」という2005年のLOHASフォーラムです。</p>
              <p>そこで基調講演をしたのは、AOL創業者であるスティーブ・ケース氏でした。なぜ彼がロハスに関係しているか不思議ですよね。</p>
              <p>彼はタイムワーナーにAOLを売却後、Revolutionという新会社を設立しました。ヨガビデオを500万本も販売する事業、カーシェアリング、エコロジカルなリゾートや健康保険など、ロハス的分野に限って投資をしているんです。</p>
              <p>スピーチは、インターネットや電子メールのような大きな変革が、ロハスやオーガニックといった分野で今後より大きな流れとなる、だから自分も健康や環境に配慮した事業に特化して展開する、という内容でした。</p>
              <p>そんな基調講演を聴き、今はまだニッチな部分ではあるけれども将来的に必ずメインストリームになると・・・それまでは、これまでの自分のライフスタイルを紹介する立場で、ロハスを広めていただけだったのですが、それが同時にビジネスチャンスでもあると確信と共感を持った瞬間でした。</p>
              <p>西川さんも一時期、AOLジャパンに関わられていたこともあって、スティーブ・ケース氏の話の内容にも興味をお持ちいただき、LBAのアドバイザーに就任していただきました。</p>
            そういう周囲の助けもあり、LBAの設立に至りました。同時に私は、ロハスな事業開発にも自分自身でも関わるようになりました。</div><div class="question"> 
                            <p><font color="#4E869E">● どのような事業になるのですか。</font></p>
                            <p>ロハス分野で自分はどんなことをできるだろうか・・・2007年に入ってから検討したときに、カーボンオフセットにたどりつきました。</p>
                            <p>そもそもカーボンオフセットとは、生活をする上で排出された二酸化炭素などを、排出権や植林などによって、地球レベルで吸収し相殺しようとする考え方です。</p>
                            <p>実は、2003年の喜多郎さんの日中国交正常化30周年の北京コンサートを開催した際に、イギリスの会社を通じて、コンサートから排出される二酸化炭素の量を植林でオフセット（相殺）したことがありました。</p>
                            <p>コンサートは3,000人規模でしたが、観客の交通手段や、機材の運搬、会場のエネルギー使用量などから、二酸化炭素の排出量を計算して、それをオフセットするための植林活動を依頼したのです。</p>
                            コンサートのパンフレットに「この公演は、カーボンニュートラルコンサートです」という説明をつけ、当時としては、新しい試みを行ないました。
                            <p><font color="#4E869E">● 当時はまだカーボンオフセットという考え方や活動については、周囲の認識も今より低かったのではないですか。</font></p>
              <p>はい、実際、カーボンオフセットについては周りに説明しても、ピンとくる人は少なかったですね。その後も、何度か事業化できないかを検討したことはありました。でもそのたびに、時期尚早という判断で、なかなか本格的な実行には移れませんでした。</p>
              <p>しかし一年程前から、「地球温暖化」「CO2排出権」というワードを、あらゆるメディアで目にするようになってきました。京都議定書の発効や、地球温暖化問題に取り組んできたアル・ゴア元米副大統領のドキュメンタリー映画『不都合な真実』の日本公開も相まって、周囲の意識も急速に高まってきました。</p>
              <p>そこで、「カーボンオフセットを手がけるべき時期が到来した」と感じたのです。そしてタイミングも合い、西川さんをはじめ、会社設立にご協力をいただける方も見つかりました。</p>
              <p>その後、半年ほど起業準備期間を経て、2007年11月にジーコンシャスを登記して、事業を立ち上げました。</p>
              <p><font color="#4E869E">● 非常に多くのキャリアを積み重ねていらっしゃるわけですね。</font></p>
              <p>そうですね、自分でもユニークであるとは思います。結果的に、アメリカでは14年間を過ごし、人生の3分の1を過ごしました。時代の流れとともにさまざまな道を歩んできたわけですが、時代に流されてきたわけでもないと思います。</p>
              <p>幸いなことに、自分自身がその時に興味を持ったことや、好きなことをやってきた結果、たまたま色々なことを手掛けることになったという感じです。</p>
              時代の流れに乗っかろうとかそういう意識はないんですが、結果的に手がけてきたことが2年後とかに花開くような・・・そんな流れが続いています。
              <p>              【続く：4/8】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
<guid>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=717</guid>
<title>vol.715 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=717</link>
<description>ロハス</description>
<pubDate>Mon, 7 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 帰国してから、まずどのようなことをされたのですか。</font></p>
              <p>喜多郎さんなどの当時、「癒し系」と呼ばれる音楽や映像をコンテンツとして、インターネットや携帯電話に配信する制作会社の経営に参画しました。</p>
              <p>その後、数年経ち、下の娘も生まれることを機に、私は経営から離れて子育てを中心に過ごしてみようと思いました。上の娘が小さかったころは仕事ばかりしていたことの反省もあって・・・。</p>
              <p>そうしたことで生活のリズムも変わり、いわゆるスローな生活をおくるようになった時に、「ロハス」という言葉に出会いました。アメリカでロハスフォーラムが開催されていて、そこに参加する機会を得ました。</p>
              参加してみて、ロハスはまさに私がアメリカで過ごしていたライフスタイルに近く、そのコンセプトに非常に共感を覚えました。
              <p><font color="#4E869E">● 具体的にどのようなコンセプトとなるのでしょうか。</font></p>
              <p>ひとことで言うと、まずは健康オタクなライフスタイルですね（笑）。日々運動をしたり、オーガニックな食事をしたり、早起きをしてヨガをやるとか・・・そして、アースディやNPOを応援することを通じて、環境にも配慮する意識を持つことも大事です。</p>
              <p>実際に自分や周りの人間が普通にやっていたことでしたので、すごくしっくりきましたね。</p>
              <p>ロハスという言葉を知ってからは、日本で周りに「ロハスって知ってる？」と自分なりに広めていました。それが2002年ぐらいのこと。それ以降、毎年フォーラムにも参加するようになり、2005年には自分でロハス関連の本を出すことになってしまいました（笑）。</p>
            本を出版させていただいてからは本格的にロハスを広める活動をするようになっていったんです。</div><div class="question"> 
                            <p><font color="#4E869E">● とても珍しい経緯をたどられていますね。</font></p>
                            <p>そうですね、理科系ミュージシャンからはじまり、いくつかのエンジニア人生を歩み、少々経営をかじって、ロハスにたどり着いた。これが2005年ぐらいまでの、私の人生になります。</p>
                            <p>たとえば平日に公園へ行ってみる。するとまるっきり時間の流れは変わります。そういう生活を送りながら合間にセミナーを開催したり、原稿を書いたり・・・自分としては、スローダウンした期間を過ごしていましたが、その中でロハスは日本でブレイクして、気がつけば、それを伝える役目を貰ったような感じです。</p>
                            <p>日本では「ロハス」という言葉は、最初は流行語のように一気に広まったものの、本来の価値観などが理解されていない面も感じていました。</p>
                            <p>と言いますのは、本来私が参加したアメリカのロハスフォーラムは、調査結果に基づいた「ロハス層」の人々に向けてのビジネスフォーラムという位置づけです。</p>
                            日本においては消費者が知るキーワードとしてロハスが浸透しましたが、ビジネス的な観点ではロハスマーケットは、まだまだニッチ市場であるということが言えると思います。
                            <p><font color="#4E869E">● ニッチにとどまっている要因を、どのようにお考えですか。</font></p>
              <p>そうですね、事業を行なっている側がマニアックな意識が強いということと、事業を拡大するための資金調達がこのジャンルでは十分でない話をよく耳にしました。</p>
              <p>そういった状況を打破するには、2000年前後に盛り上がった「ビットバレー」のような形で起業家を支援することはできないだろうか―そう思ったんです。ビットバレーをきっかけに、若いIT企業経営者と投資家の出会いが増えて、成功したという例がいくつもありますよね。</p>
              <p>ですから、それと同じ仕組みをロハスにも適用して、いつしかロハスやグリーンなビジネスが花開く環境が整えられるようになれば良いな、という想いを持つようになりました。</p>
              <p>そこで2007年に、ロハスビジネスアライアンス（LBA）という団体を立ち上げました。これは、ロハスを日本にはじめて紹介されたLOHASビジネスプロデューサーである大和田順子さんと共同で設立しました。</p>
              いわば、LBAはロハスビジネスを生み出すためのプラットフォームのような存在です。まだ一年経ったところですが、現在110社を超える意識の高い法人を中心に会員になってくださっています。
              <p>              【続く：3/8】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
<guid>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=716</guid>
<title>vol.714 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和</title>
<link>http://www.president-vision.com/?state=backnumber&amp;action=view&amp;id=716</link>
<description>日本語化のことであれば井手に聞け</description>
<pubDate>Fri, 4 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 本格的なアメリカでの活動から、どのように展開されていったのですか。</font></p>
              <p>当時、インターネット上で音楽を視聴できるソフトウェアは活気を見せ、RealAudioやLiquidAudioがリリースされていました。実際にそれらを初めて見た時には、本当に衝撃を受けました。</p>
              <p>最初は個人で進めていたソフトウェア開発も、徐々にチームで制作するようになり、システマチックな流れに移行していました。また、音楽ソフトの市場も競合が多くなり、バージョンアップや、機能追加が果てしなく続くようになりました。</p>
              <p>そういった時代の流れのなかで、「インターネットで配信するコンテンツには大きな可能性がある」と思うようになったんです。</p>
              悩んだ挙句、1996年には会社を辞めて、独立の道を選びました。
              <p><font color="#4E869E">● 独立後は、どのようなビジネスを手がけられたのでしょうか。</font></p>
              <p>アメリカのインディーズバンドを日本に紹介する―今でいうアマゾンさんのようなCD販売サイトを立ち上げました。</p>
              <p>さらに1997年頃には、LiquidAudioを使用した音楽配信もスタートしたんです。</p>
              <p>そして同時にソフトウェア開発のコンサルタントとしても活動していました。当時、CJK―中国語、日本語、韓国語をコンピュータで扱うことは開発レベルでの配慮が必要で、それを理解しているエンジニアはシリコンバレーでもそう多くありませんでした。</p>
              <p>というのも、欧米であれば1文字を1バイトで表現できるところ、CJKについては2バイト以上が必要です。そこでこれらの言語については、マルチバイト文字を処理するコードを書かなければなりませんが、欧米人の書いたコードは、1バイトのコードになっていることが多かったのです。</p>
              <p>そこで、よくグローバリゼーションの開発の相談を受けるようになりました。段々、「日本語化のことであれば井手に聞け」という評判が広がったようで。最終的に、ヘッドハンターからオファーを受け、プラチナムテクノロジー社でグローバリゼーションコンサルタントとして働くこととなりました。</p>
              <p>とはいっても主な活動場所は自宅で、3ヶ月に1度行なわれるミーティングに参加する―といった、かなり自由な環境のなかで仕事をしていたんです。</p>
            その後、プラチナムテクノロジーはCAというアメリカ大手のコンピュータアソシエイツに買収されてしまい、グローバリゼーションチーム自体は解散することになりました。</div><div class="question"> 
                            <p><font color="#4E869E">● 買収後、井手社長はどうされたのですか。</font></p>
                            <p>一旦は、そのままCAの正社員になってしまいました。しばらくはミドルウェアのプログラミングをやっていたのですが・・・正直、あまり性に合いませんでした。</p>
                            <p>そんなとき、友人の紹介でインド人が起業して創ったeGainという会社の面接に行きました。気楽な感じで行ってみたものの、次から次へと会社の方が出てきて、最後にはその日に入社することが決まっていました（笑）。</p>
                            <p>そして、入社数ヶ月後に、eGainはナスダックに上場。</p>
                            <p>CAによるプラチナムテクノロジーの買収は、当時では史上最大のソフトウェア会社の買収とまで言われていたぐらいです。そんな会社で働くことができ、次にはナスダック上場企業で働く経験をしました。シリコンバレーに居ることを実感した感じでしたね（笑）。</p>
                            <p>とにかくダイナミックな流れのなかで働くことができて、非常に刺激的でした。</p>
                            <p>そんななか、日本でもちょうどその頃、ネット起業の流れが大きくなり、ビットバレーというコミュニティーも盛り上がっていました。このビットバレーを機に、増永さんとも縁ができましたよね。</p>
                            その後2000年に、また転機が訪れました。
                            <p><font color="#4E869E">● どのようなことがあったのでしょうか。</font></p>
              <p>アーティストである喜多郎さんの所属するロサンゼルスのレコード会社の日本人社長と「今後はレコード業界も大きく変化していくね」という話で意気投合し、「レコード会社の原盤とインターネットを組み合わせて、新しいことをやってみましょうよ」という展開になったんです。</p>
              <p>そんな流れで新しい会社を起こすことになりました。当初はロサンゼルスとサンフランシスコ、そして日本を拠点としたトライアングル状態でやっていくという構想でした。</p>
              <p>ところが、当時のアメリカはいわゆるITバブルがはじけ、逆に日本のネットビジネスは盛り上がったところでしたので、日本でのほうが資金調達も状況も良かった関係で、まずは日本で新しいビジネスを立ち上げることとなったのです。</p>
              <p>それでも最初は、日本に帰る気持ちは薄く、アメリカと日本を行ったり来たりしていましたが、徐々に日本でのビジネスにも面白さを感じるようになったんです。</p>
              <p><font color="#4E869E">● これまでに井手社長は、日本よりもアメリカを拠点とすることにビジネスの面白さを見出されてきていたかと思います。具体的にどのようなことがきっかけとなり、日本という選択をされたのでしょうか。</font></p>
              <p>そうですね、当時日本で一番関心を持ったのは携帯電話でした。2001年ぐらいには、iモードは盛り上がっていて非常に興味深かったのです。</p>
              <p>その点アメリカの携帯電話というのは、ネットにつながったサービスはあまり普及していませんでした。</p>
              <p>インターネットはアメリカ発の技術であり、日本に入ってきたものです。けれど携帯電話周りの技術については、当時は日本のほうが遥かに進んでいるように感じましたので、逆に日本から世界へ広がるチャンスになるかもしれない―そう思ったのです。</p>
              <p>また、実際に携帯コンテンツに関わっている人間も、わりと若くて発想の面白いタイプの人が多かったんですね。そういうのを目にして、携帯電話向けのコンテンツ開発の可能性を感じました。</p>
              そのような流れのなかで、2001年に日本へ戻ってきたというわけです。 
              <p><br>
              【続く：2/8】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item><item>
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<title>vol.713 ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和</title>
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<description>あいつは遊ばせておけ</description>
<pubDate>Wed, 2 Jul 2008 00:10:00 +0900</pubDate>
<content:encoded><![CDATA[<p class="image"><img src="http://www.president-vision.com/img/face/ide1.jpg" alt="ジーコンシャス株式会社 代表取締役 井手 敏和"></p><div class="question"> 

              <p><font color="#4E869E">【増永】 これまで井手社長が、どのような人生を歩まれてきたのか教えてください。</font></p>
              <p>理系の大学に通っていたのですが、途中で音楽に強い関心を持つようになりました。その結果、ギタリストとしてプロミュージシャンを目指し、大阪で音楽活動を始めたんですね。 </p>
              <p>最初はスタジオミュージシャンをやっていました。その後、あるレコード会社のバンドに所属するご縁をいただき、プロデビューする運びとなったんです。そのため、大阪から東京へ上京することになりました。 </p>
              <p>しかもプロミュージシャンとしてデビューするのと同時に、音楽機材メーカーに入社したんです。ですから2年ほどはミュージシャン兼会社員でした。 </p>
              周囲から見れば、二足のわらじ状態で大変そうに見えたかもしれません。けれど本人は、さほど会社員としての自覚もなく、結構気楽にやっていたんです（笑）。
              <p><font color="#4E869E">● 当時の状態を維持するには、それなりに周囲からの理解も必要だったのではないでしょうか。</font></p>
              <p>そうなんです、夜中までレコーディングが続いたり、バンドとしてキャンペーンで地方をまわったり・・・会社に出社できない日も多くあったんですよ。比較的堅い機材メーカーだったので、さすがに「このまま続けられるのか」と不安になったこともありましたね。 </p>
              <p>けれど、上司の方が協力的だったのでなんとか続けることができました。後で聞いた話ですが、実は当時の社長から、「あいつは遊ばせておけ」という指令が出ていたそうなんです。</p>
              <p><font color="#4E869E">● なぜそのように優遇してもらえたのでしょうか。</font></p>
              <p>機材メーカーには当然、技術者はたくさんいます。しかし、それを実際に使う立場の人がいなかったんです。だから機材を現場で使う立場である私のフィードバックが役立つという判断があったようです。 </p>
              <p>そんなこともあり、社長をはじめとした会社側の気遣いのおかげで、自分としては会社員の枠にとらわれない活動を続けることができ、今でも感謝しています。</p>
              <p><font color="#4E869E">● バンド活動はその後どうされたのですか。</font></p>
              <p>結局、2年ほど経ってからバンドは辞めて、機材メーカーの仕事に専念し、商品開発にも関わるようになりました。もともと、ミュージシャン向けの機材を扱っているメーカーだったので、私自身が欲しいものを作ることを提案することにとてもやりがいを感じていました。そして1987年にアメリカの現地法人へ派遣されることになりました。</p>
            </div><div class="question"> 
                            <p><font color="#4E869E">● アメリカではどのようなことをされたのですか。</font></p>
                            <p>実は、何をやるか決まらずに行ったのですが、現地のＶＰから「じゃあ、ソフトウェアを作ってみたら？」と提案がありました。 </p>
                            <p>そして、『インサイド・マック』というマック専用の開発用バイブルを渡され、「これを読んで、がんばってね」と（笑）。全部で4巻ほどありました。 </p>
                            <p>早速それを読んで、見よう見まねで作り始めてみたところ・・・これが面白くて（笑）。半年ほどかけて、映像／音声編集用のソフトを完成させました。 </p>
                            <p>この経験を通じて、「自分でもソフト開発ができるんだ」という新たな自信を得ました。 </p>
                            <p>一方この経験を通じて、自分のなかで明確に感じたことがあります。それは、自分は組織の一員として働くよりも、個人を主体とするやり方のほうが性に合うということです。 </p>
                            <p>どういうことかと申しますと、会社に所属していれば、ひとつの製品を作るにはみんなの協力を必要とするじゃないですか。あまり個人を前面には出しませんよね。ごくごく当然のことですけれど・・・。 </p>
                            <p>しかし当時は、ソフトウェアはひとりで開発することも多く、黙々と開発することに喜びを感じました。英語のマニュアルまで自分で作ってみたりして、個人技の世界にどっぷりと浸かっていました。 </p>
                            <p>実際にそういう世界に入ってみると、そちらのほうがより面白くなっていったのです。 </p>
                            <p>そう感じていたところ、２年後に「日本もデジタルの時代になっているし、アメリカで得たソフトウェア開発の知識を活かして帰国してくれ」と言われました。 </p>
                            <p>でも、当時は日本に戻る気はなくて（笑）。すると絶妙なタイミングで、学生時代の先輩が起業したソフトウェア会社のアメリカ進出が決まり、シリコンバレーにオフィスができたんです。 </p>
                            当時の私にとっては、シリコンバレーでソフト開発できるし、何よりアメリカに居ることが出来る・・・そんな想いから、その会社の社長である先輩に、一緒にやらせてもらえないかとお願いしてみたところご快諾いただき、シリコンバレーで本格的にソフト開発をすることとなりました。1989年のことです。
                            <p><font color="#4E869E">● たとえばどのようなソフトを開発されたのですか。</font></p>
              <p>初心者向けの音楽製作ソフトです。もともとアメリカでは、初心者向けのソフトは少ない状況でした。そこで私のつくったソフトはうまくニーズにはまり、予想以上のヒット商品となったんです。 </p>
              <p>それ以降は理科系ミュージシャン・・・ソフト屋プログラマーとして、30代前半までソフト開発に集中していました。 </p>
              その後、USAオフィスの社長として、マネジメントにも関わりました。それが1995年前後になります。
              <p><br>
              【続く：1/8】<br>
                <br>
              </p>
            </div>]]></content:encoded>
</item></channel>
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