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  <title>笑える本を読もう！</title>
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  <description>笑える小説、エッセイ専門の書評ブログです。作家別に分類された索引のほか、名言、似た作風、ランキングなどから笑える本を探すことができます。これであなたも快適な笑える読書生活。</description>
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  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
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    <title>私はテレビに出たかった</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td>
<div style="text-align: right;"><iframe width="320" height="240" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0" src="//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=treason0a-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=as_ss_li_til&amp;asins=4022512385&amp;linkId=6de43619f2bbf17bf3d337ad5feb2c86"></iframe></div>
</td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　私はテレビに出たかった<br />
作家名：　松尾スズキ<br />
ジャンル：　長編小説<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
楽：☆☆☆☆☆☆☆☆★★<br />
ス：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆☆☆★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/1/">松尾スズキその他の小説</a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<b>【名言・みどころ】</b><br />
甘えてだらしなく休めばいいんです！待てば気づくんです。平気で生きりゃあいいことに！ <br />
<br />
<b>【書評・あらすじ】</b><br />
　倉本恭一は真面目ひとすじに生きてきた。焼肉チェーン「肉弁慶」の人事部に２０年勤め、趣味はこれといってなく、家族からも何が楽しみで生きているのかといぶかしがられるほどだった。 <br />
　物語はそんな恭一が、自社CMの撮影に遅刻し、猛烈にダッシュしている場面から始まる。そのCM撮影とは、上司である部長の松川が持ち込んできた話で、自社CMを社員みずから出演して作るというものだった。恭一はそのCMへの出演をいやそうにしている松川に恩を着せるつもりで、自ら松川の代役を務めることを志願していた。その撮影に彼は遅刻しているのだ。結局恭一が撮影場所についたときには、リハーサルは終わっており、恭一の代わりに松川が出演することが決まっていた。そしてなぜか松川は恭一を怒るわけでもなく、なんならむしろそうなったことがとてもうれしいように見えた。<br />
　そのCM出演はそもそも上司に恩を着せるために引き受けただけの話だった。そのため本来であれば恭一はそうなってほっとするはずなのだが、彼には何か胸につかえたものが残った。そしてその感情はある疑念となり、そしてあるとき確信に変わる。―私はテレビに出たかった― <br />
　物語は、恭一がテレビ画面に映りこむために行う試行錯誤と七転八倒を主軸に、テレビ業界の人々が引き起こす数々の事件、妻の浮気疑惑、正義漢の娘と彼女を取り巻く不穏なできごとなどが交錯してゆく。<br />
<br />
　久々に松尾スズキの小説を読んだが、非常によかった。松尾スズキというと、ナンセンスとグロとアンモラルが混ざり合って最後はぜんぶ放り投げちゃうような展開の作品がしばしばあるが、この作品は驚くほど真っ向勝負の「小説」だと感じた。数々張られた伏線は丁寧に、しかも期待を裏切らない形で回収されるし、いい具合にサスペンスもあり、そしてさすがといったギャグが小気味よく放り込まれてくる。いい意味で松尾スズキ的でない作品だった。<br />
　特に印象に残るのは、うつ病で休職することになった山之内の送別会の場面だ。山之内は系列店舗の店長で、本社の人事に勤める恭一とは深い関係があったわけではない。そのため恭一にとっては特に何の思い入れがあるわけでもないのだが、恭一はその晩「酔っ払いのサラリーマン」としてバラエティ番組の街頭インタビューを受けることになっていたため、そこに出向きベロンベロンに酔っぱらう必要があったのだ。しかし到着した時点ですでにできあがっていた山之内は、よりによってそんな恭一をつかまえて身の上話を始める。それは休職することになったことへの嫌味でも愚痴でもなく、ただ恭一に耳の不自由な愛妻や心優しい息子への思いを語るのだ。<br />
　そんな話を聞いて、恭一は不覚にも胸を打たれてしまう。彼の家族愛に思わず感動してしまう。休職中に妻のために手話を勉強したいと語る山之内のやさしさに心を揺さぶられる。そして感動のあまり、まったく酔えない。素直に感動する自分を認めながらも、そのせいで酔えなければ、テレビに出られるチャンスを逃すことになるのだ。山之内が話せば話すほど感動する自分と彼を迷惑に思う自分の間で苦悶する恭一。泣きと笑いが同時に描かれることはあっても、「感動」そのものがギャグになるというのはほかであまり見たことがない。笑本的名場面だった。<br />
　ところで本作は『<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/341/" title="">老人賭博</a>』とリンクしていた。登場人物だけでなく、ストーリー自体もリンクしており、何なら本作の物語に影響さえ与えていた。続編というほどではないので別に『老人～』を読んでいなくても十分に楽しい作品だったが、すでに読んだ人はさらに楽しめることだろう。]]>
    </description>
    <category>松尾スズキの小説【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/443/</link>
    <pubDate>Thu, 17 Aug 2017 08:56:58 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>ゼブラーマン</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td>
<div style="text-align: right;"><iframe width="320" height="240" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0" src="//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=treason0a-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=as_ss_li_til&amp;asins=4048735217&amp;linkId=95711c672311fec42e2947c067dbc0cb"></iframe></div>
</td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　ゼブラーマン<br />
作家名：　宮藤官九郎<br />
ジャンル：　脚本<br />
笑：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
楽：☆☆☆☆☆★★★★★<br />
ス：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/79/">宮藤官九郎のドラマ脚本とか</a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong>【名言・みどころ】</strong><br />
バカ、安い風俗は都会の縮図なんだよ<br />
<strong><br />
【書評・あらすじ】</strong><br />
　２０１０年、八千代市では１万頭のアゴヒゲアザラシが多摩川を上ってくるなど、謎の事件が多発していた。<br />
　主人公新市は、八千代市に暮らすしがない小学校教師だ。小学校３年生の担任をしているが、子どもたちを叱ることさえできないほどの小心者で、家族からは見放され、妻は浮気、娘は無断外泊、息子は暗い教師の息子ということで、小学校でいじめられている。そんな新市の唯一の慰みは、昔わずかな期間のみ放送された戦隊ヒーロー「ゼブラーマン」の衣装を作り、一人それを着ては部屋で楽しむことだった。このごろは部屋の中だけでは満足できなくなり、衣装のまま近所の自販機までジュースを買いに行ってはドキドキするようなことをしている。<br />
　ある夜、新市がゼブラーマンの衣装を着て思い切って街を徘徊しているとき、彼は偶然暴漢と遭遇する。そのころ市で話題となっていた、蟹の仮面をかぶった殺人鬼だった。その暴漢と会ったとき、新市は衣装の影響なのかゼブラーマンの力を発揮し、その蟹の暴漢を退治することに成功する。そして倒された蟹の仮面は、緑色の血を流して絶命する。どうも最近の謎の事件は、地球外からの力が影響しているようだ。<br />
　かくして新市は正義のヒーロー、ゼブラーマンとして覚醒し、八千代市の平和のために戦い始めるのだった。<br />
<br />
　２００４年、哀川翔映画主演１００作品目を記念して製作された映画の原作となる脚本。本書に掲載された哀川と宮藤の対談によると、哀川はほとんどの作品がR指定であるため、１００作品目は子どもたちにも見に来いよと言える作品にしたかったという。また、宮藤に脚本の依頼する際には、人気作家であるためなかなか捕まえられないと踏み、官製はがきでじきじきに依頼したのだとか。<br />
　クドカンにしてはパンチのあるギャグは少なかったものの、ストーリーのテンポはよかった。]]>
    </description>
    <category>宮藤官九郎のその他の本【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/442/</link>
    <pubDate>Fri, 11 Aug 2017 17:36:09 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hondewarau.blog.shinobi.jp://entry/442</guid>
  </item>
    <item>
    <title>とんまつりJAPAN</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td><iframe width="320" height="240" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no" frameborder="0" src="//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=treason0a-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=as_ss_li_til&amp;asins=408747724X&amp;linkId=a4125b2ad2b3c9f671e057524a7b3596"></iframe></td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　とんまつりJAPAN<br />
作家名：　みうらじゅん<br />
ジャンル：　エッセイ<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
楽：☆☆☆☆★★★★★★<br />
ス：☆☆☆☆★★★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆★★★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/90/">みうらじゅんのその他のエッセイ</a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong>【名言・みどころ】</strong><br />
「奇祭」と不気味な呼び方もあるが、オレはあえてその抱きしめたくなるようなプリティさを&ldquo;とんま&rdquo;と表現し、とんまな祭り、ちぢめて『とんまつり』と命名したのである。 <br />
<br />
<strong>【書評・あらすじ】</strong><br />
　みうらじゅんのエッセイは、はまるものははまるけど、はまらないものはとことんはまらない。個人的には『<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/340/" title="">青春ノイローゼ</a>』のような自分語りはわりと好きなのだけど、一方で仏像をテーマに一冊書かれてしまったような「こんな世界に興味持てるオレって」的なエッセイが結構あって、僕は苦手だったりする。その手のエッセイは「『こんな世界に興味持てるオレって』的みうらじゅんが好きなオレって」的な読者でなければ楽しみがたいように思う。<br />
　さて、今回の『とんまつりJAPAN』はまさに後者だった。例えば白塗りの男が「笑え！笑え！」と叫びながら闊歩する「笑い祭り」、舞台で夫婦の営みを表現したうえで、使用済みの紙を観客席にばらまく「おんだ祭り」など、地方の奇祭を見つけては現地に赴き、「こんな視点を持ってるオレって」的な視線でその祭りに参加する。１・２章程度であれば&hellip;なのだが、これが一冊となるとなかなかのボリューム感（精神的に）である。奇祭かみうらか、どちらかをよっぽど好きじゃないとなかなかつらい。 エッセイのスタイルとして「自分語り」のほうがその人の精神にどっぷり浸かるイメージだったけど、みうらじゅんの場合は、自分語りは初心者向け、この手の「みうらイズム」が色濃く表れているものはみうらフリーク向けなのかもしれない。]]>
    </description>
    <category>みうらじゅんのエッセイ【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/441/</link>
    <pubDate>Sat, 05 Aug 2017 15:41:52 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>秘宝耳</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
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<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　秘宝耳<br />
作家名：　ナンシー関<br />
ジャンル：　コラム<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
楽：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
ス：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/85/">ナンシー関のその他のエッセイ </a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong>【名言・みどころ】<br />
</strong>テレビ（メディア）の中では、周囲から「偉い」と言われている人が偉く見える。偉い人として扱われていなければ、その人は偉く見えない。芸能人としてのポジショニングは、いろんな番組での共演者との関係性の見せ方の積み重ねでできあがっていくといえる。<br />
<strong><br />
【書評・あらすじ】<br />
</strong>　ナンシー関が急逝した２００２年に出版されたテレビコラム集。もう何度もこのブログで言ってきたが、ナンシー関の本はどれを取っても一定の可笑しさと面白さを与えてくれる。内容もほとんどぶれることなく、テレビ・芸能人評だ。<br />
　違いがあるとすれば、その本がいつ書かれたのか、という点であるが、何分ワイドショー等の時事ネタが中心となることが多いため、実はその違い大きい。９０年代前半の話題となると懐かしさを超えてまったく記憶にないので、個人的には現在に少しでも近いことが好ましいと思う。その意味では、２００２年に出版されたこの本はおすすめの一冊ということになる。<br />
　さて、この記事を書いている２０１７年夏、最近の話題として印象深いのはSMAPの解散、そして中居・木村以外のジャニーズ脱退だ。SMAPがいなくなったとたん、タッキーや堂本剛など一時期（ここ１０年ほど）テレビで見かけなかった人たちが一斉にリバイバルを果たした。まさに「SMAP枠が開いた」としかいいようがない、奇妙な現象を我々は見ている。<br />
　そんなことはどうでもいいのだ。SMAPでいうと、特にここ数年香取の闇の部分が隠し切れなくなっていることに世間はざわついていた。ほんの１０年前までSMAP一番の元気印という印象だったが、ここ数年はうつが服着て歩いているような状態だった。<br />
　このコラムの中に、そんな香取を主役とした章がある。なんでもSMAP&times;SMAPの「ビストロSMAP」でゲストが森光子だったときのことだそうだが、どういう経緯か知らないが香取が森光子にキスをする運びになったのだという。<br />
　森光子にキス。それは明らかにご褒美ではない。かといって東山の彼女という点で嫌な顔もできない。そんな視聴者も含め、森以外に誰にも得のない状況の中、出口のない海に閉じ込められた香取はキスを敢行した上で、「俺の人生はばたいてるぜ！」と叫んだという。光景が目に浮かぶようだ。<br />
　そんな香取を見て、ナンシー関は言う。
<blockquote>何か、この時の香取慎吾は「芸能」というもののある一面のいろんな澱とか灰汁みたいなものを全部背負い込んでいたのかもしれないと思った。</blockquote>
おそらく彼女には、芸能界の海のよどみに沈んでゆく香取の姿が見えたのだろう。ナンシーのこの指摘は、その後の香取の運命を暗示しているように思えてならないのだ。]]>
    </description>
    <category>ナンシー関のエッセイ【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/440/</link>
    <pubDate>Thu, 03 Aug 2017 16:32:25 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>チルドレン</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td><iframe width="320" height="240" style="width: 120px; height: 240px;" src="http://rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=treason0a-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=ss_til&amp;asins=4062757249" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　チルドレン<br />
作家名：　伊坂幸太郎<br />
ジャンル：　短編集<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
楽：☆☆☆☆☆☆☆☆★★<br />
ス：☆☆☆☆☆☆☆☆☆★<br />
危：☆☆☆☆☆☆☆★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/86/">伊坂幸太郎その他の小説 </a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong>【名言・みどころ】</strong><br />
「閉店時間が何だって言うんだよ。時間よりも客のほうが大事だろ。タイム・イズ・マネーと言うじゃないか。時間は金ってことは、金を預かるのが銀行なんだから、ここには時間だってあるんじゃないか。そうだろ？」<br />
<br />
<strong>【書評・あらすじ】</strong><br />
　思ったことをすべて口にし、思うが儘に行動する自由人、陣内。そしてそんな彼と大学入学以来腐れ縁の鴨井。冷静沈着な盲目の青年永瀬。『チルドレン』はそんな彼らを中心に据えた連作短編集だ。 <br />
　銀行強盗や女子高生の援助交際（？）、少年の非行など、作品内でそれなりの事件は起きるのだが、物語は劇的というよりは、むしろのんびりと進む。それでいて中心人物の陣内のキャラクターがとにかく痛快で、読んでいてまったく飽きなかった。 <br />
　中でも好きだったのが、第３話の「レトリーバー」に描かれた、盲目の永瀬が募金をしているわけでもないのに「善意」のおばさんから「施し」を受けた場面だ。通りすがりのご婦人が「何も言わずに、これ使って」と５千円を永瀬の手に握らせるのだが、その様子をはたから見ていた恋人の優子は「憤慨すべきなのか、悲しがるべきなのか、感謝すべきなのか」と悶々とした気分になる。 この感覚はよくわかる。押しつけの善意は時として悪意よりもたちが悪いものだ。<br />
　しかしその場に陣内が現れた際、この不快感は一遍する。陣内は永瀬が見知らぬおばさんから５千円をつかまされたと知ったとき「ふざけんなよ」と憤慨する。しかしこの憤りは善意を押し付けてきたおばさんに対するものではない。ましてや盲目の永瀬の心中を察しフォローしようとしているわけでもない。<br />
「何で、おまえがもらえて、俺がもらえないんだよ」<br />
　陣内は単純に、永瀬だけが５千円をもらえ、自分は何ももらえないことに腹を立てているのだ。<br />
「自分だけ金を手に入れたからって、いい気になるなよ」<br />
　陣内は永瀬を気遣うどころか、むしろ彼に憤慨しながら、その施しをした婦人を懸命に探そうとしたりする。 <br />
　その時の陣内の様子を、永瀬は次のように回想する。<br />
「あの時の陣内は、本当に、普通だったなあ」&nbsp;<br />
　わけもなく５千円をもらえたことを「普通」にうらやましがる。そんな陣内のやることは一見めちゃくちゃなのだが、それは永瀬にとって一番優しいことだったりする。]]>
    </description>
    <category>伊坂幸太郎の小説【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/439/</link>
    <pubDate>Thu, 30 Jun 2016 16:53:05 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hondewarau.blog.shinobi.jp://entry/439</guid>
  </item>
    <item>
    <title>毒舌訳　哲学者の言葉</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td>
<div style="text-align: right;"><iframe width="320" height="240" style="width: 120px; height: 240px;" src="http://rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=treason0a-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=ss_til&amp;asins=4575713996" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></div>
</td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　毒舌訳　哲学者の言葉<br />
作家名：　有吉弘行<br />
ジャンル：　エッセイ<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆★★★★★<br />
楽：☆☆☆☆★★★★★★<br />
ス：☆☆☆☆★★★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/106/">有吉弘行のその他の本</a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong>【名言・みどころ】</strong><br />
ニーチェは一応、正しいこと言ってますよね、童貞のくせに。 <br />
<br />
<strong>【書評・あらすじ】</strong><br />
　ニーチェ、キルケゴール、セネカ、アリストテレス、プラトンなど、古代から現代までの哲学者たちが残したアフォリズムを、「近所の厄介者で理屈っぽくて偏屈な人たちが言ってる言葉」と捉え、有吉が自流の解釈を展開する。<br />
　基本的に「偉大」とされる哲学者たちを仕方ない人として捉え、彼らの言葉を毒舌でぶった切るようなスタイルで、あのニーチェをして一貫して「どうせ童貞でしょ」的なスタンスを貫き通したあたりは立派というか、さすがというか。<br />
<br />
　しかし哲学の解説というものでは一切なく、哲学者のアフォリズムを用いて有吉がちょろちょろっと考えを述べるスタイルなので、どちらかというと有吉自身の名言集みたいなものになっている。<br />
　何か深い洞察などを楽しみに読んじゃうとがっかりすることになると思う（僕がそうだったので）。しいて言えば、話題の中でダチョウ倶楽部を素直に評価した項目や、上島竜平の話題が多かったりして、その辺は意外な一面が見れてよかったかな。<br />
　<br />
　背表紙に「哲人の言葉が身近に感じられる」なんて書いてあるけど、んなことはありません。 あまり本腰入れずに、移動中にさくっと読みたい一冊。<br />
　少し<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/424/" title="">名言集</a>にあげたのでごらんあれ。]]>
    </description>
    <category>有吉弘行のエッセイ【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/436/</link>
    <pubDate>Sun, 26 Jul 2015 15:32:20 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hondewarau.blog.shinobi.jp://entry/436</guid>
  </item>
    <item>
    <title>何をかいわんや</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td>
<div style="text-align: right;"><iframe width="320" height="240" style="width: 120px; height: 240px;" src="http://rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=treason0a-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=ss_til&amp;asins=4041986133" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></div>
</td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　何をかいわんや<br />
作家名：　ナンシー関<br />
ジャンル：　エッセイ<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
楽：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
ス：☆☆☆☆☆★★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/85/">ナンシー関その他のエッセイ</a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong>【名言・みどころ】</strong><br />
私は１８歳で高校を卒業するまでを地方で過ごした。地方といっても、埼玉県や茨城県だとかいった、のほほんとしたところではない。青森県である。思い切りがいい。<br />
<br />

<div><strong>【書評・あらすじ】</strong></div>
　先日ナンシー２世、こと<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/102/" title="">マツコ・デラックスのコラム</a>を読んだら、つい本物が読みたくなった。われながら分かりやすい性格である。<br />
　本書はナンシー関急逝後、方々に書き散らかされていた未出のコラムをまとめて出版されたもののようだ。そのためネタの時代も出典もバラバラで、一番古くは「ＡＬＬ」なる雑誌の１９８７年の記事で、ジャイアンツの原（当時選手）の「原くん」という呼称について。一番新しいので２００１年「ジス イズ 満 吹越」という舞台のチラシで、吹越満の顔のつくりについてであった。<br />
<br />
　普段のナンシーのコラムは基本的にどれを読んでも「ＴＶ・有名人評」、金太郎飴のようなものなのだが、本書は遺稿集的な意味合いのためか、珍しくその呪縛から開放されていた。 <br />
　１～３章はいつもどおり、芸能人やその顔の造型、ＣＭについての内容だった。中でも歌詞に関する比較がいくつかはさまれたのは珍しかったが、やはりテレビ関係のネタはこのように時が経ってしまうとリアルタイムで読むようには楽しめない嫌いがある。<br />
　４章「雑誌オゾンホール」では少し趣向が変わって「雑誌評」。「小説すばる」なる雑誌で京極夏彦がアイドル扱いされている、なんてネタ（９５年）はなかなか時代を感じで趣き深い。 　<br />
<br />
　しかし５章「暮らしの天気図」はいつもの感じとはかなり趣が違った。というのもこの章では、自分自身についてや世の不思議について書かれたネタが集められているのだ。 なんでも１８歳まで青森で過ごして予備校に通うために上京し、１年間上石神井に住んだとのことだが、このようにナンシー関が自身の過去について著書の中で語ることは珍しい。<br />
　また、「人はいつからお中元を贈るようになるのか」という項では、オヤジの「コスプレ」としてお中元を贈り始め、最初はプレイ（ごっこ遊び）だったのがいつの間にか日常化するのではないかという指摘があったが、生活評においてもさすがナンシーの観察眼である。<br />
<br />
　しかしもの珍しさはあったものの、結局「いつもの感じ」のほうがおもしろくはあったかなあ。]]>
    </description>
    <category>ナンシー関のエッセイ【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/435/</link>
    <pubDate>Sat, 11 Jul 2015 06:18:11 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hondewarau.blog.shinobi.jp://entry/435</guid>
  </item>
    <item>
    <title>七人の恋人</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td>
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</td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　七人の恋人<br />
作家名：　宮藤官九郎<br />
ジャンル：　コント脚本<br />
笑：☆☆☆☆☆☆☆★★★<br />
楽：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
ス：☆☆☆☆☆★★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆☆☆☆★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/79/">宮藤官九郎のドラマ脚本とか</a></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong>【名言・みどころ】</strong><br />
と、日替わりで面白すぎないフリートーク。<br />
その間に三宅は、紙袋からプロテクターとかベルトとか武器とかを取り出して、あーでもないこーでもないと付けたり外したりして、最終的にユンケルを飲んで、最悪のタイミングで、<br />
三宅　「ほとんど三宅マン！」<br />
<strong><br />
【書評・あらすじ】</strong><br />
　宮藤官九郎による舞台脚本。 ２００５年に東京と大阪で公演された舞台らしく、阿部サダヲ、三宅弘城、小路勇介、星野源（ライフ出演中、シングル「ＳＵＮ」がヒット）、尾美としのり（あまちゃんのパパ役）、田辺誠一、宮藤官九郎ら７名の俳優によって演じられたもののようだ。なおその舞台は物語というものはなく、７本のコントによって構成されている。 <br />
<br />
　なんだかんだクドカンも「大人計画」の一員なわけで、本業の舞台となるとやはり大人計画っぽいシュールさは出てしまっている。いずれのコントもストーリーらしいストーリーはなく、ギャグをやるための物語といったものだった。そのため評価として一般ウケはあまりしないかなといった感じだが、笑える度は久々に高めに。<br />
　さて、上述したとおり、本書には７本のコント脚本が掲載されているわけだけど、笑える本的には「ほとんど&times;三宅マン」がよかった。<br />
<br />
<strong>ほとんど&times;三宅マン</strong><br />
　明日提出の夏休みの宿題が終わらず、番町に呼び出され、母親にエロ画像を見られたテツロウ（阿部サダヲ）は三宅マンに助けを求める。しかし三宅マンは正しくは「ほとんど三宅マン」であり、「要するに５％だけヒーロー的な要素が混じった三宅弘城なわけ！」なのであった。<br />
　かくしてテツロウ君をなに１つ救えないほとんど三宅マンは、その代わりに隣町の本屋へテツロウのためにエロ本を買いに行くことになる。しかしその先で待ち受ける本屋の店主は鬼畜性獣ゲヒンスペイシーなのであった。<br />
　はたしてほとんど三宅マンは５％のヒーローっぽさを出すことができるのか！？ <br />
　ほとんどがんばれ、三宅マン！ほとんど負けるな、三宅マン！<br />
<br />
　と、このようにこの脚本にストーリー性はほとんどないことがよくわかってもらえただろう。本書で一番まし&hellip;もとい、よかったと思われる「ほとんど&times;三宅マン」でさえこの調子なのだ。<br />
<br />
　しかしさすがクドカン、ギャグはかなりよかった。<br />
　特にト書き（脚本に記される演者への指示文）が秀逸。<br />
　例えばほとんど三宅マンの変身シーンで、時間がかかる三宅マンの変身をつなぐため、ト書きは三宅に『フリートークでつないでください』と阿部サダヲへ向けてカンペを出すよう指示する。<br />
　それを受け、テツロウには「ハイっ！ということでここは下北沢なんですけど昔はこのへんは田んぼだったらしいですね」なんて台詞が当てられているのだけど、この台詞は話題の出だしが書かれているだけなのだ。<br />
　そして脚本はこの記事の冒頭「名言・みどころ」に引用した箇所につながる。<br />
　脚本のト書きで「面白すぎないフリートーク」という指示も笑本的にかなり危険だけど、この脚本受け取った阿部サダヲ焦っただろうなとか、ライブではどんな面白すぎないフリートークをしたんかな、など想像するだけでもニヤニヤしてしまう。<br />
<br />
　わざわざ舞台を本で読むのだから、舞台で楽しめる台詞だけでなく、このようにト書きを楽しむのも一興かと思う。<br />
<br />
追記：なお、２０１５年７月現在であればyoutubeで舞台が確認できる。<br />
<a target="_blank" href="https://www.youtube.com/watch?v=jrLgV9Yk7s8" title="">ほとんど三宅マン01</a>　／　<a target="_blank" href="https://www.youtube.com/watch?v=qjPIbcwgheg" title="">ほとんど三宅マン02</a>　／　<a target="_blank" href="https://www.youtube.com/watch?v=hFh7D3k1Dvo" title="">ほとんど三宅マン03</a>]]>
    </description>
    <category>宮藤官九郎のその他の本【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/434/</link>
    <pubDate>Thu, 02 Jul 2015 18:53:32 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hondewarau.blog.shinobi.jp://entry/434</guid>
  </item>
    <item>
    <title>続・世迷いごと</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td><iframe width="320" height="240" style="width: 120px; height: 240px;" src="http://rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=treason0a-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as4&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;ref=ss_til&amp;asins=4575713988" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　続・世迷いごと<br />
作家名：　マツコ・デラックス<br />
ジャンル：　エッセイ<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆★★★★★<br />
楽：☆☆☆☆★★★★★★<br />
ス：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆★★★★★<br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/102/">マツコ・デラックスその他のエッセイ</a>&nbsp;</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<b>【名言・みどころ】</b> <br />
木村拓哉は２０代から「キムタク」を自己演出しているから、もう「キムタク」をしている時間のほうが長くなっている。もう自分の人格になるくらい、自然に「キムタク」がやれちゃっている。「キムタク」を背負っているわけ。<br />
<br />
<b>【書評・あらすじ】<br />
</b>　以前このブログでも紹介したマツコ・デラックスの『<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/408/" title="">世迷いごと</a>』の続編。<br />
　マツコ・デラックスはその芸風と風貌からどうも<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/85/" title="">ナンシー関</a>と比較されることがあるらしい。とはいえそんなことしているのは実際ここくらいのものかもしれないので、一般論で言ってしまうのはどうかとも思うけど。<br />
　とにかく、テレビへの出演時よろしく、マツコは著書の中でも芸能界・芸能人を分析して「斬る」という作業を行う。これはナンシー関がコラムの中で行った作業と確かに似ている。<br />
　この著書の中でも、田中みな実、小泉孝太郎、加護亜衣、シャブＰ、沢尻エリカ、澤穂希、ダルビッシュと紗栄子など、いかにもナンシー関が生きていたら言及していたであろう有名人・芸能人たちについてブツクサと言っている。<br />
　しかし前の記事で僕は両者の違いを「マツコの論調にはナンシーのような刺さるような毒がない」とした上で、その原因はマツコの「芸能人への「近さ」から生まれてきている」と分析した。この『続・世迷いごと』を読んで、僕は同じことを確信した。<br />
　つまりマツコは自身が「芸能人」であるがゆえに、ナンシー関ほどの悪意あるまなざしをその人たちに向けられないのだな、と。<br />
<br />
　さて、そのことを確認するために、前回は両者に言及があったＹＡＷＡＲＡ！ことタワラちゃんについて引用を行ったけど、今回の作品にもやはりナンシー関が好んで言及した人物についての評があったので、それを引用する。<br />
　その人物についてナンシー関はこのような名言を残している。<br />

<blockquote>中山秀征は「中山秀征系タレント」の中において抜群の「中山秀征的才能」の持ち主である。</blockquote>
　これほど芸能界における中山秀征のポジションを的確に表現する言葉はないだろう。この切れ味、この悪意。僕はひそかにこの言葉をナンシー関最大の名言として認識している。<br />
　一方マツコは同じ中山秀征についてこのように述べている。<br />

<blockquote>ヒデちゃんって、すごくおもしろそうにしゃべって、何かコッチもおもしろそうに聴いているんだけど、よくよく話を聴いたら、おもしろそうなことは一言もいっていないことに気がつくの。それがトークの技術。</blockquote>
　一見すると失礼なことを言っていそうでありながら、結局マツコの人物評の多くは「ホメ」て終わるのである。この原因を僕は、マツコが芸能界の「中の人」だからだと考えている。<br />
　マツコが面白コラムの著者になるために欠けているのは、まさにここである。<br />
　吸収せよ！ナンシー関の毒を！悪意を！<br />
　そしてマツコよ、「第二のナンシー関」たれ！！<br />
　え？んなこと望んでないって？<br />
　あ、っそ。]]>
    </description>
    <category>マツコ・デラックスのエッセイ【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/431/</link>
    <pubDate>Sun, 07 Jun 2015 17:55:56 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hondewarau.blog.shinobi.jp://entry/431</guid>
  </item>
    <item>
    <title>マムシのan・an</title>
    <description>
    <![CDATA[<table class="BookData">
<tbody>
<tr>
<td>
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</td>
<td>
<div style="margin-left: 40px;"><br />
作品名：　マムシのan・an<br />
作家名：　リリー・フランキー<br />
ジャンル：　エッセイ<br />
<br />
笑：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
楽：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
ス：☆☆☆☆☆☆★★★★<br />
危：☆☆☆☆☆☆★★★★ <br />
<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Category/30/">リリー・フランキーその他のエッセイ</a>&nbsp;</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<strong><strong>【名言・みどころ</strong><strong>】</strong><br />
</strong>生きてんだよ！ホットパンツは！！グルーヴなんだよ、あの服は！！<strong><br />
<br />
【書評・あらすじ】</strong><br />
　２０００年前後に女性ファッション誌「an・an」に連載されていたコラムを集めたもの。<br />
　そのため必然的に内容は「いい女」とかファッション、セックス、恋愛などで固められている。<br />
　とはいえそこはリリー・フランキー。なにせ<a href="http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/352/" title="">連載していた人生相談</a>で、女性からの悩みのほとんどに「オナニーしなさい」と返答した猛者だ。<br />
　この本でリリーがいう「いい女」とは「キスマークをつけてくれる」品のない女であって、金がないくせについつい高い服を買っちゃう誘惑に弱い女であって、会えない夜に「仕方ないからひとりでオナニーして寝るわ」と＜攻めの我慢＞ができる女なのだ。<br />
　本書の中で「基本はエロベース！！」なんてフレーズが出てくるが、この本はまさに女性読者へ向けて「カマトトぶってんじゃねーぞ」みたいな、「互いのうんこまで愛いあおうぜ」みたいな、そんな人生観・恋愛観を啓蒙しているのだ。自分で書いてて本当にそうなのかよく分かってないけど。<br />
<br />
　しかし一方でリリー・フランキー、大変なロマンチストでもある。「社交辞令」の章がまさに典型的なそれだ。<br />
「じゃあ、今度食事でも」というあまた存在する社交辞令にはときとして、本当の恋心がひそかにこめられていることがある。しかし恋愛が終わるとき、男はよく「今までありがとう。ずっと楽しかった」なんて気取った言葉を残す。<br />
　そんな恋愛のあり方について、リリー・フランキーはこのように述べる<br />
　――「恋愛とは&rdquo;社交辞令を装って始まり、本当の社交辞令を言って終わる&rdquo;」<br />
　名言だ。<br />
<br />
　エロとバカの中に光るロマンシズム。<br />
　これが本書の魅力だ。]]>
    </description>
    <category>リリー・フランキーのエッセイ【書評一覧】</category>
    <link>http://hondewarau.blog.shinobi.jp/Entry/430/</link>
    <pubDate>Thu, 28 May 2015 16:07:24 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hondewarau.blog.shinobi.jp://entry/430</guid>
  </item>

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