今回のエントリのトピックは
前編にも書いた通り「チャート」という言葉は「表や図表、グラフの総称」なので、対象が無数にあるわけですが、まずは基本的なチャートを5つ頭に叩き込んでもらいます。
それぞれ「パイチャート」、「バーチャート」、「コラムチャート」、「ラインチャート」、「ドットチャート」と呼ばれるものです。このエントリでは、これらの名称を多用しますので覚えておいて下さい。画像はクリックで大きなイメージが表示されます。
チャート作成はExcelのデータを基に、「このグラフがいいかな」といった感じに直感的に作ってはいませんか? 少なくとも僕はそうしていました。何も考えてずに作っていたわけではありませんが、今考えれば適当にチャートを作っていたのだなと思います。
それもそのはず、チャート作成には決まりきった手順が存在するのです。そのステップは以下の3段階に分かれます。
どうでしょう、たったこれだけなんです。後でそれぞれ個別に詳しい説明をしますが、念のため簡単な説明をしておきます。
まず、1つ目の「主張したいメッセージを決める」について。これは、個別のチャートにメッセージを込めることで、「プレゼンターが何のためにチャートを使っているのかを示そう」ということです。
そして、2つ目の「比較方法を見極める」について。「比較方法」って何?、と疑問を抱く方もいるかもしれませんが、これはリトマス試験紙だと思ってください。ステップ1で決めたメッセージが「川の水」だとしたら、リトマス紙 (比較方法)を通して、「酸性」や「アルカリ性」(チャートフォーム)が自動的に決まるのです。
最後、3つ目の「チャートフォームを選択する」についてですが、これは上述した通り、比較方法を通して、最適なチャートフォームを選択するステップです。比較方法は5つあるのですが、これが見事に最初に示した5つの基本チャートフォームとマッチするんです。
さて、概要を説明したところで、次はそれぞれに関する細かい解説をしましょう。1つめの「主張したいメッセージを決める」についてです。
まずは下記の画像をご覧ください。
「契約数の推移」というタイトルのこのグラフから、あなたは何を読み取りましたか? 恐らく考えられうるのは以下の4つでしょう。
さて、何の変哲も無い1つチャートから4つもメッセージ候補が浮かび上がりました。これを携帯電話の契約数についてのラインチャートだとすると、王者Docomoは順調に契約者数が増加していることを示すために、メッセージ1を使って「我が社の契約数が増加してきている」と言うかもしれませんし、契約数の減少した月が少ないことを示すために、メッセージ2を使って「我が社の契約数は2回しか減少していない」と言うかもしれません。
もちろん、会社や部署の置かれた状況からは1つの意味しか持たないこともありませんが、このように、全く同じチャートを使っても異なるメッセージを伝えることができるわけです。逆に言えば、プレゼンターがメッセージを示さない限り、聞き手が本来の意図とは違うメッセージを認識する可能性があるのです。
「君のことが好きだよ」と言ったときに、相手の女性はどう捉えるでしょうか? 本当は「君のことだけが好きだよ」と意図した発言も、状況次第では「他にも好きな人がいるけど、とりあえず今は私のことが好きなのね」と捉えられるかもしれませんよね。「だったら始めから『君のこと”だけ”が好きだよ』と言おうよ。」というのが「チャートのメッセージを決める」ということなのです。
メッセージを設定することの重要性は理解できたでしょうか。次は、リトマス紙に例えた「比較方法」について説明します。
まず、比較方法は以下の5つに分かれます。
それぞれの比較方法は、ステップ1で設定したメッセージに従って決定されます。どのように決定されるかというと、チャートのメッセージに含まれるキーワード(参考図書内では「トリガーワード」と呼ばれる)によって決まるのです。
例えば、コンポーネント比較法のトリガーワードは「シェア」、「○○%を占める」、「全体に対する割合」などです。 つまり、ステップ1で「商品○○売上シェアはA社の32%を占める」なんてメッセージを設定したならば、間違いなくコンポーネント比較法を検討しなくてはいけないのです。
それぞれの比較方法の「特徴」「メッセージの例」「トリガーワード」を文章にすると無駄に長くなってしまうので、僕が作った以下のスライド画像を参照してください。
さて、いよいよ最後のステップです。ここでは「比較方法からチャートフォームを選択する」のですが、トリガーワードに対応した比較方法を選択したように、比較方法に対応したチャートフォームを選択するだけの機械的なステップなのです。
例えば、コンポーネント比較法に対応するチャートは2つあり、1つはよく使われるパイチャート、そしてもう1つはコラムチャートです。候補が2つあることに戸惑いを覚えるかもしれませんが、「パイチャートを2つ並べるならコラムチャートを使う」というルールが存在するだけなので焦る必要はありません。
比較方法のときと同様に、文章では分かりにくいので画像を列挙します。
それぞれの比較方法に対応したチャートが存在することを掴めましたでしょうか? 「チャート作成の流れは理解できたけど、『比較方法』と『チャート』が合計10個もあって良く分からん」という方のために、とっておきの表を用意しました。チャート作成の手順さえ頭に入っていれば、これを見るだけでチャートが作れる優れモノです。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。念のためチャート作成の手順をおさらいしましょう。
以下の3ステップからチャートを作ります。
1. チャートのメッセージを設定する
2. メッセージに含まれるトリガーワードから、比較方法を検討する
3. 比較方法に対応したチャートを選択する。
お気づきの方もいるかもしれませんが、ステップ2と3は機械的な作業に過ぎず、「メッセージを設定した瞬間にチャートが決まっている」のです。それはつまり、メッセージの設定が何よりも重要であることに他なりません。
「○○のシェア」や「××の推移」といったタイトルのみが書かれているチャートを目にしたことはありませんか? また、そういったチャートを作ってはいませんか?
もちろん、タイトルをチャートの上に示すことは否定しません。ただ、タイトルとは別にきちんとメッセージを書くようにしましょう。そうすれば、最適なチャートを選択できるだけでなく、聞き手がより理解しやすいプレゼンテーションをすることができるのですから。
それと、プレゼンを作り始める前によく考えてみて下さい。なぜプレゼンをするのかを。他に手段はないのかを。表現手段は無数にあります。「何を言ってるの?」と疑問を抱いた方は、エントリの前編を是非ご覧ください。
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1998年、Windows98が発売された年に僕は初めてPower Pointに触れました。授業の一貫でプレゼンテーションを作ることになったのですが、当時はプレゼンテーションファイルを作るなんて意識は微塵もなく、アニメーション効果を入れられて面白いソフトだなー、としか感じていなかったと記憶しています。
そんなPower Pointとの出会いから早11年。中学・高校では全く使わなかったものの、大学の授業ではプレゼンを作る機会があり、ある程度は使えるようになってきました。
そのプレゼンを作る際になんといってもはずせないのが図表(以下、チャート)作成です。いくつかボタンをクリックして、値を変えれば一瞬で作れてしまうアレですね。それだけ簡単に作れるからこそ、ついつい適当に作ってしまいがちです。
思い返せば僕はこれまで、パイチャートとラインチャートの2つしか使っていなかった気がします。皆さんはどうでしょうか? 企業や国の順位を比較するのにパイチャートを使ったり、シェアの推移を比べるのにラインチャートを使っていませんか?
今回のエントリでは、1ヵ月ほど前に勉強会で発表したチャート作成方法をブログ用にアレンジしました。参考文献は、ジーン・ゼラズニー著、「マッキンゼー流 図解の技術」(原題 “Say It With Charts“)です。
チャートとは表や図表、グラフの総称です。便利な単語ですね。今回はプレゼンにおけるチャートについて説明するわけですが、チャートを位置づけを誤解すると大変なことになります。
一言でいうと、チャートはプレゼンにおけるツールに過ぎません。データを分かりやすく示すツールと言ったところでしょうか。プレゼンを構成する要素は、文章、写真、動画、チャート、そしてプレゼンターの発言などですが、その中の1つに過ぎません。つまり、他に良い表現手段があるなら、チャートを使わないべきなのです。
さらに、プレゼンとは何かを考えてみましょう。これまた実はただの手段に過ぎないわけです。「”相手に”行動を起こさせる手段」の1つなのです。(行動といっても海外進出や撤退だけが行動なのではなく、「理解する」や「好きになる」といったことも行動に含まれます。)
例えば、女性に自分のことを好きになってもらうには幾つか方法がありますよね。手紙を書く、メールを送る、直接告白してみるといった感じで。でも、好きになってもらうのにプロジェクターを用意して、自分の強み弱みをプレゼンする人の話は聞いたことがありません。理由は簡単、この手法が最適ではないからです。
このようにチャートはプレゼンのツールに過ぎず、プレゼンは「相手に行動を起こさせる手段」に過ぎないということを忘れないことが大切です。チャートができれば全てが上手くいくわけではありません。
では次に、プレゼンにおけるチャートの役割とは何かを考えてみましょう。
チャートを説明する際によく言われるのが、「視覚に訴え、直感的に理解できる」ということですが、これはあくまで1番の「特徴」にすぎず「役割」ではありません。チャートを盛り込めばプレゼンがよくなるわけではないのです。ではチャートの役割とは何でしょう。
それを考えるために、プレゼンに盛り込まれる全ての情報を「事実」と「意見」に分けてみます。
「事実」とは、統計やアンケートの収集結果などの客観的なデータのことで、「意見」は、自分の意見、聞き手の意見、第3者の意見などを指すと定義しましょう(混乱してしまうので、統計的の正確さや、アンケートの質問項目の話などは一切無視して良いとします)。
そう定義したとき、プレゼンにおけるチャートの役割は「事実と意見」または「事実と事実」をスムーズ且つタイトに結びつけるものだと思いました。「4月の業績の落ち込みが年間収益を引き下げた」は事実と事実、「国内マーケットは過去10年間縮小し続けているから、海外進出すべき」は事実と意見、といった感じです。
お気づきの方もいるかもしれませんが、これは文章や言葉で代替可能です。が、その中でもチャートを選択するのは、特徴が「直感的に理解できる」ためです。相手の話が長すぎて自分の理解が追いついていないな、と感じた経験は誰しもあると思いますが、チャートをきちんと使いこなせば相手にそのような思いをさせずにすみ、話に集中してもらえるのです。
「チャートはプレゼンのツールに過ぎない」のは事実ですが、役割・使い方を理解してからでないとツールを使いこなす事すらできません。子供が栓抜きを見て、何のために使って、どのように使うのかが分からないのと同じですね。
前編はチャート作成方法に全く触れず大前提についてしか書きませんでしたが、次回は作成方法オンリーでいきます。乞うご期待!
(そもそも今回は参考文献に書いてないことばかり触れてしまいました)
昨日、「ライフネット生命 開業1周年セミナー」に参加してきました。
僕はブログを通して岩瀬さんに興味を持ちライフネットを知った口なのですが、最近はライフネット生命という会社自体にも興味を持ってきたので、参加を決めました。
(参加者に、社長の出口さん、副社長の岩瀬さんが書いた本のなかから好きな1冊がもらえるのも魅力の1つだったのも事実ですが)
結論からいうと、自信を持って「行って良かった」と言える非常に楽しいセミナーでした。
はじめはメモをとっていたのですが、話が楽しく集中して聞きたかったので、メモを取るのをやめました。なので、純粋にこれは凄いな、と思ったことを書こうと思います。
とは言え、最初はメモを取っていたので、少しはそれを参考にしながら進めていきましょう。
まず、僕は「保険」に関する知識がほとんど無く、「生命保険」、「損害保険」、「掛け捨て」くらいの単語しか知りませんでした。(というか今も知らない)
そんな雀の涙の知識でも理解できるくらい単純なのが、ライフネット生命。提供している保険は、掛け捨ての死亡保険と、同じく掛け捨ての医療保険のみです。(2009年5月28日現在)
社長の出口さんによると、「掛け捨てにしているのは、会社が無くなっても『生命保険契約者保護機構』によって100%が保証されているから」とのこと。僕は、保険料を抑えるために掛け捨てにしているのだと思っていたので、これは目から鱗でした。
作家の森博嗣さんがが自身のブログで、「保険は絶対掛け捨てにすべき」という趣旨のエントリを書いていたのを思い出し、こういう理由もあってそう断言していたのかな、と思いました。
それはさておき、ライフネットは資産の運用を国債などの元本割れリスクのない商品で行っているようです。出口さんは「掛け捨てである以上、配当を求められているわけではないのだから、リスク資産には投資すべきではないと思う。」と仰っていてました。だからこそ業績を毎月開示しても痛くも痒くもないのでしょう。仮に株や外為に投資していたら去年の9月に大変な打撃を受けていた可能性もあるわけですからね。
青臭いかもしれませんが、心に響いた言葉がありました。
それは出口さんが仰ったもので、「入って欲しいと不安なく言える」という言葉です。
社会人(特に大学で文系だった)方々は当然のことながら、ライブや演劇、イベントのチケットを売ろうとしたことがある学生は理解できるでしょうが、「自分だったらこの内容でこの値段だったら買わないよなぁ」と思うものを販売するのは、いささか気が引けるわけです(いや、自分はそんなの関係なく売ってやるぜ!という人もいるとは思います)。
少なくとも僕は、自信の持てるものや、人に勧めたいと思うもの以外を売るのは気が引けるのです。だからこそ、長く保険業界にいた出口さんが「入って欲しいと不安なく言える」と断言したことに心が震えました。
講演が終わったあとに質疑応答が設けられていたのですが、そのときの発言でライフネットがを応援したいなと強く思いました。
これまた出口さんの発言なのですが、「現代の20代、30代を見ている限り、インターネットを使って『保険料を半額にすること』が必要だと思ったからインターネットを使っているのであって、もしかしたら100年後は世界一のセールスを使っている会社かもしれない」というものです。
ライフネットは、日本初のインターネットで商品を売る保険会社とか、独立系で73年ぶりにできた保険会社だとか、保険の商品内容よりも、その形態や成り立ちが注目を受けている気がします。これは、上手く使えば注目を集めるアピール材料になりますが、それに囚われると本質を見失ってしまうものだと思います。それに、「ネット生保」という形態が注目されているため、「セールス」や「営業」という単語を出すことは、その形態に注目している人に対して負のアピールになってしまう可能性もあります。
にもかかわらず、インターネットはあくまで「自信を持って売り出せる、ユーザのニーズに合った商品」を創出・販売する手段にすぎない、と明言しているのはかっこいいなぁと思いました。
目的と手段を混同しないのは常識だろ、と思う方もいるかもしれません。が、僕のたった21年の人生経験のなかでも、それを理解していない大人を沢山見ました。それに加えて、開業1年目の慌ただしい時を駆け抜けて、色々と大変なこともあったと思います。にも関わらず、見つめている点が1ミリもずれていないわけです。それって凄いと思いませんか?
(今回は出口さんの言葉ばかりを引用しましたが、岩瀬さんの「ライフネットを始めてみて意外だったこと」も非常に面白かったです。)
僕が聞いていて(見ていて)感動したのは、出口さんと岩瀬さんの関係です。
年の差約30歳、これだけ離れていると、年上に遠慮して発言が少なくなったり、逆に年上が重厚な雰囲気を漂わせつつ黙って座って、ほとんど年下が喋っていたりという感じだと思うのですが、この2人は違うんですね。2人とも平等にどんどん喋るんです。質疑応答の前に岩瀬さんが「2人とも話すのが好きなので、バランスよく質問してください(笑)」と言ってたのですが、本当にその通りでした。
なんか羨ましい関係だなぁ、と憧れました。自分も10年後くらいには出口さんのようなエネルギッシュな人に巡り会って、逆に自分が歳を重ねたらガッツある若者と組んで何かやってみたいなと思わせる、そんな魅力を持っていました。
今日、21歳になりました。20歳はまだ若さを感じますが、21になると少し年を取った気がします。無事に進級したため今年は就職活動もあり、着実に年を重ねていることを実感します。
さてさて、話は変わって、みなさんラジオ聞いてますか?
テレビでいう視聴率のように、ラジオにも聴取率というものがあります。1%を超えれば大人気番組と言われるくらいなので、リスナー数はテレビの視聴者に比べて格段に少ないのが分かりますね。
僕は、中学時代に「爆笑問題カウボーイ」をきっかけにラジオを聞き始め、現在は「伊集院光 深夜の馬鹿力」と「SUNTORY Saturday Waiting Bar AVANTI」を聞いています。前者は伊集院光の信じられないほど面白いトークで構成され、後者はテーマ毎に数人のゲストを呼び専門的な話を聞ける構成となっています。
今回は、そのAVANTIを紹介しましょう。
AVANTIは1992年4月に放送を開始し、2009年4月末現在も放送を続けています。実に17年も続いている長寿番組。僕と4歳違いかとは、ただただ驚くばかりです。
(因みに、番組タイトルであるウェイティング・バーとは、レストランなどに併設されている、人との待ち合わせのためのバーのことだったりします。)
AVANTIの番組形式は一風変わっており、架空のバーが舞台になっています。そして、「そのバーで客が話している内容に、常連の女子大教授が聞き耳をたてる」という形で番組が進行するのです。
トークの内容、すなわち聞き耳をたてる客の会話は毎週変わります。というのも毎回テーマが違い、テーマにあわせて客(ゲスト)が変わるからです。毎回ゲストが変わるのは、そこらへんのラジオ番組となんら違いませんが、テーマが決まっているところがミソなんですね。
テーマ実にバラエティに富んでおり、従ってゲストも非常に幅広いです。いや、本当にスゴイですよ。
例えば、2009年3月14日(Einsteinの誕生日だ!)放送の「ビバ!マカオ1」のゲストは、辻村プロモーションの辻村哲朗さん、コーディネーターのジュリア・シュウさん、東京大学東洋文化研究所教授の羽田正さん、ユナイテッドワールド証券会長の林和人さん、そして博報堂の清水浩さんの5人です。
このゲストを全員知っている方はいるでしょうか? 正直なところ、ゲストの方々には失礼かもしれませんが、僕は1人も知りませんでした。
ですが、それこそがAVANTIの凄まじいところだと思うんですよね。ゲストを1人も知らない、でも、AVANTIなら絶対に面白いはずだから聞いてみる という流れが頭の中でできあがってしまっているんです。
例えば、辻村さんとシュウさんは現地のコーディネーターから見たマカオを語っており、羽田さんは学術的見地から見たマカオの歴史を話しています。そして、林さんはマカオのカジノ事情を、最後の清水さんは香港勤務の経験を活かして「香港からのマカオ」と題した話をされています。
決して有名じゃないけれど、複数人がそれぞれの経験・専門性を活かして1つの事柄に対して違う角度から話してくれる。
こんなことはテレビじゃできないですよね。とりあえず関連がありそうで視聴率の取れそうなタレントを引っぱり出してくるのが精一杯でしょう。
専門性を兼ね備えたゲストの方々ですが、もちろんテーマも変わればゲストも変わります。
2008年11月22日放送「ブーツ」の回のゲストを紹介しましょう。
まずは、CanCam専属モデルの峰えりかさん、セレクトショップ「Estnation」でバイヤーをしている沓間由美子さん、レーサーで小悪魔agehaモデルの神子島みかさん、スタイリストの安藤真由美さん、そしてシューズデザイナーの三原康裕さんです。
マカオの回には東大教授が招かれて、ブーツの回には小悪魔agehaです。ここまでテーマに合わせて柔軟にゲストを変えていくのは本当に凄いなと思いますね。
興味がある方は「過去の放送リスト」に目を通してみて下さい。絶対に興味のあるテーマがあると思いますよ。
サントリーの一社提供で17年続いているわけですが、なるほどこれはサントリーにしか出来ないなと思わせることが1つあります。何か分かりますか?
答えはCMです。
土曜の17:00になった瞬間に80.0MHzの周波数から聞こえてくるのはCMです。ですが、そのCMから番組はスタートしているのです。僕が録音していた2007年8月11日放送の「凄いガラス」の回のCMを例にとって説明しましょう。
(ナレーターが話し出す)
世界最高峰のビールを造りたい。
ある醸造家の夢が、このビールの出発点でした。(バックにマーチングバンドのスネアの音が流れ出す)
その醸造家は単身ヨーロッパに渡り、沢山のミニブルワリーと出会います。
そこでは、日本の大規模なブルワリーとは違い、それぞれが個性的な味を生み出していました。
1989年、武蔵野ビール工場内にミニブルワリー開設。
そのとき、その醸造家の夢への第一歩が始まりました。(Shall we danceのテーマ曲(instrumental)がトランペットの音と共に始まる)
その醸造家が知識と情熱の全てを注いで開発したビールが、今年も世界の舞台で賞賛されました。
(会場の拍手の音が入る)
モンド・セレクション3年連続最高金賞受賞、サントリー、ザ・プレミアム・モルツ。
(ザ・プレミアム・モルツを飲む音が響く)
これが、最高金賞品質。
via:2007年8月11日放送「凄いガラス」
いざ、こうして文字にしてみると良さが上手く伝わらないことに気づいたわけですが、まぁこれがなんとも番組の雰囲気に合うわけなんですよ。ザ・マッカランのCMとか本当に最高です。(知りたい人は番組を聴いてみよう!)
サントリーは、ビールを始め、様々なリキュール、そして有名な国産及び海外のウィスキーを販売しています。そしてAVANTI舞台はバー。絶妙な組み合わせです。このペアだからこそCMも含めて1つの番組になっているのでしょう。
書き忘れていましたが、ゲストの話が終わる毎に流れるジャズの選曲も最高です。
架空のバーと書いてきましたが、実は年に3日間だけ本物のAVANTIが出現します。
なんと、夏の麻布十番祭りに出店しているのです。
毎年メニューは変わっていたと記憶していますが、基本的にはペンネなどのイタリアン。そしてワインやスパークリングワインなんかもあります。去年だか一昨年に「ボウモアのシャンパン割り」なんてメニューがありまして、それはそれは心惹かれたものです(そのメニューだけが18:00から提供で、時間的に注文できなかったのが本当に悔やまれる・・・)。
人混みがすごい麻布十番祭りですが、金曜の夕方16:00位に行くと人も少なくオススメですよ。何より、他の出店の料理より圧倒的に美味しいのが最高です!
2006年4月から、AVANTIは厳選した過去のトークをPodcastで毎週配信しています。
ラジオはやや敷居が高いと感じる方は、まずはPodcastのAVANTIを聞いてみて下さい。絶対ラジオが聞きたくなりますよ。
iTunesのAVANTI紹介ページへのリンク(iTunesが起動します)
とまあ絶賛の嵐を浴びせかけてきたわけですが、1つだけ不満があります。
それは、過去の放送が聴けないことです。
テレビであれば人気番組はDVD化されますし、Webサイトで有料放送するなどしていますが、ラジオはこれがほとんど無い。そのため、ここまで良質な番組なのに過去の放送が聴けないわけです。もちろん、Podcastは精力的な試みだと思うし、実際に多数のリスナーから好評を得ています。
ですが、Podcastでは毎週1人の話しか収録されていません。無論、Podcastで全てを配信してしまうとラジオからリスナーが離れてしまうでしょう。だったら有料でCDにするなり、データ自体を販売しては如何でしょうか。
テレビ番組に比べて時間あたりの容量が低い分、インフラ代も安くすむと思いますし、CMも含めて売れば宣伝にもなります。それでもインフラ代がバカにならないというのであれば、オーディオブックとしてiTunes Storeで販売するのも1つの手でしょう。悪くない提案だと思いませんか?
ゲストの話に聞き耳をたてる教授が、店に入る前(番組が始まる前)に言う名台詞とともにこのエントリを締めたいと思います。
一つだけ、約束してください。
今日これから行くお店をむやみに人に紹介しないって。
よろしいですか?
では、参りましょう。
東京は元麻布、仙台坂上を上がったあたりのイタリアン・レストラン「AVNTI」。
我々が行くのはそこのウェイティング・バー。
土曜日の夕方の常連客が織りなす東京一の日常会話、聞き逃したくないばっかりに、つい足が向いてしまうんです。
さあ、着きましたよ。私が扉をお開けしましょう。
「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞しましたね。普段は絶対にしないのですが、なぜかミーハーにも、六本木でやっていた凱旋上映を見に行きました。呆れられるかもしれませんが、映画館で映画を見るのは実に1年半以上ぶりで、非常に新鮮でした。
皆は僕より映画館に行っているものとして「呆れられるかもしれませんが」、と書いたのですが、実際皆さんはどれくらい足を運んでいるのでしょうか。 時間はあるけどお金がない学生は一体どうしているのでしょうか?
もちろん、映画館ならではの大スクリーン、迫力の立体音響、予告編の最中に食べ終わってしまうポップコーン、そして、あの何とも言えない雰囲気。家では絶対に味わうことのできないものが映画館には確かにあります。
とは言え、やはり学生にとっての1500円は手痛い出費と言えるのではないでしょうか。それだけのお金があればレンタルDVDを3~5本借りられる上に、最近ではセルDVDも驚くほど安くなっていて、名画シリーズでは500円、往年の名作に加え、最近の作品でも1500円を切るものが数多くあります。先ほども書きましたが、学生は「時間はあるけれどもお金がない」のです。(勉強してて時間なんてないよ、という意見は受け付けます。あくまで一般論。)
映画館で見たいのも事実、そして安さを追求したいのも事実。落としどころの行き着く先は、そう、名画座です。
名画座といえば映画評論家・映画監督のみならず、作家、音楽家、はたまた大企業の経営者が、「学生時代はどのように過ごしたのですか?」と聞かれた際、「映画を年に○百本はみたね、お金はなかったから名画座に通い詰めたものだよ」と答えているのをどこかで目にしたことのあるかたもいるのではないでしょうか。「安く映画を見る」ことの代名詞、それが名画座だと言えます。
そんな名画座も昔はVHS、そして現在はDVDの爆発的な普及によって減少の一途を辿り、いまでは最も名画座が多く存在する東京でも14館しかありません。
その14館のうちの1つが渋谷・円山町にある「シネマヴェーラ」です。
開館したのは2006年1月。弁護士の内藤篤さんが個人でオーナーをしています。
内藤さんは、弁護士として映画やドラマ、音楽の利権に関わる仕事をし、例えばドラマ・エンジンのクレジットにきちんと名前が記載されています。
内藤さんは映画を年に350本ほど見る学生時代を過ごしたそうで、「作品の面白さで劇場に足を運ぶ若い世代を少しでも増やしていければと思います。」と名画座設立の理由を語っています。
実をいうと、僕はこのシネマヴェーラの開館日に足を運びました。確か整理券番号は4だったと記憶しています。特集は「北野武」。キッズ・リターン、ソナチネ、Brotherなどを初めて映画館で見ました。いやぁ実に良かった。
僕はそれまで、同じ監督の作品を一度に見たり、同じ時代・題材の見たりするという経験をしたことがなかったですから、「映画といえば個別の作品を見るもの」と、勝手に思い込んでいました。
ですが、野武特集にしろ、その他の特集にしろ、同じグループの作品を立て続けに見ることによって、これまで意識していなかった部分が見えたりするものなんだなと改めて感じたわけです。DVDをレンタルしてきても、日にちが空いてしまうのが殆どなので、映画館で見ること(名画座で見ること)で、ここまで違うものか、と驚いたものです。
それに加えて、2本立て、3本立てにはまた違ったメリットも存在します。それは、「2本立てのうち、1本を目当てに行ったにもかかわらず、2本目に魅了された」という、受動的な発見が存在することです。これはDVDのレンタルでは絶対に真似のできないことでしょう。
過去の特集は、北野武、小津安二郎といった監督特集を始め、アニメ特集、ロマンポルノ特集などなど、多岐に渡っています。
ここまでは名画座の解説、シネマヴェーラの説明をしてきましたが、はじめの方でも触れたように、名画座といえば安さが魅力の1つです。もちろんシネマヴェーラもそこはきちんと押さえています。
1本ではなく、2本立てで大人1400円(会員になるとさらに安くなるそうです)、そして大学生・高校生はなんと800円!
学生の場合、本数が2倍になって料金が2分の1ですよ。僕のような学生はもちろん、社会人の皆さんも足を運んでみては如何でしょうか。 映画を楽しめるだけではなく、学生時代の気分、思い出が蘇ってくるかもしれませんよ?
まずは、「なぜユダヤ人は元々いた土地を離れたのか」について説明しましょう。
1つめの理由は国土の特殊性です。上記の地図はレバノンの地形を示したものなのなのですが、見て分かる通り、山脈地帯が国土の大部分を占めいます。この山がちな土地は農業に適さず、非常に住みにくい土地だと言えます。
そして2つ目の理由は、前述の国土の特殊性をはるかに凌駕する、土地柄の特殊性です。上にはシリア(フェニキア)、サマリアが、そして下にはエジプトがあり、大国に挟まれる形になっていたのです。この不幸な土地柄のため、時代によって東ローマ帝国、オスマン帝国、フェニキア人、エジプト人、ペルシア人、バビロニア人によって支配されることになってしまいました。
そして、繰り返される支配は同時にもう1つの不幸をもたらしてしまいました。それはユダヤ教が一神教であったため、支配されるだけではなく、過度に排除されてしまったのです。
上記の理由で、もといた土地に住みにくかったユダヤ人たちは離散し、2つのグループに分かれました。1つは他の土地に定住するグループ、そしてもう1つは各地を移動する旅商人になったグループです。因みに、こうしてパレスチナを離れたユダヤ人、もしくは離散したユダヤ人のコミュニティーのことを「ディアスポラ」と呼びます。
定住したグループはその土地に根付くことにより、風土・習慣・情報に熟達し、それらの情報を土地を回るグループに提供することで、ユダヤ人全体として広域のネットワークを確立することになりました。離ればなれになったユダヤ人たちのアイデンティティを維持していたのが、彼らの宗教であるユダヤ教であったことは言うまでもありません。
土地々々を回るユダヤ人のグループは、各地の仲間たちだけではなく、旅商人同士でのコミュニケーションを通し、文化や政治体制、お金の調達方法、商品の価格などを情報を仕入れ、例えばエジプトで価値が低い商品を買い込み、より高く売れるヨーロッパで売りさばくなどと言ったことをしていました。(昨年エントリを書いた、明神茂氏は現代のマーケットで裁定取引(アービトラージ)をしていましたが、このユダヤ人の行動はまさにアービトラージですね。)
交易離散共同体となったユダヤ人ですが、彼らが交易に向いて理由が存在します。
まず1つ目に、広域ネットワーク化によって、「外国人」として扱われてしたことです。このため、人間関係の外部にいることができ、商業に集中することが出来ました。
そして2つ目に、キリスト教は反商業的な教えであったのに対し、ユダヤ教においてはそうではなかったと言うことです。(これについて後でもう少し詳しく補足します)
最後、3つ目の理由は、「”交易離散共同体”となったユダヤ人」の強みなのですが、外国の物品を持ち込んでくるため、王侯貴族に優遇されることとなり、商業がしやすかったことです。(例えば、山賊が出るような山道を国の兵士に護られながら進んだりなど)
これは僕の憶測に過ぎないかもしれませんが、様々な民族に支配された結果、異文化コミュニケーションに長けていたユダヤ人は、2つの民族の媒介者としての素養があり、商業に向いていたと言えるのかもしれません。

ローマ帝国において、もともとは異端であったキリスト教が国教となり、唯一神イエス・キリスト以外を信仰することのないキリスト教徒によってユダヤ人は迫害を受けることになります。(これは聖書に「イエスを殺害したのはユダヤ人」と書かれていることも理由だそうです)
また、これに拍車をかけることとなったのが十字軍の遠征でした。聖地(エルサレム)奪回を意図して組織された十字軍に、同じくエルサレムを神聖な土地としていたユダヤ人が激しく抵抗したために、より一層迫害を受けることになってしまったのです。
さらに、ローマにおいてユダヤ人商人が成功し、現地商人が活動の場を失ったたことも迫害を加速させました。
そして、このような迫害を決定づけたのがペストの大流行でした。ヨーロッパ全人口の3分の1の命を奪ったペストの流行時に、ユダヤ教徒の被害者が少ないと言われ、各地で迫害を受けたり、虐殺されることになってしまったのです。
迫害を受け活動の場を失ったユダヤ人は、金融業へ進出します。
キリスト教において金融業は憎悪の対象でした。というのも、何かを”生み出す”ということが出来るのは神だけで、利子を”生み出す”という行為は神の冒涜に当たるとされていたためです。しかし、まともに商売が出来なくなってしまったユダヤ人はその業務をするしかなかったのでした。
とは言え、やはり憎悪の対象であった銀行業務を始めたゆだユダヤ人はさらに迫害を受けることとなり、1215年に第4回ラテラン公会議でバッジの着用を義務づけられ、1290年にはイギリスから追放されてしまいました。また、1492年のレコンキスタ集結に伴い、イスラム・スペインからも追放されることとなります。
各地から追放されたものの、時間をかけてヨーロッパ経済に溶け込んだ彼らは、徐々にアイデンティティを失い始め拡大するヨーロッパ経済ネットワークに取り込まれてしまいました。(長距離貿易やプランテーション経営、株式市場(アムステルダム)などへ参加したそうです)
因みに、中世前半に古代ローマからヨーロッパへ移住し、中世後半の迫害で東欧に移住したユダヤ人達をアシュケナジムと呼び、中世にイスラム・スペインに移住して、1492年の追放でヨーロッパ各地に散っていった人たちをセファルディムと呼ぶそうです。
前者のアシュケナジムの末裔には僕の大嫌いなマルクスや、僕の大好きなアインシュタイン、ロボット3原則のアイザック・アジモフ、ノーベル経済学者のスティグリッツなどがおり、一方、後者のセファルディムの末裔には、古典派経済学者のリカードや、「絶望とは愚者の結論である(Despair is the conclusion of fools.)」という有名な言葉を残した、イギリス元首相ベンジャミン・ディズレーリなどが挙げられます。
このエントリは、大学1年の時に受講した伏見岳志教授の「歴史」という授業(の一部)がもとになっています。僕があまり調べていないのもあるせいで、歴史的に間違っている部分もあるかと思うので、是非、間違いがありましたら指摘してください。
それでは最後に、「歴史」の授業で国家と外国人の関係についてどのような関係があるか、先生がまとめたものを最後に書いてエントリを締めくくりたいと思います。非常に示唆に富む内容だと思うので、一読することをオススメします。最後までおつきあい頂き有難うございました。
更新頻度が低く、月1~2つしかエントリを投稿しないこのブログですが、一応いくつか書こうと思っている記事はあります。そこで、今回は「いま、こんなエントリを書こうと思っています」というリストを公開することにしました。
まず1つめは、ユダヤ人の歴史に関するエントリです。
ユダヤ人というと、「ユダヤ陰謀説」のようなものや、「お金持ちにはユダヤ人が多い」なんてことを耳にすることがあるかと思います。「火のないところに煙は立たぬ」なんて言う諺があったりしますが、実際にユダヤ人は商業に強いのでしょうか?
答えはYes。そして同時にNoとも言えます。と言うのも、歴史的にユダヤ人が商業に強かったのは事実ですが、そのアドバンテージが現在も保たれているかと言われれば、正直あまり関係なくなっていると思うからです。
そんな結論を最初に言われても・・・と思われるかもしれませんが、歴史におけるユダヤ人の役割というのは非常に興味深く、一考に値するものなので、まとまったエントリにしようと思っています。
因みに、このエントリは、大学1年の時に受講したヨーロッパの商業史に関する歴史の授業がベースになっています。
2つめのエントリは誰もが知る企業、サントリーについてです。
皆さんは、サントリーに関してどういうイメージを持っていますか?
恐らく、皆さんが持っているイメージでは、「飲料メーカー」、「プレミアム・モルツ」、「ウィスキーが有名」、「サントリー美術館などの社会活動に多く着手している」、なんてところだと思います。
もちろん、いま挙げたものは実際にサントリーの活動と一致しています。そして、最も有名なところです。「3年連続モンド・セレクション受賞」なんてフレーズを何度も聞いたことのある人も多いでしょうしね。(無論、僕もその1人です)
ですが、サントリーの活動の幅はそれどころじゃないんです。例えば、有名な高級アイスクリーム、「ハーゲンダッツ」。あれは、アメリカのハーゲンダッツ社とサントリー、(+タカナシ乳業)が出資しているんです。出資比はそれぞれ50%、40%、10%で、なんと40%も出資しています。
それだけではなく、ラジオ番組を1社提供でやっていたり、読み応えのあるPR誌も出していたりします。
そんなサントリーですが、なんと言っても有名なのが、上場していないこと。なぜ上場していないのでしょうか。このエントリではサントリーの事業活動を紐解きながら、その疑問に答えてみようと思います。
さて、2つのエントリの予告をしましたが、心惹かれるでしょうか?
とまあ、こんな質問をしておいてなんですが、皆さんが興味を持たなくともエントリを書くつもりです。
残念ながら、1月末は憎き期末テストなるものがあるため(進級がかかっているため)、更新は2月の頭になるかと思われます。
現実逃避をすれば1月中に更新できるのですが、下手をしなくても来年も2年生をする可能性が多々あるため、一応自粛しておこうと思います。
それでは、ユダヤ人の歴史とサントリーに関する2つのエントリ、乞うご期待です。
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近頃、かなり寒くなってきましたね。僕は夏が大好きなので、これからさらに寒くなることを想像するだけでイヤになります。それでもまだ学生。前年比平均-2.3%も落ち込んだ冬のボーナスで落ちこまずにすむだけ気楽な身分なのかもしれません。
実体経済も悪化してきて”景気のいい話”が聞こえてこない今だからこそ、1996年に3140万ドルを稼いだ、”ある人物”についてエントリを書いてみようと思います。
その人物の名は明神茂。ソロモン・ブラザーズの副会長にまでなった、生ける伝説です。
僕が明神茂氏を知ったきっかけは、黒木亮氏のマスターピース「巨大投資銀行」でした(おお!文庫版になってる!)。それから氏について調べたのですが、彼の伝記・回顧録もなければ著作もなく、最終的にウェブ上にあるものと「巨大投資銀行」の情報を元に、このエントリを書くに至りました。そのため、エントリには間違いが含まれている可能性があります。ただし、意図的にウソ情報を発信したかったわけではないので、その点をご了承ください。
「なぜ情報があやふやなままで、1人の人間に関するエントリを仕上げるのだ」と指摘を受けるかもしれないことは想像しましたが、明神氏に関する情報を手に入れたかったことと、もっと多くの人に明神氏の存在を知って欲しかったという理由で、このエントリを書きました。(我ながら自分勝手だとは思います。)
それでは始めましょう。
明神氏は中央大学・法学部卒業後、今は亡き山一証券に入社します。静岡支店でトップの成績を残した彼は、イギリス支店に栄転。そこで、現地の金融機関を訪れてジャパン・マーケットに関するセミナーを定期的に開いていたそうです。
ユーモアとウィットの利いた彼のセミナーは好評を博し、それがソロモン・ブラザーズの現地法人に引き抜かれる契機となります。(もちろんマーケットに関する洞察が鋭かったのが引き抜かれた第一の理由だと思います。)
ソロモン・ブラザーズに移った氏が、最初に入った部門がどこなのかは定かではありませんが、彼は有名なアービトラージ(arbitrage:裁定取引)部門に入りました。
ソロモン・ブラザーズのアービトラージ部門といえば、ウォール・ストリートに本格的に金融工学を導入し、後にLTCMを立ち上げたジョン・メリウェザー率いる部門で、飛ぶ鳥を落とす勢いで収益を上げまくっていたことで有名です。
(これに関しては、”When Genius Failed” (邦題:最強ヘッジファンドLTCMの興亡)に詳しいです。)
話は逸れますが、マネックス証券のCEOをしている松本大氏もこのアービトラージ部門に属していました。松本大氏のブログで言及されていた「尊敬する伝説のトレーダー(もしくはビジネスマン)SM氏」というのは、おそらくですが、明神茂(Shigeru MYOJIN)氏のことでしょう。因みに、明神氏といえばこの時期に付いたと思われる、”Sugar”というあだ名が有名です。なぜシュガーなのかは定かでないので、ご存じの方は是非教えてください。
その後、ソロモン・ブラザーズがジャパンオフィスを立ち上げるに際し日本に戻った明神氏は、高クーポン債のショートと低クーポン債のロングなどのアービトラージで収益を上げていたそうです。
この収益を更に増やすことになるのが、1988年3月(僕が生まれる以前!)にスタートした先物取引市場。アメリカのNYSEなどと違って、まだ成熟していない日本のマーケットにはアービトラージによる収益チャンスが転がっており、彼らは大きく稼ぐことになります。
1991年、ソロモン・ブラザーズ(本社)の社員、ポール・モーザーが米国債の不正入札をし、ソロモンはプライマリー・ディーラーの資格を維持できなる可能性が出てきました。この件で「モーザーの監督に不備あり」とSECに訴えられたメリウェザーは、示談として証券業界から3ヶ月間離れることとなります。人柄の面でも、多大な収益を生み出す部門の長としても、多くのソロモン社員がメリウェザーの復帰を望んでいました。
同事件を受けて辞任したグッドフレンド会長の跡を継いだのは、東京支店長を務めていたデリック・モーン。明神氏率いるアービトラージ部門の実績のお陰で会長になったイギリス財務省出身の男です。彼は、収益の大半をトレーディングに依存するボンドハウスからの脱却を目指すために、メリウェザーの権限を限定させました。自分に非が一切ないだけに、これを不服としソロモンを去ったメリウェザーはLTCMを立ち上げることになります。
「収益の大半をトレーディングに依存していた」と書きましたが、当時アービトラージ部門はソロモン全体の87%を稼いでいたのです。特筆すべきは、アービトラージ部門が上げた収益の実に半分以上が明神氏率いる東京支店によるものだったと言うことでしょう。
因みに、当時の日本では金融工学が全くと言っていいほど浸透していなかったため、氏は「手法は分からないけれども信じられないほど利益を出し続ける男、 “兜町の大明神”」 と呼ばれていたそうです。
結局、グッドフレンド会長の辞任、メリウェザーを復職させなかったこと、役員の給与をカットしたことで悪いイメージを払拭したソロモンはプライマリー・ディーラーの資格を保持できました。
1992年2月10日、ソロモン・ブラザーズは意志決定の最高機関である、エグゼクティブ・コミッティのメンバーに明神氏を指名します。史上初めて、アメリカの投資銀行の経営委員会に名を連ねる日本人が誕生した瞬間でした。
同年、日経平均が2万円を割り込み、東京支店のアービトラージ部門は2年半がかりで進めていた、転換社債に組み込まれたオプションと現物のアービトラージで実に1000億円近い利益を上げます。
因みに、前述の「巨大投資銀行」のなかで、年初にチームのみんなを連れて明治神宮に参拝するシーンが描かれています。氏はどうやら神道からインスピレーションを得ていたようです。
翌1993年、長者番付(1992年1月~12月の納税額)にて、明神氏は納税額3億4000万円で92位にランクイン。マスコミが彼の元に殺到しました。が、トレーダーがマスコミの取材に応じることに意味を見出していなかった氏は一切取材を受け付けませんでした。(これが最初に書いた「このエントリを書くこと自体が迷惑になる」と思った理由です)
80年代から90年代初頭にかけてソロモンの独断場だったアービトラージも、1994年頃から他社の参入によって利益を上げにくくなってきていました。他の投資銀行がソロモンから社員を引き抜き、ノウハウが流出してしまったことと、メリウェザー率いるLTCMが成熟しきっていない日本市場に参入してきていたためです。
そんななか、アービトラージ部門のトップを務めていたローレンス・ヒルブラントがLTCMに加わるためにソロモンを去ったため、ロンドンの裁定取引チームにいたデニス・キーガンがそのポジションを引き継ぎ、同時に副会長になりました。メリウェザーなき後、実質ソロモンの大黒柱であった明神氏は、恐らくこの人事に納得がいかなかったでしょう。彼はこのとき、一度辞表を出しています。
時を同じくして、ソロモンがロナルド・ペレルマンの買収攻撃に晒されたとき、ホワイトナイトとして大株主になった、ソロモンの会長兼CEOのウォーレン・バフェットが新しいボーナスの制度を打ち出しました。それは「社員のボーナスが個人や各部署の利益と比例していたものを廃止し、会社の業績に比例させる」というもので、発表されるやいなや退職者が続出してしまったのです。
もちろん、新たにアービトラージ部門のトップになったキーガンも頑なに拒否。部下ごとキーガンに辞められては困ってしまう会長のモーンは、明神氏にコンタクトをとり、副会長になって欲しいとの胸を伝えました。明神氏は条件としてロンドン勤務を提案。これをキーガンが承諾し、ウォール・ストリートの投資銀行で史上初の日本人副会長が誕生しました。
その後、会長になった明神氏はソロモンの世界のポジションを常にチェックしアドバイスをする業務でソロモンに貢献し、1996年には総額3140万ドルの報酬を受け取っています。
そんななか、ソロモンは保険会社のトラベラーズに買収され、ソロモン・スミスバーニーとなります。これは両者がより強力・強大になるための友好的な買収でした。が、トラベラーズのトップであるサンディ・ワイルは収益がぶれるのを嫌い、アービトラージ部門自体を潰したいと考えていました。
結局、1998年にアービトラージ部門は実質的に閉鎖されてしまいました。それとほぼ同時に明神氏もソロモン・スミスバーニーを退社。1979年にロンドンで引き抜かれてからほぼ20年が経っていました。
ソロモンを退社後、氏はTudor Investment Corporationというロンドンのヘッジ・ファンドが日本支社であるTudor Capitalを立ち上げる際にトップに就任します。
ここでとても興味深いのは、Tudorがマネックス証券に投資している点です。さらに、同じタイミングで投資しているのがSoros Fund ManagementとJWM Partners Investmentsであることです。前者は誰もが知っているジョージ・ソロスのヘッジ・ファンドですね。では後者のJWMパートナーズとは一体何者なのでしょうか。
実はコレ、あのジョン・メリウェザーがLTCM破綻の精算を終えてから新たに立ち上げたヘッジ・ファンドなんです。ここでソロモンで一緒だった、松本大、明神茂、ジョン・メリウェザー(敬称略)が繋がるんですね。こうやって時間が経ってから繋がるのはなんかいいなぁと憧れます。
話を戻しますと、2002年にTudor Capitalが日本での業務から撤退してから、氏の消息が掴めない状況です。(とはいえ、単にオープンになってないだけで意図的に隠しているわけではないと思います。)
黒木亮氏の「巨大投資銀行」のなかでは「Tudorのオフィスを引き継いで自分のヘッジ・ファンドを始めた」と書いてあり、IDDmagazine.comというウェブサイトでは「Horizon Capitalというヘッジ・ファンドに入った」とあります。
彼は今頃どうしているのでしょうか。もしかすると隠居生活をしているのかもしれません。だとすれば、掻き回すのは単なる迷惑だろうと思います。ただ、「それでも知りたい!」と思わせるほど、明神氏の業績(≠経歴)は輝かしいもので、ついついもっと知りたくなります。できることなら、実際に会ってみたいものです。
最後に、Daily Telegraphのウェブサイトに載っていた、氏の発言で締めくくりたいと思います。
Trading is the most exciting intellectual game ever, and I am far from burned out. But 23 years have passed since I began working in the securities industry, so I want to do something different for the next 23 years. I’ve already started taking a university course in the history of Western art and I am talking about working with a Christian volunteer group.
トレーディングは何よりもエキサイティングで知的なゲームですし、どうやら私はまだまだ燃え尽きそうにありません。しかし、証券業界で働き始めてから早23年が経ちました。なので、次の23年間は今までと違うことをしてみたいんです。既に、大学の西洋美術史コースを取ろうとしていますし、キリスト教のボランティア・グループと仕事の話をしています。(僕の訳)
上のインタビュー内容にもあるとおり、明神氏は西洋美術に興味を持っているようです。「巨大投資銀行」にもそう書いてあったのですが、インタビュー以外に確定的な情報が無かったためこのエントリでは特に触れていませんでした。
が、イギリスナショナルギャラリーのPrivate fundingのリストに氏の名前を見つけたのでリンクを貼っておきます。(”Life Members”のなかにMr & Mrs Shigeru Myojinとあります)
NG London/Administration/The National Gallery Annual Review/Page 9 of 12
アービトラージ:arbitrage (裁定取引)
LTCM:Long Term Capital Management(という名のヘッジファンド)
ホワイトナイト:敵対的買収が仕掛けられた際に、買収される企業に友好的な第3者。
プライマリー・ディーラー:NY連邦準備銀行と直接再建を売買する資格を有する証券会社
SEC:Securities and Exchange Commission(証券取委員会のこと)
LSE:London Stock Exchange (ロンドン証券取引所)
NYSE:New York Stock Exchange (ニューヨーク証券取引所)
株式市場の低迷が続いていますね。どうやら「今がチャンス!」と、新たに株取引を始める人が増加しているそうです。(株式相場の急落で個人が始動、投資層のすそ野拡大の可能性 | Reuters)
ここ数年でFXもポピュラーになり、FX関連のウェブサイトやブログ、そして本やムックも大量に出版されています。情報が増えることでハードルも下がり、僕の周りでも株やFXをしている人が増えてきました。
株式・為替ときて、次は「債券」という感じもしますが、どうもとっつきにくい。そう感じている人も多いはずです。
そもそも、なんで債券って取っつきにくいのでしょうか。そして、債券について詳しくなるためには何をすればいいのでしょうか。
そんな疑問を抱いてる人にオススメなのが、PIMCOの”Bond Basics”です。
債券と言われてもピンとこない方も多いでしょう。理解していても「金利が支払われて、最終的に元本が返ってくる」や「企業が資金調達するときの手段の1つ」くらいの認識の人がほとんどではないでしょうか。もちろん、それは間違った認識ではないのですが、実はもう少し複雑です。
なぜ、それを知らない人が多いのか、僕なりに理由を考えてみました。
以上の理由で、債券について知りたい人にとって学習のハードルが高いのだと思います。特に、マーケットの取引を通して色々と学ぶ、実践型タイプの人にとってはどうしようもないですね。
そこで登場するのが、PIMCOの”「ボンド・ベーシックス」です。
PIMCO(Pacific Investment Management Company, LLC)は、投資信託などを運用している会社です。
しかし、他の一般的な運用会社、たとえば、世界最大の運用会社であるFidelityや、こんな相場でも異常なリターンを上げているBlack Rockなどと全く異なるところがあります。
それは「債券」に特化しているということです。1971年の設立当初から、運用するものすべて債券。債権に関するノウハウが蓄積された会社であり、債券のエキスパートが集う会社とも言えるでしょう。
そんな債券のエキスパート集団がウェブサイトで公開しているのが”Bond Basics”。
「債券の基礎」や「社債の基礎知識」、「エマージング・マーケット債券の基礎知識」などの債券自体に関する解説はもちろんのこと、「イールド・カーブ(利回りの曲線)の解説」や「インフレーションとインフレーションが投資に与える影響」などの解説も載っています。
なんと言っても特質すべきは、その解りやすさです。
すべての解説にグラフや表が入っていて、直感的に理解しやすい。さらに、単なる日本語訳ではなく、理解しやすい文であるのが何より素晴らしい!
例えば、金融危機関連のニュース(主にReutersやBloombergのニュース)で出てくる”CDS”(Credit Default Swap)という用語を理解するには、間違いなくBond Basicsの「クレジット・デフォルト・スワップの解説」を読むのがベストだと思います。
ちなみに、全ての解説それぞれにPDF版が用意されているので、オフラインで読むこともできます。
英語を勉強したい方は、U.S.のサイトやヨーロッパ版のサイトのBond Basicsを読むことをオススメします。比較することで、用語の意味や使い方を理解できるのが良いです。
Bond Basicsには金利スワップの解説などもありますが、先物やオプションなどの解説はありません。「それでも、先物やオプションについても知りたい!」と思っているそこのあなた!(テレビショッピングみたいだな)
そんな貴方にオススメするのが「藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義」です。リンク先のレビュー数とその評価を見てもらえれば分かると思いますが、めちゃくちゃ分かりやすい!しかも安い!ハードカバーの小難しい本より、圧倒的に分かりやすいですよコレ。債券だけでは満足できない方は是非!
話はやや変わりますが、”伝説のトレーダー”と呼ばれ、JP Morganの日本支店長をつとめた藤巻健史さんや、Solomon Brothersの副会長にまでなった明神茂さん、Morgan Stanleyの日本支店長をつとめた斎藤聖美さんらは、全て債券トレーダーでした。(藤巻さんは為替もやっていたし、明神さんはアービトラージャーだけれども、取引をしていたという意味で。)
サンプルが3人だけですが、日本人と債券の相性は良いのかもしれませんね。
本来9月29日に放送予定だったのですが、変更されて10月に放送することになったようです。(まだ日時は未定のようです。)
凄く楽しみにしていたので、「完全に見逃した-!」と思っていた僕にとっては嬉しいニュースです。
この「デジタルネイティブ」と言う言葉は、子供(恐らく幼稚園~小学校低学年くらい)の頃からパソコンに触れている人たち、つまり物心ついたときからパソコンが日常の一部である世代のことを指す言葉だそうです。
僕は、自分自身が小学校に入る前か入ったのとほぼ同時期からパソコンに触れているので、このテーマには非常に興味がありました。
と言うのも、僕の幼稚舎時代のクラスメイトが「幼稚舎初の小学校1年生からパソコンの授業がある世代」で、当時としてはかなり先進的なことだったからです。第1世代としては興味があるわけです。
実験的だったパソコンの授業は、当たり前ですが手探りの状態で、算数の教科書のように体系化されたものではありませんでした。パソコン嫌いにさせてはいけない中で何を教えるのがいいのか。恐らくこれがテーマだったのだと思います。
しかし、現在の小学生は公立校でも小1からパソコンを習っているとのこと。(全てではないと思いますが、周りを見る限り既にマジョリティのようです)
憶測の域を超えませんが、僕が小学生だったときよりも体系化された授業なのでしょう。飲み込みの早い小学生のことですから、体系化されていれば6年間でかなりのことを吸収するはず。加えて、小学校1年生からだったら抵抗感も少なく受け入れられますからね。
パソコンのスペックも大幅に上がったことで、幼稚舎ではクレイアニメを作ったりもしているそうです。恐るべし。(何とこれは数年前のこと!)
他にも、レゴを動かす簡単なプログラミングのようなこともやっているようでした。
そんな環境で育った子供がすぐ下の世代にいるのです。
幸い、僕は小学5年生くらいから家にブロードバンドの環境が導入され、根っからの新しい物好きな性格もあり、本格的にパソコンにのめり込んでいきました。「About me」にも書いてありますが、当時はタグ打ちでウェブサイトを作ったりしていました。
中学時代はひたすらMMORPGにのめり込み、高校時代は学園祭のコンテンツを作るために動画を作ったりと、パソコンと言う枠組みの中でも色々なことをやってきました。
しかし、同学年でもそこまでやっている人はなかなかいません。
「大学のレポートはパソコンで作るし、mixiとかYouTube、ニコニコ動画は見るけれど、それ以上は・・・」ってな感じの学生が多い世代なんですよね。僕の世代って。
年上からは「小学校のときからパソコン触ってるんでしょ? すごいよね!」と、新種の生物を見るような目で見られるんだけれども、実はそこまで触ってない。逆に下の世代からは「え?さすがにこれくらいは分かるでしょ。小学校で習ったじゃん。高校からパソコンを習ったわけでもあるまいし・・・」と軽蔑の眼差しを受ける、そんな世代なんです。
周りを見ていても、上記の最低限のことをする以外で全くパソコンに触れない、パソコン自体に抵抗があるような人も相当数います。
でも、今の小学生とか中学生って「普通に」と言ったら大げさだけれども、結構自分のウェブサイトを持ってるんですよね。携帯の前略プロフとかじゃない、パソコンから見るサイトを。タグ打ちとかナチュラルに出来ちゃう世代なんですよ。(やや暗い話題になってしまいますが、少年犯罪で報道される子供(特に小学生)って、自分のウェブサイト持ってたりしますよね。)
奇しくも、携帯電話を小学生から普通に持っているのも僕より下の世代だったりします。少なくとも僕が小学生だったとき、携帯電話を持っている人は1クラスに2,3人しかいませんでした。(ほとんどが中学生になってからみたいですね。因みに僕は中3からでした。)
「ナチュラルにパソコンを使ってきた奴等がウジャウジャいる。しかもかなりハイレベルなことをしている。脅威だけどワクワクするな。」
そんなことを中学時代から今まで常に考えていた僕にとっては、デジタルネイティブが楽しみでしょうがないんです。
質問が尽きないんですよ。「実際にやつらはどんな感じなのだろうか?」、「国外の子供はどんな感じなの?」てな具合に。早く見てみたいものです。
公式ページには「デジタルネイティブ度チェック」なるものもあるので、興味がある方は是非。
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